阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第44号
井川町の方言

方言班(徳島県方言学会)

   川島信夫・金沢浩生2)

1.方言区画上の位置
 徳島県の方言区画は森重幸の精密な調査に基づいて下記のように区分されている。
 北方(きたがた)上郡(かみごおり) 美馬郡・三好郡の平坦(へいたん)部
           下郡(しもごおり) 麻植郡・名西郡の平坦部および
                      阿波郡・板野郡・名東郡・鳴門市・徳島市の全域
 南方(みなみがた)上灘(かみなだ) 海部郡日和佐町・由岐町・牟岐町
          下灘(しもなだ) 海部郡海南町・海部町・宍喰町
          上手(うわて)  小松島市・阿南市の全域
                   および勝浦郡・那賀郡の平坦部
 山分(さんぶん)北山分(きたさんぶん) 三好郡東祖谷山(ひがしいややま)村・西祖谷山(にしいややま)村
         南山分(みなみさんぶん) 那賀郡木頭村・木沢村・上那賀町
 井川町の方言はアクセント、語法、語彙(ごい)の面を総合して徳島県上郡(かみごおり)方言圏に属する。

2.語アクセント
 この地域の語アクセントについては1930年ごろ、金沢治によって報告され、1960年ごろまでに徳島大学の宮城文雄、加藤信昭によって精査された。その後金田一春彦、平山輝雄ら中央の国語学者によっても調査され、平山はこれを「京阪 IV 型」と名付けた。また森重幸(1927〜1992)は、辻高等学校に教諭として1976年から7年間勤務したが、その間に三好郡をはじめ、県下の方言を調べ、徳島県の語アクセント地図を完成した。今回の調査でも、すべての協力者を煩わせてお尋ねしたが、大筋において変わりはなかった。

 ただ、当方言には次のような特徴がある。
(1)文のアクセントは、文頭部が高くなりやすい。
  アリガト ゾンジマス。
(2)二音節名詞第二類(石・川)において、次の二語は下記のようになる。
  もじ(籠(かご)のような漁具)→モジ おく(山奥)→オク。
(3)音節数の多い名詞、1語と意識された「〜の(ン)」でつながったものは上がり調子のアクセントになる。草の中(クサノナカ)相撲取り場(スモトリバ)もぐら(オグロモチ)

3.音韻
(1)1音節名詞が「ガ格」に立つ時は長音化しない。「ヲ格」に立つ時は「を」を吸収して長音化する。
  ユ(湯)が沸イタ。  ユー 沸カス。
  キ(木)ガ生エル。  キー 切ル。
(2)「セ」音ははっきり言う。(下郡・南方では「シェ」となりやすい)
  先生→センセイ  生徒→セイト
(3)合拗音(ごうようおん)は古い年齢層に残っている。
  勧誘員→クヮンユーイン  懐紙→クヮイシ
(4)町内の人同士では気安く、半ば故意に訛(なま)って言うことがある(音の交替)。
  来年→ダイネン  同じ→ウナシ  少ない→スケナイ
  饐(す)える→シエル  あんまり→アンマレ  あつい→アイト
  たばこ→タブコ  〜みたような→ミトヨーナ  ひざ→ヒダ
(5)徳島県南部ほどではないが「サ行動詞」の一部はイ音便する。
  精出して行けよ→セーダイテイケヨ
(6)「〜てやる」は拗音(ようおん)化することがある。
  教えてやる→オッセチャル

4.語法上の特徴
 品詞別にあげると、次のとおりである。
(1)形容詞
  〜でなければ→デナケリャーとも言うし、デナカリャーとも言う。
(2)形容動詞
  古風に「〜げな」という語形が多く、また新しく造語される。
   妙げな  若げな  ごつげな  ねんごけな(もったいぶる)
(3)助動詞
 ◎ 断定
  当方言では「ジャ」・「ダ」・「デャ」が共存している。
  エエ格好ジャッタ。何トユーンダロナー。
  勉強バッカリシヨル人ジャキニ…(勉強ばかりしている人だから)
  ナンダッタラ来ンデモエエデヨ。(都合が悪ければ来なくてもいいよ)
  早インデャーダ。(早いんですよ)
 ◎ 打消推量
  「マイ」は終止形にも連用形にも接続する。
   ソーワ ユーマイ。 または ソーワ イ(言)ーマイ。(そうは言わないだろう)
 ◎ 可能
 「レル」「ラレル」は当方言では「受身」にしか用いられないが、可能を打ち消すという形で禁止を表す。
  ○ 魚釣ラレン。
  ○ 入ッテ来ラレン。
 この応用で、可能動詞を使って禁止を表すこともある。
  ○ 2年生ニナッタラ ソーワ 遊ベンノデヨ。
  ○ 人ノコトワ 言エンノデヨ。

