阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第43号
日和佐町における農業・漁業従事者の健康状態について −農業・漁業従事者集団健康診断結果−

農村医学班(四国農村医学会)

原田武彦1)・井上秀夫1)・中平晴仁1)    

小松まち子1)・溝渕樹1)・富塚貴陽1)    

南與志子1)・湯浅恒代1)・武本篤義1)    中山初美1)・紅露健二1)・蔭山哲夫2)    

吉本公宏2)・渋谷啓治2)・遠藤博久2)    

林まゆみ2)・原茂子2)・岸田早苗2)    

坂東貴子2)・河野ゆかり2)・高木伸幸2)・

片岡晶子2)・四宮ひとみ2)・江本茂子2)・

杉本英雄2)

1.はじめに
 私たち農村医学班は、1975年以来、阿波学会の学術調査に参加し、県南部では一昨年の那賀川町についで、8回目の健康調査を日和佐町で行ったので、その結果を報告する。

2.調査対象と方法
 対象は、日和佐町の住民で、主に農業・漁業に従事する者から無作為に選んだ男子60名
(60.7±7.8歳)、女子92名(59.1±7.2歳)の計152名である。
 調査は、1996年7月30日から4日間、日和佐支所と赤松出張所において実施した。
 健診内容は、問診、理学所見、尿検査、便潜血反応、血液検査、心電図、胸部および胃部X線検査、眼底検査のほか、今回新たに HbA1c(レイバイル除去の HPLC 法)と一部ハイリスク者に喀痰(かくたん)細胞診を施行した。
 検査方法と判定基準を表1に示した。
 検査結果の判定は、A:異常を認めず、B:経過観察、B':要注意、C:要精検、D:要医療の5段階にわけ、CとDを異常と判定した。

