阿波学会研究紀要

地質班（地学団体研究会）

　森永宏１）・橋本寿夫２）・石田啓祐３）・　　　　　　　　　　　　　　　　

　中尾賢一４）・寺戸恒夫５）・森江孝志６）・

　福島浩三７）

１．はじめに
　日和佐町地域には、四万十帯北帯に属する中生代白亜紀の地層が分布する。また、白亜系を不整合に覆って、第四紀の地層が局所的に分布する。
　四万十帯は、「高知県の四万十川流域に模式的に見られる地層が分布する地帯」という意味で、その分布は、西は沖縄・南西諸島から、九州、四国、紀伊半島を縦断し、赤石山地を経て、東は関東山地にまで達する幅数10km、延長1600km に及ぶ地帯である。四万十帯は、その中央を東西に走る安芸構造線を境に、それより北側に位置して、主として白亜紀の地層から成る北帯と、それより南側に位置して、主として古第三紀の地層から成る南帯とに分けられる。
　本地域の研究報告は、７万５千分の１の地質図幅（山下ほか、1956）、15万分の１徳島県地質図（徳島県、1972）、公文（1981）などがある。四万十帯の地層は、年代決定に有効な大型化石をほとんど産しないことから、古くは時代未詳中生層として一括されていた。近年、微化石による年代精度が向上したことや地層の配列の機構が解明されたことに伴い、太平洋プレートの拡大に伴うイザナギプレートの沈み込みによって、陸側に付加・配列したものであることが明らかにされてきた（平、1990）。
　今回、日和佐町地域の四万十帯北帯白亜系については、特に海洋プレート層序の視点から、岩相層序の解明と微化石による年代の検討を行った。また、第四系については、ハンドオーガーによる柱状コアの採集を行い、その中に挟在する火山灰層を分析した。

２．四万十北帯の白亜系
１）地質概説
　本地域の四万十帯北帯白亜系の一般走行は N70°E で、主に北に中〜高角度で傾斜し、北上位の場合が多い（図１）。

筆者らは、岩相に基づき、北から赤松、日和佐、明丸の三つのユニットに区分した。各ユニットは走向性断層で画される。それぞれのユニットでは北上位の同斜構造が支配的であるが、北の日和佐ユニットから南の明丸ユニットへと、地層の年代が若くなる極性がある。付加体形成に伴う走向性の断層は各ユニット内にも発達し、小規模な褶曲も存在する。赤松ユニットと日和佐ユニットは深瀬断層（公文、1981）で、日和佐ユニットと明丸ユニットも断層で接している。赤松ユニットは、調査地域北部に位置する最も古い付加コンプレックスである。遠洋〜半遠洋性堆積物と陸源砕屑性堆積物が、基本的に交互に繰り返して分布する。日和佐ユニットは中央部を東西に分布し、陸源砕屑性の粗粒堆積物を主とするコンプレックスである。明丸ユニットは、南部の海岸沿いにわずかに分布し、主に遠洋〜半遠洋性堆積物から成る最も若い付加コンプレックスである。
２）各ユニットの岩相
　（１）赤松ユニット
　赤松ユニットは、調査地域の北部、日和佐町大戸から赤松、八郎山にかけて東西に長く分布する。泥岩勝ち互層・泥岩・成層砂岩からなり、緑色岩類・チャート・酸性凝灰岩（図２、３）を伴う。

遠洋〜半遠洋性堆積物に始まり、陸源砕屑性堆積物に至る堆積シーケンスが、プレートの沈み込みに伴う付加プリズムを形成したものと考えられ、南北ルートでは、両者は交互に繰り返して出現する。各堆積シーケンスの層厚は約200m である。このユニットは泥岩勝ち互層と泥岩を主とするが、成層砂岩も比較的多い。東部地域では砂岩の発達が良好であり、酸性凝灰岩も頻繁に挟まれる。
　泥岩は剥離性をもち、しばしば砂質の葉理や薄層を挟む。泥岩勝ち互層は数 cm 以下の砂岩とそれより厚い泥岩との互層からなり、通常数 m の厚さに成層する。まれに数10m の厚さに達することがある。しばしば平行葉理や級化が認められる。
　（２）日和佐ユニット
　日和佐ユニットは、日和佐町中部から牟岐町北部にかけて広く分布する。主に陸源砕屑性堆積物からなる塊状砂岩優勢の地帯である。地層の分布幅は約4000m である。このユニットは、粗粒の塊状砂岩や成層砂岩を主として、礫岩・砂岩泥岩互層・泥岩を伴う。ごくまれに酸性凝灰岩や赤色の凝灰岩を挟む。
　砂岩は非常に厚く、数 m から、ときには10数 m 以上にわたって明瞭な層理面が認められないことが多い。粗粒の堆積物重力流堆積物集積時の表層部の削剥によるアマルガメーションが著しく、塊状砂岩にはしばしば礫岩を伴い、小チャネルを埋積する形で砂岩中に細礫ないし中礫のレンズ状密集部がみられる。礫岩は中礫および大礫を主として、しばしば巨礫を含む。礫の多くは円礫であり、酸性火山岩類の礫が非常に多い。基質は粗粒砂からなる。礫岩層の厚さは数 m から数10m である。砂岩泥岩互層は、５〜30cm の砂質部と１〜20cm の泥質部が律動的に繰り返す。両者の量比はさまざまであるが、等量から砂岩勝ちのものが多い。砂質部には平行葉理がよく発達するが、斜交葉理は少ない。級化構造はよく認められるが、流痕はまれである。泥岩は、しばしば砂岩薄層をはさみ、ラミナが発達している。
　（３）明丸ユニット
　明丸ユニットは、本調査地域内ではその南端部の日和佐町明丸、牟岐町水落付近に、ごくわずかに分布する。主に遠洋〜半遠洋性堆積物の分布地帯である。泥岩と泥岩勝ち酸性凝灰岩の互層を主とし、緑色岩・赤色チャート・赤〜緑の多色粘土岩・酸性凝灰岩を伴う（図４）。