5.その他の表現法
 1)文末詞から見た表現
 1 「イナ・イノ・イヤ」
   三好郡を特徴づける文末詞である。勧誘・推量・命令表現の語尾に付き、強意・親密さ・突き放した気持ちなどを表す。
  ○ ホナニ言ワント行コイナ。(そう言わずに行こうよ)(少女→同)
  ○ ソノウチ コーイナ。(そのうち来るだろうよ)(中男→友人)
  ○ 聞イテ オイキーノ。(聞いてお帰りよ) (中女→隣人)
 2 「ノッ」(主に断定の「ジャ」や文末詞「ワ」などに付き、上がり調子で短い)
  親しい人に対する相槌(あいづち)、念押し、詠嘆などに用いる。
  ○ ホージャノッ。(そうだね)(中女→同)
  ○ オ(居)ランキン ノッ。(居ないからね)
 3 「デ」
  いわゆる連用形と同じ語形の命令表現(例えば「行キ」)の下に付いて命令・勧誘・指示の意味を強める。これは女性専用である。
  ○ オイトキデ。(後で手伝って上げるから置いておおき)(母→小学生)
  ○ ハヨーイキデ。(早くお行きなさい)(姉→弟)
 2)接続助詞から見た表現
  ○ キン
   徳島県下郡の原因を表す「ケン」は、三好郡では「キン」となる。同じ意味の「ケンド」も「キンド」となる。
 3)あいさつ言葉
 1  オ湯飲マンカダ。オイデヤ。(お茶を飲まないか。いらっしゃいよ)
 2  湯デモタベテオイキ。(お茶でも飲んでいらっしゃい)
 3  聞イテ オイニ。(聞いてお帰り)
   「オ〜連用形」という命令表現があいさつとして古い年齢層に定着している。
 4  マー 時分デ オ暑ウゴサリマス。
 5  アトニワ マー 目ガ オ悪ーテカラニ。
 6  マー オ休ミナシテツカハレ。
 7  マー 一杯イキナハンセ。
    季節のあいさつやお見舞いのことば、あるいは勧めることばとして定形をなしている。
    「ゴサリマス」「ゾンジマス」「ナシテツカハレ」「ナハンセ」のような古い敬語が生きている。

