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1.はじめに 本町の大部分は緑で覆われた山岳地帯であり、深い谷や崖(がけ)地、湿原などその変化に富んだ地形から植物相も豊かであることが推測される。多美湿地など特殊な場所については過去にも調査され報告もなされているが、井川町誌に植物のリストがみられる程度で、町全域の植物相について詳しく調べられた記録は見あたらない。植物相班は本町の植物相を明らかにするための調査を行ったが、調査期間が限られているので、全域をくま無く踏査することは不可能である。そのため残存している自然植生の樹林、社寺林、植林地、吉野川河畔、水田など本町の植生を特徴づけると思われる地域を選んで重点的に調査した。調査地点を示したのが図1である。以下、その結果について報告する。
2.地形・地質および気候について 井川町は徳島市から約68km
の県西部に位置し、北は吉野川をはさんで三好町、東は三加茂町、西は池田町、南を西祖谷山村に隣接する面積43.88平方キロメートルの地域である。 地形は吉野川の南岸の狭い段丘と、井内谷川、中村谷川、黒川谷川の3支流によって作られた北向きに開けた山の斜面で構成されている。町の南側は、腕山北東の標高1264m
のピークを最高峰に、1240.2m
の日ノ丸山、両者の間にあり藩政時代は西祖谷山村小祖谷へ通ずる交通の要所であった水ノ口峠など、険しい山岳地帯である。また、西部は五ノ丸山(822.6m)、八ツ石城跡(841.2m)、綱付山(579.9m)などの500〜800m
の山が連なる山地となっている。中央部よりやや東よりを井内谷川が南部山地に源流を発し、約8km
北流して吉野川に注ぎ込んでいる。このように本町の地形は大部分が険しい山地や低山からなっていて、断崖(がい)や滝、湿地なども形成されて変化に富んでいる。 気候は年降水量は1500mm
程度、年平均気温15℃前後(徳島地方気象台調べ)で剣山周辺の中部山間部に比較して降水量も少なく温暖である。しかし、標高の高いところは、腕山北斜面に井川スキー場腕山(以下、井川スキー場)が開設されていることが示すように冷涼である。また、地質は三波川帯に属し結晶片岩からなる。 土地の利用状況は、傾斜の比較的なだらかな山腹の斜面や、山麓(ろく)などの向陽地に人家があり、周辺部が棚田や畑地などの農耕地となっている。平地は吉野川河畔や井内谷川の河岸段丘などのごく限られた狭い地域にあり、そこに集落が開け、水田や畑地などの農地が周囲に広がっている。
3.植物相の概況 本町は総面積の約8割が険しい山地であるが、その5割以上がスギ・ヒノキなどの植林となり、部分的にカラマツ・モウソウチクなどの人工林で占められている。したがって、自然植生やそれに近い植生が残るのは神社の社叢(そう)、植林に適さない崖地などの極めて限られた部分のみで、植林されていない部分は、アカマツやコナラなどが優占する二次林となっている。また、水田以外の農地には、かつては葉タバコが栽培され、名高い生産地であったが、今は栽培されていない。近年はチャの栽培面積が増え、ウメ、カキなどの果樹のほか、わずかではあるがミツマタ、タラノキなども栽培されている。最近農地として開発された多美高原では、寒冷な気候を利用したキャベツ、ダイコン、イチゴなどの高冷地野菜のほか、花卉(き)類などの栽培も行われている。 本県における植生の垂直分布の一般的な区分に基づいて本町の植生をみると、標高約1000m
以上の日ノ丸山付近は冷温帯域の落葉広葉樹林帯に属し、それより下部700m
付近までの山地が中間温帯林、さらに下部が常緑広葉樹林帯に属している。しかし、冷温帯域にある日ノ丸山とその周辺にはそれを特徴づけるブナ林は確認できない。
4.調査結果 今回調査した中からそれぞれの植生区分を特徴づける樹林や特色のある地域の植物相をみると下記の通りである。なお、樹林内で高さによる階層構造が見られた場合は高木層、亜高木層、低木層、草本層に分け、階層構造がわかりにくい場合は高木類、亜高木類、低木類、草本類として記録した。 1)暖温帯域の植物 植生分布の区分からみれば、各地域にある神社にはツブラジイ(コジイ)、シラカシ、アカガシなどの常緑樹が優占する社叢林が残されていて、暖温帯常緑広葉樹林帯に属している。神社の社叢林は地域の住民によって大切に保護されてきたため、その境内や樹林には巨樹・老木が残されているところも多く、林床にはシダをはじめ豊富な草本類を見ることができる。調査した中から例をあげると次の通りである。 (1)飯裹(いいつつみ)神社のシイ林(調査地1、図2) 井川町西新町にある飯裹神社のシイ林はミミズバイが多く生育しており、県内では内陸でこれほど多くのミミズバイが生育しているのは珍しい。 高木層:ツブラジイ(優占。324cm、289cm、285cm。以下括弧内の数字は胸高周囲を示す)、スギ。 亜高木層:ミミズバイ、ツブラジイ、スギ、ヒノキ。 低木層:アオキ、アケビ、コウゾ、イヌビワ、ヒサカキ、ミミズバイ、ヤブツバキ、ルリミノキ、ヤブムラサキ、カナメモチ、センリョウ、サカキ、リョウブ、ネズミモチ、コシアブラ、シャシャンボ、ネジキ、ヤマウルシ。 草本層:ヌスビトハギ、ウラジロ、カラスウリ、コシダ、ハナミョウガ、ベニシダ、ミツバ、キンミズヒキ、ツタ、ミミズバイ、スノキ、タカサゴキジノオ、アオキ、チヂミザサ、カナメモチ、イズセンリョウ、オオサンショウソウ、シャガ、イノコズチ、サネカズラ、ネズミモチ、ネザサ、キチジョウソウ、ホソバカナワラビ、リュウキュウヤブラン、アリドオシ、サルトリイバラ、ナツフジ、ササクサ、ルリミノキ、センリョウ、テイカカズラ、シシガシラ、トウゲシバ、キジノオシダ、ムクノキ、コバノガマズミ、ソヨゴ、イノモトソウ、ヘクソカズラ。 (2)毘沙門(びしゃもん)の森のアカガシ林(調査地2、図3) 井川町岩坂の標高500m
