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1.はじめに 日和佐町は県の南東部に位置し、南は牟岐町・海南町、西は上那賀町、北は相生町・阿南市新野町、東は由岐町に接し、南東部は太平洋に面している。町内には日和佐川、北河内谷川、赤松川の3河川があり、前二者は日和佐湾に注いでいるが、赤松川だけは北流し、那賀郡内を流れて阿南市から紀伊水道に注ぐ那賀川に流入している。 町の中心は薬王寺の門前町と日和佐港周辺で、商業と漁業が主産業であるが、日和佐川、赤松川、北河内谷川の上流部は山間部で、町全体の8割以上を占め、かつては農林業が盛んであった。現在の産業別事業所数でみると、町全体では卸売小売業が最も多く、サービス業、建設業と続き、農林水産業は数社に過ぎない。 日和佐町の面積は117.69平方キロメートルで、その内訳は森林面積10,596ha、耕地面積321ha、その他852ha
である(表1)。
 日和佐町は海に面しているが、町の大部分は山地で、森林面積は町面積の9割を占めている。山地部では古くから森林の利用が盛んで、昭和30(1955)年ごろには、薪(まき)・白炭・黒炭等を多く生産していた。しかし、現在では林業が低落したため、森林は放置された二次林、およびスギ・ヒノキ・外国産マツの植林(人工林率は61%)となっている。自然林はわずかに社寺林に残されているだけである。 高度経済成長期には、経済優先・自然破壊の傾向が強い時期が続いたが、現在は人が生活するには自然の多様性が必要であることが認識され、貴重な自然の保全、維持管理、失われた自然の復元が積極的に行われる時代を迎えている。このような将来の町づくりのための基礎資料として、日和佐町の現在の植生を調査し、現存植生図を作成した。
2.調査地の概要 1)気象条件 本町に気象観測所はないが、メッシュ気候値によれば、月平均気温の最低は2月の7.1℃、最高は8月の27.0℃、年平均気温は16.5℃となっている。 降水量は、1月が最低で93mm、梅雨時期の6月(388mm)と、台風時の9月(382mm)に多く、年間3,789mm
である。 2)地形 日和佐町を包含する海部山地が東西に走り、東へ行くほど高さを減じている。したがって日和佐町は西北に高く東南に低い地形となっている。山地の南端が海岸まで迫り、町の中央部及び西部にはその間を縫って東西に赤松川、日和佐川が走り、東部は後世山に源を発する北河内谷川が蛇行しながら南流している。これらの川の谷や支流により複雑に区切られた山地塊の間の川沿いの部分、および日和佐川の河口部にわずかに平地が見られる。 3)地質・土壌 地質は中生代の四万十帯に属し、主に砂岩、泥岩よりなり、チャート、礫(れき)岩なども含まれる。海部山地のほとんど大部分の土壌は乾性褐色森林土壌である。 4)植生概観 前述の通り、町の90%は森林で占められているが、特に高い山はなく、最高峰が八郎山の918.9m
で、胴切山(883.6m)、五剣山(638.2m)、後世山(538.8m)などがこれに続く。これらの山地に生育する自然林は、暖かさの指数、すなわち各月の平均気温から5℃を引いて1年間合計した値から推定できる。これを平地の値で算出すると、137.9m.d.
