阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第43号
海部郡経済振興のための政策課題

地域問題班(地域問題研究会)

 三井篤1)・中嶋信1)・西村捷敏1)・

 藤村知己1)

1.はじめに
 地域は町村境界のような行政ラインで区分されがちであり、日常生活でも「おらが町」のような判断が働きやすい。だが、実際の地域経済や社会の区域は、学区、旧町村、郡のように重層的に構成されている。地域経済の動向を見据える場合には、経済活動が広域化している事実から、おのずから広域的視点に立って、町村界を越えて状況を把握することが有効である。この調査において「海部郡」という広域的な問題意識を設定したのはそのためであり、このことで海部郡の交流拠点・日和佐町の課題がより鮮明になるはずである。 今回の調査では関係者からのヒアリング、関連統計など資料収集分析、現地視察などを行い、地域経済の動向や課題に関しては、町内の関係者から有益な示唆を得た。主な聞き取り調査対象個所は以下のとおりである。
 ・田崎海洋生物研究所
 ・日和佐町役場(企画開発課、商工観光課)
 ・日和佐町漁業協同組合
 ・日和佐町住民(議員、森林組合、銀行、ほか)
 ・角田商店(日和佐町内、缶詰工場)
 ・徳島県日和佐農林事務所

2.調査結果
 1)海部郡における日和佐町の位置
 海部郡の中で日和佐町は一つの交流拠点となっている。道路、鉄道の要衝であり、海上交通の条件も備えている。また、薬王寺には古くから多くの参拝客が訪れている。このような条件下で、徳島県行政の出張機関(日和佐農林事務所等)や高等学校の配置などがなされ、県南の一つの交流拠点としての機能を集積してきたのである。日和佐町経済の振興を図るためには、後背地としての海部郡経済全体の振興が前提となり、周囲の自治体と協力を高めることが不可欠である。同時に、地域の拠点としての実績を備えた日和佐町には周辺地域に対する積極的なイニシアティブの発揮が求められよう。
 ところで日和佐町民の中では、地域経済振興の緊急性や日和佐町が果たすべき役割について、十分な認識が得られているわけではない。温暖で豊かな自然環境に包まれて、いかようにも生活しうるという恵まれた環境が、現状に対する批判的な姿勢や将来に向けての積極的な意欲を緩めている可能性がある。日常頻繁に交わされる「何とかなるうぇだ」という地域内の常用語はその現れとも思われる。また、日和佐に対する関心や執着は強いものの、周辺部を含む海部郡という広域的な視点は日常は見失われがちである。地域経済の進路を考える上では、このような主体的な条件をカバーする方策を十分に配慮する必要があろう。
 2)日和佐町の経済動向
 海部郡の産業は豊富な漁業・林業資源を基盤にして成立している。その産物の加工・流通過程に関連産業を結合し、さらにこれら産業が作り出す所得の再配分過程に商業・サービス業を成長させてきた。これらの基盤産業の形成には長い歴史経過があり、地域経済は全体として旧開的特徴を備えている。しかし高度成長期以降、漁業・林業の激しい動揺が発生しており、これに連動して地域経済全体が後退基調を引き起こしている。また、他の産業部門も構造近代化に立ち遅れ、進路は不透明な様相を示している。なお、海部郡は太平洋と海に迫る山並みが優れた景観を生み出し、観光客が訪れる客観的な条件を有しているが、その産業的展開は充分に果たされているとはいいがたい。
(1)人口構造
 日和佐町は海部郡における一つの交流拠点である。このため海部郡の基盤産業としての漁業の動揺と、それに基づく加工および商業・サービス業の低迷状況が、日和佐町経済の展開を押しとどめてきた。一方、高度経済成長期以降、阪神圏など工業化地域の人口吸引が一貫して持続し、この結果、日和佐町は長らく人口流出地帯として推移してきた。
 住民基本台帳に基づいて地域の人口動態を把握することができる。表1は最近年の日和佐町の人口動態を確認するものである。社会増減は一貫したマイナス状態で、高度成長期に確定した若年層流出構造が、今日も持続されていることが容易に推測される。人口の転出入は絶対数は一時期より減少したとはいえ、転出基調は維持されている。また、自然増減はマイナス基調が継続されるだけでなく、対人口比では減少テンポが高まっていることが分かる。この出生数の減少傾向は単なる出産数の減少=少子化にもとづくものではない。若年層が継続して流出した結果、出産年齢の世代の減少=人口構造の高齢化がもたらされていることが主因である。そのことは老齢人口の増大による死亡者数の増加傾向の事実でも裏付けられる。過疎化に基づく地域人口の高齢化は、地域の人口再生産軌道が近い時期に失調することも予測させるのである。