6.俚言(りげん)集
 井川町には、昭和10(1935)年刊行の「辻風土記」と、昭和57(1982)年刊の「井川町誌」があり、貴重な方言資料となっている。これらの資料と、今回の調査に快くご協力下さった多くの町民の方々のお陰でこの俚言集はできた。だが、筆者の力不足のため、取り上げた語の不適切、説明の舌足らずや、誤りも多くあろうかと思う。後日地元の方の手で完全な方言誌の生まれることを期待する。
アイガケ      赤子を帯で背負うこと。
アイゴ       わきが。
アイヤ       足。
アオバ       観劇などの最上等席。
アガリタテ     階段などの上がり口。
アギトオタテル   でしゃばり口を言う。
アゲル(動)(注1) 嘔(おう)吐する。
アサイキ      朝のうち。
アサキ       雑木。
アサッパチ     早朝。
アズナイ (形)  純情な。幼稚な。
アズル  (動)  困惑する。
アダツ  (動)  容器に入り得る。
アト        あいつ。あの奴。
アナンコ      穴。
アマエタ      甘えん坊。
アヤケル (動)  がっかりする。
アルデナイデ    有るではないか。
イカキ       ざる。
イガム  (動)  ゆがむ。
イカメイ (形)  うらやましい。
イガル  (動)  大声でさけぶ。
イデンコ      溝。
イナ   (助)  勧誘の終助詞。
          「行コイナ」行こうよ。
イヌゴ       淋巴腺(りんぱぜん)炎。
イヌル  (動)  帰る。(古)(注2)
イロベル (動)  もてあそぶ。
イワタ       岩石。
ウシネル (動)  失う。ウスネルとも。
ウタテー (動)  うっとうしい。
ウチマ       親類。
ウテル  (動)  粉などが湿り固まる。
ウトンコ      洞穴。
ウレ        木の梢(こずえ)の先。
エグイ  (形)  根性が悪い。
エゴ        入り江。
エッポド (副)  よほど。(古)
オーゲトーゲ(副) うそ八百。大口。
オード       雨戸。
オードーナ     横着な。
オーブタ      家のひさし。
オイコ       背負い台。
オゲ        うそ。
オゴク  (動)  叱(しか)る。
オサギ  〈動〉(注3)うさぎ。
オツベ       お尻(しり)。
オトキ       仏時の膳部(ぜんぶ)。
オナギ  〈動〉  うなぎ。
オブケル (動)  びっくりする。
オヤガタ      兄。
オリカニ (副)  時々。
オンカレル(動)  叱られる。
オンデンガエシ   仕返し。
オンビキ 〈動〉  ひきがえる。
ガイナ       強い。
カイナイ (形)  やや物足りない。
ガイニ  (副)  しっかり。沢山。
カガマ       ひざがしら。
カザ        におい。
カタデ  (副)  少しも。まるで。
カツレル (動)  飢える。
カド        庭。
ガニ   〈動〉  かに。
カマツカ 〈植〉  つゆくさ。
カヤル  (動)  倒れる。
ガンゴジ      化け物。(古)
ガンタラ 〈動〉  太みみず。
カンマン      かまわぬ。
ギシクナ      堅苦しい。
キダハシ      石段。
キドイ  (形)  じれったい。
キニ・キン(助)  から。故に。
キブイ  (形)  傾斜が急な。
キリモン      着物。
ギロンボ 〈動〉  こおろぎ。
クイル  (動)  くすぶる。
クソイキニ(副)  無茶苦茶に。
クソベイ (形)  嬰児(えいじ)の重いさま。
グチナワ 〈動〉  蛇。グチナゴとも。
クチマツ      おしゃべり。多弁。
クチャル (動)  しゃべる。
クッセル (動)  焦げる。くすぶる。
グモ   〈動〉  くも。
クヤク       不平。苦情。
クルウ  (動)  ふざける。
ケッコイ (形)  良い。きれいな。
ケナイ  (形)  消耗が早い。
ゴーレル (動)  壊れる。
コエグロ      草を刈って積み重ねたもの。肥料用。
コエノ       草を刈る山野。
コクバ       落ち葉。
ゴシノハン     人妻の尊称。(古)
ゴシャメンナシテ  ごめん下さい。
コズク  (動)  咳(せき)をする。
コセズク (動)  こせこせする。
コソ    (助)  しか。「5円コソ無い」 ハカとも。
コソバイ (形)  くすぐったい
ゴマズ       仏事の酒。(古)
コラエル (動)  許す。
サカシ       さかさま。反対。
サクイ  (形)  ねばりがない。
サデル  (動)  かき集める。
サドイ  (形)  す早い。サドコイ。
サマハン      お嬢さん。(古)
シテル  (動)  お金などを落とす。