付近に地元では毘沙門さんと呼ばれている小さな祠(ほこら)があり、その周囲にアカガシを優占種とする林がある。ここは太い樹木が多く貴重な林で、「井川町岩坂山ノ神のアカガシ林」として環境庁の特定植物群落に指定され(環境庁、1988a)、保護上重要な植物群落として植物群落レッドデータ・ブックに掲載されている。 高木層:アカガシ(優占。710cm、565cm、420cm、362cm、240cm、211cm。565cm
の株は板根が発達し、根張りの長さ3.90m、高2.20m)、スギ(285cm、268cm)、カゴノキ、イロハモミジ(158cm)、ケヤキ(305cm)、ウラジロガシ(156cm)。 亜高木層:シロダモ、ヤブツバキ、アカガシ、カゴノキ、ヤブニッケイ(108cm)、フジ(59cm、25cm)。 低木層:ネズミモチ、ヤブツバキ、カゴノキ、シュロ、イヌガヤ、ヤブニッケイ、アオキ、ヒサカキ、メダケ、ヤダケ。 草本層:シロダモ、ツタ、アオキ、チヂミザサ、ジャノヒゲ、アマチャヅル、フジ、ヘクソカズラ、アカメガシワ、マメヅタ、ヤブツバキ、ヤブコウジ、ヒヨドリジョウゴ、ヒサカキ、ネムノキ、チャノキ、シャガ。 2)冷温帯および推移帯の植物 (1)日ノ丸山の植物相 日ノ丸山山頂は標高1240m
あり、本来ならブナが生育する落葉広葉樹林の発達がみられてもよいはずであるが、伐採されたためにブナは見ることができず、ミズナラが優占する次のような低木や草本からなる貧弱な二次林となっている。なお、1953年に出版された井内谷村誌には、日ノ丸山について「頂上平円にして茅草一面に生じ、僅かに枯木の所々に点在せるのみ」との記述があり、この当時はまだ草地であったと思われる。 1 日ノ丸山山頂(調査地3) ミズナラ(優占)、リョウブ、クリ、ウラジロノキ、コバノミツバツツジ、ネジキ、イタドリ、シロモジ、アカマツ、ヤマウルシ、ヒカゲノカズラ、ヤマツツジ、ナガバモミジイチゴ、ワラビ、ヒノキ、イヌツゲ、ヒカゲスゲ、ツリバナ、スズタケ、ノガリヤス。 2 山頂に続く下部の尾根筋に残る二次林(調査地4) 山頂から少し下った尾根筋の部分には、植林されていない所が若干残されていて、そこではミズナラが優占し、クリ、ヤマザクラなどが生育している二次林となっている。その樹林やその周辺部、およびさらに下った山腹にも同じような二次林が残っているが、それらの組成を見ると、暖温帯域から冷温帯域に推移する区域に発達する中間温帯林(クリ帯)の特徴を持った樹林である。しかし、生育している常緑樹はイヌツゲなど極めてわずかしか確認できず、他はすべて落葉樹で構成されている。このことは、標高約1000m
であることから判断して、ブナ帯に極めて近い推移帯の上部に位置するためと考えられる。しかし、ブナの生育は調査地では確認することができなかった。樹林の組成は以下の通りである。 高木層:ミズナラ(優占)、ヤマハンノキ、クリ、ヤマザクラ、ヤマブドウ、カナクギノキ、リョウブ、オニグルミ。 亜高木層:カナクギノキ、リョウブ、コハウチワカエデ、ウリハダカエデ。 低木層:ヤマグワ、リョウブ、シロモジ、ヤハズアジサイ、コハウチワカエデ、ガマズミ、タンナサワフタギ、コゴメウツギ、イヌツゲ、ウリノキ。 草本層:ウツギ、タンナサワフタギ、シロモジ、ムラサキシキブ、テンニンソウ、ヤマツツジ、イヌツゲ、アサマリンドウ、コゴメウツギ、ニワトコ、サルトリイバラ、ナガバモミジイチゴ、シロヨメナ、イシヅチウスバアザミ、アマチャヅル、シシウド、ダイコンソウ、ヒヨドリバナ、ミズキ、ボタンヅル、ハリガネワラビ、クロフネサイシン、オオダイトウヒレン。 この調査地からさらにやや下った斜面のミズナラが優占する二次林では、上記以外にタムシバ、マツブサ、ナツツバキ、ハリギリ、フサザクラ、サルナシ、アオハダ、ガクウツギ、シシガシラ、コツクバネウツギ、コバノガマズミ、イボタノキ、ヤマアジサイ、ミヤマタニソバ、オカタツナミソウ、ナルコユリ、オオバショウマが生育していた。 (2)井川スキー場付近の植物(調査地5) 井川スキー場は新たにゲレンデが整備され、その斜面にはさまざまな草花の種子が吹き付けられている。この付近は、井川町で最も標高の高い地域にあたり、ミズナラ林が発達している。 1 スキー場頂上付近の低木林 ツルリンドウ、サルトリイバラ、シロモジ、カナクギノキ、コツクバネウツギ、エゴノキ、コハウチワカエデ、アカシデ、マツブサ、タンナサワフタギ、ウツギ。 2 スキー場上部のミズナラ林 ミズナラ、ヨグソミネバリ、リョウブ、ウリハダカエデ、シロモジ、コハウチワカエデ、タンナサワフタギ、スギ、ヒノキ、クリ、イタヤカエデ、ゼンマイ、ショウジョウバカマ、トウゲシバ。 (3)研(とぎ)山のホンシャクナゲ群落(調査地6) 井川スキー場から水ノ口峠へ通じる道路の下部、標高1099m
