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1.はじめに 冬虫夏草は、主に動物に寄生して子実体を形成する菌類で、一般に見られるキノコのような傘をつくらない、子嚢(のう)菌類である。冬虫夏草類は種類が多く、現在三百数種の冬虫夏草に学名が付けられ、世界各地でその存在が発表されている。採集の記録だけ見れば六百種を超えている。 中国に於いて薬用に使用されている冬虫夏草には、フユムシナツクサタケ
Cordycepssinensis (Berk.) Sacc. 及びセミタケ Cordyceps sobolifera (Hill.) Berk.
et Br.
がある。 フユムシナツクサタケは、チベット、ヒマラヤ山系に分布し、四川、雲南、青海、甘粛、湖北、浙江の各省に産する冬虫夏草である。通常は、標高3000〜4000m
の高山地帯に生息するコウモリガの幼虫に寄生したキノコを、冬虫夏草と定義している。しかし、寄主選択性は広く、鱗翅(りんし)目、鞘翅(しょうし)目の昆虫の幼虫に広く寄生する。 一方、セミタケ(蝉茸)〈中国名・蝉花〉の分布は広く、日本、中国、南北アメリカ、オーストラリア、マダガスカルと広範囲に分布している。セミタケは四国においても良く採集される種類であるが、フユムシナツクサタケの日本における採集記録はまだ無い。しかしコウモリガは、時として日本の各地で大量発生を見ることもあり、フユムシナツクサタケの発生の可能性はある。 現在まで日本においては、フユムシナツクサタケが発見されていないため、古くから、比較的多く採れるセミタケ、その他の冬虫夏草類すべてが薬用に使用されるようになった。例えば、江戸時代には九州筑後八女郡の山中に生えるカメムシタケ
Cordyceps nutans
を、フウノトウまたは夏草冬虫の名で肺結核や肋膜の秘薬として市販していた、との記載が1879年に書かれた「筑後地誌略」にある。 今回は、多くの冬虫夏草類の中で、徳島県で比較的採集しやすいこと、アリが薬用として使用されることがあることなどから、薬用にできる可能性が高い冬虫夏草の一種、イトヒキミジンアリタケの分布、発生の時期及び形態について調べた。 今回の調査の対象となったイトヒキミジンアリタケは、アリに寄生し、気生型、すなわち地上で植物等についた動物体に発生する。結実部は背着性の円盤型である。子実体がアリの頚(けい)部に生じるのが特徴で、1989年東舞鶴の低山地で、小西思演氏によって採集され、また、三谷進氏による香川県及び神戸での採集の記録がある(1)。 徳島県におけるイトヒキミジンアリタケの存在は、南阿波サンラインの一つの谷でホソバカナワラビ
Arachniodes aristata (Forst.) Tindale
に着生しているのを木内和美氏に教えてもらった。イトヒキミジンアリタケの分布は、日本、マレーシア、アマゾン地方と広く、周年発生するとの記載があるが、それらは偶然に採集された場所の記録であり、イトヒキミジンアリタケの分布状況を詳しく調査した記録はない。そのため、徳島県での分布も、南阿波サンラインの限られた地点でしか生育していないものと思われていた。
2.調査日と調査方法 平成8年8月1日から6日までの6日間、日和佐町全域で、ほぼ500〜1000m
おきに、道路沿いの山野、特に溝、谷川についてホソバカナワラビを探し、それに着生しているイトヒキミジンアリタケの発見に努めた。各地点で、イトヒキミジンアリタケが発見されるまで調べたが、その周囲のホソバカナワラビをすべて調べるか、1000本のホソバカナワラビの調査を待ってもイトヒキミジンアリタケの発生を確認できなかったときに、発生無しとした。

3.調査結果 1)イトヒキミジンアリタケの分布状況 調査地点は多く取ったが、ホソバカナワラビの生育がない、イトヒキミジンアリタケの着生がないなどにより、図1に示したように、イトヒキミジンアリタケの存在を確認できた場所は34地点であった。しかし各発生確認地点での発生個体数は一個体しか見つからないという場所はなく、どの地点でも数個〜数十個と多かった。その結果、イトヒキミジンアリタケの分布は広く、日和佐町のほぼ全体に広がって分布していることが判明した。このことはイトヒキミジンアリタケは周年観察されるが、発生地以外ではまれという記載(1)から考えると、日和佐町全域が発生地と断定できる。今回の調査で、新発谷、耳瀬や大戸のように広い面積で分布が確認できなかった地方は、広範囲なヒノキやスギの植林地であり、広葉樹がほとんど見られない地域であった。また、落合、府内のように民家に近く、または大きな樹木が無く、直射日光にさらされている地域もイトヒキミジンアリタケの分布を確認できなかった。しかしいずれの地域も山を越えた反対の谷では見つけることが出来たことから、道路沿いの山野、谷川からさらに山に奥深く入り、丹念に山の中まで探せば発見出来る可能性がある。また、3と19地点はイトヒキミジンアリタケを発見できなかったが、発生条件等を比較検討するために記入した。 イトヒキミジンアリタケの県内最初の発見が、南阿波サンライン沿いの谷であったこと、および徳島県では他地域での発見の報告がされていないこと、上那賀、市場、川島、穴吹での調査で、ホソバカナワラビへの着生が見つからなかったことから、潮風の到達する海岸地帯にだけしか存在しないのではないかと想像していたが、海岸から遠く離れた胴切山の中腹で発見できたことは、潮風などの条件は無関係であり、日和佐町での分布の広さを示している。 イトヒキミジンアリタケは、写真1で示すようにホソバカナワラビの葉の裏面にぶら下がるような形で着生しているが、写真2で示されるように、羽アリにもイトヒキミジンアリタケが発生していた。羽アリの発生期間は短く、またその羽は自然状態では早く脱落すること、および菌糸が羽の付け根の周囲に多く付いていることから、冬虫夏草菌により羽を体に縛り付けられたような状態となっており、アリの体をホソバカナワラビに縛り付けているように菌糸が繁茂していることと合わせて考えると、菌糸の成長速度の速さと合理性をうかがわせた。
 
