阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第45号
穴吹町における農業従事者の健康調査

農村医学班(四国農村医学会)

  河野和弘1)・中田昭■1)・坂東玲1)・

  居村剛1)・西村典三1)・角谷昭佳1)・

  和田哲1)・山本隆1)・四宮寛彦1)・

  岡崎三千代1)・尾原義和1)・稲原滋美2)・  

  中野敏夫2)・吉本公弘2)・渋谷啓治2)・

  林まゆみ2)・原茂子2)・坂東貴子2)・

  秋山美智代2)・高木伸幸2)・ 片岡晶子2)・

  四宮ひとみ2)・江本茂子2)・杉本英雄2)

1.はじめに
 近年、食習慣や生活習慣の変化により、糖尿病や高脂血症などの生活習慣病が非常に増加するなど、疾病の状況も変化してきている。農村医学班は、昭和50年(1975)以来、阿波学会の学術調査に参加し、農業従事者を中心とした地域住民の健康状態について学術調査を行い、その結果を報告している(1)。昨年度の井川町の健診(2)に引き続いて、本年度は穴吹町住民を対象として健康調査を実施したので、その結果を平成9年(1997)度の徳島厚生連巡回健診結果(3)と比較して報告する。

2.調査対象と方法
 対象は穴吹町の住民で、無作為に選ばれた男性57名(平均年齢58.8歳)、女性146名(平均年齢59.4歳)の計203名である。図1に健診受診者の年齢構成を示すが、男女ともに60歳代が最も多く、全体の60.1%を占めていた。職業に関しては、農業従事者が専業、兼業農家を合わせて56名(27.6%)であった(図2)。


 健康調査は平成10年(1998)7月29日、30日、8月3日、4日の4日間、穴吹町において実施した。健診内容は、問診、理学的所見、尿検査、便潜血検査、血液検査、心電図検査、胸部・胃部X線検査、眼底検査で、一部の対象には喀痰(かくたん)細胞診検査を施行した。尿検査、血液検査は空腹時に施行した。血液検査項目は昨年までとほぼ同様であるが、本年度よりC型肝炎ウィルス検査である HCV 抗体を削除し、悪性腫瘍(しゅよう)のスクリーニング検査として広く用いられている CEA を追加した。
 検査方法と検査結果の判定基準を表1に示した。検査結果の判定は、A:異常を認めず、B:経過観察、B:要注意、C:要精検、D:要医療の5段階に分類し、CとDを異常と判定した。

3.調査結果
 1)現病歴、既往歴、嗜(し)好について
 現病歴、既往歴、嗜好については問診で調査を行った。
 現在治療中の疾患は、男女とも高血圧症が最も多く、30名(14.8%)にみられた。次いで高脂血症、糖尿病各8名(3.9%)、狭心症3名(1.5%)、気管支喘息(ぜんそく)2名(1.0%)の順であった。
 既往歴に関しては、高血圧症38名(18.7%)、高脂血症34名(16.7%)、胃・十二指腸潰瘍(かいよう)28名(13.8%)、胃炎27名(13.3%)などが多く、糖尿病は13名(6.4%)にみられた。
 飲酒習慣に関しては、毎日飲酒する者は男性30名(52.6%)、女性11名(7.5%)であった。その内、酒2合以上あるいはビール2本以上の多量飲酒者は、男性6名(10.5%)で、女性では1名もいなかった。
 タバコに関しては、男性の喫煙者は27名(474%)、女性は1名(0.7%)であった。1日20本以上の喫煙者は男性9名(15.8%)であった。
 2)肥満度について
 標準体重は明治生命標準体重表を用いて求め、肥満度は、実測体重(kg)/標準体重(kg)×100(%)として算出した。肥満度が130%以上の肥満、および69%以下のやせを異常と判定した。肥満度の平均は男性105.8±13.6%、女性102.6±13.2%であった。130%以上の肥満は男性3名(5.3%)、女性3名(2.1%)の計6名(3.0%)であった。69%以下のやせは女性1人(0.5%)のみであった。
 3)血圧について
 WHO(世界保健機構)の診断基準(4)では、収縮期血圧160mmHg 以上かつ/または拡張期血圧95mmHg 以上を高血圧、収縮期血圧140〜159mmHg かつ/または拡張期血圧90〜94mmHg を境界域高血圧と定義している。高血圧は男性9名(15.8%)、女性12名(8.3%)に認められた(全体では10.4%)。さらに境界域高血圧を含めると、男性12名(21.1%)、女性46名(31.5%)に血圧異常が認められた。高血圧は年齢とともに増加し、65歳以上では43.5%の人に高血圧もしくは境界域高血圧が認められた(図3)。現在高血圧で治療中の者は、男性6名、女性24名であった。