の尾根は研山と呼ばれ、稜(りょう)線部に急傾斜の岩盤地があり小さな祠が祀(まつ)られている。ここは土壌が少なく貧養で、乾燥する厳しい所であるため、通常の樹林の成立が困難である。このような立地が幸いして、その環境に耐えるホンシャクナゲが群生している。ここで確認された植物は次の通りである。 ホンシャクナゲ(57cm、33cm)、カイナンサラサドウダン、ソヨゴ(53cm)、タムシバ、ケアクシバ、ネジキ(54cm)、ヤマツツジ、ツガ、コバノミツバツツジ、ミズナラ、(104cm)、ヒカゲノカズラ、シシガシラ、ヒノキ(152cm、120cm、105cm)、ヨグソミネバリ、ツルリンドウ、スギ、イタドリ、ナツツバキ、コハウチワカエデ、ヤマヤナギ、ヒメスゲ、タラノキ、ツクバネウツギ、コミネカエデ、ナガサキオトギリ、シロモジ、アオハダ、アカシデ、アカソ、アキノタムラソウ、アサマリンドウ、アセビ(86cm)、アワブキ、イケマ、イヌツゲ、ウツギ、ウラジロノキ、ウリハダカエデ、エンコウカエデ、オトコエシ、カクミノスノキ、カナクギノキ、クリ、コツクバネウツギ、コバノガマズミ、サルトリイバラ、タケニグサ、タンナサワフタギ、ツタウルシ、ナツハゼ、ノリウツギ、バイカアマチャ、バイカウツギ、フキ、フタリシズカ、マツブサ、ムラサキシキブ、ヤブウツギ、ヤマアジサイ、ヤマウルシ、ヤマグワ、ヤマシグレ、リョウブ、ワラビ。 (4)多美湿地の植物(調査地7、図4) 池田町黒沢湿原についで、水ノ口湿原とともに本県の貴重な湿原で、環境庁の貴重な群落に指定されている(環境庁、1988a)。ここには、サワギキョウが多く生育していて、現在では県内唯一の生育地である。また、ヒツジグサ、フトヒルムシロ、ヤマドリゼンマイ、キセルアザミなど希少な湿原植物が多く生育している。しかし、近年周辺部が高冷地野菜の生産地として開発されたために、生育環境が急激に悪化し、ヒツジグサなどはほとんど消滅に近い状態になっている。今回確認できた植物は次の通りである。 1 湿地内の植物 サワギキョウ、ゼンマイ、チゴザサ、ミズチドリ、テリハノイバラ、ミヤコイバラ、ヤマドリゼンマイ、オタルスゲ、ノリウツギ、ネジキ、トサノミツバツツジ、ヤマウルシ、ヤマツツジ、コツクバネウツギ、オオバスノキ、フトヒルムシロ、トダシバ、ヒカゲノカズラ、シロモジ、ハンカイソウ、タイツリスゲ、ソヨゴ、モウセンゴケ、シカクイ、キセルアザミ、ススキ、ノイバラ、リョウブ、アギスミレ、ヒメシダ、アカマツ、ヒノキ、アセビ、ヒツジグサ、ヤマハンノキ、コナギ、コナラ、ヤマヤナギ、アカシデ、マルバハギ、エゴノキ、ヤブレガサ。 2 湿地周囲の樹林 高木層:アカマツ(優占)、クマノミズキ、リョウブ、クリ、コナラ。 亜高木層:リョウブ、ソヨゴ、ウラジロノキ。 低木層:シロモジ、リョウブ、ヒサカキ、アセビ、ヤマツツジ、トサノミツバツツジ。 草本層:サルトリイバラ、アセビ、ケアクシバ、コツクバネウツギ、シラヤマギク、オカトラノオ、クサイ、アマヅル、ミズキ、ノギラン、ハシカグサ、カワチハギ、マルバハギ。 (5)推移帯に残るアカマツやコナラの二次林 徳島県では、標高約500m
付近から800m
付近に推移帯の樹林が発達する場合が多い。本町では、当該地域に点在する集落の周辺や、植林されていない場所に、これらの樹林がモザイク状に見られる。落倉、駒倉など各地に見られる二次林は、コナラ、ヤマザクラ、アカシデ、リョウブなどの落葉樹に混じってシラカシ、ヒサカキ、ヤブツバキ、ソヨゴなどの常緑樹が混生する推移帯の特徴を示している。調査地での樹林の組成は次の通りである。 1 駒倉尾根の二次林(調査地8) 低山の尾根や人家に近い山腹などには、立地保全とタケノコの収穫のために栽植された竹林とともに、コナラやアカマツが優占する二次林が所々に残っている。それらの樹林の例をあげると次の通りである。 高木層:コナラ(優占)、ヤマザクラ、アカシデ、シラカシ、クヌギ、ホオノキ。 亜高木層:シラカシ、リョウブ、カキ、ホオノキ、テイカカズラ、コシアブラ、アオハダ、ソヨゴ。 低木層:アラカシ、ヒサカキ、ケクロモジ、アオハダ、コバノミツバツツジ、アオキ、シシガシラ、アセビ、オンツツジ、コシアブラ、コツクバネウツギ、コガクウツギ、ヒノキ、ネジキ。 草本層:アラカシ、シュンラン、ジャノヒゲ、シラヤマギク、シシガシラ。 2 駒倉尾根のアカマツ林(調査地9) 駒倉から井川スキー場へ通じる道路の周辺に、アカマツが優占し、リョウブやヒサカキなどの低木が混生する次のような貧弱な樹林が残っている。 低木層:アカマツ、ネジキ、コナラ、ソヨゴ、ヒサカキ、シロバナウンゼンツツジ、ウラジロノキ、イヌツゲ、ナツハゼ、クリ、ワラビ、ヒノキ、リョウブ、トサノミツバツツジ、ヤマウルシ。 草本層:シコクママコナ、ツルリンドウ、イチヤクソウ、ワラビ、ミヤマウズラ。 3 落倉安田の山腹のアカマツ林(調査地10) 落倉安田の人家近くに残るアカマツ林の組成は次の通りである。 