となり、照葉樹林帯に含まれることがわかる。またこの値から推定すると、日和佐町では海抜約700m
以上が落葉広葉樹林帯に入ることになる。本県では、常緑広葉樹林帯から直接落葉広葉樹林帯に入らず、中間温帯林としてのモミ・ツガ帯が発達しているが、本町においても胴切山と八郎山の上部の人為の加わっていない地域にモミ・ツガ林がみられる。
3.調査の方法 調査は1996年7月14、31日、8月1、2日、10月2日、11月23、30日に実施した。調査は、あらかじめ空中写真により群落区分した地点に赴き、確認・修正する方法で行った。調査地点では、森林群落、草本群落ともに、各群落内においてそれらを代表すると考えられる植分について、Braun-Blanquet(1964)の方法により、各階層毎に出現する全ての維管束植物の種類について、被度・群度を測定し、記録した。植生調査をしたのは全体で60箇所(図1)で、これらから表操作により識別種を選び出し、群落を区分した。 これらの調査結果を基にして、1/50,000
地形図上に、種構成を考慮しながら相観による現存植生図(付図)を作成した。なお100m×100m
以下の群落については、表記を省略した。 現存植生図は、今後の森林の保護、管理、利用などに重要な意味を持つものである。

4.調査結果 1)内陸性植物群落 森林について調査した41の植分は、表操作により大きく二つの群落、すなわちモミ・ツガ群落とシイ・カシ群落に区分できた。 モミ・ツガ群落は、下位単位区分種により、さらにミズキ群落とヒメシャラ群落に下位区分できた。シイ・カシ群落は、下位単位区分種によりシイ群落、ウバメガシ群落、ホソバタブ群落、シイ・カシ萌芽林、アカマツ群落、伐採跡群落、さらに人工林のスラッシュマツ植林、スギ・ヒノキ植林、およびモウソウチク林に区分できた。本来ならば、人工林はシイ・カシ群落とは種組成上区分できるはずであるが、永年手入れされずに放置されていることから、林内に自然に侵入した種類が群落構成種として主要な位置を占めるようになり、シイ・カシ群落に含まれるようになったものである(表2)。なお、シイにはスダジイとツブラジイとがあるが、芽生えや幼木の時にこれらを区別することは困難であるため、群落表では両者を区別せず、共にシイとして扱った。 (1)モミ・ツガ群落(図2) モミ・ツガ群落(表4)はコガクウツギ−モミ群集に属するもので、この群集の標徴種としてはモミ、ツガ、コガクウツギ、ヒイラギ、イヌガヤ、イヌツゲ、ソヨゴ、カヤなどがあるが、この群落ではモミ、ツガ、クマシデ、シラキ、イタヤカエデでシイ・カシ群落と識別できた。これはさらに地形、海抜高に対応して、下位単位区分種により二つに区分できた。
 なお群落表では、群集標徴種および区分種が識別種と一致する場合は、前者を優先して表示したので、総合常在度表の識別種と群落表のそれとが一致しない場合がある(以下同様)。 ア)ミズキ群落 下位単位区分種:ミズキ、カヤ、ムラサキシキブ、ツクバネガシ、イワガラミ、イヌシデ。平均出現種数38種。 この群落は胴切山の中腹上部、海抜610〜620m
付近の谷沿いで、母岩が露出している傾斜のやや急な地形に発達している。高木層に樹高20m
のモミ、ツガのほか、ミズキが生育しており、亜高木層にもモミ、ツガが見られる。低木層はアセビ、ヒサカキ、ヤブツバキ、ムラサキシキブ、カヤなどが優占しており、草本層には上層構成種のほかイワガラミ、エビネなどが見られたが、十分光が届かないので発達は悪い。 イ)ヒメシャラ群落 下位単位区分種:ヒメシャラ、タンナサワフタギ、アカシデ、イヌツゲ。平均出現種数31種。 胴切山山頂付近の海抜730〜780m
で確認した群落で、高木層は樹高12〜15m、モミ、ツガのほかヒメシャラ、アカシデ、イタヤカエデなど、亜高木層にカナクギノキ、ヒメシャラ、リョウブなどが生育しており、低木層にはシキミ、ヤブツバキ、ヤブニッケイ、シラキ、ヒイラギなど、草本層にタンナサワフタギ、コガクウツギ、ハリガネワラビ、イチヤクソウなどが見られる。 (2)シイ・カシ群落 海抜600m
