阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第44号
井川町における小学校高学年の意識と生活に関する調査研究 −自己中心的な意識と家庭および学校での生活意識との関連を中心として−

教育班(徳島教育社会学会)

   伴恒信1)・中村彰一1)・西田泰子1)    

   成松絵里1)・小林武治1)・大島純子1)

1.調査・研究の目的
 急速に進む情報化社会、経済成長に伴う急激な都市化と過疎化、生活水準の向上、少子化・核家族化などにより、子どもたちを取り巻く環境は著しく変化してきている。ベネッセ刊行の「モノグラフ・小学生ナウ」* の中で静岡大学教授の深谷昌志は、子どもたちが生活している学校、家庭、地域において、子どもたちは人の数の少ない環境で成長することが一般化したと指摘している。さらに、地域を問わず、祖父母、親戚、近隣の人々との関係は希薄化した状況にあり、従来あったような地域の人間関係のつながりが減り、家族が孤立化している傾向も見いだせると述べている。また、精神科医の服部祥子は、小学生のこのような状況を「情動体験の欠乏」**としてとらえている。すなわち、日本の子どもの問題の根源は「未熟性」にあるとして、それを導き出すもとに情動体験だけでなく学びの欠乏、そして遊びの欠乏ともいうべき経験欠乏症候群ともいえる病因が横たわっていると訴えている。
 このような現代社会の人間関係の希薄化現象は、当然のことながら子どもたちの意識や行動に変化をもたらしてきている。この見方を裏付ける学校現場の実状として、疲れるようなことはなるべくせず、用事を頼むと「なんでぼくだけに言うの」といった損得勘定で行動する子どもたちの存在があげられる。さらに、自己中心的な行動が目立ち、いろいろな活動に対して自主性に乏しく、いじめとはいかないまでもまわりに対して陰湿な行為がなされる傾向が増えてきたこともあげられる。
 そこで我々教育班は、学校現場で生じている子どもたちの変化に着目し、特に自己中心的な意識と家庭での生活意識、学校での生活意識との関連性を明確にすることを目的として、井川町の小学校高学年の児童を対象に「小学生の意識と生活に関する調査」をおこなった。
【参考文献】
 *深谷昌志『モノグラフ・小学生ナウVo1,14−1』ベネッセ 1994.
 **服部祥子「親と子―アメリカ・ソ連・日本―』新潮社 1985.

2.調査方法の概略
 平成9年7月上旬、井川町立西井川小学校、辻小学校、井内小学校の5、6年生を対象に、質問紙調査を実施し、138の有効回答を得た。
 なお、質問紙を構成する領域は、日常生活・家庭生活・地域社会・学校生活・友人関係・自分自身の6領域である。

3.調査・研究の結果と考察
 1)各領域における傾向
 (1)日常生活
  「挨拶を自分からする」「明日の予定の準備をしてから就寝する」などの基本的な生活習慣は身についていると自覚・認識していることが読み取れる(図1)。

  テレビやマンガなどとの接触度が高い。また、60%以上の子どもたちがテレビゲームを日常の生活に位置づけていることもわかる。これらの結果から、家の中で過ごすことが多いことが予想される(図2)。


 (2)家庭生活
  保護者は、「物を大切にする」「思いやりの気持ちを持つようにする」などの道徳的心情を促す傾向が強いことがわかる(図3)。

  自分の家族はいい家族だと思う子どもたちが約70%を占め、家庭に対する満足度は高く、家庭が楽しいと感じていると言えよう(図4)。


 (3)地域社会
  地域の人達との挨拶は日常化されているが、一緒に何かをするといった交流は少ないことがわかる(図5)。特に地域の教育力の不足を感じる。


 (4)学校生活
  おおむね学校生活に満足していることがわかるが、学校拒否傾向もあることは見逃すことができない(図6)。

  約70%の子どもたちが成績を気にしており、成績に対して敏感になっていることがわかる(図7)。


 (5)友人関係
  友達に嫌われたくないと強く思う子どもたちが約70%を占め、友人に対して気遣ったり、かかわりを大切にしようとする傾向が強くみられる(図8)。

  友人に対して不満をもつことは非常に少なく、友人の大切さを強く認識している(図9)。


 (6)自分自身
  約60%の子どもたちが、イライラするといった気分を感じたり、どなりたいといった気持ちをもっていることから、ストレスを感じていることが予想される(図10)。