高木層:アカマツ(優占、枯木も多い)。 低木層:ネジキ、ヒサカキ、ソヨゴ、ヤマツツジ、ナツハゼ、サルトリイバラ、コナラ、リョウブ、オンツツジ、ヒノキ。 草本層:コシダ、イチヤクソウ、イヌツゲ。 (6)八ツ石城跡付近の植物(調査地11) 八ツ石城跡は樹木はほとんど伐採されており、高木はアカマツの古木が数本わずかに残っている。 アカマツ(286cm、274cm)、スギ、エイザンスミレ、リュウノウギク、ヘクソカズラ、イヌツゲ、スイカズラ、ツタ、ヒサカキ、ウツボグサ、シロバナウツボグサ、オオツヅラフジ、ナツハゼ、ヤマジノホトトギス、キブシ、ヤブコウジ、ヤマウルシ、クヌギ、コナラ、アキノタムラソウ、クサギ、ヨモギ、チヂミザサ、ススキ、イタドリ、クルマバナ、ヤマノイモ、ヒヨドリバナ、オオアレチノギク、オオバコ、カラスウリ、オミナエシ、コウヤマキ、クズ、オカトラノオ、ヌルデ、ヤブレガサ、サルトリイバラ、マルバウツギ、ヤマツツジ、イヌザンショウ、ノキシノブ、ノリウツギ、ナワシロイチゴ、ツユクサ、タンナトリカブト、ツリガネニンジン、カエデドコロ、ヤブツバキ、ショウジョウバカマ。 (7)大久保の御大師さん〜ご来光の滝周辺の岩場 1 岩場の植物(調査地12) 多比(たび)のお大師さんとご来光の滝周辺は、母岩が露出する険しい断崖や急斜面になっていて、貧養で植林地として利用できない。そのため自然状態が保たれ、次のような自然植生が広くはないが残されており、四季折々に美しい景観を展開している。 高木類:アカシデ、ケヤキ、コナラ、リョウブ、ネジキ、ヤマザクラ、アカマツ。 低木類:ヤマザクラ、アカマツ、コバノガマズミ、ニワトコ、コナラ、ツリバナ、ツルグミ、ミズキ、コバノミツバツツジ、アカシデ、アセビ、ヒサカキ、ソヨゴ、ダンコウバイ、リョウブ、ヤマツツジ、コツクバネウツギ、コマユミ、ヤブイバラ、ヤブムラサキ、ヤマコウバシ、エビガライチゴ、イヌツゲ。 草本類:コウヤボウキ、マルバマンネングサ、イトスゲ、ノキシノブ、タガネソウ、イワヒバ、アキノキリンソウ、クマワラビ、フユイチゴ、イタドリ、クサイチゴ、ジュウモンジシダ、ヤマヤブソテツ、イノデ、ツヤナシイノデ、ヤマルリソウ。 2 多比大師さん境内とその周辺(調査地13) 多比大師さん境内から参道、およびご来光の滝までの遊歩道周辺に生育している植物の主なものをあげると次の通りである。 高木類:スギ(栽植、385cm、285cm)、アカマツ(栽植、241cm)。 亜高木類:イロハモミジ、ケヤキ、コナラ、マダケ。 低木類:キブシ、ヤマアジサイ、コバノガマズミ、バイカアマチャ、ノリウツギ、ヤマブキ、ダンコウバイ、イヌガヤ、コマユミ、アワブキ、コツクバネウツギ、サンショウ、コアカソ、ミズキ、シラキ、ニセアカシア、ウツギ、ツタ、ツタウルシ、ノブドウ、エンコウカエデ、ニワトコ、ヤマフジ、イボタノキ、コガクウツギ、ウリハダカエデ、ウリノキ、ナワシログミ、アオキ、ヤブイバラ、エノキ、イヌシデ、ヒサカキ、アセビ、ヤブコウジ、カヤ、タラノキ、ネムノキ、ヌルデ。 草本類:ダイコンソウ、ノブキ、クサイチゴ、ヤマカモジグサ、キンミズヒキ、ミズヒキ、チヂミザサ、アカソ、イタドリ、ドクダミ、フキ、ムラサキニガナ、マムシグサ、ヘクソカズラ、オカトラノオ、ヤマルリソウ、クモキリソウ、オカタツナミ、フタリシズカ、ハンカイソウ、ヤブレガサ、オオハンゲ、モミジカラスウリ、ヒヨドリバナ、ボタンヅル、ケスゲ、タガネソウ、アキノタムラソウ、シャガ、サルトリイバラ、ホタルブクロ、ナルコユリ、ガンクビソウ、メヤブマオ、アオテンナンショウ、アカショウマ、クルマバナ、オオバコ、クズ、ノコンギク、ウツボグサ、ヒメジョオン。 3)植林地の植物 本町の山林の大部分はスギ・ヒノキの植林であるが、栽植後の間伐や枝打ちなどの管理が十分に行き届かないために、密生して下枝が伸びたまま放棄状態になっていて、日光が林床に届かず、下層植物がほとんど生育していない所も見られる。しかし、管理の行き届いた30〜40年を経たスギ林では、その林床が安定し、低木や草本が多く生育している。特に谷筋の湿潤な土壌の林床は、イノデなどのシダ植物の豊富な環境となっている。スギ林床に低木や草本類が多く生育している所には次のような植物が見られた。 (1)落倉安田のスギ植林と二次林(調査地14) 植林後の管理が粗放なため、伐採跡に萌芽した木が生長して、植林したスギとの混交林を作っている。 高木層:スギ。 亜高木層:ヤマザクラ、コナラ、ケヤキ、アカマツ、アカメガシワ、アラカシ、アカシデ、モウソウチク。 低木層:シュロ、アラカシ、アオキ、ヒサカキ、オンツツジ、ネジキ、ネズミモチ、ウラジロ、ヤブニッケイ、クマイチゴ、マルバウツギ、ソヨゴ、クヌギ。 草本層:イノデ、フユイチゴ、コクラン、ナガバジャノヒゲ、シキミ、フモトシダ、ヒカゲノカズラ、ゼンマイ、シュンラン、トウゲシバ、ヤブコウジ。 (2)駒倉のスギ植林林床(調査地15) アカソ、サカゲイノデ、サイコクイノデ、シオデ、オオハンゲ、ゼンマイ、ヤワラシダ、ヤマイヌワラビ、シシガシラ、チヂミザサ、ミヤマシケシダ、ノブキ、ミョウガ、ミツバ、ハナタデ、シラガシダ、ハリガネワラビ、シケチシダ、ツヤナシイノデ、カンスゲ、ホシダ、アキノタムラソウ、シャガ、シラスゲ、アオミズ、ノササゲ、ゲンノショウコ、アケボノソウ、マルバハギ、オトギリソウ、サワオトギリ、ジシバリ、フキ、アリノトウグサ (3)馬岡新田神社横の渓畔のスギ植林林床(調査地16) キンミズヒキ、ヤブハギ、イワガネゼンマイ、チヂミザサ、シャガ、アオミズ、ヤワラシダ、ツブラジイ、ケヤキ、ホソバイヌワラビ、チャ、イノデ、コバノヒノキシダ、シュロ、ハナタデ、メナモミ、ゼンマイ、オオキジノオ、ヒメワラビ、シシガシラ、タカサゴキジノオ、ヤブヘビイチゴ、ミゾソバ、ヤマミゾソバ、ササクサ、ハリガネワラビ、イヌコウジュ、ベニシダ、ハシカグサ、ミゾシダ、ヤマトキホコリ、フユイチゴ、イワガネソウ、サイゴクベニシダ、ハカタシダ、ホウチャクソウ、ナキリスゲ、ヤブミョウガ、ミョウガ、ナンテン、コチヂミザサ、クズ、ミズタマソウ、オオクジャクシダ、シケチシダ、オオバノハチジョウシダ、オニカナワラビ、ホシダ、ヤブソテツ、ヤマヤブソテツ、フモトシダ、リョウメンシダ、シラガシダ、ヤブニッケイ、ヌスビトハギ、ナルコスゲ、セキショウ、ミツマタ、メタセコイア(栽植)、コチャルメルソウ、アケボノソウ、コアカソ、ナツエビネ。 (4)馬場のスギ植林林床(調査地17) イノデ、リョウメンシダ、イワガネゼンマイ、オオハンゲ、シュロ、コミヤマミズ、シャガ、オオバノイノモトソウ、アオキ、イノコズチ、アブラチャン、シケシダ、ユキモチソウ、ユキワリイチゲ、ナンカイアオイ。 (5)カラマツ林の林床(調査地18) 井川スキー場から、水ノ口峠を経て日ノ丸山山腹にまで林道が伸びているが、その周辺の斜面一帯にカラマツが植林されている。カラマツは、本来東北地方南部から中部地方にかけての亜高山帯に自生している落葉針葉樹で、生長が早く、貧栄養地でも生育する樹木である。降水量も1000〜1500mm
の少雨地域が適地と考えられているため、本町のこの付近にかなり広く栽植されたものと思われる。この樹林の林床は低木も多く生育していて、次のような植物が見られる。 高木層:カラマツ。 低木層:シロモジ、ウワミズザクラ、ノリウツギ、ウツギ、リョウブ、スギ、ヤマヤナギ、ナガバモミジイチゴ、サイコクイボタ、サルナシ、ヤハズアジサイ、エゴノキ、ヨグソミネバリ、サルトリイバラ。 草本層:シロヨメナ、イタドリ、ナガバモミジイチゴ、ケチヂミザサ、ニワトコ、ツヤナシイノデ、シシガシラ、サルナシ、ミズ、ミヤマタニソバ、サルトリイバラ、カラクサイヌワラビ。 4)河川の河畔や岩場等の植物 井川町の北側は、隣接する三加茂町と池田町の境界まで約6km
を、吉野川が東西に流れている。北隣の三好町には浸食された巨岩・奇石と深い淵(ふち)によって作られた景勝地「美濃田の淵」があり、本町を流れる吉野川もその地層に連続しているため、河岸は浸食された岩場や崖となり、深い淵に落ち込んでいる。これが幸いして、めったに人が近づかないため、その岩場や崖には、極めて狭い範囲ではあるが貴重な植物が残されている。また、この付近には井内谷川が流れ込み、合流地周辺は土砂や礫(れき)が堆(たい)積して、小規模な川原や州となっている。その川辺にはヤナギ類が生育し、カナムグラなどのツル植物が繁茂する河川敷を経て、段丘の河畔林へと移行する。岩場や崖、およびその周辺に生育している植物をあげると次の通りである。 (1)辻付近の吉野川の河畔林(調査地19) 高木層:アラカシ、ヒサカキ、コナラ、ヤブニッケイ、クヌギ、ネムノキ、フジ、エノキ、アカメガシワ、ナナミノキ、ムクノキ、キリ。 低木層:イヌビワ、シュロ、アオキ、クワ、ヤブツバキ。 草本層:コゴメナキリスゲ、カニクサ、カラムシ、ナンテン、ミゾソバ、キチジョウソウ、ヤマアイ、ネザサ、ムサシアブミ、ホウチャクソウ、ヤブラン、クリハラン、イヌイワガネソウ、ハカタシダの雑種。 (2)佃の吉野川岸の岩場とそれに続く河畔林林縁部(調査地20) 大雨などで河川が増水し頻繁に水をかぶるような地帯を渓流帯と呼び、そこには近縁種に比べて葉が流線型をした植物が見られる(岩槻、1979ほか)。吉野川では池田ダムより上流にこうした渓流植物が多く成育するが、井川町佃の岩場にもアオヤギバナやイワバノギクなどの渓流植物が見られ、この付近もそうした渓流的環境であることがわかった。 イブキシダ、ホウライシダ、イノデ、ヒメワラビ、オオバノイノモトソウ、ツルウメモドキ、ヨモギ、ノコンギク、ホソバコンギク、イワバノギク、チヂミザサ、トラノオジソ、ネズミモチ、トウバナ、マダケ、アワモリショウマ、オニヤブソテツ、ヒメカナワラビ、ヒサカキ、マルバウツギ、セキショウ、スダレギボウシ、キハギ、アオヤギバナ、ミギワトダシバ、リンドウ、キシツツジ、イワカンスゲ、キヅタ、ミツデウラボシ、ヒメツゲ、ヒメツルキジムシロ、ミツバ、イヌトウキ、ツリガネニンジン(ナガバシャジンとの中間型)。 (3)辻の吉野川岸の岩場(調査地21) エノキ、ネザサ、イワカンスゲ、ネコヤナギ、ノコンギク、シケシダ、スダレギボウシ、ヨモギ、アワモリショウマ、カワラハンノキ、キシツツジ、イタドリ、イブキシダ、ヒメウツギ、ホソバコンギク、セキショウ、ヒメヤブラン、コヤブラン、キハギ、ツルウメモドキ、ミギワトダシバ、アキグミ、スミレ、タチツボスミレ、アオヤギバナ、ミヤコグサ、テリハノイバラ、チガヤ、チャセンシダ、タチシノブ、ホシダ、ヒメウズ、ヒメジソ、タチヤナギ、カタバミ、ススキ、イ、オランダガラシ、トウバナ、ツルヨシ、イワバノギク、ヒサカキ、ミツデウラボシ、イブキシモツケ、シロヨメナ、イノモトソウ。 (4)吉野川の川原の植物(調査地22) コセンダングサ、メリケンカルカヤ、ノコンギク、アキグミ、ヨモギ、セイタカアワダチソウ、ヤハズソウ、カナムグラ、イタドリ、ツルヨシ、ネコヤナギ、ノイバラ、カラムシ、ヒメジソ、メドハギ、トダシバ、コマツナギ、ミヤコグサ、カワラヨモギ、ニワゼキショウ、スミレ、アカメヤナギ、タチヤナギ、オオタチヤナギ、ヨシノヤナギ、レモンエゴマ。 5)水田雑草 井川町はそのほとんどが山間地で、水田として利用されているのは、吉野川に面した河岸段丘の一部と井内谷川の両岸に開かれた狭小な棚田のみである。また、山間地の棚田は最近の過疎化の影響によって、スギが植林されたり、休耕地として放棄されたりしているところも多い。現在耕作されている水田に雑草として生育している植物を見ると種類数は極めて少なく、帰化植物を含む次のようなものである。しかし、山間地にはイチョウウキゴケなどの珍しい植物も残っている。 (1)桜の水田雑草(調査地23) タネツケバナ、マツバイ、メヒシバ、ノミノフスマ、ツルスズメノカタビラ、イヌホタルイ、ヒメジョオン、ツユクサ、ヨモギ、コモチマンネングサ、アゼムシロ、ハナイバナ、チョウジタデ、アイノゲシ、エゾノギシギシ、アゼナ、スズメノカタビラ、イヌビエ。 (2)メイト文化村横の水田(調査地24) コナギ、ウキクサ、イチョウウキゴケ、アゼナ。 6)帰化植物 本町には新たに造成された裸地や更地などは少なく、吉野川下流域のように帰化植物の被植率の高い堤防も築かれていない。したがって、これらの攪(かく)乱された環境を好んで侵入し生育する帰化植物は、それほど多くは見られない。しかし、井川スキー場のゲレンデや道路の法(のり)面などには立地保全の目的で外来植物の種子が吹き付けられたものが生育している。これらを含めて、鉄道沿線や河川敷、学校の校庭の周辺部などに帰化植物が比較的多く見られる。 本町で確認した帰化植物の主なものをあげると次の通りである。 ネズミムギ、ヒナゲシ、セイヨウノコギリソウ、ホソムギ、シロツメクサ、ジャノメソウ、ムシトリナデシコ、エゾノギシギシ、ホウキギク、ヒメムカシヨモギ、コマツヨイグサ、オオアワガエリ、チチコグサモドキ、オオアレチノギク、キクイモ、アレチノギク、ヒメジョオン、ノゲシ、セイヨウタンポポ、セイタカアワダチソウ、ベニバナボロギク、ノボロギク、オオニシキソウ、イタチハギ、ムラサキツメクサ、クソニンジン。 (1)イワヨモギ Artemisia
gmelini Weber ex
Stechm.(図5) イワヨモギは、本来日本では北海道のみに生育しており、環境庁の絶滅危惧(ぐ)植物の調査では絶滅の危険が増大している種である絶滅危惧
II
類にランクされている植物である(環境庁自然保護局野生生物課、1997)。井川町桜の林道法面では、ヨモギ、ヒメヨモギ、オトコヨモギ、クソニンジンに混じってイワヨモギが確認された。道路法面の保護のためにヨモギ種子を吹き付けているが、それに混じっていたものと思われる。近年、全国各地で、イワヨモギが林道などの道路法面でみられ(中田ら、1995)、ヨモギの種子生産地の中国で種子を採取した際に混入したと推測されている。県内ではほかに、木沢村の剣山スーパー林道で見つかっている。 この植物は国内にもともと分布しているので、新たに外国から入ってきた帰化植物とはいえない。イワヨモギは国内の分布が限られているため、産地から外国産であることの類推が容易であるが、ヨモギのように分布が広いものでは、日本産のものか外国産のものか区別は困難である。価格が安いからといって安易に外国から種子を取り寄せることが多いが、その影響については十分な検討が必要であろう。 (2)ハイイロヨモギ Artemisia
sieversiana
Willd.(図6) ハイイロヨモギは朝鮮・満州・中国・シベリア・ヒマラヤに分布する二年生のヨモギ属植物で、日本では長野県で1952年にみつかっている。井川町桜の林道法面で、前種イワヨモギやヨモギなどと共に確認された。県内では初記録である。これも、吹き付けのヨモギの種子に混じっていたものと推測され、愛媛県でも林道法面で確認されている(伊藤、1996)。
5.特筆すべき植物 本町でみられた特筆すべき植物のうち、主なものをあげる。植物名の横の括弧内に環境庁の絶滅危惧植物調査によるカテゴリーを示す。絶滅危惧
II 類は絶滅の危険が増大している種で、絶滅危惧 IB
類は近い将来における野生での絶滅の危険性が高いものを示している(環境庁自然保護局野生生物課、1997)。 1)ミズチドリ Platanthera
hologlottis
Maxim.(図7) 湿地や湿原に生育するラン科の多年草。生育環境が限られているために個体数が少なく、また、愛好家と称する心ない人によって乱獲され激減している。県内では貴重種である。 2)ミズトンボ Habenaria
sagittifera Reichb.
