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1.はじめに 我々栄養班は阿波学会総合学術調査の一環として農村医学班の健康調査と共に、日和佐町在住の同一対象者について栄養調査を実施した。日和佐町は徳島県の南東部に位置しており、一年を通じて気候が温和で、室戸阿南海岸国定公園の中心として太平洋に面し、雄大な眺めの千羽海崖、海亀の産卵地として有名な大浜海岸など自然環境に恵まれた町である。 今回、日和佐町に在住する農業及び漁業従事者を対象として、食物摂取量、生活時間、みそ汁の塩分濃度及び食習慣に関するアンケート調査を実施した。
2.調査方法 1)対象者 日和佐町在住の農協及び漁協加入者の男性60名、女性90名の計150名に対して、栄養調査を実施した。 2)調査期間 平成8年7月30日から8月2日までの4日間にわたり調査を実施した。 3)調査項目 a)食物摂取量調査 調査を行う数日前に食事調査表を配布し、調査の前日に摂取した食品の種類とその目安量を記入してもらい、調査日に持参するよう依頼した。調査日には、調査員が個々の面接において食品モデルを提示し、各自が記入した目安量を再確認した上で、グラム数に換算した。その結果を、当班で作成したプログラムによりパーソナルコンピューターを用いて解析し、食品群別摂取量及び栄養素別摂取量を算定した。 b)生活時間調査 食事調査日の1日の行動を詳細に記入してもらい、面接時に調査員が不明確な点を再確認し、消費エネルギー量を算定した。消費エネルギー量の算出は沼尻らの方法(25、26)を用いた。各労作の活動代謝は、以前の報告(1〜23)と同様の値を用いた。 c)みそ汁の塩分濃度調査 調査日に持参してもらったみそ汁について、ケニスデジタル食塩濃度計により塩分濃度を測定した。 d)アンケート調査 アンケート用紙を各自に配布して記入を依頼し、面接時に調査員が不明確な点をもう一度確認した上で、回答を得た。
3.結果および考察 食品群別摂取量および栄養素別摂取量は、対象者全体(全体)および男女別の平均値で示した。 1)対象者の特徴 表1は、対象者の特徴を示したものである。平均年齢は男性60.6歳、女性59.3歳であった。今回、体脂肪計により体脂肪率を測定したところ、平均値は男性19.1%、女性26.0%となり、いずれも正常範囲内であった。

2)食品群別摂取量 日和佐町住民の食品群別摂取量は、「食品群別摂取量の目安」(速水氏案)(27)を100%として比較した。 穀類の摂取量は、男性は100%を超えていたが、女性はやや不足していた。芋類、砂糖類及び油脂類は、必要量を満たしておらず、特に、芋類と油脂類は必要量の50%程度とかなり低い値を示した(図1)。タンパク源である豆類、魚類、肉類、卵類及び乳類は、肉類を除いて必要量を満たしており、特に、魚類と乳類については必要量の2倍近い摂取がみられた。肉類の摂取量は、男女とも必要量の70%程度であった(図2)。ミネラル源である海藻、小魚類は、男性は100%以上摂取していたが、女性の摂取量は必要量の80%程度であった。ビタミン源である緑黄色野菜の摂取量は、男女とも必要量の2倍以上であり、淡色野菜、果実類も充足されていた(図3)。また、男女差が大きかったものは、乳類と緑黄色野菜であり、どちらも女性の方が男性よりも高い傾向を示した。