  苦しいことや面倒なことを避け、他を助ける行動に対して消極的な傾向にある(図11)。


 2)因子分析結果
 本研究では、因子分析により漠然と語られる自己中心的な意識の構成要素を明らかにすることにした。すなわち、今回用いた質問紙の中の「自分自身について」を尋ねる領域の一部において、これらを答えていく際にはいくつかの共通の見方により自己の気持ちを判断していると仮定し、因子分析によりその共通の見方を探し出すことにした。その結果、三つの項目群を抽出し(表1)、我々はそれらに次のような名前をつけた。

・「実利」(因子1)…気の合う友だちとだけ遊ぶ、おとなしい子より面白い子と同じ班になりたい、などといった他人の利害よりも自分の利害を優先させる意識
・「投げやり」(因子2)…リーダーには逆らわない方がいい、だめだと分かっていることは頑張らない、などといった投げやり的な意識
・「損得」(因子3)…係の仕事は楽な方がいい、自分だけ仕事が頼まれると損した気分だ、などといった損得で物事を判断しようとする意識

 3)クロス集計結果
 これらの自己中心的な意識が他の生活意識や態度とどのような関連性をもつのかを調べるため、「実利」・「投げやり」・「損得」と他の項目群をクロス集計にかけた。関連性をより分かりやすくするために、それぞれの項目群の頻度をそれぞれの項目群が得た得点に応じて、3段階、あるいは4段階にまとめることにした。その数字はグラフ上の1桁の数字で表されており、数字が上がるにつれてその意識も強まっていくことを意味する。以下その中で有意差のあった、すなわち、関連性をみいだすことのできたものを考察する。
 (1)損得×自主的生活習慣(P<0.05)
 図12から「損得1」に対する「自主的生活習慣3」が高いことがわかる。さらに、「自主的生活習慣1」における「損得1」の割合が非常に小さいことがわかる。すなわち、自分で起きる、自分で部屋の整理をする、などの基本的生活習慣が身についている子どもは、損得勘定には左右されにくい傾向にある。

 (2)実利×成績重視(P<0.01)
 図13から「実利1」に対する「成績重視1」が高いことがわかる。すなわち、勉強ができないことは悪いことだ、テストの点数や成績の順位が気になる、など成績を気にする子どもは、実利的な傾向にあることがわかる。


 (3)投げやり×家族への不満(P<0.01) 損得×家族への不満(P<0.05)
 図14では、「家族への不満1」に対する「投げやり1」が高く、逆に「家族への不満4」に対して「投げやり3」が高くなっていることから、「投げやり」が高まるにつれて家族への不満が高まっている様子がわかる。図15においても、「家族への不満1」に対する「損得1」が高く、「家族への不満3」に対して「損得3」が高くなっていることから、「損得」が高まるにつれて家族への不満が高まっている様子がわかる。すなわち、友達の家族がうらやましい、うちの人は自分のよいところややる気を分かってくれない、など家族に不満を抱いている子どもは、投げやり的な意識や損得勘定を抱いている傾向にあることがわかる。


 (4)投げやり×学習への非主体的態度(P<0.01)
    損得×学習への非主体的態度(P<0.01)
 図16では、「投げやり1」に対して「学習への非主体的態度1」が高く、「投げやり」が高まるにつれて学習への非主体的態度が高まっている様子がわかる。また図17でも「損得1」に対して「学習への非主体的態度1」が高く、逆に「損得3」では「学習への非主体的態度4」が高くなっていることから、「損得」が高まるにつれて学習への非主体的態度が高まっている様子がわかる。すなわち、勉強はやらされている気がする、学校はきまりが多くて窮屈だ、など勉強や学校に対する非主体的な気持ちを持つ子どもは、投げやり的な意識や損得勘定を抱いている傾向にあることがわかる。