fil.(絶滅危惧II類、図8) 前種同様湿地・湿原に生育するラン科の多年草。前種と共に生育地が限られ、本県の貴重種である。 3)ヒツジグサ Nymphaea
tetragona
Georgi スイレン科の多年生の水草。県内では黒沢湿原に生育するが、他には見られない希少種である。多美湿地には以前は多く見られたが、現在は消滅寸前になっている。 4)キセルアザミ(サワアザミ) Cirsium
sieboldii
Mi. キク科の多年草で湿地に生育する。本県では黒沢湿原などに見られるが、生育地は限られている。多美湿原にも見られるが個体数は多くない。 5)オタルスゲ Carex
otaruensis
Franch. カヤツリグサ科の多年草で湿地に群生する。本県では水ノ口峠の湿地などごく限られた所にしか見られない。多美湿地に群落を作っている。 6)サワギキョウ Lobelia
sessilifolia
Lamb.(図9) 湿地に生育するキキョウ科の多年草。かつては県南にも生育していたが消滅し、県内では本町のみが生育地となっている。花が美しいことや希少種であることによって乱獲されたり、生育環境の悪化によって、以前に比べて個体数を著しく減じている。 7)ミギワトダシバ Arundinella
riparia Honda.(絶滅危惧 II
類) 大河の渓流沿いの岩場に生育する全国的にも珍しいイネ科の多年草。本県では大歩危・三縄などの吉野川の岩場に生育しており、本町でも河岸の岩場に生育している。しかし、本県では、他県のように小穂の芒(ぼう)が3mm
ほどに長く伸びるものはまだ確認されていない。今後さらに検討しなければならないが、ここでは阿部(1990)の見解にしたがい、ミギワトダシバとして扱っておく。 8)ホウライシダ Adiantum
capillus-veneris
Linn.(図10) ホウライシダ科に属し、アジアンタムの名で栽培され、園芸店でも売られている常緑のシダ植物。石川県・千葉県以西の本州・四国・九州・琉球に分布しているが、本県では池田町のみに記録されていた。本町にも生育しているのが確認でき、県内第2の産地となった。 9)スズムシバナ Strobilanthes
oliganthus
Miq.(図11) 林の木陰に生えるキツネノマゴ科の多年生草本。全国的に少なくなっている。本県でも現在では1カ所でしか生育が確認されていなかったが、本町にも数個体の生育が確認できた。 10)アオヤギバナ Solidago
yokusaiana
Makino. 川岸の岩場に生えるキク科の多年草。全国的に少なくなっているが、本県の那賀川流域にはまだ多く見られる。吉野川流域では個体数は多くない。 11)イワバノギク Aster
ageratoides Turcz. var. lineari-lanceolatus Kitam. (Nom.
nud.) キク科の多年草。那賀川の岩場に生育しているものに名づけられたが、正式な発表はされていない。シロヨメナの渓流型で、花がより小さく、葉が細く三脈になる特徴をもつ。本町でも生育を確認できた。 12)スダレギボウシ Hosta
kikutii F. Maekawa var. polyneuron (F. Maek.) N.
Fujita. 岩場に生えるユリ科の多年草。本県では、山川町山瀬付近から池田町・山城町の吉野川畔の岩場や崖などに生育している。本町でも確認できた。 13)ヒメツルキジムシロ Potentilla
stolonifera Lehm. var. yamanakae
Naruhashi. 渓流に沿う岩場に生育するバラ科の多年草。山城町大歩危産のものに名付けられた。根生葉の頂三小葉以外の側小葉を欠くか、1または1対に減じるもので、希少種である。本町でもわずかに生育を確認した。 14)オオダイトウヒレン Saussurea
nipponica
Miq. キク科の多年草。県内では標高1000mほどの樹林に生育しているのが時に見られる。 15)ヒメウラジロ Cheilanthes
argentea (Gmel.) Kunze.(絶滅危惧 II
類) ホウライシダ科の小型のシダ植物。日当たりの良い山地の岩上や石垣などに生育する。常緑性であるが、寒冷地では冬季にほとんど葉が枯れる。全国的には生育場所が限られ、環境庁の絶滅危惧種の調査対象になっている。盆栽用に採取されたり、環境の変化などにより次第に減少している。本町にもごくわずかに生育している。 16)フトボナギナタコウジュ Elsholtzia
argyi Le■v var. nipponica (Ohwi)
Murata. 山地の道ばたに生えるシソ科の一年草。県内での分布は少なく珍しい。本町の井川スキー場に数個体生育していた。 17)ミツイシイノデ Polystichum
× namegatae
Kurata. スギ植林地の林床などに生育するオシダ科のシダ植物。サイコクイノデとカタイノデとの自然雑種と考えられており、両種が生育するところに出現する。本町でも数個体確認できた。 18)ヤマドリゼンマイ Osmunda
cinnamomea Linn. var. fokiensis
Copel. ゼンマイ科の夏緑性シダ植物で、山地の湿地などにしばしば群生する。県内にも黒沢湿原など数カ所に生育しているが、本町にも多美湿地に大きい群落を作っている。個体数は多いが、生育環境が限られていて、徳島県では珍しい植物である。 19)ミカイドウ Malus
micromalus
Makino. 中国原産のバラ科の落葉低木で、江戸時代から海棠(かいどう)とよばれて庭園でよく栽培される。井川スキー場のヒュッテ前に双幹の古木(胸高周囲121cm
と92cm)があり、地元の人はノカイドウとよんでいたようである。しかし、ミカイドウはノカイドウ(M. spontanea (Makino)
Makino)と別種であり、果実の色や大きさ、形や萼(がく)の宿存性などの点で異なっている。井川スキー場にある木は年代を経た古木で、県内では他に例を見ないものである。 20)イチョウウキゴケ(イチョウゴケ)
Ricciocarpus natans (L.)