泥岩は剥離性をもち、しばしばレンズ状の酸性凝灰岩薄層や葉理を伴う。まれに泥質の珪質ノジュールを含む。酸性凝灰岩は緑灰色を呈し、珪質で硬く、10〜20cm の厚さで成層し、稀に１m 以上に達することもある。泥岩勝ち酸性凝灰岩の互層は数10cm 以下の酸性凝灰岩層と数 cm から20cm の泥質層からなる。酸性凝灰岩層はレンズ状に変形することがある。緑色岩類は、玄部岩質の溶岩・凝灰岩・凝灰角礫岩からなり、溶岩にはしばしば枕状構造が認められる。粘土岩とチャートいずれの岩類も断片化が著しく、メランジュ状の岩相を示す。
３）岩相層序
　各ユニットを構成する岩類は断片化しており、ユニット全体を包括する連続的な層序を得ることは困難である。今回の調査では、各ユニットの特定のセクションにおいて、岩相の整合性・漸移関係をもとに、連続層序を見いだし、微化石による生層序学的検討のための資料採集を行った。
　（１）赤松ユニット
　日和佐町傍示峠北の古屋川沿いの県道露頭では、図５に示す連続層序が得られた。東西性の走向で北傾斜の中粒の砂岩層（1.5m）の上位に、砂質泥岩（0.3m）の漸移部を挟んで、黒色の泥岩層（５m）が重なり、さらに淡緑色の泥質の凝灰岩（２m）、ラミナの発達した砂粒サイズの成層酸性凝灰岩（２m）、チャート様の淡緑色ガラス質の珪質凝灰岩（10〜20cm）と珪質泥岩（数〜10cm）の互層（５m）、黒色の珪質泥岩（10〜20cm）とチャート様の淡緑色ガラス質の珪質凝灰岩（数〜10cm）の互層（0.5m）、黒色の珪質泥岩（４m）が整合的に累重する。各層の境界は漸移的である。最下部の中粒の砂岩はタービダイト砂岩層の一部であり、最上部の黒色の珪質泥岩は上部がややシルト〜砂質になることから、このシーケンスは、陸源砕屑物中に挟在する細粒層と考えられる。
　傍示峠東の日和佐川沿いの県道露頭では、図６に示す連続層序が見られる。ここでは、東西性の走向、北傾斜で、単層が10〜20cm の緑色チャートと、数 mm〜２cm の珪質粘土岩の互層（３m）の上に、薄い（10cm 以下）緑色チャートと珪質粘土岩（数 mm〜２cm）の互層（２m）、厚さ数 cm 以下のレンズ状のチャートを伴う黒色珪質粘土岩（２m）、黒色の珪質頁岩（２m）、鱗片状劈開（へきかい）をもつ黒色泥岩（２m）の順に整合的に漸移する。このような遠洋〜半遠洋性堆積物からなるシーケンスは、海洋プレート層序に典型的なものである。
　赤松ユニットにおいては、上記の海洋プレート層序を形成する遠洋〜半遠洋性堆積物に始まり、タービダイト砂岩泥岩互層とそれに挟在する細粒堆積物（酸性凝灰岩および珪質泥岩）を主とする海溝〜陸側斜面堆積物（陸源の砕屑性および火山性堆積物）に至るプレート沈み込み過程での堆積シーケンスが各付加プリズムを構成するとみなされる。

　（２）日和佐ユニット
　日和佐ユニットでは、陸源砕屑岩類からなる東西性走向で北傾斜のシーケンスが特徴的であり、そのうちの比較的細粒の砕屑物は、タービダイト砂岩泥岩互層や細粒の砂岩層とそれに挟在する泥岩層が一般的である（図７）。粗粒部分は礫岩と礫質の塊状粗粒砂岩が主で、露頭規模では小規模なチャネルとアマルガメーションなどの堆積構造が特徴的であることから、全体としては、上方細粒化サイクルを繰り返す海底扇状地堆積物により構成されると考える。

