|
1.はじめに 現在、わが国の成人の半数以上が、食生活をはじめとする不適切な生活習慣のために、肥満、循環器疾患、糖尿病などの健康問題を持っている(1)。そのために国民の医療費は高騰を続け、一人の年間負担額は約20万円となっている(2)。このまま放置すれば、この問題は高齢人口の増加によって益々深刻になっていくであろう。健康な生活は、個人にとって何より大切なものであり、誤った食生活を正していく必要がある。 徳島県では、ここ数年糖尿病死亡率が全国一高い(3)。また、虚血性心疾患や脳卒中も高い。しかし、何故そのような疾患が多いかは分かっていない。このような点を明らかにするために、また住民の生活習慣病予防に関する基礎資料を作成するために、今回、我々は穴吹町住民の食生活や健康に関して栄養調査を行った。
2.方法 穴吹町で農業に従事する成人182名を対象に、平成10年(1998)7月29、30日と8月3、4日の計4日間に栄養調査を行った。表1に性、年齢別にみた栄養調査参加者人数を示した。調査項目は、1
身体検査、2 栄養摂取状況調査、3 みそ汁の塩分濃度の3項目であった。身体検査では、身長、体重および体脂肪率(タニタ
TBF-102)について測定した。栄養摂取状況調査では、我々が開発した食物摂取頻度調査用紙(4)(図1)を使用して1週間の食事内容について個別にたずねた。摂取量推定の精度を高めるためにフードモデル(川崎フードモデル)を用い、栄養素摂取量の計算には、日本標準食品成分表を内蔵したエクセル栄養君を用いた(5)。また調査時に持参してもらったみそ汁の塩分濃度は、食塩濃度計(堀場製作所HS-7)で測定した。

3.結果と考察 1)健康問題を持つ人の割合 図2に、健康問題を持つ人の割合を示した。肥満、高血圧、血清高コレステロールおよび糖尿病は、その原因が主に不適切な栄養による疾患である。肥満は、体脂肪率によって判定した。男性で25%以上、女性で30%以上を肥満とした。男性の22%、女性の35%が肥満であった。全国との比較のために表2に
BMI(body mass index 体重 kg/(身長 m)2)の結果を示した。BMI
は身長の2乗当たりの体重から肥満を判断するもので、26.4以上が肥満とみなされる。年齢階級別に全国(6)と比較してみると、男性の各年代ではほとんど差はみられなかったが、70歳以上の女性で、全国より穴吹の平均値が高かった。
  血圧は、最大血圧が140mmHg
以上、最小血圧90mmHg
以上のものを異常(高血圧あるいはその予備軍)とした。穴吹では高血圧者の割合は男性で24%、女性で31%と、全国(男性45%、女性36.6%)に比べて低かった。 血清総コレステロール値は、220mg/dl
以上を血清コレステロール高値者とした。穴吹町では、男性18%、女性は対象者の半数以上(55%)が高値であった。国民栄養調査の結果から、40歳代から60歳代までの値を単純平均すると、男性では39%、女性では58%が高値であった。穴吹町民の血清コレステロール高値者の割合は、全国と比べて、ほぼ等しいか、やや低かった。 過去1〜3カ月の血糖値をあらわす
HbA1c
の値が5.6%以上を血糖異常者とした。異常者は、男性22.0%、女性5.3%であった。1997年に行われた厚生省の糖尿病実態調査から、40歳代から60歳代までの値を単純平均すると男性は21.5%、女性は16.7%であった。また、徳島県は糖尿病死亡率が日本一高いことはよく知られている。県民栄養調査(7)の結果の40歳代から60歳代までの値を単純平均すると、血糖高値者の割合は、男性で11.8%、女性で18.6%であった。すなわち穴吹の住民は、男性では全国とほぼ同じであるが女性ではおよそ3分の1であった。 2)栄養素摂取量 表3に穴吹町民と全国民の栄養摂取量(6)を所要量に対する割合で示した。男性では全国と比較して、特に差は見みられなかった。全国の30および40代の女性は、カルシウムの摂取量が低かったが、穴吹では十分に摂取していた。鉄の摂取量は、全国、穴吹とも30代および40代で低かった。
 3)疾患別にみた正常者と異常者の栄養摂取量と食品群別摂取量 表4および5に、肥満者の栄養素摂取量と食品群別摂取量を示した。男性の肥満者は、健康に対して注意を払っているように思われた。すなわち、澱(でん)粉質食品、肉や魚の摂取量が低く、その結果エネルギー、脂質、炭水化物の摂取量が低かった。しかし牛乳の摂取量は高かった。これに対して、女性の肥満者は食生活に注意を払っている様子はみられず、食品群では魚類、肉類の摂取量が高く、その結果、エネルギーや脂質の摂取量が増加した。
  表6および7に、高血圧者の栄養素摂取状況と食品群別摂取量を示した。高血圧の食事上の最大の原因は、食塩の過剰摂取である。厚生省は10g
以下の摂取を推奨している。前述したように穴吹町民の高血圧者の割合は、全国よりもかなり低かった。しかし食事調査の結果では、穴吹町民の食塩摂取量は高かった(男性14.5g、女性14.7g)。それ故、食塩摂取量と高血圧の関係は矛盾していた。この矛盾は、食塩摂取量の計算にあるのではないかと考えられる。すなわち、食塩摂取量の計算は、日本標準食品成分表で行われるので、個人がどのような塩分濃度の食品を食べようと全員同じ塩分濃度として計算される。このように食塩の摂取に関しては、通常の計算では問題が大きいので、他の方法をとる必要がある。今回の研究では、みそ汁の塩分濃度を測定し、これから食塩摂取の過多と高血圧者の割合の関係について考えてみた。穴吹町住民のみそ汁塩分濃度測定の結果を図3に示した。塩分濃度が1%以下のものが男女で8割弱であった。日本人のみそ汁塩分濃度は、一般に1.0〜1.1%で、1%を切る地域は少ない(8)。また、徳島県下でも三好町では1%を越える人が65%以上であった(9)。このようなことから、穴吹町住民の塩分摂取量はかなり抑制されており、そのことが高血圧者の割合が低かった原因と考えられる。
 