 図1は人口の転入出の状況を年代別に図示したものである。高等学校や行政の出先機関が立地していることで交流人口が高く表れている。高校・大学卒業および新規就職という流動性の高い時期に、転入出数が高いことが一目して理解できる。ここで留意すべきことは、15〜24才の世代では転出数が転入数を大きく上回っていることである。社会増減はやや安定したかに見えるが、過疎地域特有の若年層流出構造は現に継続しているのである。

 表2によってその地域的関係を確認しうる。小さな地域に限定した場合、攪(かく)乱項が多いために単年の統計数値はやや不安定である。1994年は日和佐町の近年の動向を端的に示すといってよい。県外と県内の移動数はほぼ同量である。県外では近畿地域との交流関係が強く、一貫して転出が上回っている。県内では徳島市への流出関係が強く支配している。また、周辺の海部郡からはむしろ流入基調にあることがわかる。日和佐町は海部郡の中の交流拠点として、周辺から流動人口を集めつつ、徳島市などの人口集中地域および近畿圏を中心とした県外工業化地域に、主として若年人口を排出して、結果として町内の人口減少を招いてきたのである。

 地域社会の持続的発展のためには担い手層の確保が肝要であり、このような若年層流出構造を克服することが課題となる。日和佐町に若者が定着するための可能性を探らねばならない。
(2)漁業
 日和佐町の漁業は、遠洋漁業を主として九州にも拠点を展開していたが、近年は後継者難に直面して、近海漁業への転換を余儀なくされている。養殖漁業の技術的確立と観光漁業への技術開発が今後重要な課題となってくる。
 水揚額・水揚量は、1980年4億5千万円・935t、1985年4億8千万円・524t、1990年5億9千万円・545t、1993年4億9千万円・530t となっており、水揚額は単価アップもあり増加しているが、水揚量は減少している。水揚量の減少は漁場環境の悪化によるものと考えられ、その原因として漁協は、漁具・漁船等漁法の発達による大量捕獲を指摘している。
 近年、育てる漁業として養殖漁業が盛んになり、日和佐町においてもモジャコ養殖が行われ、大きな収入を得ているが、海面養殖による漁場汚染という弊害もあり、将来に不安を残している。
 また、資源管理型漁業を推進して水産資源の保護育成を図るために「アワビ・サザエの中間育成施設」を日和佐町に整備し、今後の水揚げ増を期待しようとしている。また潜水具の技術革新により何時間でも潜って作業できるため、漁協青年部が資源管理を徹底させるために捕獲時期・捕獲時間等のルールづくりを急いでいる。
 日和佐漁協としては、漁民のために何をしたらよいのか目下のところ不透明感を増している。学識経験者等の協力を得て、早く目玉を作りたいと願っている。
 今回の調査で、日和佐町内の田崎海洋生物研究所で伊勢エビの稚魚養殖に成功していることがわかったが、その養殖施設は伊豆半島に計画されているようで、日和佐町としては、田崎海洋研究所を誘致しただけで、そこでどのような研究成果が得られているのかといった情報収集あるいは活用が不十分のように思われる。
(3)林業
 日和佐町の林業は、地理的関係から那賀郡相生町を中心とする那賀川流域と密接な関係にある。行政区画では、海部郡に所属し、海部川流域林業との関係も今後重要な課題となってくる。
 日和佐町の森林面積は10,576ha で、その蓄積は1,174千平方メートルであり町の全面積の90%を占めている(1)。森林面積のうち民有林が98.7%を占め、民有林における人工林率は60%であり、県平均を下回っている。所有規模別に見ると20ha 未満の小規模所有がほとんどである。 人工林は1955年前後から急速に造林されたため、35年生以下の若齢級が全体の91%を占めている。今後、育林技術体系の定着化と適正な除間伐の推進を図る必要があると森林組合は感じ取っている。
 しかし、林業を取り巻く環境は依然として厳しく、国産材時代の到来があるといわれながら輸入木材の増大により、国産材価格の低迷が続き、森林所有者の育林施業は遅れがちな傾向にある。このため、各種補助事業により育林施業に取り組んでいるが、ほとんどが零細個人所有のため受益者負担分に苦慮している状況にある。
 こうした状況を打開するために林野庁の広域流域活性化事業の中で海部郡木材産地化構想が浮かび上がってきている。この構想は、以下のようなプロジェクト体系からできている。
 A 産地化のため消費者・住民向けに実施すべき事項
  A−1 主要な木造施設等の建設推進
    1)木の住まいづくりプロジェクト
    2)木の宿づくりプロジェクト
    3)木の町づくりプロジェクト
    4)木の海部プランニングプロジェクト
  A−2 消費者・住民対象の情報提供や助成制度の推進
    1)住宅センター設立プロジェクト
    2)住宅センター支援プロジェクト
    3)木の住まいづくり支援プロジェクト
  A−3 林業・木に対する理解・親しみ増進策の推進
    1)海部・観光の山プロジェクト
    2)海部・山海の祭りプロジェクト
 B 産地化のため供給側で整備・実施すべき事項
  B−1 林業・素材生産の活性化策の推進
    1)海部林業総合センター設立プロジェクト
    2)素材生産合理化プロジェクト
  B−2 木材生産等拠点の施設整備の推進
    1)海部・木材供給基地づくりプロジェクト
    2)住宅資材デリバリーセンタープロジェクト
  B−3 木材加工等機能高度化の推進
    1)高機能木材づくりプロジェクト
    2)プレカット工場整備プロジェクト
 日和佐町に関係する施設は、上記Bの項に含まれる以下の二つである。
  B−2 木材生産等拠点の施設整備の推進
  B−3 木材加工等機能高度化の推進
 上記のプロジェクトにおいて、日和佐町には図2(3)に示す(素材集荷場、製材工場、住宅供給関連施設、及びデリバリーセンターなどが集積)ように、小規模ではあるが総合的な海部地域の木材団地(具体的な施設等の検討は今後の課題)が整備される。計画づくりは活性化センターが、用地・造成は町が、施設づくり・管理・運営は参画企業団体等がそれぞれ役割を分担することになる。