3.調査結果
 今回の調査で得られた個々の結果について、平成6年度JA総合健診(以下「6年度総健」と略す)と比較し、意味があると思われる場合は記述した。年齢構成は、日和佐町と6年度総健はともに60歳台にピークがみられ、よく似ていた。
 以下項目別に結果を示す。
1)主な既往症
 男子では、胃・十二指腸潰瘍(かいよう)(13.8%)、高血圧(12.8%)、虫垂炎(6.4%)、肝炎・糖尿病・尿路結石(各々5.3%)などで、女子では胃・十二指腸潰瘍(9.4%)貧血(8.7%)、膀胱(ぼうこう)炎(8.1%)、子宮筋腫(7.4%)などが多かった。
2)嗜好
 嗜(し)好の調査を酒とタバコについて行った。飲酒習慣では、男子の33名(55.0%)が毎日飲酒し、毎日2合以上の飲酒習慣のある者は、17名(28.3%)であった。女子では時々飲酒するものが26名(28.2%)だった。
 タバコを吸う人は男子は35名(58.3%)、女子4名(4.3%)で、1日20本以上のヘビースモーカーは男子にのみ32名(53.3%)にみられた。
3)体格(肥満)
 明治生命作成の標準体重表を用いた。男子の肥満度は101.0±11.3%で、女子の肥満度は102.7±13.1%。肥満度130%以上は男子1名(1.7%)、女子3名(3.3%)であった。4)血圧
 高血圧は男子5名(8.3%)、女子3名(3.3%)にみられ、6年度総健の男子5.8%、女子5.4%に比べ、男子でやや多く女子は少なかった。現在高血圧の治療を受けている者は、男子9名(15.0%)、女子11名(12.0%)であった。
5)尿検査
 尿蛋白(たんぱく)は、男子3名(5.0%)に、尿潜血は女子6名(6.5%)にみられた。尿糖陽性者は糖尿病である男子1名に認めた。
6)便潜血反応
 男子56名、女子82名に実施し、男子9名(16.1%)、女子2名(2.4%)が陽性であった。男子2名が精査をうけ、1名に大腸ポリープがみられた。6年度総健の男子7.3%、女子6.9%に比べ、陽性者は男子に多く、女子は少なかった。
7)貧血検査
 男子は腎(じん)不全の1名(1.7%)、女子は以前から鉄欠乏性貧血として治療されている2名(2.2%)に貧血がみられた。6年度総健の男子3.0%、女子3.5%に比べ、男子・女子とも貧血者が少なかった。
8)肝機能検査
 肝機能検査として、TP、GOT、GPT、Al−P、γ−GTP、ZTT、CHE(コリンエステラーゼ)、HBS 抗原、HCV 抗体の9項目について施行した。
 なお、HCV 抗体は平成6年度総健では未施行。平成5年度由岐町、平成6年度那賀川町の阿波学会の結果と比較をした。
 何らかの異常を認めた者は、男子26名(43.3%)、女子19名(20.7%)であった。GOT 異常は、男子15名(25.0%)、女子7名(7.6%)、GPT 異常は、男子12名(20.0%)女子7名(7.6%)、γ−GTP 異常は、男子10名(16.7%)女子1名(1.1%)にみられ、いずれも男子に異常を示す者が多かった。
 HBs 抗原陽性者は男子3名(5.0%)、女子1名(1.1%)であった。男子2名と女子は無症候性 HBs 抗原キャリアと考えられ、男子1名は軽度の肝障害を認めたが1日4合飲酒しており脂肪肝の合併が考えられた。HCV 抗体陽性者は、男子8名(13.3%)、女子7名(7.6%)であり、平成5年度由岐町の男子2.5%、平成6年度那賀川町の男子5.8%、女子1.4%に比べ高率であった。男子5名(8.3%)、女子1名(1.1%)に肝障害(慢性肝炎)がみられた。女子1名は胆嚢(のう)摘出術を受けていたが輸血歴はなく、各々感染源の特定はできなかった。
9)腎機能検査
 尿素窒素、クレアチニン、尿酸を測定した。血中尿素窒素は男子3名(5.0%)、女子2名(2.2%)に異常がみられた。精密検査で女子1名は胃潰瘍による消化管出血が原因であった。血清クレアチニンは男子1名に異常を認め腎不全状態であった。男子3名(5.0%)、女子3名(3.3%)に高尿酸血症がみられた。
10)脂質検査
 脂質異常は男子7名(11.7%)、女子12名(13.0%)にみられた。総コレステロール250mg/dl 以上を示した者は、男子3名(5.0%)、女子10名(10.9%)、中性脂肪200mg/dl 以上を示した者は、男子5名(8.3%)、女子3名(3.3%)、両方とも高値を示した者は、男子1名(1.7%)、女子1名(1.1%)であった。HDL コレステロール29mg/dl 以下を示した者が、男子1名(1.7%)、女子3名(3.3%)にみられた。6年度総健の脂質異常男子19.5%、女子14.2%に比べ男子は低率であった。
11)空腹時血糖(FBS)と HbA1c
 HbA1c 値は過去1〜2カ月間の平均血糖値を表現しており、現在糖尿病のコントロールの指標に使用されている。
 徳島県の基本健康診査では HbA1c は選択実施項目となっており
 (1)空腹時血糖値が110mg/dl 以上、140mg/dl 未満の者
 (2)随時血糖値が140mg/dl 以上、200mg/dl 未満の者
 (3)(1)及び(2)以外に糖尿病の自覚症状、既往歴又は家族歴を有する者、肥満の認められる者及び尿糖陽性の者等医師が必要と認める者に対して行われることになっている。
 今回私たちは FBS と HbA1c を同時に測定した。
  FBS:140mg/dl 以上の者は、男子2名(3.3%)、女子1名(1.1%)にみられ、いずれも現在糖尿病として治療を受けている。
 HbA1c:5.5%以下を異常なし。5.6%〜5.9%を経過観察、6.0%以上を要精検とした。男子55名(91.7%)は異常なし、1名(1.7%)は経過観察、4名(6.7%)が要精検であった。女子75名(81.5%)は異常なし、9名(9.8%)は経過観察、8名(8.7%)が要精検であった。
 FBS と HbA1c のそれぞれの結果を表2にまとめてみた。 FBS が正常の男子2名、女子8名に HbA1c に異常がみられた。健診において FBS に HbA1c を併用することにより糖尿病の判定がより正確になり有用と思われる。

