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1.はじめに 今回の穴吹町総合学術調査に参加し、穴吹川水系の水生昆虫類の調査に当たった。 穴吹川は、美馬郡木屋平村の剣山北東斜面に源を発し、木屋平村・穴吹町を流れ、吉野川に流入する、全長約41.9km
の1級河川である。 これまで、穴吹川における水生昆虫類の調査報告としては、徳島県保健環境センター(1990)による報告が見られる。それによると下流部のJR徳島本線鉄橋下で、5目21種を確認したことが報告されている。また、環境教育の一環として小・中学生による水生生物の観察会が催され、多くの種が採集されたことが新聞紙上等で報じられている。しかし、前者は調査地点が1地点と少ないものであり、後者は、種数や個体数についての詳しい報告はなされておらず、穴吹川水系の水生昆虫相を知るには十分なものとは言えない。そこで今回は、調査地点を多くとり、夏季における穴吹川水系の水生昆虫相を明らかにすることを目的に調査に当たった。 調査は、1998年7月28日から8月5日の間に実施する予定であったが、調査日直前に台風による増水があり、調査期間を後にずらした。しかし、その後も増水が続いたため、水位の下がるのを待って調査に当たったが、川底が非常に不安定な状況で、水生昆虫類への影響はかなり大きかったと推測される。したがって十分な結果と言えないが、ここに結果を報告する。なお、報告に当たり、調査地点10において採集にご協力をいただいた徳島県小学校理科教育研究部員の皆様に厚くお礼申しあげる。
2.調査地点と調査方法 調査は、図1に示すように、穴吹川本流とその支流の藤原谷川、平谷川、内田谷川、北又谷川に合計12の調査地点を設定し、各地点で採集を行った。調査地点としては、汚水の流入などがない、川底が比較的安定している場所で、早瀬を含む流れを選び設定した。
 藤原谷川、平谷川、田野内谷川、内田谷川、北又谷川は、いずれも山間部の渓流で、清らかな水が流れる。 水生昆虫類の採集は、サーバーネットとちりとり型金網を用いて、各地点で定性採集を行い、1カ所で1時間から1時間30分かけて、できるだけ多くの種を集めた。採集した試料は、約5%のホルマリン液で固定し、持ち帰った後同定し、種別の個体数を数えた。 採集と同時に、気温・水温・底質・河床型について記録し、また可児(1944)に従って
Aa 型、Aa-Bb 型、Bb
型の河川形態区分を行った。 なお、水生昆虫類の同定は、石田ほか(1988)、川合(1985)に従った。
3.調査結果と考察 1)調査地点の様相 調査時に調べた各地点の環境要因を表1に示した。 水温は、藤原谷川の調査地点1で最も低い値を示し、17.0℃であった。一方、最も高い値を示したのは、穴吹川の調査地点10で27.2℃であった。 各調査地点の様相は以下のとおりであった。 調査地点1:藤原谷川の上流部で、岩の間を清らかな水が流れる。谷は浅く、水量も多くない。かなり荒れた感じである(図2)。
 調査地点2:平谷川の中間地点である。上流部は急な斜面になり、水量が少ない。採集した地点は、やや平らな安定した流れで、上流側には砂防堤が作られている。 調査地点3:藤原谷川と平谷川が合流し田野内谷川となるが、合流点から2km
下ったあたりで、流幅も広くなり大きな岩が河床を形成する。水量も多く、深い谷となる。 調査地点4:北又谷川との合流点付近の平和橋下である。内田谷川は、上流部では河床が荒廃し、水生昆虫類の生息に適さない状態である。また、谷が深く、この地点あたりまで調査地点が設定ができなかった。やや荒れた様相を呈する(図3)。
 調査地点5:北又谷川も谷が深く、調査地点の設定が難しく、内田谷川との合流点近くに設定した。この場所は、かつて長尾小学校があった所である。河床はやや不安定な状況であった。 調査地点6:穴吹川の川瀬橋付近である。丸みのある石が多く、石の表面には藻類の付着が見られず、増水のためかなり河床が洗われている状況であった(図4)。
 調査地点7:鍵掛付近で、水量も石礫も多いが、やや不安定である。 調査地点8:恋人橋付近で、清らかな水であるが、河床はかなり荒れている。 調査地点9:宮内の白人橋付近で、こぶし大の石礫が多く、安定した様相を呈する。 調査地点10:ブルーヴィラあなぶき付近で、たびたびの増水により河床はかなり不安定であった。昼間は、多くの人が水遊びに興じる所で、そのため河床も不安定である(図5)。