3)栄養素別摂取量 日和佐町住民の栄養素別摂取量は、日本人の栄養所要量(第4次改訂)(28)を100%として比較した。 熱量は、男女ともほぼ所要量を満たしていた。食品群別摂取量では、肉類の摂取が低かったが、タンパク質、特に、動物性タンパク質の摂取は所要量の1.5倍もあった。この理由として、魚類、乳類の高い摂取が考えられる。脂肪及び動物性脂肪は、男女とも不足していた(図4)。現代日本人において唯一不足している栄養素であるカルシウムは、ほぼ100%とれていた(図5)。また、貧血の原因ともなる鉄の摂取量も充足されていた(図5)。ビタミン類は、すべて所要量を満たしており、特にビタミンCは、野菜類の摂取が多かったため、所要量の2倍を超える高い値を示した(図6)。 また、図7に摂取エネルギーに占める糖質、脂質及びタンパク質のエネルギー比率を示した。男女ともタンパク質エネルギー比は目標値とほぼ同値であったが、脂質エネルギー比は低く、その分、糖質エネルギー比が高くなっていた。この理由として、対象者のほとんどが、50代半ばから60代の高齢者であったことが考えられる。




4)みそ汁の塩分濃度 図8は、対象者の調査日当日の朝食として飲まれたみそ汁の塩分濃度を測定し、その濃度の度数分布を示したものである。みそ汁の塩分濃度は男女とも0.8〜1.0%がピークであり、全体の6割以上の人が推奨濃度である1.0%以下であった。 しかし、1日の食塩摂取量は11.0g
となっており、全国平均値の12.8g(29)をやや下回っているものの、厚生省の推奨値である「10g
以下」よりも多く、指導による改善が望まれる。

5)アンケート調査結果 食物摂取量調査は1日の結果であるので、食生活の全容をとらえるべく、栄養に対する意識及び食物摂取頻度等について調査した(図9)。 食事のとき食品の組み合わせを考えて食べていると答えた人は、女性が男性の2倍近くあり、女性の方が食事を意識してとっている傾向がうかがえる。しかし一方で、8割以上の女性が間食をすると答えており、栄養指導の必要性が残されている。緑黄色野菜をよく食べると答えた人が多くあり、これは実際の調査結果と一致していた。また、男女とも3割程度の人が家のみそ汁を塩辛いと思っていることから、食塩摂取量の改善は困難なものではないと考えられる。

6)エネルギーバランス 表2は、食物摂取量調査から算出した摂取エネルギー量と、生活時間調査から算出した消費エネルギー量との両者から算出されたエネルギーバランスを示している。 男女とも消費エネルギーが、摂取エネルギーに比べ、やや高い傾向にあり、摂取エネルギーに見合った生活活動ができていると思われた。

4.まとめ 日和佐町住民の食生活は、食品群別摂取量、栄養素別摂取量ともに、一部のものを除いてよく充足されており、問題となる過剰摂取もみられず、エネルギーバランスも良好であった。しかし、油脂類については、油を使った料理をよく食べると答えた人が多いにもかかわらず、必要量の半分以下しか摂取できていなかった。また、タンパク質の摂取は充分にできていたが、肉類の摂取が低かった。カルシウムの摂取は所要量を満たしていたが、海藻、小魚類の摂取を増やすことで、より多く摂取することが可能である。 野菜類は、全体的にみると夏場ということもあって、必要量はよく満たされていた。特に、緑黄色野菜についてはかなり多く摂取されていたが、野菜の収穫量の少ない季節においても充分に摂取するように心がけてもらいたい。 1日の食塩摂取量は、全体でみると11.0g
と全国平均値(12.8g)を下回っているものの、厚生省の推奨値である「10g
以下」よりも高かった。しかし、アンケート調査で家のみそ汁を塩辛いと思うと答えた人が3割近くいることから、食塩摂取量の改善は困難なものではないと思われた。 以上、これらの結果は、あくまでも対象者全体あるいは男女別の平均として述べたものであり、個人別にみると、タンパク源となる肉類、魚類、乳類の摂取量や食塩の摂取量を含め、特に、エネルギーバランスについてはばらつきが大きく、成人病との関連からも、各個人に適した栄養指導の必要性が示唆された。
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1)徳島大学医学部実践栄養学教室 2)日和佐保健所 3)小松島保健所 |