阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第44号
井川町の民間薬調査

生薬班(徳島生薬学会)

 村上光太郎1)・伏谷秀治2)・

 大庭信行1)・敷島康普1)・

 古川和香子1)・菅愛1)・桐間一嘉1)・

 谷川裕美1)・稲田和加子1)・   

 佐々木和美1)・西口敦子1)・

 林民子1)・林正和1)・森下尚1)

1.目的
 徳島県の各地の民間薬調査、薬用植物の分布調査などを繰り返している。しかし、調査対象の町が変わると、特徴ある珍しい民間薬、あるいは新規な民間薬が、いくつか発見され、民間薬の底の深さに驚かされるものである。しかし、いくら新規の民間薬があっても、その地方に埋もれていたのでは、次第に朽ち果てて、結局伝承されなくなってしまうのが現実である。いや既に多くの民間薬が朽ち果て、人知れず葬り去られていると言っても過言ではない。私たちは民間薬調査を通して、民間薬の使用や認識の現状を把握すると共に、多くの新規民間薬や、新しい医薬品の可能性を秘めた民間薬を発掘し、後世に残すことを日的としている。そのためにも民間薬の調査は調査だけにとどまらず、それらのデーターに基づき、さらにいくつかの民間薬について、成分研究あるいは薬理研究などの科学的メスを入れる予定である。

2.調査日と調査方法
 平成9年7月27日から31日までの5日間をかけて、民間薬調査を行った。その後、数回、少人数で調査をした。調査日は記入されていないが、その時に得られた結果も、この調査結果に含まれている。
 民間薬調査の方法は、各班員が、一人あるいは数人で各家を戸別に訪問し、在宅の人、あるいは畑等で働いている人、道を歩いている人などを問わず、民間薬(手薬)について質問し、その結果を調査用紙に記録した。民間薬についての質問終了後、今回は特に、動物に対して使う薬について注意して調査をした。今回の調査では数回、下野住の中滝安子さんが調査に同行され、多くの民間薬を聞き出す手助けをしていただいた。

3.調査結果の集計
 調査対象人数は総計249名であった。得られた民間薬を、出現回数に関係なく、民間薬名別に、さらに病名、症状その他、用途でまとめた。ただ、今回は使用部位、使用方法、薬の効果などの関係で、一緒に出来ないものは別にまとめた。

4.調査結果
 調査では植物185種、動物50種、鉱物その他8種の総計243種の民間薬が得られた。さらに、組み合わせて使用する民間薬が13種得られた。それらの内で、主なものについてまとめた(表1)。そのうち出現回数の多い民間薬は、植物ではドクダミが153回と最も多く、その約半分以下の回数のヨモギ78、アロエ77、ゲンノショウコ73などが続き、以下ユキノシタ55、センブリ50、オオバコ42、ウメ32、カキ32、イタドリ31、オトギリソウ28、ビワ28、スギナ25、ダイコンソウ19、アマチャヅル16、ナンテン16、シソ15、トウモロコシ14、フキ14、タンポポ13、クコ12、タラノキ12、カリン10、イチジク10、ヒガンバナ10、マツ10であった。動物ではマムシ61回が最も多く、ミミズ18、サル12、アリジゴク10であった。
ドクダミが、今まで調査した他地域に比べて非常に多数回得られたことは近年の健康雑誌などの影響かもしれない。このことは、ヨモギ、アロエが、ゲンノショウコに比べ出現回数が多いことと共に、調査時における生薬の流行のようなものを感じた。なお由岐町では10回の出現がなかったにもかかわらず、今回10回以上出現したものは、植物ではビワ、アマチャヅル、ナンテン、シソ、トウモロコシ、タンポポ、クコ、タラノキ、カリン、イチジク、ヒガンバナ、マツが、動物ではサル、アリジゴクがあった。これらは出現回数の多いものの約半数を占めている。また、由岐町で10回以上の出現回数があったもので、今回それに到達しなかったものも6種類あった。そのうちウラジロガシ、ムカデは、今回もその名が見えたが、アカネ、カンアオイ、タデ、ヒジキはその名前すら見えず、地域による民間薬の違いを明瞭にした。
 ついで、家畜など動物に使用する薬について、今回は特に注意して聞いたが、その結果、動物用薬21種が得られ、その主なものについてまとめた(表2)。ウリバエの駆除にウサギやヤギの糞尿を使用したり、カラスをウシの解熱剤に使用したり、ジャノヒゲをウシの強壮剤にするなど、珍しい薬も得られた。
 今回の調査結果の特徴は、初めて、クロダイズの小粒種がタンキリマメとして得られたことである。和名タンキリマメの豆より少し大きく、色は黒紫色の豆であったため、最初はその名がわからず、結局、それを栽培してみて、クロダイズの小粒種であることが判明した。また、モウソウチクやハチクの竹の皮の先端の、葉状部が着いた所を煎(せん)じて心臓病や透析患者の薬として使用されていたことも、特筆すべきことである。また、クロダイズにハハコグサ、ドクダミ、イタドリと順に加えて効果を強くした色々な組み合わせの生薬も見られ、生薬の発展の歴史をかいま見るようであった。
 動物では、アリジゴクの解熱剤としての使用が多いのも特徴的で、他地域では、その使用はあるものの、数件にとどまるのが普通であったのに、井川町では繁用されているのには驚いた。
 年間薬調査には直接は関係ないが、同時に井川町内の冬虫夏草についての調査も行った。
確認した種をここに記載しておく。
 ウメムラセミタケ(Cordyceps paradoxa Kobayasi)
 ツブノセミタケ(Cordyceps prolifica Kobayasi)
 オオセミタケ(Cordyceps heteropoda Kobayasi)
 ハチタケ(Cordyceps sphecocephala (Kl.) Sacc.)
 コメツキタンポタケ(Cordyceps gracilioides f. sp. (Kometsukitampotake))
 ミヤマタンポタケ(Cordyceps intermedia I. f. michinokuensis Koba. et Shi.)
 ハナサナギタケ(Isaria japonica Yasuda)
 なおこれらは、平成9年5月から12月までに採集できた冬虫夏草である。


1)徳島大学薬学部生薬学教室 2)徳島大学医学部薬剤部


徳島県立図書館