郷土班（阿波郷土会） 篠原俊次
酒造業を中心に大きな経済力を有した布屋一族は、本拠の徳島市中から昼間村へ進出し東井ノ川村、半田村あるいは足代村にその足跡を残した。とりわけ井川町は、布屋治右衛門が長楽寺に寄進した町唯一の国重要文化財の楊柳観音画像や、布屋の渡しの名称によりその行跡はひときわ大きい。
しかし、井川町（東井ノ川村）、三好町（昼間村・足代村）において、布屋一族のまとまった研究はなされていない。これは、史料が乏しいことに起因するのであろう。
昭和57年刊『井川町誌』、平成９年刊『三好町史』歴史編に収載されている棟付帳などによって、徳島市中の通町に本拠があったことが判明するが、徳島城下に居住するまでの経緯は未載である。この経緯は『稲田家御家中筋目書』とその原史料になったと思われる結城家文書に記録されている。
布屋に関しては、昭和56年刊『半田町誌』下巻が独立した項目を設けて記述している。これは、半田町に現住する直系子孫の結城家に伝わる古文書を活用したためだが、根拠となる諸史料は部分的な掲載にとどまっている。そのため、今回結城家文書のうち根幹をなす史料を全文収録し、布屋一族の略系譜（表１）を加えた。
布屋一族の続柄や相関関係は、本稿掲載史料によってある程度は判明するが、依然として不明の部分が多い。一方、収載の史料や種々の既活字化史料を読み比べると、個々に内容の食い違う箇所が散見する。
今後、井川町を中心にあらたな史料が発掘されれば、布屋一族の研究が一層進むものと思う。
☆史料１ 結城家文書
「 御尋ニ付申上ル覚
私共祖父布屋平左衛門と申者、根元市中町人布屋理右衛門一族に而御座候、若年之砌三好郡昼間村ニ布屋理右衛門出見世御座候而、右出見世へ市中より参居申候由ニ御座候
一．延宝年中棟付之節ハ同郡東井ノ川村布屋理右衛門出見世ヘ昼間村より亦罷越居申ニ付布屋平左衛門昼間村布屋理右衛門方より参候と東井ノ川ニ而附キ候趣ニ御座候
但明暦年中之棟付ニハ昼間村ニ而布屋理右衛門一族之内ニこもり名年附キ申由ニ候ヘとも、延宝年中ニハ東井ノ川ヘ参居申故、右昼間村之帳ニハ無御座由ニ御座候
一．亡父善惣義ハ親平左衛門死後早々徳嶋ヘ一族不残罷帰申ニ附、右村造酒株家屋敷とも各別賣名を立、出見世ニ仕置市中ニ居住罷有候所、半田村ニ所縁御座候而市中より半田村ヘ罷越造酒等仕居申内、御拝知之儀並ニ其節彼ノ表ニ表立候商賣人無御座、御用銀並ニ不時産物御用等度々被仰付候所、時々相応ニ相働御家来同断ニ御出入被仰付、元より 公儀夫役等之儀ニ少シも縺無御座、代々無役筋目ニ而御座候上、猶又先祖者佐藤豊後守勝支と申相州北条家ニ仕、妻者参州加茂郡長嶋信濃守嫡女ニ而男子三人御座候由嫡子只之丞国次と申後若狭守平次ト相改、親豊後守三拾九歳ニ而江州三嶋合戦ニ討死仕、若狭守妻者伊賀国山田郡大南刑馬佐嫡女ニ而男子四人御座候由、右若狭守文禄ノ頃当国ヘ来三好家ヘ相随罷有、三好家敗亡之後四人之子共夫々性ヲ結城、小山、下河辺、長沼ト相改、当国所々ニ漂泊仕若狭守嫡子六太郎正俊後長沼山之助ト変名仕勝瑞之辺ニ居申候由、其子勘右衛門其子伊右衛門此弐人何方ニ罷有候哉、其子平左衛門町家之一族ト相成申趣ニ御座候、右彼者之筋目御糺之上