          「財布シテテ来タ」
シバク  (動)  打つ。なぐる。
ジビル  (動)  (子供が)よく泣く。
シャエンモン    野菜。
シャチコ      いらぬお世話。
シャッチ (副)  必ず。きっと。
シャッポ      帽子。
シャンシャン(副) 早く。てきぱきと。
ショータレ     だらしないこと。
ジョーニ (副)  自由に。勝手に。「親ノ金ジョーニスル」
ジョーニ (副)  沢山。
ショーラシイ(形) よく働く。よく動く人。
ジョーリ      草履。
シリウチ      泥水のはね上げ。
ジルイ  (形)  泥濘(でいねい)なさま。
ジワジワ (副)  徐々に。ゆっくり。
ジワリト (副)  静かに。
シンドイ (形)  苦しい。
ス         穴。「鼻ノス」
ズイロ       水に潜ること。
スカンコ      空っぽ。
ズク   (助)  …ずして。「行カンズクニ分カルカ」
スデンコイ(形)  す早い。肝が太い。「スデンコイ買物シテキタナ」
スボッコイキ    怖い物知らず。
スマンコ      隅。
セコイ  (形)  苦しい。
セダイテ (副)  精出して。一生懸命。
セツクロシイ(形) きゅうくつな。
セビ   〈動〉  せみ。(古)
セウラ  (動)  羨(うらや)ましがり、競い合う。
センキョ      先日。
ゾーライナ     ずぼらな。物を大切にしない。
ソソハイ (形)  そそっかしい。
ソラズ  〈植〉  そら豆。
ソロ        土箕(つちみ)。
ゾロゴシ (副)  あふれる程。「水がゾロゴシ一杯アル」
タカデ  (副)  全く。てんで。「タカデ役ニタタン」
タカランバチ    竹の子笠(がさ)。
タグル  (動)  咳(せ)く。
タゴ        肥桶(こえおけ)。
タスイ  (形)  馬鹿(ばか)らしい。タッスイとも。
ダスイ  (形)  ゆるい。
ダテコキ      見栄(みえ)はり。
タノシ  〈動〉  たにし。
タブネ       うたた寝。
ダルゴエ      人糞(じんぷん)尿。
チカシュー     近ごろ。
チビット (副)  少し。少々。
チビランコ     ぶらんこ。ぶら下がること。
チミキル (動)  つみ切る。
チメタイ (形)  冷たい。
チャチ       ごまかし。野次(やじ)。「演説ニチャチ入レル」
チョーケ      手桶。
チョットナイ    少しの間。
チョロイ (形)  弱い。にぶい。
ツイ        相似。対をなす。
ツエル  (動)  崩れる。腫(は)れ物が破裂する。
ツカ   (動)  下さい。(ツカハレの語幹だけになった語)
ツツイチ (副)  精一杯。
ツバエル (動)  はしゃぐ。
ツベ        尻。オツベとも。
ツベコベユウ(動) 知ったかぶり、文句などを言う。
ツマイ  (形)  狭い。窮屈な。
ツマエル (動)  しまいこむ。
ツミキリ      けちんぼ。(古)
デカ   (助)  疑問、命令、反語などの文末助詞。「返事センデカ」など。
テガウ  (動)  からかう。
デカシタ      よく出来た。
テシオ       小皿。
テズチ       不調法。(古)
テノゴイ      手ぬぐい。
テヤイ       仕事の仲間。
テンガ       唐鍬(とうぐわ)。
テンゴ       無駄なこと。
テンコツ      山の頂上。
テンマイ (形)  うまい具合。
ドーケ       水ため桶(おけ)。
ドーナリャ     どうにもならぬ。
トーヒャク     嘘(うそ)。(古)
ドーブク      綿入れ羽織。
トエル  (動)  泣く。
ドエル  (動)  崩壊する。
トギ        朋輩(ほうばい)。話し相手。
ドクレル (動)  不満足等ですねる。
ドズク  (動)  なぐる。
ドタマ       頭。
トッパクロ     考えなし。でたらめ。
トトハン      お父さん。(古)
ドナンド (副)  何とか。
トヒ        嘘。
ドヤル  (動)  落ちる。
トロコイ (形)  のろまな。
ドンチャンビヨリ  晴雨不明の日和。
ドンブクロ     まん中。(古)
ナナハン      女中。(古)
ナバエル (動)  斜めにする。
ナベラ       平たい石。
ナベワリ      八月の長雨。(凶作になり鍋(なべ)無用となる)
ナマクレ      怠け者。
ナヤスイ (形)  たやすい。
ナルイ  (形)  平坦な。
ニエコム (動)  ぬかるみに入る。
ニドイモ 〈植〉  馬鈴薯(しょ)。ホドイモとも。
ネショー      女性。(古)
ネソ        藁(わら)を束ねる藁しべ。または類似したもの。
ネブカ  〈植〉  ねぎ。