 4)尿検査について
 尿検査では、男性2名(3.5%)、女性12名(8.2%)に何らかの異常が認められた(全体では6.9%)。尿蛋白2(+)以上は男性1名(1.8%)、女性4名(2.7%)に、尿潜血2(+)以上は男性2名(3.5%)、女性9名(6.2%)に認められた。また尿糖陽性は、男性2名(3.5%)、女性1名(0.7%)の計3名(1.5%)に認められた。尿ウロビリノーゲンの異常は、男女ともに認められなかった。
 5)便潜血検査について
 便潜血の有無は抗ヒトヘモグロビン抗体を用いて検査した。便潜血陽性は男性4名(7.4%)、女性8名(5.8%)に認められた(全体では6.3%)。
 6)貧血検査について
 男性ではヘモグロビン値(Hb)が10.9g/dl 以下、女性では9.9g/dl 以下を貧血と判定した。貧血は男性では認められず、女性では2名(1.4%)に認められた。
 7)肝機能検査について
 肝機能検査として、血清蛋白(TP)、GOT、GPT、ALP(アルカリフォスファターゼ)、γ-GTP、ZTT(クンケル)、CHE(コリンエステラーゼ)を測定した。また、肝炎ウイルス検査として HBs(B型肝炎ウイルス)抗原について検査した。前記の通り、本年度はC型肝炎ウイルス検査である HCV 抗体は実施しなかった。
 何らかの肝機能検査が異常値を示したのは、男性16名(28.1%)、女性33名(22.6%)であった(全体では24.1%)。その内、要精検者は男性11名(19.3%)、女性10名(6.8%)で、男性に多くみられた。
 肝機能異常(要精検)の項目別では、GOT の異常が男性3名(5.3%)、女性6名(4.1%)、GPT の異常が男性6名(10.5%)、女性7名(4.8%)、ALP の異常が男性1名(1.8%)、女性1名(0.7%)、γ-GTP の異常が男性5名(8.8%)、女性1名(0.7%)、ZTT の異常が女性1名(0.7%)、CHE の異常が男性1名(1.8%)にみられた。また HBs 抗原陽性者は、男性3名(5.3%)、女性1名(0.7%)であった(全体では2.0%)。
  8)腎(じん)機能検査について
 腎機能検査として、尿素窒素、クレアチニン、尿酸の3項目の血液検査を施行した。何らかの検査値が異常値を示したのは、男性15名(26.3%)、女性26名(17.8%)であった。要精検者は男性11名(19.3%)、女性12名(8.2%)で、男性に多くみられた(全体では11.3%)。腎機能異常(要精検)の項目別では、尿素窒素の異常が男性6名(10.5%)、女性8名(5.5%)にみられたが、クレアチニンの異常は男女ともみられず、尿酸値の異常が男性6名(10.5%)、女性4名(2.7%)にみられた。
 9)脂質検査について
 脂質検査として、総コレステロール、HDL-C(高比重リポ蛋白コレステロール)、中性脂肪の3項目について空腹時に測定した。脂質検査で要注意あるいは要精検と判断されたのは、男性25名(43.9%)、女性86名(58.9%)であった。その内、要精検者は男性9名(15.8%)、女性42名(28.8%)であった(全体では25.1%)。総コレステロール値が220mg/dl 以上を示した者は男性12名(21.1%)、女性80名(54.8%)、中性脂肪が200mg/dl 以上を示した者は男性5名(8.8%)、女性2名(1.4%)であった。一般に善玉コレステロールといわれる HDL-C が29mg/dl 以下の低値を示した者は、男女ともいなかった。
 10)空腹時血糖検査およびヘモグロビンA1c(HbA1c)について
 空腹時血糖値が140mg/dl 以上は糖尿病と判定されるが、男性では6名(10.5%)、女性では2名(1.4%)に認められた(全体では3.9%)。また、HbA1c 値は過去1〜2カ月間の長期血糖コントロールの目安とされ、糖尿病のスクリーニングおよび血糖コントロール状態の評価に有用と考えられている。HbA1c 値が6.0%以上を示したのは男性9名(15.8%)、女性4名(2.7%)であった(全体では6.4%)。空腹時血糖値が140mg/dl 以上の者はすべてHbA1c 値は6.0%以上であった。現在糖尿病治療中の者は男性5名、女性3名であり、これらの治療中の者を除くと、男性4名、女性1名に HbA1c 上昇を認め、糖尿病の有無について精査が必要と考えられる。
 11)血中 CEA について
 CEA(ガン胎児性抗原)は腫瘍マーカーとして、肺ガン、消化器ガンを中心とした悪性腫瘍のスクリーニング検査に広く用いられている。CEA 値に関して5.0ng/ml 以下が異常なし、5.1〜9.9ng/ml が要注意、10.0ng/ml 以上を要精検と判定した。要注意者は男性9名(15.8%)、女性3名(2.1%)で、男女とも要精検者はいなかった。
 12)心電図検査について
 心電図検査で要精検と判定された者は男性5名(8.8%)、女性12名(8.2%)であった(全体では8.4%)。心電図異常の内訳は、異常Q波6名、ST 変化4名、右脚ブロック2名、心室性期外収縮1名などであった。
 13)胸部X線検査(間接撮影法)について
 胸部X線検査を男性57名、女性145名の計202名に施行した。要精検あるいは要治療と判定された者は、男性6名(10.5%)、女性14名(9.7%)であった(全体では9.9%)。
 14)喀痰検査について
 男性15名、女性1名に喀痰細胞診検査を施行したが、全員異常を認めなかった。
 15)胃部間接X線検査について
 胃部間接X線検査を男性54名、女性138名の計192名に施行した。要精検者は男性3名(5.6%)、女性7名(5.1%)であった。
 16)眼底検査について
 眼底検査を男性57名、女性144名の計201名に施行し、要精検者は男性1名(1.8%)、女性7名(4.9%)であった。眼底検査異常の内訳は、緑内障性視神経乳頭陥凹、糖尿病性網膜症、黄斑変性症、網脈絡膜変性症などであった。
 17)追跡調査結果について
 健診結果で要精検あるいは要治療と判定された者に対しては、文書にて医療機関で精査するように通知している。平成10年(1998)12月末日の時点で、胃部X線検査異常では40%(10件中4件)、胸部X線検査異常では55%(20件中11件)、その他の異常では28.7%(129件中39件)の医療機関から精検結果の回答があった。精検結果の内容は、胃部X線検査異常で回答のあった4名の内、1名が胃炎、1名が胆石、残りの2名が異常なしであった。胸部X線検査異常で回答のあった11名の内訳は、陳旧性肺結核2名、間質性肺炎(要治療)、慢性気管支炎、陳旧性胸膜炎、両肺野小結節陰影、食道裂孔ヘルニアによる陰影が各々1名、残りの2名が異常なしであった。便潜血陽性は12名に認められ、その内6名の精検結果の回答があり、潰瘍性大腸炎、大腸ポリープ(腺腫(せんしゅ))が各々1名指摘され、残りの4名は異常なしであった。

