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1.はじめに 今回の井川町総合学術調査に参加し、井川町内を流れる各河川の水生昆虫類の調査に当たった。 井川町を流れる主な河川としては、井内谷川、岩坂谷川、黒川谷川、中村谷川、吉野川の一部がある。これまで、吉野川を除いた各河川における水生昆虫類の詳しい調査報告はなされていない。 調査は、1997年7月25日から31日の間に実施する予定であったが、台風による河川の増水で実施できなかった。そのため、水がいく分引いた、1997年8月18日から20日の間に調査を行った。しかし、各河川の河床は増水の影響により、かなり不安定な状態であった。夏季の短期間の調査で、しかもこのように河床状況が悪いため、各河川の水生昆虫相を把握するには十分なものとはいえない。
2.調査地点と調査方法 調査は、図1に示すように井内谷川、岩坂谷川、黒川谷川、中村谷川、吉野川の各河川に、合計12の調査地点を設定し、各地点で採集を行った。調査地点としては、川底が比較的安定していて、汚水の流入などのない、早瀬のある場所を選んだ。
 調査水系の一つである井内谷川は、吉野川に流入する全長約8.8km
の谷川である。山間部を流れる急峻(しゅん)な谷川で、水は清冽(れつ)である。急峻な谷であるため、増水時は川底の石礫(れき)が流出し、河床はかなり不安定な状況になるようである。土石の流出を防ぐための砂防堤が随所に築かれている。岩坂谷川は、井内谷川の上流部にある約0.7km
の谷川である。黒川谷川は、全長約1.0km
の谷川である。上流部は、山間部の樹林の中を流れる渓流であるが、平地部に出ると、両岸がコンクリートで護岸された用水路となる。中村谷川は、約1.4km
の谷川である。黒川谷川と同様に、上流部では清冽な水が樹林の中を流れているが、中・下流部では、両岸に人家が多くなり、水量が少ない用水路になっている。 水生昆虫類の採集は、サーバーネットとちりとり型金網を用いて、各地点で定性採集を行い、1カ所で1時間から1時間30分かけて、できるだけ多くの種を集めた。採集した試料は、約5%のホルマリン液で固定し、持ち帰った後同定し、種別の個体数を数えた。 採集と同時に、気温・水温・底質・河床型について記録し、また可児(1944)に従って
Aa 型、Aa-Bb 型、Bb
型の河川形態区分を行った。 なお、水生昆虫類の同定は、川合(1985)、石田ほか(1988)に従った。
3.調査結果と考察 1)調査地点の様相 調査時に調べた各地点の環境を表1に示した。
 水温は、岩坂谷川の調査地点1で最も低い値を示し17.5℃であった。一方、最も高い値を示したのは、黒川谷川の調査地点10で24.2℃であった。 各調査地点の様相は以下の通りであった。 調査地点1:岩坂谷川の上流で、山地渓流の様相を呈し、清冽な水が流れる。河床は、かなり荒れた状況が見られた。 調査地点2:松尾川第一発電所の下流部に位置する地点で、大きな岩の間を清冽な水が流れ、早瀬と淵(ふち)が見られた。河床は、かなり不安定な状態であった(図2)。
 調査地点3:井内浄水場の上流部で、岩が多く、頭大の石が少ない。水量が多く、清冽な水が流れていた。 調査地点4:地福寺の下流で、水量は多く、河床は不安定な状態であった。 調査地点5:井川小学校の前で、両岸がコンクリートで護岸されている。川底には、頭大の石が多く、やや安定しているように思われた(図3)。ツルヨシなどの植物も生え、ギンヤンマが多く飛んでいるのが目撃された。
 調査地点6:岩が多く、右岸部を道路が通り、左岸部は竹薮(やぶ)になる。清冽な水が流れ、淵もでき、そこでは水泳をする子どもの姿も見られた。 調査地点7:辻浄水場の上流部で、大きな石が多く、水量の多い清冽な流れである。 調査地点8:国道192号線に架かる日出橋の下で、こぶし大の石が多く、安定な流れに見えた(図4)。周辺の人家からの生活雑廃水の流入も多くなると思われるが、水量が多く、見た目には清冽な流れに見えた。
  調査地点9:黒川谷川上流部にある貯水池下の樹林に囲まれた小渓流で、岩の間を水が流れる。河床は岩盤が占め、石礫が少ない(図5)。 調査地点10:両岸はコンクリートの壁で、用水の様相を呈する流れで、水量も少なく、やや濁りが見られた。川底には、丸い石があり、石の表面には泥が付着していた。ハグロトンボが数匹目撃された。河川形態は、可児による河川形態区分に該当しないような流れであるが、一部には
Aa-Bb