2)イトヒキミジンアリタケの生育している谷の斜面の方向 谷の斜面の方向とイトヒキミジンアリタケの発生に、相関関係があるか否かについて調査をしたところ、表1に示したように、斜面の方向が東西南北のいずれの方角でもイトヒキミジンアリタケの生育を確認でき、谷の斜面の方向が、イトヒキミジンアリタケの生育の条件にはなっていないことが判明した。すなわち、ホソバカナワラビが生育するという条件があれば、イトヒキミジンアリタケも生育が可能であることがわかった。なお参考までに発生の無かった3、19地点の谷の斜面の方向も示した。

3)イトヒキミジンアリタケ生育地周囲の植物(樹木)の種類 イトヒキミジンアリタケの発生に、周囲の樹種が影響を与えているかどうかについて調査した。その結果、表2に示すように、周囲の樹種は広葉樹が多い場所であることが判明した。このことは、冬虫夏草が広葉樹林で発生するといわれていることと一致する(1)。 しかし一方では、久望(5)、大越(27・28)、白沢(35)の山中のように、スギやヒノキの植林地内でもイトヒキミジンアリタケの生育が見られた。このことは、一般にいわれている冬虫夏草の発生場所の条件とは異なる。この理由として考えられることは、これらの発生場所周囲は、スギやヒノキ等の針葉樹しか生育していないものの、発生場所から100〜300m
離れると広葉樹が数十本以上の規模で生育しているのが見られ、それらの広葉樹の影響により完全に孤立した針葉樹の植林地内とはなっていないことが考えられる。また発見されたイトヒキミジンアリタケはすべてトゲアリに寄生していた。このトゲアリは老樹の腐朽した洞穴内などで営巣して大集団となる性質を持ったアリである。このことは針葉樹の植林地の手入れが行き届かず、林内で立ち枯れ状態となり、朽ちている樹木も多い現状が、これら植林地でイトヒキミジンアリタケの発見があった原因とも思われる。これらのことから、広い範囲の、広葉樹が混じらない純粋な針葉樹の森や、樹木が無く直射日光にさらされた草地でないことが、イトヒキミジンアリタケの発生の必要条件と思われる。なお参考までに発生の無かった3、19地点の周囲の樹木を記したが、何れも広葉樹だけであり、樹種もイトヒキミジンアリタケの発生場所にもあるものであり、樹種はイトヒキミジンアリタケの発生には無関係であると思われる。

4)高度とイトヒキミジンアリタケの発生との関係 イトヒキミジンアリタケの発生に、高度が影響を与えるか否かについての調査を行った。その結果、表3に示すように、海抜10m
の地帯から、300m 以上まで、その発生を確認することが出来た。これらのことから、イトヒキミジンアリタケの発生は海抜300m
位までは高度には関係ないことが判明した。すなわち、イトヒキミジンアリタケの発生は高度ではなく、その他の条件によって決定されることが判明した。さらに、海抜300m
以上の高度についても、高度が影響を与えるかどうかについて検討する必要を感じた。

5)イトヒキミジンアリタケの生育状態と発生時期 イトヒキミジンアリタケは年中観察されるが、その発生時期については明確な報告はない。そこで、その発生時期及びその状態を調べた。 (1)調査方法 表4に示す11地点で定点観察を行っている。1〜7地点では周囲4m
の範囲(方形に近い不定形)中、8〜11地点では周囲8m
の範囲(方形に近い不定形)中に生えているすべてのホソバカナワラビを、ほぼ1カ月置きに調査し、その葉の裏に付いているイトヒキミジンアリタケの数とホソバカナワラビの本数を調査する方法をとった。調査期間は1997年6月19日〜9月8日まで1カ月置きに4回と、12月14日である。

