阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第43号
日和佐町の水生昆虫

水生昆虫班(徳島生物学会)

            徳山豊1)

1.はじめに
 今回の総合学術調査に水生昆虫班として参加し、日和佐町内を流れる河川における水生昆虫類の調査に当たった。
 本町を流れる主な河川としては、日和佐川、山河内谷川、北河内谷川、久望川、および那賀川水系の赤松川がある。これまで、これらの河川における水生昆虫類の詳しい調査報告はなされていないと思われる。
 調査は、1996年8月1日から8月11日の間に行った。調査期間中およびそれ以前には、河床に影響を与えるような大きな増水はなかった。

2.調査地点と調査方法
 調査は、図1の赤松川、日和佐川、山河内谷川、久望川、北河内谷川の各河川に、合計18の調査地点を設定し、各地点で採集を行った。調査地点は、川底が比較的安定していて、汚水の流入などのない、早瀬のある場所に設定した。
 調査水系の一つである赤松川は、那賀川に流入する全長約14.1km の河川である。山間部を流れ、清冽(れつ)な水が流れている。
 日和佐川は、日和佐町の西端八郎山付近を水源とし、日和佐湾に注ぐ、全長約16.3km の河川である。山間部では清冽な水が流れる。下流域では、水量が少なくなり、水が枯れている区域も見られる。
 山河内谷川は、日和佐川の支流で、全長約4.5km の小河川である。浅い谷を形成し、水量も少ない。
 北河内谷川も日和佐川に流入する全長約12.0km の河川であるが、上流域では川幅が狭く、田んぼの中の用水路のような流れとなり、水量も少ない。
 久望川は北河内谷川の支流で、全長約2.2km の小渓流である。上流域には、赤滝と呼ばれる小さな滝がある。
 水生昆虫類の採集は、サーバーネットとちりとり型金網を用いて、各地点で定性採集を行い、1カ所で1時間から1時間30分かけて、できるだけ多くの種を集めた。採集した試料は、約5%のホルマリン液で固定し、持ち帰った後同定し、種別の個体数を数えた。
 採集と同時に、気温・水温・底質・河床型について記録し、また可児(1944)に従ってAa 型、Aa-Bb 型、Bb 型の河川形態区分を行った。
 なお、水生昆虫類の同定は、川合(1985)、石田ほか(1988)に従った。

3.調査結果と考察
 1)調査地点の様相
 調査時に調べた各地点の環境を表1に示した。

 水温は、日和佐川の調査地点7で最も低い値を示し、20.0℃であった。一方、最も高い値を示したのは、赤松川の調査地点6で29.6℃であった。
 各調査地点の様相は以下のようであった。
 調査地点1:赤松川の上流にあたる天狗谷で、典型的な山地渓流の様相を呈し、落ち込み型の瀬とそれに続く淵(ふち)がある。周囲は樹林に囲まれる(図2)。

 調査地点2:日和佐町川又の二つの谷(杉山谷と天狗谷)が合流する地点で、水量もあり、清冽な流れである。左岸は杉林で、右岸は崖(がけ)となり道路が通る。この付近からは、中間渓流的な流れになる。
 調査地点3:赤松川に流入する杉山谷の、相生町と日和佐町の境付近である。山地渓流の様相を呈し、清冽な水が流れる。
 調査地点4:日和佐町栗作のちょうしばし付近である。このあたりでは、わずかに濁りが見られた。
 調査地点5:日和佐町影野の影野橋付近である。清冽な流れで、河床は安定している。
 調査地点6:このあたりでは、人家も多くなり、わずかに濁りも見られた。
 調査地点7:日和佐川の上流部で、山間部の清冽な流れである。
 調査地点8:日和佐町ツバ谷付近で、やや深い谷になるところで、清冽な流れである(図3)。

 調査地点9:山河内谷川の打越付近で、平地部を流れ、水量は少なく、河床は岩盤が占め、石礫(れき)が少ない。
 調査地点10:清冽な流れに見えるが、川底の石礫は不安定な様子で、ごみも投棄されていた。
 調査地点11:清冽な流れで、水量もあり、深い淵も形成される。岩や岩盤が多く見られる。
 調査地点12:柳瀬橋付近で、このあたりからは平地流的な流れになり、ここではわずかに濁りが見られた。
 調査地点13:永田橋付近で、浅い流れが続き、平瀬も見られる。小石が多くなり、川底は歩くとざくざくした感じとなる。この下流には、水泳場が作られていた(図4)。

 調査地点14:赤滝の下で、水量は少なく、河床は岩盤である。
 調査地点15:清冽な流れの浅い谷で、右岸には水田がある。
 調査地点16:北河内谷川と久望川が合流する久望橋付近で、川底には石礫が多い。
 調査地点17:北河内谷川の上流部は水枯れの状態で、水生昆虫類が生息できない状況であるが、この付近になると水量も多くなり、瀬も形成されている(図5)。

 調査地点18:北河内谷川の下流部は水枯れの状態であるが、この付近では水量もある。左岸は竹林で、右岸は樹林で覆われ、川面は薄暗い所である。水は清冽で、石礫も多い。
 2)出現種と出現種数
 採集された水生昆虫類を地点別に整理したのが表2である。