ネブタイ (形)  眠たい。
ネブル  (動)  なめる。
ネラム  (動)  にらむ。
ネンゴ       自慢。多弁。屁(へ)理屈。
ノーナル      無くなる。
ハエ        木のよく茂った林。
ハカ   (助)  しか。コソと同じ。
ハザコ       平常日。間。「ハザコ食イ」は間食。
ハゴ        牛のえさ。
ハシカイ (形)  いがらっぽい。痒(かゆ)い。
ハシリ       台所の流し。
ハッシャグ(動)  湿っていた物が乾く。
ハッチャウ(動)  衝突する。
パッパ       幼児を背負うこと。
ハデ        稲架と、類似の物。
ババイ  (形)  まぶしい。
ハメ   〈動〉  まむし。
ハヤス  (動)  お守札などを焼く。
ハヤズリ      マッチ。(古)
バンゲ       夕方。
ハンコ       半纏(はんてん)。
バンバ       絵本,絵。
ヒウラ       日当たりの良い所。
ヒシトイ      一日中。
ヒナズ       苦情。他人の欠点の指摘など。
ヒノミゴート〈動〉 ひきがえる。
ビヤ   〈植〉  びわ。(古)
ビンドロ      ガラス。(古)
ヒヤコイ (形)  寒い。ヒヤイとも。
ヒョーゲ      冗談。こっけい。
ヒョロケ      弱い者。
ヒル   (動)  大・小便を体外に出す。
ビル   〈動〉  ひる。
ヒンズ       余分。
ブエン       無塩。生(なま)の魚など。
ブゲッショーナ   薄情な。
フズクル (動)  先方の惜しむ物を横取りする。
フダルイ (形)  ひもじい。
ブニ        幸運。
ブル   (動)  漏れる。
フルツク 〈動〉  ふくろう。
フンド       余分。(古)
ベタコ  (副)  全面的に。
ヘトロイキ(副)  むちゃくちゃ。
ヘラコイ (形)  ずるい。
ヘラコラ (副)  反対に。
ベラサツ      紙幣。(古)
ホーケニスル(動) 馬鹿あつかいする。
ホーシコ 〈植〉  つくし。
ホータブロ     頬(ほお)。
ホコル  (動)  ごみが立つ。作物などがよく伸びる。
ホゼコム (動)  落ち込む。
ホダ        足。
ホッコー      愚者。(古)
ホトケンマ〈動〉  かまきり。
ホナケンド     そうだけれど。
ホナナ       そのような。
ホレ        馬鹿者。ドボレとも。
ホンマ       本当。
マクイツク(動)  巻きつく。
マガル  (動)  邪魔になる。
マクレル (動)  転がる。
マケル  (動)  あふれる。
マタイ  (形)  とろい。よわい。
マツボリ      へそくり。
マンガニ (副)  稀(まれ)に。たまに。
マンデ  (副)  まるで。
ミジョ  (副)  うまく。どうにか。可能を表す語。
ミシロ       蓆(むしろ)。
ミテル  (動)  死ぬ。
ミミゴ       耳だれ。
ミョーゲナ     変な。
ムイキニ (副)  むやみに。一生懸命に。
ムツゴイ (形)  あっさりせぬ。味が濃すぎる。
ムネ        峰。
メグ・メゲル    壊す・壊れる。
メグラ       まわり。あたり。
メンドイ (形)  むずかしい。頑固な。「メンドイ男ジャ」
メンメラ      我々。私たち。
モエル  (動)  殖える。太る。「芋ガヨーモエテキタ」
モクイツク(動)  絡みつく。
モズキチ 〈動〉  もず。
モブレル (動)  寄り添い邪魔になる。
モンタ       帰った。
ヤケハタ      火傷(やけど)。
ヤニコイ (形)  天気が悪い。
ヤネ        肩。
ヤリコイ (形)  柔らかい。
ヤンダ  (副)  あまり。
ヤンドル (動)  菓子などが湿って劣化している。
ユスクル (動)  揺る。
ユルリ       囲炉裏。
ヨーケ  (副)  沢山。
ヨーサ       夜。
ヨーメシ      夜飯。ヨーハンとも。
ヨーヤ  (副)  やっと。
ヨコ        無理。無茶。
ヨゴミ  〈植〉  よもぎ。
ヨル        …つつある。進行形。
ヨワル  (動)  困る。
ヨンベ       昨夜。
リューキイモ〈植〉 薩摩(さつま)芋。リューキイモとも。
ロクイ  (形)  平坦な。
ワガム  (動)  ゆがむ。
ワヤク       無理。わがまま。
ワヤテコ      めちゃくちゃ。
ワラベナ 〈植〉  わらび。(古)
ワンク       自分の家。
(注1)( )内は主な品詞の略号。(動)は動詞、(形)は形容詞、(助)は助詞、(副)は副詞。その他はすべて省く。
(注2)(古)は古い言い方。
(注3)〈 〉内は動植物の種別で〈動〉動物、〈植〉植物の意である。