 (5)投げやり×疎外感情(P<0.01) 損得×疎外感情(P<0.01)
 図18では「投げやり1」に対応する「疎外感情1」が高いことがわかる。図19でも「疎外感情1」に対応する「損得1」が高く、逆に「疎外感情3」では「損得3」が高くなっていることから、「損得」が高まるにつれて疎外感情も高まっている様子がわかる。すなわち、人からばかにされる、仲間外れにされるといった疎外感情を持つ子どもは、投げやり的な意識や損得勘定を抱いている傾向にあることがわかる。


 (6)実利×ストレス(P<0.01) 投げやり×ストレス(P<0.01)
    損得×ストレス(P<0.01)
 図20では「実利1」に対応する「ストレス1」、「実利4」に対応する「ストレス3」が高くなっている。図21では「ストレス1」に対応する「投げやり1」が高く、「ストレス3」に対しては「投げやり3」が高くなっている。図22では「ストレス1」に対応する「損得1」が高く、「ストレス3」に対して「損得3」が高くなっている。これらのことから、大声でどなりたい気持ちになる、物事がうまくいかなくてイライラすることがあるなどのストレスを感じている子どもは、実利的・投げやり的・損得的意識を抱いている傾向にあることがわかる。


 クロス集計の結果を総合的に考察すると、次のようなことがいえる。
 「実利」は、成績を気にするという意識と関連があり、それが自己の知識を豊富にするといった積極的な方向に働けばよいのであるが、他人との比較において、自己の成績が上位であればそれでよしという傾向になれば、それが自己中心的な意識へつながっていくのではなかろうか。このため、学習本来の目的を今一度見直し、子どもたちに伝え直す必要があると考えられる。
 また、「投げやり」・「損得」は、それぞれに共通した三つの要因が見られた。それは、家族への不満、学習への非主体的態度、疎外感情である。したがって、家庭におけるわが子への理解、学校における学習意欲の喚起、友人関係の円滑さが投げやり・損得感情を抑制するために必要であると考えられる。
 ただひとつ負の相関が見られたのは、「損得」に対する自主的生活習慣である。基本的生活習慣が身についている子どもは、家族への不満、学習への反主体的態度、疎外感情が抑制され、損得勘定も抱きにくくなっていると考えられる。
 最後に、「実利」・「投げやり」・「損得」の三つの指標に共通した要因としてストレスがあげられる。自己中心的な意識の高い子どもはそれだけ、ストレスがたまりやすいといえる。

4.課題と今後の展望
 本研究では、井川町における小学校高学年の全体的な傾向について分析を進めたが、性別による分析や、井川町以外での調査も行い結果を比較する必要がある。また、今回は小学生だけを対象にした分析だけであったが、発達的な側面から幅広く人間関係の影響因を考察するためにも、中学生を分析対象にする必要がある。さらに、子どもの人間関係を質問紙で得られる情報だけで分析するには限界があり、観察法や面接法など他の方法も取り入れた分析が必要である。
 本調査・研究を総括し、家庭・学校・地域社会において、井川町における子どもたちの望ましい意識変化を期待するのに重点的に必要だと思われることを考えてみた。
 (1)他者の立場を理解し適切な行動がとれるような思いやりの心を育てること。すなわち、子どもたちの健全な心の育成をさらに支援すること。
 (2)家庭・学校・地域社会において、子どもたち自身が自らの気持ちを表現できるような環境を設定すること。すなわち、家族や友人、地域の人々とのコミュニケーションを活発化すること。
 (3)温かい目で子どものよさを認め、それを伸ばしていけるよう励まし、子どもたちの自尊感情をはぐくむこと。
 本研究に関わる調査は、井川町教育委員会ならびに、西井川小学校、辻小学校、井内小学校のご協力のもとに行ったものである。ご協力いただいた先生方、児童のみなさんに深く感謝する。  (文責:成松・小林)

1)鳴門教育大学


徳島県立図書館