 水生昆虫類の総出現種数は、8目73種で、目別にみるとカゲロウ目21種、カワゲラ目8種、トビケラ目18種、トンボ目10種、半翅(し)目4種、鞘翅目3種、広翅目2種、双翅目7種で、昆虫以外の底生動物が4種出現している(図6)。目別に出現種数の割合をみると、カゲロウ、カワゲラ、トビケラの三つのグループで、昆虫以外の底生動物も含めた全出現種数の59.4%を占める(図7)。水生昆虫類だけでは、全体の64.4%を占めている。このように、カゲロウ、カワゲラ、トビケラの三つのグループで、出現種数の多くが占められるのが、清冽な河川の瀬の水生昆虫群集の特徴である。
 調査地点別の水生昆虫の出現種数を示したのが、図8である。これを見ると、地点1で35種と最も多くの種が出現している。地点1は、赤松川の上流部で、清冽な水が流れ、石礫が多く、豊かな自然環境が維持されていることが分かる。地点3、7、16においても出現種数が30種を超えていた。県内の各河川の調査結果では、1カ所で20種前後採集されることが多い。30種を超えるのはかなり多いと言えよう。その他の地点では、いずれの地点でも20種余が採集されている。

 一方、地点10、13、14では、出現種数が13〜14種と少ない結果であった。地点10は、川底に荒れがみられたことから、河床が不安定になっていることが原因の一つと考えられる。地点13は、河床に小石が多く、川底が不安定であることや水量が少ないこと、単調な流れになっていること等が水生昆虫類の少ない原因であろう。渇水期には、瀬切れの状態にもなるのではないかと推測される。地点14は、水量が少ない滝の下という特別な状況の所であるから、出現する種もそういう環境にすめる種である。
 3)分布状況
 多くの地点で出現した種、特定の地点に出現した種など、分布上特徴があると思われるものについてとりあげてみる。
 全調査地点に出現し広く分布するのが、エルモンヒラタカゲロウである。個体数も比較的多く、多いところでは118個体が採集された。ヒゲナガカワトビケラも、16地点で出現している。採集されなかったのは、地点10と14であるが、地点10は日和佐川の下流で、先に述べたように、水量がやや少なく、川底には小石が多く、河床が不安定な状態であるため、石と石の間に網を張る本種はすみつきにくいのであろうと思われる。また、地点14は、赤滝の下で、水量も少なく、また石礫も少ないことから、本種はすみつきにくいものである。ヘビトンボは、15地点で採集され、広く分布することが確認された。水のきれいな流れにはよく出現する種であるが、県内平地部の河川からは次第に採集されることが少なくなってきている。
 アカマダラカゲロウ、キイロカワカゲロウ、ウルマーシマトビケラ、コガタシマトビケラ、ニンギョウトビケラもかなり広く分布している。
 一方、1カ所だけで出現したものとしては、ナカハラシマトビケラ、シロフツヤトビケラ属の1種、オオアメンボ、アメンボ、ナベブタムシ(図9)、カワトンボ、ムカシトンボがある。

 アメンボは、河川に普通に生息するものであるが、早瀬を中心にした採集では採集されにくいためリストにはあがっていないのである。ゲンジボタル(幼虫)が、2カ所で採集されたが、個体数はいずれも1個体のみである。幼虫の餌えさになるカワニナも多く生息していることから、ゲンジボタルの成虫も初夏のころには出現しているのであろう。赤松川の上流では、ムカシトンボも生息する。また地点2では、ナベブタムシが採集された。本種は、川田川や半田川、鮎喰川で採集されているが、いずれも水が極めて清冽な小石の多い所であり、分布は局地的である。シロフツヤトビケラ属の1種は、滝の水しぶきがかかる岩盤に付着していたのを採集したものである。
 4)水生昆虫類からみた河川水質環境
 水生昆虫類には、広く分布する種と特定の場所に生息する種がある。エルモンヒラタカゲロウやヒゲナガカワトビケラは、一般に広く分布し、1カ所で採集される個体数も多いものである。このような普通に見られる種が出現しないところは、河床の荒廃、水質汚染、水の枯渇等のなんらかの原因が考えられる。一つの要因だけでなく、様々な要因が複合された結果の場合もあると考えられる。
 今回の調査地点では、多くの地点においてこのような普通種が出現している。また、採集例の少ない種が採集された地点もある。出現種数も多いところでは30種以上も出現しており、全体に水生昆虫類が豊富なことが分かった。このように、川にすむ生物が豊富なことは、言い換えれば豊かな自然環境が残されていることの証拠である。

4.おわりに
 調査水系から、8目73種の水生昆虫類が確認された。調査地点別にみた出現種数は、ほとんどの地点で20種を超えており、水生昆虫相が豊富であることがわかった。また、ムカシトンボ、ナベブタムシ、ゲンジボタルなどのように、自然度を示すバロメータともいえる種が採集された。また、清冽な流れを好む普通種が多くの地点で出現しており、水質環境が良好であることが裏付けられた。特に赤松川、日和佐川は、水量も豊富で、美しい景観が見られる。
 豊かな自然環境が維持されてはいるが、調査地点の一部には、空き缶や弁当殻、雑誌の類が捨てられているのも目撃された。豊かな自然を求めて来る人の中に、マナーに反する行為が見られるのは残念なことである。今後、この豊かな水質環境が維持されるよう望みたい。

 参考文献
1.石田昇三,石田勝義, 小島圭三, 杉村光俊(1988)日本産トンボ幼虫・成虫検索図説,140pp.
 東海大学出版会,東京.
2.可児藤吉(1944)渓流性昆虫の生態.古川晴男編,昆虫(上巻),p.171-317.研究社,東京.
3.川合禎次編(1985)日本産水生昆虫検索図説,viii+409pp.東海大学出版会,東京.

1)徳島市入田小学校


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