7.場面設定の会話
 次に掲げる会話は、文化庁の緊急方言調査(1981〜1983)に使用した、場面設定の会話の要領に従って、下記の通り収録したものの文字化である。
 収録場所 徳島県三好郡井川町 町民文化センター小会議室
 収録日時 平成9年7月25日 午後2時20分
 話  者 男A 川西  栄 三好郡井川町西井川177   大正9年6月7日生まれ
      男B 佐藤 栄一 三好郡井川町井内東4619−1 昭和6年12月13日生まれ

1)犬の放し飼いに抗議する
 A コンニチワ。オルカエ?
  (こんにちわ。いるかね?)
 B ウン。オルゾエ。
  (うん。いるよ。)
 A トナリデ イーターナインジャケンド オマンクノ イヌノコトデ キタンジャ。
  (隣りだから言いたくないんだけど、あんたのところの犬のことで来たんだ。)
 B ウチノ イヌガ ドシタッチューンデ。
  (うちの犬がどうしたって言うの?)
 A イヤ、ジツワナー。マー ドコエデモ アッチーコッチー フンモシテキタナイシ ツナイデ コーテクレナ コマルトオモウンジャ。
  (いや、実はね。まあ どこへでも あちらこちら 糞(ふん)もしてきたないし、繋(つな)いでおいてくれないと困ると思うんだ。)
 B ウチノ イヌワ コンマイシ、ソンナ ワルイコトワ スマイガエ。
  (うちの犬は小さいし、そんな悪いことはしないだろうが?)
 B イヤ ソレガナー。ウチノ マゴガ ガッコーカラ モンテキヨッタラ ドーロモンテキヨッタラ キューニ トビダシテキテ オブケテカラニ ニゲヨルウチニ コケテダ ヘダオ スリムイタンジャワイ。
  (いや、それがね。うちの 孫が 学校から 帰って来ていたら道路を帰って来ていたら 急に 飛び出してきて 驚いて それで逃げているうちに転んで 膝を すりむいたんだよ。)
 A オマインクノ マゴモ ワルインジャガ ウチノイヌニ ナンゾ ワルフザケカナンゾシテ イシデモ ブツケタントチャウンカイ。
  (お前のところの孫も 悪いんだが うちの犬に 何か 悪ふざけか何かして石でも ぶつけたのじゃないのかい?)
 B イヤ ソーデアルカイ。タダ モー トーンリョンノニ トビツイテキタキニ コマイキン オブケテジャナー。ホイテ ハシンリョッテ コケタンジャキニ マー トナリジャキニ モンクワイートーナインジャケンドナ。イゴワ コレ デケタラツナデ コーテクレナンダラ コリャー メイワクゾヨ。
  (いや、そうじゃないよ。ただ もう 通っているのに 飛びついてきたから 小さいから驚いてだね。それで 走っていて 転んだんだから まあ 隣りだから 文句は言いたくないんだけど、以後は これ できたら 繋いで 飼ってくれなければ これは 迷惑だよ。)
 A マー ナンジャノー。ウチノ イヌモ オトナシート オモウンジャガ ソンナニワルイコト シタンカエ。ホンナ マー シャーナイノー。キーツケテ カウヨーニスルワイ。
  (まあ、なんだねえ。うちの犬も おとなしいと思うんだが そんなに悪いことをしたのかね。それでは まあ 仕方がないねえ。気をつけて飼うようにするよ。)
 B アサッパラカラ オトナリニ コンナコト イーターナイケンド ソーユーコッチャキンノー。マー オコライ。タノンマッソヨ。
  (朝っぱらから お隣りに こんなこと 言いたくはないけれどそういうことだからね。まあ 許しておくれ。たのみますよ。)
 2)梯子(はしご)を借りる
 話  者
男 川西  栄 三好郡井川町西井川177 大正9年6月生まれ
女 岡本 和子 三好郡井川町岡野前29 昭和7年8月生まれ
男 コンニチワ。ハシゴ カシテクレヘンデカ。
 (こんにちわ。はしごを かしてくれませんか。)
女 ナンニ ツカンダロカ。
 (なにに使うのかしら。)
男 ヤネガダ。アマモリシテ……。イッぺン アガッテミョート オモウンジャ。
 (屋根がね。雨漏りして……。一度 上がってみようと思うのです。)
女 マー。ホラ ヨワッタナー。ホナ ハシゴノ アルトコ オシエルケン ツイテキテクレルデ?
 (まあ。それは困りましたね。では はしごのあるところを教えるからついて来てくれます?)
男 ハイハイ。ワー。オマハンクニャー ハシゴ ヨーケ アルナー。
ナルベク ヤネノウエイ アガルンジャキン ナガイノオ カリタイト オモウンジャケンド。
 (はいはい。うわー。あんたのところには はしごがたくさんあるねえ。なるべく屋根の上へ上がるんだから 長いのを 借りたいと思うんだけど)
女 ナガインワ オモイケンド エーデカ?
 (長いのは重いけど いいですか?)
男 エー。コリャ ナンジャナー ハシゴノ ケター ヒノキデ シトルンジャナー。コリャ オモイワ。ホナキンド オモーテモ ナガイホーガエーキン コレカシテツカイナー。
 (ええ。これは ええと なんですね。はしごの桁(けた)は檜(ひのき)で作っているんですね。これは重いねえ。だが 重くても 長いほうがいいから これを貸してくださいねえ。)
女 マー ハシゴ キーツケテ アガリナハレヨ。オチタラコマルケンナー。
 (まあ はしごは 気をつけて上がりなさいよ。落ちたら困るからね。)
男 ヘーヘ。ホナ コレ オカリシマス。ドーゾ オカシナシテ。
 (へいへい。では これをお借りします。どうかお貸しください。)
8.おわりに
 井川町方言の特徴をまとめると、井川町は上郡(かみごおり)地区に属し、概略下記のような特徴がある。
 1  語アクセントが讃岐(さぬき)型である。2拍名詞では 泡 池 色 馬 草 など。
 2  原因・理由を表す助詞「キン」(雨が降るキン延ばした)がある。
 3  丁寧な疑問を表す助詞「デ」に、もう一つ助詞がついて「デワ」「デカ」の形になる。(もう病気は治ったデカ? ええ もうお陰でようなったデワ)
 4  女性の用いる命令の表現に「デ」(早うこっちい来デ)がある。
 5  男性の用いる文末詞に「〜イヤ、イナ、イノ」がある。
 また、語彙として当町だけとは限定できなかったが、全国的にも唯一とされる、「惚(ほ)れる」が語源で、馬鹿というのを柔らかく表現した「ホレ」、土箕の「ソロ」、ぶらんこの「チビランコ」などがある。また香川県と共通で、当県で耳馴(な)れない「ドヤル」「ニエコム」「スデンコイ」その他の語があるのも特色である。