以下の山地に発達している群落で、モミ・ツガ群落とはシイ、アラカシ、ウバメガシ、ミサオノキ、リンボク、カナメモチ、ヤマモモなどで識別できる。 自然植生に近いものから、何度も人為が加えられた代償植生、さらにスギ・ヒノキなどの人工林を含む。人工林は、ここ数十年来、林業が衰退し、山林の手入れが行われず、放置されてきたため、山地の群落は自然の遷移にまかされ、日和佐町の土地、気候が支える植物が多数生育してきたためと考えられる。 これらの植生は種組成と相観により、古い社寺林に残された自然林に近いシイ群落、海岸の急傾斜地に発達したウバメガシ群落、山地の渓谷沿いのホソバタブ群落、人為がかなり加わったいわゆるシイ・カシ萌芽林、アカマツ群落、伐採跡群落およびスラッシュマツ植林、スギ・ヒノキ植林、モウソウチク林に下位区分できる。 ア)シイ群落 下位単位区分種:ヤマビワ、コバンモチ、タラヨウ、ミミズバイ。平均出現種数26種(表5)。 四国霊場23番札所薬王寺裏山と、日和佐浦の日和佐八幡神社の社叢(そう)林に残されている群落である。いずれも自然度の高い群落で、薬王寺裏山では高木層に樹高15〜17m
のスダジイ、コジイが樹冠を形成し、コバンモチ、ヤマモモなどを混生している。亜高木層にはサカキ、タイミンタチバナ、ヤマビワ、ヒメユズリハなどが見られ、低木層にはタラヨウ、ミサオノキ、サカキ、ヒサカキ、ミミズバイ、カナメモチ、シイなどが生育しており、草本層には上層構成種の幼木が多く生育しているほか、センリョウ、コクラン、アマクサシダなどの草本植物がわずかに見られる(図3)。
 日和佐八幡神社の社叢では、高木層は樹高22m
のスダジイ、ホルトノキ、タブノキ、クスノキなどが樹冠を形成している。スダジイは、高木層のほか全階層に出現している。亜高木層はスダジイのほか、ヤブツバキ、タイミンタチバナなどが密に生え、低木層にはヤブツバキが優占するほか、イヌビワ、ヒメユズリハ、ミミズバイ、シロダモなどが見られ、草本層にはホソバカナワラビが最優占し、ソクシンラン、イズセンリョウ、ツルコウジ、ナガバジャノヒゲなどが地面を覆っている。スダジイ−ホソバカナワラビ群集の典型的な群落である。これらのシイ林は本県でも貴重な群落であるので、この状態を維持するようにして欲しい。 イ)ウバメガシ群落 下位単位区分種:ツワブキ、トベラ。平均出現種数23種(表6)。 このウバメガシ群落は、蒲生田岬から南西に伸びる海岸線に沿って、海に面した急傾斜地に発達している自然植生である。常時海からの風を受け、高木層を欠き、ウバメガシがマッキー状に生育している群落である。亜高木層に樹高8m
のウバメガシが密な樹冠を形成し、ヤマモモ、タブノキ、カラスザンショウなどを交え、低木層にはヤブツバキ、タイミンタチバナ、トベラ、ヒサカキ、ヤブニッケイ、ネズミモチなどが見られ、草本層は光不足のためあまり発達していないが、ツワブキ、マンリョウ、ヤマイタチシダなどが生育している(図4)。ここのウバメガシ群落はトベラ−ウバメガシ群集に属し、ウバメガシが標徴種である。

ウ)ホソバタブ群落 下位単位区分種:アケビ、カギカズラ、ウツギ、イタビカズラ。平均出現種数32種(表7)。 胴切山と五剣山の北側、日和佐川の上流部の渓谷に発達している群落で、高木層を欠き、亜高木層に樹高8〜10m
のホソバタブが優占し、ヤブニッケイ、アカガシ、カラスザンショウ、サネカズラ、ヤマザクラ、アカメガシワなどが密に樹冠を形成している。アカメガシワがあることから、かつて伐採され、その後放置されてかなりの年月がたっているものと考えられる。低木層にはホソバタブのほか、ヤブツバキ、ネズミモチ、ヒサカキ、ウツギ、シキミなどが生育しており、草本層にはホソバカナワラビ、コガクウツギ、イタビカズラ、フユイチゴ、テイカカズラ、ナガバジャノヒゲなどが見られる。 エ)シイ・カシ萌芽林 特に下位単位区分種をもたない典型群落。平均出現種数31種(表8)。 本町にはこれに属する群落が広く分布している。これらはかつて薪炭林として利用されていた山林の群落である。伐採されてからの期間により、樹高は3m