12)X線検査
 胸部間接X線検査は、男子58名、女子85名に施行したが、男子8名(13.8%)、女子11名(13.0%)が要精検であり、6年度総健の男子9.4%、女子7.6%に比べて多かった。男子は3名が精査を受け、いずれも特に問題はなかった。
 胃部間接X線検査は、男子50名、女子78名に施行し、男子17名(34.0%)、女子17名(21.8%)に要精検者がみられた。6年度総健の男子7.8%、女子6.0%に比べて、著しく高率であった。男子は3名が精査をうけ、胃潰瘍1名、びらん性胃炎1名、異常なし1名であった。女子は10名が精査をうけ、進行胃癌(がん)1名、胃炎6名、胃潰瘍1名、胃ポリープ1名、異常なし3名であった。
13)心電図
 男子60名、女子92名に施行し、男子6名(11.5%)、女子4名(4.3%)に異常がみられた。ST 異常2名、LVH 7名、期外収縮2名、心房細動2名などであった。
14)眼底検査
 男子3名(5.0%)、女子2名(2.2%)に異常がみられた。精密検査で女子1名に低眼圧緑内障を認めた。
15)喀痰細胞診
 男子のみ14名に施行。すべて陰性であった。
 以上の諸検査結果を総合判定した(図1)。

 「異常なし」は、男子1名(1.7%)、女子2名(2.2%)であった。6年度総健(図2)の男子5.7%、女子9.4%、また平成5年度の由岐町の健診結果の男子2.5%、女子10.8%に比べて、男子、女子とも少数であった。「経過観察」は、男子1名(1.7%)、女子6名(6.5%)であり、男子は6年度総健の男子4.6%に比べて少なかった。女子はほぼ同程度であった。「要注意」は、男子8名(13.3%)、女子27名(29.3%)で、6年度総健の男子21.7%、女子21.5%と比べ男子は少なく、女子は多かった。「要精検」は、男子48名(80.0%)、女子56名(60.9%)で、6年度総健の男子66.6%、女子64.0%と比べ男子は高率で女子はやや少なかった。「要治療」は、男子2名(3.3%)、女子1名(1.1%)であり、6年度総健の1.4%、0.5%と比べて男子、女子とも同程度であった。

4.まとめ
 日和佐町の農業・漁業従事者、男子60名、女子92名の健康診断結果を主に平成6年度総健と比較し要約すると、
 1 男女ともX線検査の異常が多くみられた。但し読影者が各地域で異なり判定に主観が入るため、その頻度の比較は困難である。
 2 男子は平成6年度総健と比較して、脂質異常が少なかった。
 3 他地域と同様、男子に肝機能検査異常が多くみられた。
 4 男女とも HCV 抗体陽性者がそれぞれ13.3%、7.6%と高率であった。
 5 HbA1c の検査は健診でも有用であると思われる。

 参考文献
1.加藤和市ら:羽ノ浦町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要,31,P103〜122.1985.
2.原田武彦ら:上那賀町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要,35,P103〜118.1989.
3.原田武彦ら:由岐町における農業,漁業従事者の健康状態について.阿波学会紀要,40,P167〜189.1994.
4.原田武彦ら:那賀川町における農業従事者の健康状態について.阿波学会紀要,41,P141〜157.1995.
5.徳島県厚生農業協同組合連合会,平成6年度健康管理活動報告書.1994.

1)JA徳島厚生連阿南共栄病院  2)JA徳島厚生連健康管理部


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