 今回の調査に当たってご教示いただいた方々の芳名を掲げて感謝の意を表する。
 川西  栄 西井川117 大正9年6月7日生まれ
 佐藤 栄一 井内東4619 昭和6年12月13日生まれ
 岡本 和子 岡野前29 昭和7年8月30日生まれ
 野住カネ子 井内吉木 大正15年11月11日生まれ
 近藤 克己 下久保東3274 大正7年3月11日生まれ
 向井ユキ子 井内東10 昭和12年6月6日生まれ
 高畑  功 井内西3646 昭和5年10月28日生まれ
 宮本  進 里川449 大正10年1月26日生まれ
 山下 福義 西井川336 昭和4年4月11日生まれ
 矢野マスヱ 西井川532−2 昭和2年1月11日生まれ
 三好 政江 西井川662 昭和11年6月18日生まれ
 谷田 甲一 岡野前35 大正13年12月15日生まれ
 仁尾 元明 辻306 昭和13年10月1日生まれ
 堀部芳太郎 辻82 大正1年8月7日生まれ
 坂本 房子 御領田110−2 大正12年1月13日生まれ
 山田 清子 辻338 大正11年12月3日生まれ
 山下  研 辻78 大正5年7月21日生まれ
 山下瑠璃子 辻78 大正12年1月1日生まれ
 町教育委員会 宮内邦明次長

参考文献
 「辻風土記」,山下待夫,1935
 「改訂阿波言葉の辞典」,小山助学館,金沢治,1976
 「香川県方言辞典」,風間書房,近石泰秋,1976
 「徳島県百科事典」,徳島新聞社,1981
 「日本方言大辞典」小学館,1987
 「坂出の方言」,香川印房KK,中川三郎

2)四国大学短期大学部


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