(4)観光
 日和佐町は、室戸阿南海岸国定公園の中核に位置し、国指定天然記念物「アカウミガメとその産卵地の大浜海岸」、国定公園特別保護地区の「千羽海岸」、名刹(さつ)「薬王寺」など有力な観光資源を有し、年間100万人近い観光客が訪れている。しかし、日和佐町への観光入り込み客数は近年横ばい傾向にあり、宿泊者の割合は8%に過ぎない(1)。
 21世紀には、労働時間の短縮、休暇制度の充実が確立され、さらに広域高速道路体系を背景に、人々の行動は広域化、拡大化の傾向を強め、観光需要がこれまで以上に増大するとともに、質的にも目的意識を持った観光へ移行していくことが予想される。こうした人々のライフスタイルの変化に対応すべく、既存観光施設の整備充実を図っていくとともに、地域産業との連携や民間活力の導入により、滞在型のリゾート拠点づくりに関連した商工業の発展が日和佐町民より期待されている。
(5)商工業
 日和佐町の商工業は、1次産品の高付加価値化(農林水産加工)の方向で考えていくべきであろう。この場合、原料の量的確保および消費者ニーズを念頭に置いた価格対策が求められよう。
 日和佐町の商業は、伝統と歴史にはぐくまれた独立商圏を形成してきた。しかし徳島市、阿南市への購買層の流出、人口の減少による地元需要の減少も影響して、厳しい商店経営となっている。1982年には商店数286店、従業員数666人、年間販売額51億円であったものが、1991年では商店数187店、従業員数463人、年間販売額53億円となり、年間販売額は横ばい傾向にあるものの、商店数、従業員数は減少しており、今後の後継者難によりさらに減少することが予想される。
 日和佐町では、薬王寺、ウミガメ等と関連した観光施設の整備充実との連動で、商業核になるショッピングセンター等の集積商業施設が必要と構想しているが、地域住民のニーズを充分に把握していないようである。
 施設には充分な駐車場や公衆トイレはもちろんであるが、子供からお年寄りまで楽しさと優しさと、安らぎを与えるコミュニティの場としての機能を持たせることが肝要である。また、観光地である日和佐町にふさわしい特産品売場や生産物直売所の機能も重要となってくる。それを期待しうる一つの事例が生鮮食品店舗の開店という若者の試みからスタートしている。この試みは、日和佐町近海でとれる新鮮な魚介類を、日和佐町民ならびに日和佐町を訪れる人たちに賞味してもらおうというものである。この種の試みが今後いろいろな形で生まれてくることを期待したい。
 日和佐町の工業は過疎化の進行、就労の場の不足、若者の都市への流出等の悪循環により低迷を余儀なくされている。平成5年では事業所数36、従業者数455人、製造出荷額46億6千万円であり、その内容も工業用地、用水、労働力に恵まれないため家族経営による零細な地場産業がほとんどである。企業誘致は、若者の定住と所得の向上をもたらすものとして期待されていたが、バブル経済の崩壊とともに企業誘致の環境はますます厳しいものとなっている。
 今後、地場産業の育成強化を図るとともに、広域的視点に立った企業誘致を推進して、地域住民の職場を確保し、活力ある経済活動を推進する方策を講じていかなければならない。
 3)海部郡経済の今後の課題
 前節では地域経済を持続可能なものに改革すべきことを確認した。その実現は急がれるべきだが、拙速な対応はむしろ地域の可能性を蝕(むしば)むおそれがある。そのため、地方自治法は長期計画の策定を義務づけている。地域の特性や地域の実情を正確に分析して地域振興計画を作成することが求められている。すでに 『日和佐町振興計画(平成7〜16年度)』 が策定されており、基本構想が順次実施に移される過程にある。
 ここで重要なことは、地域振興に関する長期戦略について地域的な合意が十分に図られ、住民の力がその目標に向かって効果的に結集されることである。われわれのヒアリングの経過から判断すると、この点に関する地域的合意や協力体制の整備はやや緩やかなものにとどまっている。例えば、今後の地域振興上の重要課題である 『日和佐町観光基本構想』(平成8年)は役場行政の内部文書的な評価しか受けておらず、長期戦略については地域のリーダー層から少なからぬ異論が提起されている。住民のエネルギーを効果的に吸収して確かな地域づくりを進めるためには、長期戦略の合意と推進体制の整備という基本的な課題の再点検が必要であろう。
 先に述べたように地域経済は町境界で遮られるものではない。地域の特質である豊かな自然を生かした観光事業を想定するなら、むしろ積極的に境界を越え、広域的な連携によって展望を開くべきであろう。今後の地域振興の基本視点としてそのような広域的視点を明確に据え、地域の交流拠点である日和佐町が相応のイニシアティブを発揮する姿勢を堅持すべきであろう。
 地域づくりの今後の基本視点として国土審議会などが強調するのは「持続的発展」や「自然との共生」である。これらが21世紀の地域づくりの基本となることは疑いない。ここで日和佐町の現状について確信を持つべきであろう。これまで乱開発が進まなかったため、日和佐町では良好な自然や人情豊かな社会関係が保持されている。この特長を十分に生かした地域デザインや産業振興を機軸に設定すべきであろう。鉄やコンクリートの巨大構造物を構築する時代は終わり、ソフト・エンジニアリングが土建事業の主流になろうとしている。この潮流を先取りする構想が必要であり、また日和佐町はそれを展開する客観的条件に恵まれているのである。

