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1.はじめに 私たち農村医学班は、1975年より阿波学会の学術調査に参加し、主に農業従事者の健康状態について調査を行っている。本年度は井川町で健康調査を実施したのでその結果を報告する。
2.調査対象と方法 調査対象は井川町の住民で、主に農業に従事する者から無作為に選んだ男性50名(平均60.9±6.9歳)、女性129名(平均60.3±6.9歳)である(図1)。
 調査は1997年7月31日より4日間、三好郡農業協同組合辻支所と井川支所で行った。 健診内容は問診、理学所見、尿検査、便潜血検査、血液検査、心電図、胸部および胃部エックス線検査、眼底検査を実施した。便潜血反応は抗ヒトヘモグロビン抗体(イムノゴールド
Hem)を用い、眼底検査は無散瞳式カメラで撮影した。血液検査は空腹時に採血を行い、自動分析装置(日立7150型)を用い測定した。また、喫煙指数(1日に吸うタバコの本数×喫煙した年数)の高い、肺がんの高危険群には喀痰細胞診検査を行った。 検査結果の判定は、A:異常を認めず、B:経過観察、B':要注意、C:要精検、D:要医療の5段階にわけ、CとDを異常と判定した(表1)。

3.調査結果 1)現病歴、既往歴 男性では胃・十二指腸潰瘍12名(24.0%)、高血圧7名(14.0%)、痛風7名(14.0%)、肝疾患4名(8.0%)、前立腺肥大4名(8.0%)などが多かった。女性では高血圧29名(22.4%)が最も多く、23名が現在治療をうけていた。子宮筋腫16名(12.4%)、貧血11名(8.5%)、糖尿病9名(7.0%)、胃・十二指腸潰瘍6名(4.7%)、白内障6名(4.7%)、骨粗鬆症3名(2.3%)などがみられた。 2)嗜(し)好 喫煙と飲酒について問診を行った。喫煙歴をみると、男性の喫煙者は24名(48.0%)あり、そのうち、禁煙をしたもの2名(4.0%)であった。女性の喫煙者は4名(3.1%)であった。1日に吸うタバコの本数は、男性は15本から60本であったが、女性では20本未満であった。 飲酒習慣は男性では24名(48.0%)が毎日飲酒しており、女性は1名(0.8%)のみであった。 3)肥満度 肥満の判定には明治生命標準体重表を用いた。肥満度130%以上および69%以下を異常とした。肥満度の平均は男性103.8±14.9%、女性104.5±16.0%であり、130%以上の肥満は男性6名(6.0%)、女性9名(7.0%)にみられた。69%以下のやせは男女とも1名(2.0%、0.8%)のみであった。 4)血圧 収縮期血圧160mmHg
以上あるいは拡張期血圧95mmHg
以上の高血圧は男性7名(14.0%)、女性20名(15.5%)にみられた。さらに、140〜159/90〜94mmHg
の境界域高血圧症は男性10名(20.0%)、女性31名(24.0%)で、両者を併せると、男性では17名(34%)、女性では51名(39%)が高血圧と判定される。なお、高血圧の治療を受けている者は男性6名(12.0%)、女性23名(17.8%)であった。 5)尿検査 尿検査での異常はみられなかった。要注意は、尿蛋白(+)以上が男性3名(6.0%)、女性1名(0.8%)であり、尿潜血(+)以上は男性5名(10.0%)、女性30名(23.3%)にみられ、女性で尿潜血陽性者が多くみられた。男女ともに尿糖陽性者はみられなかった。 6)便潜血反応 大腸がんなどの下部消化管出血性病変のスクリーニングとして、便潜血検査は2日法で行った。便潜血陽性は男性2名(4.0%)、女性1名(0.7%)であった。 7)貧血検査 貧血の判定基準で異常を、男性はヘモグロビン10.9g/dl
以下、女性では9.9g/dl
以下とすると、男性には異常者はなく、女性3名(2.3%)が要精検と判定された。 8)肝機能検査、肝炎ウイルス検査 肝機能検査として血清総蛋白(TP)、GOT、GPT、アルカリフォスファターゼ(ALP)、γ-GTP、ZTT
を測定した。肝炎ウイルス検査は HBs(B型肝炎ウイルス)抗原とHCV(C型肝炎ウイルス)抗体検査を行った。 肝機能検査での異常は、GOT
は男性4名(8.0%)、女性5名(3.9%)、GPT は男性6名(12.0%)、女性5名(3.9%)であり、ALP
は女性のみ3名(2.3%)であった。γ-GTP
の異常は女性は1名(0.8%)であったが、男性は5名(10.0%)にみられ、うち4名が毎日飲酒していた。。 肝炎ウイルス検査では、HBs
抗原陽性が男性2名(4.0%)、女性3名(2.3%)にみられ、女性の1名は慢性肝炎で治療中であったが、他は無症候性キャリアーと考えられた。HCV
抗体陽性は男性1名(2.0%)、女性4名(3.1%)にみられ、男性1名が治療をうけていた。 以上の検査で何らかの異常を認めたものは男性13名(26.0%)、女性は17名(13.1%)であった。 9)腎機能検査 尿素窒素、クレアチニン、尿酸を測定した。尿素窒素の異常者は男性2名(4.0%)、女性4名(3.1%)にみられた。血清クレアチニンでみると、異常者は女性1名(0.8%)のみで、高血圧で治療をうけていた。痛風発症の危険因子である尿酸は、男性8.6mg/dl
以上、女性7.0mg/dl