4.総合判定および項目別異常率:平成9年度徳島厚生連巡回健診結果との比較
 徳島県厚生農業協同組合連合会(厚生連)では毎年徳島県各地で巡回健診(JA健診)を行っている。平成9年度は総受診者数は9149名(男性3838名、女性5311名)であった。年齢構成では60〜64歳が最も多いが、49歳以下の者が全体の46.5%(その内29歳以下は11.1%)と約半数を占めており、今回の穴吹町の健診者に比べ、若年齢層が多く含まれている(図4)。


 今回の穴吹町の健診において、すべての健診項目を加味した総合判定の結果は、異常なし7.9%、経過観察2.5%、要注意24.6%、要精密検査65.0%であった(図5)。男女別では、異常なしが男性10.5%、女性6.8%、要精密検査が男性70.2%、女性63.0%で、要精密検査は男性の方が高率であった(図6)。また、平成9年度 JA健診では、異常なし13.9%、経過観察7.9%、要注意25.5%、要精密検査あるいは要医療52.7%(男性59.7%、女性47.6%)であった(図7、8)。両者を比較すると、穴吹町の総合判定異常率(要精密検査ないし要医療の率)は JA健診に比べて高率であった。このことは、JA健診の対象者に若年者が多く含まれていることが原因ではないかと考えられる。しかし、平均年齢がほぼ同じである平成9年度の井川町の健診(2)での総合判定異常率は、男性60.0%、女性54.3%であり、穴吹町は井川町よりも高率であった。


 穴吹町の健診項目別の異常率に関しては、男女とも血液検査異常が最も多く(44.3%)、次いで高血圧10.4%、胸部X線異常9.9%、心電図異常8.4%、尿検査異常6.9%、便潜血6.3%、胃部X線異常5.2%の順であった(図9)。JA健診でも血液検査異常が最も多く、穴吹町とほぼ同程度の異常率であった(42.5%)(図10)。次いで胃部X線異常22.1%で、穴吹町より明らかに高率であった。高血圧(6.8%)、胸部X線異常(5.7%)、心電図異常(4.6%)は穴吹町より低率であった。