 調査地点11:初草の仕出原橋付近で、河床は安定していた。 調査地点12:グリーンヒルあなぶきの下付近で、石礫が多く、流れもややゆるくなり、比較的安定した状況であった。この付近も大勢が水遊びに興じる所で、夏季は河床が不安定になる。 2)出現種と出現種数 採集された水生昆虫類の目別出現種と種ごとの個体数を地点別に整理したのが表2である。 水生昆虫類の総出現種数は、8目62種で、目別に見ると、カゲロウ目17種、カワゲラ目11種、トビケラ目18種、トンボ目5種、カメムシ目3種、ヘビトンボ目1種、コウチュウ目1種、ハエ目6種で、昆虫以外の底生動物が3種である(図6)。
 総出現種数に占める各目別出現種数の割合をみると(図7)、カゲロウ、カワゲラ、トビケラの三つの目で全体の72%を占めている。水生昆虫類の全出現種数に占める割合では、74%になる。出現種数の多くがこれらのなかまで占められている。
 調査地点別の水生昆虫と昆虫以外の底生動物の出現種数を目別に示したのが図8である。これを見ると、最も種数が多い所は、平谷川の調査地点2で23種である。ここは、河床が安定していたから多くの種が採集されたものと思われる。調査地点3、6、8では、出現種数が13〜16種とやや少ない。これは、増水により水生昆虫類が流され、その後回復していない結果と考えられる。他の調査地点では、20種前後が採集されており、河床が不安定な状況にもかかわらず比較的多くの種が出現している。増水の影響がなければさらに多くの種が採集されたと思われる。
 3)特記すべき種について 出現した種の中から希少であるとか、分布上特徴が見られる等の種について取り出して みたい。 ほとんどの調査地点に出現したのが、エルモンヒラタカゲロウ、コカゲロウ属の数種、ヒゲナガカワトビケラ、ウルマーシマトビケラである。これらは、県内の河川に普通に見られ、個体数も他の種に比べて多いものである。 1個所だけに出現したのは、キブネタニガワカゲロウ、キベリトウゴウカワゲラ、ノギカワゲラ、カワトビケラ科の1種、ミヤマシマトビケラ、オオシマトビケラ、ヒロアタマナガレトビケラ、コカクツツトビケラ、ヤマトビケラ属の1種、コバントビケラ、コオニヤンマ、シマアメンボ、ナベブタムシ、アメンボ、ヒラタドロムシ属の1種、ユスリカ科の数種、アブ科の1種であった。 オオシマトビケラ(図9)は、吉野川本川には普通に見られるが、半田川や貞光川のように水のきれいな川からは出現していない。穴吹川では、今回初めて採集された。また、ナベブタムシ(図10)は水がきれいな川に出現するが、採集例は少ないものである。ナカハラシマトビケラ、エチゴシマトビケラも採集例は多くなく、比較的きれいな川の中・下流域に出現する傾向が見られる。本来広く分布している種も、増水の影響で1個所でしか採集されなかったものも含まれているであろう。1個所でのみ採集された種は、全般に個体数が少ないものが多い。
  4)水生昆虫類からみた河川水質環境 これまで述べてきたように、河床状況が不安定であったにもかかわらず、20種前後の種が出現した所が多く、カゲロウ、トビケラ、カワゲラなどのように清水を好む種が多くを占めていた。また、ナベブタムシのような清水に住む、希少となりつつある種も出現しており、水生昆虫相からみても、調査水系の水質環境は良好である。
4.おわりに 穴吹川は、水質が極めて良いことが新聞紙上でも報道されたが、見た目にも水は清らかである。それは、上流から下流まで、カワゲラのような汚濁に弱い、清水を好む種が生息していることからも裏付けられる。今回は、台風による増水がたびたび繰り返され、不安定な河床状態であったが、安定した状態が維持されておれば、さらに多くの種が採集できたと思われる。今後とも調査を継続し、さらに詳しい水生昆虫相を明らかにしていきたい。
参考文献 1.徳島県保健環境センター(1990)底生動物による水質調査報告書.徳島県. 2.可児藤吉(1944)渓流性昆虫の生態.古川晴男編,昆虫(上巻),171-317.研究社,東京. 3.川合禎次編(1985)日本産水生昆虫検索図説.東海大学出版会,東京. 4.石田昇三,石田勝義,小島圭三,杉村光俊(1988)日本産トンボ幼虫・成虫検索図説.東海大学出版会,東京. 5.徳山 豊(1998)井川町の水生昆虫.阿波学会紀要,44,93-102.


1)鴨島町立森山小学校 |