以上を要精検と判定したが、男性2名(4.0%)、女性4名(3.1%)に異常がみられた。 10)脂質検査 総コレステロール、中性脂肪、高比重リポ蛋白コレステロール(HDL-C)を測定した。以上の3項目で一つ以上の異常が男性8名(16.0%)、女性18名(14.0%)にみられた。 総コレステロール250mg/dl
以上は男性3名(2.0%)、女性13名(10.1%)であったが、中性脂肪200mg/dl
以上は男性5名(10.0%)、女性5名(3.9%)にみられ、総コレステロールの異常者は女性、中性脂肪の異常者は男性に多くみられた。HDL-C
20mg/dl 未満は男性1名(2.0%)であった。 11)空腹時血糖値とHbA1c 空腹時血糖140mg/dl
以上は要精検と判定されるが、男性1名(2.0%)、女性5名(3.9%)に異常者がみられた また、空腹時血糖110mg/dl
以上、または、糖尿病の既往歴、家族歴を有する者には、空腹時血糖に加え HbA1c 検査を実施した。男性15名、女性32名で測定し、HbA1c
6.0%以上の要精検者は男性9名(18.0%)、女性21名(15.5%)にみられた。HbA1c
値は過去1〜2カ月間の血糖値の変動を表現しており、健診では糖尿病のスクリーニングに有用と思われた。 現在、糖尿病で治療を受けている者は男性2名(4.0%)、女性3名(2.3%)みられた。 12)心電図検査 要精検者は男性1名(2.0%)、女性5名(3.9%)であった。期外収縮2名、ST
異常2名、WPW
症候群1名、両脚ブロック1名がみられた。 13)眼底検査 要精検者は男性2名(4.0%)、女性7名(5.4%)であり、網膜出血、視神経萎縮、網膜色素変性症などの所見がみられた。 14)胸部エックス線検査 間接撮影法による胸部エックス線検査は、男性47名、女性126名に行った。要精検者は男性3名(6.4%)、女性5名(4.0%)であった。女性4名が精密検査をうけ、異常なし1名、気管支拡張症、肺嚢胞、心肥大をそれぞれ1名みとめた。 15)胃部エックス線検査 胃部間接エックス線検査は男性44名、女性116名に行い、要精検者は男性2名(4.5%)、女性6名(5.2%)であり、女性4名が精密検査をうけ、胃潰瘍瘢痕、胃ポリープ、胃炎、十二指腸ポリープがそれぞれ1名であった。 16)喀痰細胞診 50歳以上の男性9名より喀痰を採取し、異常者はみられなかった。
4.健診項目別異常率と総合判定結果 健診項目別異常率を図2に、総合判定結果を図3、4に示した。 徳島厚生連では1995年度に8,570名(男性3,665名、女性4,905名)の総合健診を実施しており、井川町の健診結果と総合健診の結果を比較すると以下の傾向がみられる。 健診項目別に異常率をみると、井川町住民では、男性は肝機能異常が26.0%と最も高く、次いで高脂血症16.0%、高血圧14.0%、高尿酸血症を含む腎機能異常8.0%の順であった。女性では高血圧15.5%、高脂血症14.0%、肝機能異常13.2%、肥満7.0%であった。総合健診でも男性は井川町と同じく、肝機能異常26.8%、高脂血症21.6%の順であったが、高血圧の異常率は5.3%であった。女性では高脂血症16.1%、胃エックス線異常13.7%、肝機能異常7.3%が多く、高血圧は5.0%であった。なお、男性の高脂血症の内訳は中性脂肪の異常者が多く、肝機能異常、高尿酸血症とともに飲酒による影響が示唆された。また、総合健診と比較すると、井川町では男女とも高血圧の異常率が高値であった。1991年度に行った半田町住民の調査結果でも高血圧者が男性15.0%、女性13.3%と高率にみられ、山間部での食塩摂取量と関連しているのかもしれない。 総合判定結果でみると、要精検、ないし要医療項目のあった者の率(異常者率)は、井川町は男性60.0%、女性54.3%であり、総合健診での60.4%、51.2%とほぼ同率であった。すべての健診項目に異常のなかった者は、井川町で男性4.0%、女性3.9%であり、総合健診の9.8%、17.6%に比べ低値であったが、総合健診では40歳以下の受診者が約17%を占めていたことがその原因と思われる。



5.まとめ 井川町の農業従事者、男性50名、女性129名の健康調査を行った。 総合判定での異常者率は男性60.0%、女性54.3%であり、平成7年度総合健診の60.4%、51.2%とほぼ同率であった。 健診項目別にみると、男性では肝機能異常、女性では高血圧の異常率が最も高く、総合健診の結果と比較すると、男女ともに高血圧の異常率が高かった。
参考文献 1)今川大仁、矢木文和、芦田信生、吉田勝利、蔭山哲夫、松浦 一、吉本公宏、正田 茂、八十川正夫、林まゆみ、原 茂子、原田容志江、岸田早苗、稲井和代、杉本英雄. 1992:半田町農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要、38:129〜136. 2)今川大仁、矢木文和、前田安弘、吉田勝利、正田 茂、蔭山哲夫、吉本公宏、遠藤博久、林まゆみ、原 茂子、岸田早苗、坂東貴子、八十川正夫、高木伸幸、片岡晶子、藤川一代、杉本英雄、田上直彦、日下静代、宮本安世.1993:三好郡農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要、39:137〜154. 3)徳島県厚生連農業協同組合連合会.1996:平成7年度健康管理活動結果報告書、51〜84.
1)JA徳島厚生連阿波病院 2)JA徳島厚生連健康管理部 |