から10m
余りとまちまちである。また優占種も場所により異なり、シイ、アカガシ、ウバメガシ、シキミ、ヤブツバキなど様々である。 オ)アカマツ群落 下位単位区分種:アカマツ、コウヤボウキ。平均出現種数27種(表9)。 日和佐町には、赤松という地名があるが、かつてはアカマツがこの地域の山を覆っていたものであろうか。現在では松枯れがひどくて勢力の強いアカマツはあまり見られず、アカマツ群落は、赤松川支流の新発谷の源流付近の尾根にわずかに残っていた。高木層に樹高13〜16m
のアカマツが優占しながら、シイやカクレミノを混生している。亜高木層にはウバメガシ、ヤブツバキ、シキミ、アラカシなどの常緑樹のほか、ヤマガキ、エゴノキ、コナラ、ネジキ、ハゼノキ、リョウブなども含み、低木層はオンツツジ、ヒサカキ、ヒメクロモジ、アセビ、カマツカなど、草本層にはウラジロ、サルトリイバラ、シシガシラ、ノイバラなどが生育している。 カ)伐採跡群落 下位単位区分種:タケニグサ、オオアレチノギク、アカソ。平均出現種数32種(表10)。 この群落は、伐採地の海抜高、伐採以前の群落構成種、伐採後の時間などにより、出現する種類や植生高が異なる。 本町内では、いろいろな段階の伐採跡があったが、今回調査したのは海抜160〜180m、伐採後5〜6年の群落である。高木層、亜高木層を欠き、低木層にタラノキ、アカメガシワ、クサギなど伐採跡に特徴的な木本が群落を形成しつつあり、草本層にはタケニグサ、オオアレチノギク、ススキなどの草本のほか、ニガイチゴ、クマイチゴ、フユイチゴ、ノイバラなどの刺をもつバラの仲間が多く出現しているのもこの群落の特徴の一つである。 (3)植林 本町では、スギ・ヒノキの植林面積が広いが、外国産のスラッシュマツ植林もあちこちに点在している。また、人家近くにはモウソウチクの竹林が見られる。 ア)スラッシュマツ植林 下位単位区分種:スラッシュマツ、ヤブイバラ、アキノタムラソウ、ニガカシュウ。平均出現種数52種(表11)。 スラッシュマツは、第二次大戦後、県が外国から苗を輸入して植林を奨励した経緯がある。大戸にあるこの群落では、高木層は樹高20m、胸径40〜50cm
のスラッシュマツのみが、植被率70〜90%の樹冠を形成しているが、亜高木層以下は、シイ・カシ萌芽林の構成種と同じ種類が生育している(図5)。今回植生調査した群落の中で、出現種数が最も多い群落である。

イ)スギ・ヒノキ植林 下位単位区分種:スギ、ヒノキ。平均出現種数28種(表12)。 スギやヒノキの植林は、低地部から町境の海抜900m
までの範囲にわたるが、最近はほとんど手入れが行われておらず、植林地内には、海抜高や地形によって、それぞれの自然環境が支える群落構成種が見られる。 ウ)モウソウチク林 下位単位区分種:モウソウチク、チャノキ。平均出現種数25種(表13)。 本来、人家近くに食用のために植えられたものであるが、近年は手入れが行われぬ放置状態で、他種の生えるにまかせ、また倒れた竹も多く見られた。林内にはシイ・カシ萌芽林の構成種が多く侵入していた。 2)海岸・川辺植物群落(表3) 海岸や川辺の植物群落は特殊な環境にあるので、内陸部とは異なる種構成の群落である。日和佐町では、塩水のかかる海岸砂浜に発達するハマヒルガオ群落、海岸断崖地に見られるアゼトウナ群落、および汽水域の塩沼地に生育するシオクグ群落、真水の日和佐川や赤松川の岸に特異的に生育しているナカガワノギク群落が識別できた。 (1)海岸植物群落 本町の海岸植物群落は、大浜海岸の砂浜にわずかに見られる海浜砂丘植生としてのハマヒルガオ群落と、海岸断崖地の潮しぶきがかかる岩上に発達しているアゼトウナ群落に区分される。 