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1.目的 生薬班は徳島県各地の民間薬調査および薬用植物の分布調査を行い、その地の民間薬の特性や、実際に分布する植物との関係を見て、現発性の民間薬か、伝聞による民間薬かの区別を行い、真に有効な民間薬の発掘を心がけている。 一般に、民間薬調査では、調査対象の地域が変わると、その地方に特有の珍しい民間薬や、新規な民間薬が、種類数は少ないながらも発見されることが多い。それら新規の民間薬は、更に研究されることにより、その有効性や、生薬としての価値が判断される。効果と価値が有用であると確認された生薬は、広く各地で使われるようになる。すなわち、一地方の民間薬が世界の民間薬へと変化できる可能性を潜めている。 しかし、いくら珍しい、あるいは効果の高い民間薬が現在まで伝承されていても、それがその家だけの知識としてあるだけで、記録として残っていなければ、時代と共に消え去っていくのが現実である。実際、調査していても、各地で、昔は◎◎という家伝薬があったが、今は何を使っていたかわからないと言う話は良く聞かれる。 私たちは民間薬の現状を把握し、それらを記録として後世に残すと共に、興味ある民間薬については、成分的な研究や実際の応用などについても研究していきたいと思っている。
2.調査日と調査方法 平成10年8月1日から6日までの6日間をかけて、穴吹町の山間部を中心に調査を行った。その後、数日の調査を行い、その結果もこの報告の中に含めた。 調査の方法は、班員が一人ずつ各家を戸別に訪問し、在宅の人や、近所の田畑で働いている人に対して聞き取りを行うと共に、道を歩いている人に対しても聞き取りを行った。 調査は、民間薬(手薬)についてどの様なものを知っているかを質問し、その結果を調査用紙に記入した。回答が一段落後、さらに火傷(やけど)、切り傷などと具体的症状を挙げ、それらに使用する薬についても質問した。さらに、動物の病気に対して使用する民間薬についても質問した。
3.調査結果の集計 調査対象人数は総計305名であった。ただし、同時に数人から聞いた場合は、それを1名として記録した。得られた民間薬を、出現頻度に関係なく、民間薬名別に、地方名、使用部位・部分、病名・症状、作用、使用方法、備考の各項をまとめた。民間薬の名前のみが得られた物や、その使用法などが不明の民間薬は、記録から省いた。
4.まとめ 今回の調査結果で特徴的なことは、同名異物がたくさん回答され、地方名に混乱があることが確認されたことである。 その第一に挙げられる例は、「イシャダオシ」という民間薬名に対し、多くの人(全体の64%)はゲンノショウコを当てていたが、一部ではドクダミ(4%)、ヒキオコシ(2%)、黄色い花(植物名は不明)(8%)を当てている人がいた。「黄色い花」の植物名は確定できていないが、一応植物が限定できるとして考えても、現地で現物を確認できなかった22%の人の「イシャダオシ」は、対応する植物が特定できない。すなわち22%の人はイシャダオシの名で何かの植物を使用している事はわかっても、どこにも入れることが出来なかった。このことは、実際に調査をしていても、意味をなさない結果となり、このような調査の難しさを改めて確認した。 次いで、「イシャイラズ」という民間薬名に対して、アロエとゲンノショウコが同数、すなわち各50%が得られた。これは、一般(他の地域)にはイシャイラズという名に対してゲンノショウコだけが当てられていることと異なる結果となった。 一地方の民間薬調査で、同一地方名に対してこれだけ多くの同名異物が見られることは、まれなことである。このことは、イシャダオシやイシャイラズなどの地方名あるいは通用名が、その地に根ざした自然発生的な民間薬ではなく、何らかの教育によってえられた知識であることを物語っている。 更に、民間薬名として「カヅラ(またはカズラ)」と回答があった植物に対しては、オオツヅラフジ、カキドオシ、スベリヒユ、ツヅラフジが同数、すなわち25%ずつ得られた。このことは、「カヅラ(またはカズラ)」として使用される植物は限定できないことを意味している。またツルを表現する「ツヅラ」には、シラクチヅル(33%)、ツヅラフジ(33%)、オオツヅラフジ(11%)が当てられていた。残り23%の人の「ツヅラ」は、調査者が植物を確認しなかったのでどこにも入れることが出来なかった。 このように多くの民間薬の同名異物品が見つかったのは、徳島県を始め、四国以外での調査でもこれまでに無かったことであり、このことは穴吹町においては民間薬が既に風化を始めていることを示すものと思われる。 また、動植物名に対する地方名も色々なものが見られ、例えばアケビに対してアクビ(22%)、アケビカズラ(22%)、ユベンカズラ(33%)があり、残りの23%はアケビを使用していた。カキオドシに対してタキドオシ(7%)、カキノゾキ(7%)、カキトオシ(22%)、カズラ(7%)、ゼニクサ(7%)が得られ、カキドオシは50%であった。このなかで、タキドオシは調査者が聞き間違えたか、被調査者が言い間違えた可能性もある。 ゲンノショウコに対してはイシャイラズ(2%)、イシャダオシ(34%)、ミコシグサ(6%)が得られ、ゲンノショウコと言った人は58%であった。スギナに対してはマツバグサ、マツナグサが各10%みられ、残りの80%の人はスギナと告げた。トチバニンジンに対してはケニンジン(55%)、ヤマニンジン(18%)が多く、本来の名前の竹節人蔘(ちくせつにんじん)は18%、トチバニンジンは9%と少なかった。学問的な名でないケニンジンが多いと言うことは、トチバニンジンはこの地に根ざした民間薬であることを示しているといえる。サワガニに対してはアカガニ、ミソガニが各33%であり、残りは単にカニであった。マムシに対して、ハミ(15%)、ハブ(2%)、ハメ(38%)が得られ、残り45%はマムシであった。 このほかに、他の調査地でも見られるような別名も多く見られた 回答で多数回出た物を挙げると、ドクダミは251回、マムシは125回、アロエは124回、ヨモギは116回、ゲンノショウコは112回、オオバコは75回、センブリは74回、ユキノシタは60回、オトギリソウは44回、ビワは42回、マタタビは38回、アマチャヅルは30回、カキノキ、ハコベ、ウメは各27回、ミミズは26回、キハダは25回、イタドリ、ウラジロガシは22回、ダイコンソウは21回であった。 今回の調査で特徴的なことのもう一つは、販売目的で採集していたものが他地域よりも多く見られたことである。 すなわち、多数回出た生薬の内でアロエ、ウメ、ウラジロガシ、カキノキ、センブリ、ダイコンソウ、ハコベ、マタタビ、ヨモギ、ミミズ、マムシ等は自家用として使用していた色彩が強いものの、アマチャヅル、イタドリ、オオバコ、オトギリソウ、キハダ、ゲンノショウコ、ドクダミ、ビワ、ユキノシタ等は自家用よりも販売のために採集、あるいは栽培されている色彩が強く、他地域よりも販売目的の採集・栽培が多く行われていた。 しかしそれも近年は、業者が買いに来なくなり、採集や栽培が下火になっている。このことは、この地における民間薬の崩壊につながる危険性をはらんでいると思われる。 動物の病気に効く薬についての調査では、サフランやマメヅタを牛の病気に使ったり、ニンニクやマムシ末をニワトリの病気に使ったり、塩やセンキュウを魚に使用するなど、他地域では見られないか、まれにしか出現しない、珍しい使用法が得られた。これらは、この地において必要に迫られて使用が始まった可能性もあり、人間に対する生薬と対照的な方向性が見られた。






1)徳島大学薬学部生薬学教室 2)徳島大学医学部薬剤部 |