(2)調査結果 まだ調査開始後1年を経過していないため、断定は出来ないが、表5に示すように、夏から秋にかけての発生が多い。今後、春における発生の有無を見る必要がある。また、低地よりも高地での発生率が良かった。 なお、9月の調査時点でも、また12月の調査時点でもイトヒキミジンアリタケの付いているホソバカナワラビが枯死し、それにつれて減少しているのにかかわらず、新たなアリタケが付いているのが見られた。例えば、第8地点では8月の1本、9月に3本、12月に2本のホソバカナワラビの枯死による脱落が、10地点では12月に2本のホソバカナワラビの枯死による脱落が、11地点では9月に1本のホソバカナワラビの枯死による脱落が見られた。しかし、枯れていないホソバカナワラビに付いているイトヒキミジンアリタケの脱落は見られなかった。枯死による脱落はこの調査では付いている本数に含まれていないため、この枯死によって脱落した数を考慮すれば、第5地点および第8地点〜第11地点で12月までに発生したイトヒキミジンアリタケの総数は、12月の着生数よりさらに多いことになる。またイトヒキミジンアリタケの付いていたシダの本数を調査範囲の中に生育しているシダの数で割った着生率をみると、8・9・10・11地点では、16〜25%のシダにイトヒキミジンアリタケが着生していることになり、非常に高密度の着生率であることが判明した。 ほぼ1カ月置きに調査をしたが、前回に見られなかったシダに着生しているアリに青白い子実体がすでに伸びている例がみられ、その生長の速さについて調査する必要性を感じた。

6)イトヒキミジンアリタケの電子顕微鏡像 写真3で示されるように、イトヒキミジンアリタケはホソバカナワラビに菌糸によって強固に結びつけられており、シダの裏面に着生しているイトヒキミジンアリタケが自重および風などによるシダの揺れに対しても脱落せず、一年中その存在を確認できる理由の一端を示している。写真4にイトヒキミジンアリタケの頸部から子実体が出ている状態を示した。これはイトヒキミジンアリタケの子実体の発生場所の特徴でもある。写真5に脚の関節部より菌糸が繁茂している状態を示した。体の軟らかい部分から菌糸が体外に出ているようすが見られる。このことは、冬虫夏草菌が体内に侵入するのは、粘膜や体の軟らかい部分からと考えられているが、その逆に体外へ菌糸が出るのも同様な部分からであることが証明された。すなわち粘膜や軟らかい部分から菌糸が入り、また出ていくことが分かった。写真6は子実体の先端部の状態である。先端から少し離れた場所には胞子が多数存在するのが見える。しかしこの胞子は、形状から二次寄生した他の菌の胞子の可能性がある。写真7に子実体の結実部のようすを示した。開口部も確認できる。また図2には子実体の棒状部、図3には結実部の炭素、窒素、酸素、アルミニウム、リン、硫黄、カリウム量の電子顕微鏡による測定値を示した。この二つの図から、結実部は棒状部と比べ酸素および炭素が非常に多くなっており、それ以外は硫黄に少量の増加は見られるものの、他の元素にはほとんど差が見られなかった。このことは結実部は菌糸が集まっただけの子実体組織とは異なることがわかった。結実部では胞子などを作っているため、炭素、酸素、硫黄が多いのではないかと思われるが、この解釈の当否は胞子や活動の終了した結実部などの元素の測定を待ちたい。写真8〜10で示されるように、アリの体に付着している胞子が数種見られること、および写真6で見られる胞子と形態が違うこと、原色冬虫夏草図鑑に記載の二次胞子と形状が違うことなどから、他の胞子が付着している可能性が考えられる。また一方、イトヒキミジンアリタケは単一種の菌糸で構成されているのではない可能性も考えられ、イトヒキミジンアリタケの培養による菌の純粋化など、今後さらに検討する必要がある。
 
 




 
4.まとめ イトヒキミジンアリタケは日和佐町の広い範囲でその発生が確認でき、ホソバカナワラビが生育していれば、谷の向き、周囲の樹種、高度に関係なく発生することが判明した。またその発生は夏から秋にかけて多いことが判明した。この調査以前の調査結果を含めると、一年中観察できることが確認できた。さらに、那賀川以北ではホソバカナワラビへの着生がほとんど見られないことからも、日和佐町はイトヒキミジンアリタケの大発生地といえる。調査した地点の内、発生量の多い地点では16〜25%のホソバカナワラビにイトヒキミジンアリタケが着生していた。このことは注目にあたいする。 またその電子顕微鏡像についても検討した結果、菌糸がアリとホソバカナワラビの葉の両方に伸びて組織に侵入しており、アリが脱落しない理由の一部が解明できた。また、アリには胞子が数種付着しているのが見られ、子嚢胞子との比較の必要性を感じた。 日和佐町におけるイトヒキミジンアリタケは、すべてトゲアリに寄生していた。このことは、すでに報告されている香川や神戸のイトヒキミジンアリタケがムネアカアリに寄生しているのとは異なることが判明した。この原因についても調査する必要がある。
参考文献 1.清水大典(1994)原色 冬虫夏草図鑑、誠文堂新光社
1)徳島大学薬学部生薬学教室 |