ア)ハマヒルガオ群落 識別種:ハマヒルガオ、コウボウシバ、ギョウギシバ、ハマボウフウ、ハマスゲ、コウボウムギ、ハマエンドウ、コマツヨイグサ。平均出現種数5種(表14)。 本来徳島県の砂浜に発達する海浜植生は、一般的に汀線に近い方から汀線に平行に、コウボウシバ、コウボウムギ帯、ハマヒルガオ、ハマエンドウ帯、ケカモノハシ帯、ハマゴウ帯の順に帯状に群落が発達している。大浜海岸では、ウミガメの産卵の観察や海岸でのいろいろな遊びなど、人の出入りによる植生の攪乱が激しく、海浜植物群落の発達は極めて悪い。防潮堤のすぐ近くのあまり人為の加わりにくい場所にわずかに群落が見られる。 イ)アゼトウナ群落 識別種:アゼトウナ、ハマアザミ、シオギク、テリハノイバラ、ハマヒサカキ。平均出現種数5種(表15)。 日和佐町では、広い砂浜は大浜海岸だけで、長い海岸線のほとんどは山地が海岸に迫り、千羽海崖に代表されるような急傾斜の断崖となっている。海岸断崖の潮しぶきが常時当たるような場所には、山地や平地に生育する植物は生活できず、こういう環境でも生活できるアゼトウナ群落が発達している。この群落は、断崖の傾斜65〜90度の岩の割れ目などに根を下ろし、厳しい環境条件に耐えられるよう適応して生活している群落である。 (2)川辺植物群落 ア)シオクグ群落 識別種:シオクグ(表16)。 これは、日和佐川の河口の汽水域に発達している塩性湿地群落で、厄除橋の少し上手の右岸の沼地に生育している。シオクグ群落はヨシ群落とシバナ群落に下位区分される。 1 ヨシ群落 下位単位区分種:ヨシ。平均出現種数2種。 シオクグ群落の広がりの中で、水辺に近い区域に発達しており、高さ2m
のヨシが密に生育し、その下に約70cm
のシオクグが点在している。 2 シバナ群落 下位単位区分種:シバナ。平均出現種数2種。 シオクグ群落が発達する塩沼地の、ヨシ群落より内陸部に近い、干潮時でも水が浅くたまり、よどんだ水の中に見られる(図6)。シバナ群落は、本県では本町のこの付近だけに生育している貴重なもので、今後この群落の管理と保護が望まれる。

イ)ナカガワノギク群落 識別種:ナカガワノギク、イワカンスゲ、キシツツジ、ウナズキギボウシ。平均出現種数7種(表17)。 ナカガワノギクは徳島県の特産種で、川辺の、洪水時には冠水し、平水時には水面上に現れるような生態域を生活の場としている(図7)。花期は11月なので、調査はこの時期を選んで行った。本種は、本来キシツツジが生育する場所に生活域をもっているが、キシツツジが見られてもナカガワノギクは必ずしも生育していない。

5.ナカガワノギクの分布 ナカガワノギクの花は舌状花が白色で大きく(直径2〜6cm)、野生のキクとしては大型で、良い香りがする。生活場所は前述の通りで、河岸の岩場などに生育している。名前の通り、徳島県の那賀川で発見(1935年)された植物である。その後の調査で、那賀川の上那賀町長安口ダムから相生町、鷲敷町を経て阿南市持井までの間と、赤松川だけに生育しているとされていた。ところが、日和佐川にも生育していることが昭和43(1968)年に分かった。すなわちこのキクは、徳島県の那賀川と日和佐川だけにしか生育していない植物、ということであり、大変貴重である。 日和佐町におけるナカガワノギクの分布地点は、日和佐川では、最上流域は西河内の原ケ野にあり、ここから下流の屈曲部に点在し、西河内の永田と田々川との境界付近までとなっている(図8)。かつて日和佐川におけるナカガワノギクの生育が発見された昭和43年には、原ケ野から下流に、個体数も多く点在し、日和佐川が北河内谷川に合流する井上の左岸まで生育していることを確認できたが、その後の河川改修事業による川岸の護岸工事や、日和佐川の流路変更工事などにより、分布地および個体数が激減した。 なお、原ケ野の分布点より上流について、平戸、落合、西山とナカガワノギクが生育できるような環境の場所を調査したが、生育していなかった。