 血液検査異常の内訳では、穴吹町では脂質異常が最も多く、25.1%に認められた。次いで腎機能異常11.3%、肝機能異常10.3%、糖質異常6.4%の順であった。
 特に女性では、脂質検査の異常率が28.8%と非常に高率であった。男性では肝機能異常、腎機能異常が多くみられた(図11)。JA健診では肝機能異常が最も多く(19%)、特に男性では29.3%と高率であった。次いで脂質異常16.3%、糖質異常12.3%であった(図12)。穴吹町ではJA健診に比べ、脂質異常、腎機能障害は高率、肝機能異常、糖質異常は低率であった。
 対象年齢の似た平成9年度の井川町の健診と比較してみると、穴吹町では腎機能障害、脂質異常(特に女性)が多く、井川町では糖質異常(HbA1c)、高血圧、肝機能障害が多くみられた。

5.まとめ
 穴吹町の男性57名、女性146名について健康診断を行った。
 総合判定での異常者率は男性70.2%、女性63.0%、全体では65.0%で、平成9年度のJA健診に比べて高率であった。このことは健診対象者の年齢構成の違いによるところが大きいと思われた。
 今回の健診結果で注意すべき点としては、男女とも脂質異常の頻度が高いことである。
穴吹町の脂質異常の頻度(25.1%)は平成9年度のJA健診(16.3%)、井川町健診(14.5%)よりも明らかに高率であり、特に女性では総コレステロール値220mg/dl 以上の高コレステロール血症が54.8%と約半数に認められた。わが国の調査として、平成6年(1994)度の国民栄養調査(5)では、総コレステロール値の中等度上昇(220〜259mg/dl)、高度上昇(260mg/dl 以上)を示す割合は、男性では40歳代が最高で、それぞれ24.8%、8.4%、女性では50歳代が最高で、それぞれ32.1%、13.2%であったと報告されている。この報告と比較しても、穴吹町、特に女性における高コレステロール血症の頻度は高いと考えられる。また、総コレステロール値の経時的推移をみた疫学調査において、総コレステロール値が以前に比べて徐々に高くなっており、その原因として食生活の変化が大きく寄与しているものと考えられている。高脂血症は、高血圧、糖尿病などとともに動脈硬化の危険因子の一つと考えられ、虚血性心疾患、脳血管障害などに注意していく必要がある。そのためには、適切な食事、適度の運動など生活習慣の改善が必要ではないかと考えられる。
 また、今回より腫瘍マーカーである CEA の測定を行った。要精検者はいなかったが、CEA の軽度上昇(要注意)が5.9%に認められ、特に男性に多くみられた。CEA は喫煙、良性疾患でも軽度上昇することがあるが、要注意者は時期をみて再検査する必要があると考えられる。
 一般に病気の予防には、健康を増進し発病を予防するという「一次予防」、病気を早期に発見して、早期に治療していくという「二次予防」、病気にかかった後の治療・機能回復・機能維持という「三次予防」がある。元来、健康診断は主として「二次予防」的な目的のため行われていた。しかし近年、生活習慣の変化により糖尿病や高脂血症などの生活習慣病が増加してきており、その生活習慣病の多くは、発病の初期には症状がなく、合併症として心筋梗塞(こうそく)、脳梗塞などの発病時には手遅れになる可能性もある。こういった危険性を避けるために、病気自体が発病しないように未然に予防していこうという「一次予防」の考え方が重視され、現在では健康診断の主たる目的となってきている。今回の穴吹町の健診結果も、そういった意味で活用されれば有意義ではないかと考えられる。

 参考文献
(1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について.郷土研究発表会紀要 22:159-190,1976.
(2)今川大仁,矢木文和,吉田健三,大塚理司,天満仁,寺井朝路,稲原滋美,中野敏夫,吉本公宏,渋谷啓治,遠藤博久,林まゆみ,原茂子,坂東貴子,河野ゆかり,秋山美智代,高木伸幸,片岡晶子,四宮ひとみ,江本茂子,杉本英雄:井川町における農業従事者の健康状態について. 阿波学会紀要 44:135-141,1998.
(3)徳島県厚生農業協同組合連合会:巡回健診.平成9年度健康管理活動結果報告書:51-85,1998.
(4)Report of a WHO Expert Committee:Arterial hypertension. WHO Technical Report Serial No. 628,1978.
(5)厚生省保健医療局健康増進栄養課(監修):平成6年国民栄養調査・平成8年版国民 栄養の現状,第一出版,1996.

1)JA徳島厚生連麻植協同病院 2)JA徳島厚生連健康管理部


徳島県立図書館