 表8および9に、血清コレステロールの高値者の栄養素摂取状況と食品群別摂取量を示した。正常者、異常者間には特に目立った摂取量の差は見られず、高値者は、男女とも食事に対する注意が払われていないように思えた。女性対象者のうち、半数以上(55%)が血清高コレステロール者であったが(図2)、その6〜7割が60歳以上なので、年齢についても考慮しながら、栄養指導および運動指導を行っていく必要がある。
  表10および11に、HbA1c
の高値者の栄養摂取状況と食品群別摂取量を示した。高値者は穀類の摂取が低かったため、それがエネルギーの摂取を抑えていた。しかし、牛乳の摂取は高かった。一般的に、牛乳は栄養学的に優れていると理解されているが、高蛋白(たんぱく)質は糖尿病性腎(じん)症移行への可能性を否定できない。また、血糖のコントロールに望ましいと思われる食物繊維の摂取量が低かった。糖尿病を良好のコントロールしていくためにも、継続的な栄養指導を行っていかなければならないであろう。
 
4.結論 穴吹町住民は、高血圧者の割合が全国に比べると低く、地域での減塩指導の効果があがっていると思われる。肥満、血清高コレステロールおよび糖尿病といった、不適切な食生活にもとづく健康問題は全国なみで高かった。しかしながら、食生活上の注意はほとんど払われていなかった。このようなことは、住民に対する適切な食事指導が必要であることを示している。
参考文献 1)厚生省保健医療局健康増進課:国民栄養の現状−平成9年国民栄養調査成績.第一出版、東京.1998 2)厚生省保健医療局健康増進課:成人病のしおり.社会保険出版社、1995 3)厚生統計協会:国民衛生の動向、44、422〜423.1997 4)高橋啓子ら:簡易法による食物摂取状況調査票と成績票の作成.四国大学紀要自然科学編、Vol.5、23〜35.1996 5)吉村幸雄ら:エクセル97/98栄養君
plus
Ver.2.1.1998 6)厚生省保健医療局健康増進課:国民栄養の現状−平成9年国民栄養調査成績.第一出版、東京.1998 7)徳島県保険環境部保健予防課:県民栄養の現状−平成9年度県民栄養調査成績.1999 8)梶本雅俊:栄養指導への国民栄養調査の活用.食生活92、26〜30.1998 9)前川敬世ら:三好町住民の栄養調査.郷土研究発表会紀要、39、123.1994

1)徳島大学医学部実践栄養学講座 2)四国大学短期大学 3)四国大学生活科学部 4)穴吹町役場保健福祉課 |