赤松川は、八郎山に源を発し、しばらく東流して野田地区から流路を西北西に転じ、那賀川の川口ダム下流で那賀川に流入している。この間、ナカガワノギクが生育しているの は、上流は栗作付近からで、ここでも川の屈曲点毎に分布が見られ、最下流は相生町との境界まで生育している。 那賀川の多数の支流の中で、何故赤松川だけに分布しているのか、また、日和佐川では、原ケ野より上流には何故分布していないのか、大きな疑問が残る。 いずれにしても、ナカガワノギクは非常に貴重な植物であり、河岸工事により次第に減少している現状は誠に遺憾である。今後は保護に十分留意すべきである。
6.おわりに 日和佐町の植物群落を調査し、表操作によって総合常在度表を作成して群落識別種を選び出した。さらに、これらと相観により現存植生図を作成した。 日和佐町の山地における土地利用形態は、現在の社会構造、経済構造の中ではやむを得ないところであるが、開発により自然を破壊するより、現在の植生を保護・育成しながら有効に活用して行くことの方が、今後かえってプラスに生かせる可能性が大きいと考えられる。これからはますます自然志向者が増え、地方の自然を生かした事業が活性化されるであろう。薬王寺の門前町として古くから親しまれてきた町、ウミガメが産卵する町、観光の町日和佐に、さらに積極的に自然の多様性を生かし、これらを活用する方策を考えることを提案する。 第一に、薬王寺や日和佐八幡神社の社寺林としての立派なシイ林、胴切山のモミ・ツガ林、海岸の急傾斜地のウバメガシ林、玉厨子山のアカガシ林のほか、ほとんど人手の入っていないシイ・カシ林が大きくなれば、これらを有効に活用できるのではないか。 第二に、大浜海岸の海浜植物群落が貧弱であることから、ウミガメだけを売り物にせず、海浜植物群落を保護育成することも重要である。今後、海浜植物群落を保護・管理する区域を指定し、人が利用する区域との境界を設定する必要がある。なお海岸の防潮林は、近くに八幡神社の社叢があることから、社叢を構成している樹種を海岸に植栽すると、他の海岸の防潮林とは一味違う防風・防潮林が出来上がるであろう。 第三に、日和佐川河口付近右岸、日和佐病院対岸の寺前の塩性湿地植物群落としてのシオクグ群落およびシバナ群落は、徳島県として大変貴重であり、積極的に保全する必要がある。 第四に、日和佐川および赤松川に分布しているナカガワノギクは、これまた、世界に類のない貴重な植物であるので、河川工事や河岸の工事に当たっては十分配慮していただきたい。今後河川工事を計画される時は、ぜひとも事前に連絡、相談されたい。 そのほか様々な事業で、自然を破壊するような工事を行う場合は、事前に十分なアセスメントを行い、破壊される前にあった自然より、もっと多様な自然が復元出来るような計画、設計、施工をされるように要望する。 最後に、今回指摘した点を、日和佐町において多角的に検討され、今後、生態的に多様で調和のとれた町づくりを実施していただくことを期待する。
参考文献 1 宮脇 昭.1982.日本植生誌 四国.至文堂,東京. 2 角川日本地名大辞典編集委員会.1986.角川日本地名大辞典 36徳島県.角川書店,
東京. 3 徳島地方気象台・日本気象協会.1991.徳島百年の気象.徳島出版,
徳島県. 4 鎌田磨人、友成孟宏、井内久利、西浦宏明、石井愃義、森本康滋.1995.那賀川町の植生.総合学術調査報告 那賀川町(阿波学会紀要41号),21〜37.阿波学会・徳島県立図書館,徳島. 5 徳島県農林水産部林業振興課.1996.平成8年度みどりの要覧.徳島県.
1)徳島市北佐古一番町1-28 2)徳島県立博物館 3)藍住町立藍住西小学校 4)徳島県立池田高等学校 5)徳島県立脇町高等学校 6)徳島大学総合科学部








 
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