3.むすび
 21世紀は、心の豊かさを求める時代といわれている。21世紀における心の豊かさとは具体的に何を指すのだろう。定義は定かではないが、今回の調査を踏まえて、次のように定義づけすることも可能であろう。
  1)自分たちの住んでいる町が、住みよい町であるとい実感がわくこと。
  2)親しい仲間と一緒に、安心して働ける快適な職場があるということ。
 そのためには地域の資源を生かし、地域の環境を守りながら、地域住民のための快適な職場を、地域の技術によって、国際的視野のもとに育成していくための知恵が必要となってくるのである。
 今回の調査で明らかなように、日和佐町民は、地域経済振興の緊急性や日和佐町が果たすべき役割について十分に把握しているわけではないが、オーストラリアとの姉妹都市交流を通しての国際的視野、林業・観光面からの広域的視点等々は、徐々に形成されつつある。今後、主体的な条件を生かすような、例えば日和佐町公共施設の木造化推進、歩行者空間と駐車場、海部郡と那賀郡の接点施設の設置、といった社会基盤の整備が地域住民の意見を考慮された形で計画されていくならば、より魅力的な町に変容を遂げていくことであろう。

 文献
 1)日和佐町企画開発課:日和佐町振興計画.徳島県日和佐町,1995.
 2)徳島県海部郡日和佐町:日和佐町観光基本構想.1996.
 3)那賀・海部川(海部)流域林業活性化センター:海部木材産地化構想.1996.

1)徳島大学総合科学部


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