不性院様御代御家来ニ被仰附、御小性ニ被召出、須本ヘ可被召寄義ハ追而被仰出旨其内ハ先在所ニ可罷有旨ニ而於須本ニ御目見被仰付、其已来毎年頭渡海仕御礼等申上、其後御紋付御上下拝領仕、猶又衣類高取並着可仕旨為御意本条市兵衛殿御居被下重々難有今以所持仕罷有候、当時兄弟共四人四家ニ相別候ヘ共、右筋目ヲ以人別言上被仰付井尻ハ御奉行寺嶋ハ御留主居御支配ニて御座候
一．亡父善惣御家来ニ被仰付候已後御拝知内ニ而ハ薄廣く商賣仕罷有候義故、御急手御用銀等之義ハ多ハ亡父壱人ニ被仰付、難有多分相応ニ相働申ニ付 御満足被遊旨□し被仰出、御金所御手形等被下置候所、御承知及懸り候通去巳年御取約被遊砌、奉恐入則奉返上候
一．亡父善惣義正徳年中半田村より亦一族とも市中ヘ罷帰申ニ付、半田村酒株家屋敷とも市中町人之名前ニ仕、其後ハ徳嶋住宅仕、於徳嶋老死仕候、右之仕合相続私共迄御留主居御支配ニ而御座候所、近年半田村ヘ罷越当時居住仕候ニ付、御願申上井尻御支配ニ被仰付候
一．半田村家屋敷酒株共不勝手ニ付二十ケ年程已前費沸、唯今にてハ少シ之居宅仕罷有候
一．一昨々年半田村棟付有之由ニ而庄屋方より指出シ之儀申来候所、亡父善惣代より寺嶋御屋敷附徳嶋住宅之儀故、前後半田村棟付帳ニ附キ居不申候ニ附、有姿ヲ以御願申上御譜代居住御手形被下置候ニ付、庄屋方ヘ相渡し御座候
一．壱人 平左衛門伜 尚策 年二十四
一．壱人 牛庵伜 永太郎 年十五（この一行抹消）
右之通相違無御座候 以上
明和五子年二月 下河辺 牛庵 正□（花押）（この一行抹消）
結城 平左衛門 元□（花押）
土井池清太郎 殿
三宅 民助 殿 」
☆史料２ 結城家文書
「 申上覚
此度御触ニ付、私筋目左ニ相記指上申候
一．私迄四代以前之布屋平左衛門と申者、根元市中町人布屋理右衛門一族ニ而御座候処、若年之砌三好郡昼間村布屋理右衛門出見世御座候、右出見世ヘ市中より参居申御座候
一．延宝年中棟付御改之砌、同郡東井ノ川村布屋理右衛門出見世ヘ昼間村より又罷越商売等仕居申ニ付、布屋平左衛門昼（間）村布屋理右衛門方より参候と東井ノ川村にて名年附居申由ニ御座候
但し明暦年中棟付ニハ昼間村ニ而布屋理右衛門一族と附居申由御座候、延宝年中ニハ東井川ヘ参居申故、右昼間村之帳ニハ無御座候
一．私祖父次右衛門儀ハ親平左衛門死後東井ノ川より家族不残徳嶋ヘ罷帰り市中居住仕罷有候処、半田村ニ所縁御座候而市中より半田村ヘ罷越造酒等仕居申内、御拝知之儀殊に其節表立候商賣人も無御座、御急手御用等被仰付候処、時々相応ニ相働御家来同断ニ御出入被為仰付、元より
御公儀夫役御見懸銀等ニ少も縺申儀無御座候、根元無役筋目之儀故、御詞被遊候上
不性院様御代祖父次右衛門義御家来被為仰付、与八郎様ニ御小性被召出須本ヘ被召寄候儀者追而可被仰出先達処ニ可罷有旨被仰出候、元禄七年正月廿六日於須本御目見被仰付、其以来毎年頭渡海仕御礼等申上、其後御紋付御上下拝領仕、猶又衣類高取並ニ着可仕旨御意之趣本庄市兵衛殿より被仰下、右御状今以私共所持仕居申候、祖父次右衛門儀者其後半田村より家族不残市中ヘ罷帰申ニ付、半田村酒株家屋敷とも市中慥成ル町人之名前ニ仕置、其後ハ始終徳嶋住宅仕、於彼地老死仕候、其後亡父平左衛門半田村ヘ罷越私迄住居仕居申候、御家来ニ被為仰付候以来、何方ニ御棟付ニ附居不申候
一．明和年中棟付御改有之趣ニ而御願申上、御譜代居住御手形被下置、庄屋ヘ相渡し置御座候、右之通り相違無御座候 以上
享和三 亥年 正月 結城 市庵
酒田 半太 殿
田村 三蔵 殿
矢上 ■ 殿