Corda. 水田や池沼の水面に浮かんで浮漂生活をしたり、泥土上でも群生するウキゴケ科の小型のコケ。その名のようにイチョウの形をしていて、県内には鳴門市島田のほか、山間地の水田にまれに見ることがある。本町にも生育していて珍しい。 21)イヌイワガネソウ Coniogramme
× fauriei
Hieron. ホウライシダ科の常緑性多年生のシダ植物。イワガネソウとイワガネゼンマイとの中間の形質をもち、両種の雑種と考えられている。県内では所々に生育が報告されているが、珍しい植物である。本町にも常緑樹の林床で生育が確認できた。 このほか、ユキモチソウ(絶滅危惧
II 類)、クロフネサイシン(絶滅危惧 II
類)、カンアオイ属の一種、ヤノネシダ、モウセンゴケ、ミズナラとコナラの雑種であるミズコナラなどが確認できた。しかし、過去に記録されているアワコバイモ(絶滅危惧
IB 類)、クマガイソウ(絶滅危惧 II 類)、ヒメヒゴタイ(絶滅危惧 II
類)、クシバタンポポ、クロタキカズラなどの希産植物は、今回の調査では確認できなかった。
6.巨樹 今回の調査で計測した巨樹の一部を示す。数値は胸高の周囲で、単位は cm
である。 アカガシ:710・565・420・362・240・211(以上毘沙門の森)。アカマツ:286・274(以上八石城跡)。アラカシ:242(伯楽神社)。イロハモミジ:158(毘沙門の森)、120(大山住神社)。ウラジロガシ:156(毘沙門の森)。イヌザクラ:435(新田神社)。エドヒガン:585(下大久保、図11)。ヤマザクラ:249(下大久保)。ウワミズザクラ:58(下大久保)。エノキ:276(辻高校グランド北)、264(下大久保)。カゴノキ:215(北地)。カヤ:330(新田神社)、180(大山住神社)。キヅタ:80(安王神社)。クス:662・565(以上今宮神社)。クヌギ:72(下大久保)。クリ:150(日ノ丸山中腹)。ケヤキ:520(今宮神社)、500(新田神社)、262(大山住神社)。ツブラジイ:324・289・285(以上飯裹神社)。サイカチ:168・136(以上吉野川河川敷)。シラカシ:103(今宮神社)。スギ:720・641(以上馬岡新田神社)、564(安王神社)、285・268(以上毘沙門の森)。タラヨウ:96(今宮神社)。トチノキ:182(伯楽神社)。フジ:102(伯楽神社)、59(毘沙門の森)。ムクノキ:681・584(以上大久保庵)、616(妙理神社)、467(安王神社)、364(北地)。モミ:215(井川スキー場)。ヤブツバキ:132・124(以上伯楽神社)、124(大山住神社)。ヤブニッケイ:108(毘沙門の森)。
7.おわりに 調査期間中台風に見舞われたこともあって、調査には十分な時間がとれなかった。調査期間外にも時間を見い出しては調査に臨んだが、まだまだ、本町の植物相については十分に解明されたとは言い難い。しかし、本町の大部分が住宅地や田畑、植林地などと人手が加わっているなかで、自然植生として残っている毘沙門の森のアカガシ林などの社叢林、吉野川岸の自然植生、多美湿地などは、将来にわたって後の世代に残すべき貴重な自然であることがわかった。これらのなかでも特に貴重な湿原植物を数多くはぐくむ多美湿地は、本町のみならず、徳島県民の貴重な財産であるともいえる。しかし、その荒廃は急激に進んでいて、多くの希少植物が消滅の危機に直面している。自然環境の保全や自然保護の重要性が地球的規模で論じられている現在、その意義を十分に認識し、早急に保護措置を講ずることを強く望みたい。 調査にあたり、情報提供や調査地のご案内、宿泊場所の提供など、多大なご協力をいただいた田渕武樹・西岡嘉計の両氏、および町教育委員会にお礼を申し上げます。
8.引用および参考文献 阿部近一(1990)徳島県植物誌.教育出版センター. 阿佐宇治郎編(1953)井内谷村誌.井内谷村役場. 今市涼子(1996)渓流沿い植物の種分化.pp.271-283.岩槻邦男・馬渡峻輔編,生物の種多様性.裳華房. 伊藤隆之(1996)最近,東予地方周辺の林道法面に出現するキク類とヨモギ類について.愛媛高校理科,No.
33:59-63. 岩槻邦男(1979)陸上植物の種.東京大学出版会. 岩槻邦男編(1992)日本の野生植物 シダ.平凡社. 加藤雅啓(1996)渓流沿い植物.pp.30-32.週刊朝日百科植物の世界(133).朝日新聞社. 環境庁編(1979)日本の重要な植物群落(四国版). 環境庁編(1988a)第3回自然環境保全基礎調査.特定植物群落調査報告書,追加調査・追跡調査(徳島県). 環境庁編(1988b)第3回自然環境保全基礎調査.特定植物群落調査報告書,成育状況調査(徳島県). 環境庁自然保護局野生生物課(1997)植物版レッドリストの作成について.環境庁. 牧野富太郎(1985)牧野新日本植物図鑑.北隆館. 長田武正(1976)原色日本帰化植物図鑑.保育社. 長田武正(1993)増補日本イネ科植物図鑑.平凡社. 鳴橋直弘(1968)キジムシロ類の二新変種.植物分類,地理,23(3-4):95-99. 鳴橋直弘・佐藤 卓(1978)日本産キジムシロ群の分類1.同定.北陸の植物,25(4):195-200. 中田政司・関太郎・伊藤隆之・小川誠・松岸得之介・熊谷昭彦・工藤信(1995)最近道路の法面に発見されるキクタニギクとイワギクについて.植物地理・分類研究,43(1-2):124-126. 西井治夫編(1972)井川町誌.井川町役場. 西浦宏明(1994)吉野川流域における川辺植生.pp.5-20.阿波学会編,阿波学会40周年記念誌・論文集「吉野川」.徳島県立図書館. 佐竹義輔・大井次三郎ほか編(1981-1982)日本の野生植物 草本(1-3).平凡社. 佐竹義輔・原寛ほか編(1989)日本の野生植物 木本(1,2).平凡社. 山中二男(1993)日本の河岸岩上の植物.植物地理・分類研究,41(1):21-24. 我が国における保護上重要な植物種および植物群落に関する研究委員会種分科会編(1989)我が国における保護上重要な植物種の現状.(財)日本自然保護協会・(財)世界自然保護基金日本委員会. 我が国における保護上重要な植物種および植物群落に関する研究委員会種分科会編(1996)植物群落レッドデータ・ブック.(財)日本自然保護協会・(財)世界自然保護基金日本委員会.
1)鳴門市立瀬戸小学校 2)徳島県立博物館 3)徳島市北田宮三丁目 4)北島町中村字河原 5)井上町辻 6)牟岐町中村字本村 7)徳島市立福島小学校 8)徳島県立城西高校神山分校 9)上板町立松島小学校 |