型の様相が残されていた。 調査地点11:中村谷川の上流部で、周りは樹林に覆われ日中でも薄暗い。清冽な流れで、水量もあり、岩や岩盤が多く見られた。 調査地点12:吉野川に架かる土讃線の鉄橋の上流部である。このあたりは、水深が浅くなり瀬も発達しているが、この上・下流部は深い流れとなり、瀬は見られない。丸みのある石が多く、河床は不安定に見えた。平常に比べ水量も多く、増水の影響が残っていると思われた。 2)出現種と出現種数 採集された水生昆虫類の目別出現種と個体数を地点別に整理したのが表2である。 水生昆虫類の総出現種数は、8目59種で、目別にみるとカゲロウ目18種、カワゲラ目7種、トビケラ目14種、トンボ目10種、カメムシ目(半翅(し)目)3種、ヘビトンボ目(広翅目)1種、コウチュウ目(鞘翅目)1種、ハエ目(双翅目)5種で、昆虫以外の水生動物が6種出現している(図6)。
  目別に出現種数の割合をみると、カゲロウ、カワゲラ、トビケラの三つのグループ(目)で、昆虫以外の水生動物を含めた全出現種数の60.0%を占めた(図7)。水生昆虫類だけでは、全体の66.1%を占めていた。 調査地点別の水生昆虫と昆虫以外の水生動物の出現種数を目別に示したのが、図8である。これを見ると、地点5で27種と最も多くの種が出現している。この地点は、他に比較して河床が安定した場所であった。増水の影響が少ない場所であろうと推定される。各地点の出現種数は、20種に満たない所が多く、増水による打撃から完全に回復していないことが推定される。特に地点12の吉野川では、出現種数が4種と少ないが、これは増水によって水生昆虫類が流出し、全く回復していない状況にあるためであろう。吉野川は、安定した河床状態が続いた場合、ヒゲナガカワトビケラが多く見られる川である(徳山、1988)が、今回は全く採集されなかった。
 3)分布状況 今回の調査から、多くの地点で出現した種、特定の地点に出現した種など、分布上特徴があると思われるものについて述べたい。 ほとんどの調査地点に出現し分布域が広い種が、コカゲロウ属である。調査地点5、6、7、8では個体数も比較的多く出現しているが、他の地点では個体数は少ない。ウルマーシマトビケラも比較的多くの地点で出現したが、河床が荒れた状況の所では出現していない。エルモンヒラタカゲロウやヒゲナガカワトビケラのように、普通に見られる種が出現していない地点がかなり見られることからも、増水による影響が大きく残っていることが推定される。一方、生きた化石と言われるムカシトンボ(図9)が4地点で採集されたが、地点5のように人家が多くなった地点で出現したことは特記に値すると思われる。本種は、周囲が樹林に覆われた山地渓流部の流れの早い川底の石に付着して生息している。地点5は、ギンヤンマの成虫が多く目撃されたような場所であり、ムカシトンボが生息するような場所とは考えられず、上流から流されてきたものが採集されたのではないだろうか。地点7、8では、ナベブタムシが採集された。本種は川田川や半田川、鮎喰川、日和佐川等で採集されている。いずれも水がきれいで小石が多い所からであり、分布は極めて局地的である。
 4)水生昆虫類からみた河川水質環境 今回の調査地点では、エルモンヒラタカゲロウやヒゲナガカワトビケラのようにどこの川にも普通に出現する普通種が極めて少ない状況にあった。反対に採集例の少ない種が採集された地点もある。普通種が少なかった原因としては、たびたびの増水のために河床の石礫が洗い流され、水生昆虫類をはじめとする水生動物も流され、いまだ十分に回復していない状況にあったと推定される。しかし、ムカシトンボのように環境破壊に弱い種や、ナベブタムシのように清流を好む、希少となりつつある種が出現することから、水質は良好であることがうかがわれた。
4.おわりに 調査水系から、8目59種の水生昆虫類が確認された。調査地点別にみた出現種数は、20種を超える所が少なく、増水による影響が残ることが推定された。一方、ムカシトンボ、ナベブタムシのように自然度の高さを示すバロメータともいえる種が採集され、水質が良好であることが裏付けられた。河床が安定した状況が続けば、水生昆虫類はやがて回復し、さらに多くの種が採集できるものと思われる。

参考文献 1.石田昇三,石田勝義,小島圭三,杉村光俊(1988)日本産トンボ幼虫・成虫検索図説.東海大学出版会,東京. 2.可児藤吉(1944)渓流性昆虫の生態.古川晴男編,昆虫(上巻),p.171-317.研究社,東京. 3.川合禎次編(1985)日本産水生昆虫検索図説.東海大学出版会,東京. 4.徳山豊(1988)徳島県主要河川における水生昆虫の生態学的研究.鳴門教育大学大学院学校教育研究科修士論文. 5.徳山豊(1997)日和佐町の水生昆虫.阿波学会紀要,No.43:pp.111-121.
1)鴨島町立森山小学校 |