　（３）明丸ユニット
　明丸ユニットに属する大明神では、下位より、変形したチャートと緑色の泥岩層（９m）、灰色のチャートブロックを伴う緑色泥岩（２m）、淡緑色で数 cm の薄く成層した珪質凝灰岩（２m）、赤色チャート・黒色粘土岩および緑色の層状チャートのブロックを伴う赤色頁岩（４m）、灰色のガラス質珪質凝灰岩（５m）が累重する（図８）。明丸では、遠洋〜半遠洋性堆積物と枕状溶岩がメランジュ状の岩相を構成するが、構成岩はいずれも海洋起源の岩類であり、初生的には、海底火山噴出物に始まる海洋プレート層序を形成していたと考えられる。

４）放散虫化石の生層序
　各ユニットを構成する泥岩・酸性凝灰岩・頁岩およびチャートから年代決定に有効な放散虫群集を得た（表１、図版１）。
　四国東部の上部白亜系は、下位 Pseudodictyomitra vestalensis, Pseudodictyomitra nakasekoi, Stichomitra manifesta, Stichomitra compsa, Amphipyndax pseudoconulus, Amphipyndax tylotus 群集帯に区分され、大型化石との共産に基づく年代が推定されている（橋本・石田、1996）。今回、これに基づいて、各群集帯を特徴づける種の産出に注目して、各ユニットを構成する地層の生層序学的対比を試みた（図９）。

　（１）赤松ユニット
　　ａ．岩屋谷
　岩屋谷の赤色チャートには Holocryptocanium barbui, H. japonicum, Thanarla praeveneta が伴う。H. barbui のレンジはチューロニアン（P. nakasekoi 群集帯）まで、他はセノマニアン（P. vestarensis 群集帯）までである。
　　ｂ．傍示峠北
　傍示峠北の黒色泥岩サンプル１から産する放散虫のうちで、Dictyomitra formosa, Archaeospongoprunum nishiyamae, A. praegallowayi の共産による年代はコニアシアンないしサントニアン（S. manifesta 群集帯）である。
　サンプル７の珪質凝灰岩と互層する珪質泥岩からは、Archaeospongoprunum nishiyamae, Stichomitra asymbotos が産し、２種の示す時代はコニアシアン（S. manifesta 群集帯）ないしはサントニアン（S. compsa 群集帯直下）である。
　サンプル９の珪質凝灰岩と互層する珪質泥岩から産する放散虫のうち Dictyomitra koslovae と D. densicostata, D. formosa, Amphipyndax aff. pseudoconulus の共産に基づけば、その年代はカンパニアン（S. compsa ないし A. pseudoconulus 群集帯）である。
　サンプル10の黒色珪質泥岩からは、Dictyomitra multicostata, Archaeospongopurunum nishiyamai が産した。２種の共通する時代は、カンパニアン（S. compsa ないし A. pseudoconulus 群集帯）である。
　サンプル12の黒色珪質泥岩からは、A. pseudoscalaris, A. squinaboli, Dictyomitra cf. puga of Schaaf など、いずれもチューロニアン（P. nakasekoi 群集帯）以前の年代を示す種が産した。下位層準の年代からして、すべて再堆積要素とみなされる。
　上記の各サンプルは整合する連続セクションからのものであり、個別の年代推定結果を総合すると、傍示峠北のセクションはコニアシアンないしサントニアン（S. manifesta 群集帯）からカンパニアン（S. compsa 群集帯ないし A. pseudoconulus 群集帯）に及ぶと推定される。
　ｃ．傍示峠東
　傍示峠東の緑色チャートと互層する珪質粘土岩のサンプル１から産する放散虫のうち、Archaeodictyomitra lamellicostata と Amphipyndax pseudoconulus によれば、カンパニアン後期（A. pseudoconulus〜A. tylotus 群集帯下部）である。
　サンプル２の同質の粘土岩からは、Theocampe salillum, Archaeodictyomitra lamellicostata, D. formosa, D. koslovae, Mita regina が産し、その年代はカンパニアン後期（A. pseudoconulus〜A. tylotus 群集帯下部）である。
　サンプル３の同質の粘土岩からは Stichomitra compsa と S. campi が、Dictyomitra koslovae, D. formosa, D. densicostata, D. multicostata, A. gallowayi と共に産し、その年代はカンパニアンとくに前期から中期（S. compsa 群集帯）である。
　サンプル12の黒色珪質泥岩からは Immersothorax cyclops が産し、カンパニアン中期（S. compsa〜A. pseudoconulus 群集帯）である。
　上記の各サンプルは整合する連続セクションからのものであり、個別の年代推定結果を総合すると、傍示峠東のセクションはカンパニアン後期（A. pseudoconulus〜A. tylotus 群集帯下部）のものと推定される。
　ｄ．日和佐ユニット
　横川の砂岩・泥岩互層に挟在する凝灰岩層のサンプル４から産する放散虫の内で、Pseudotheocampe abshnitta, Myllocercion acineton, Amphipyndax tylotus, A. pseudoconulus が産し、その時代はカンパニアン最後期〜マストリヒシアン初期（A. tylotus 群集帯中部）である。
　ｅ．明丸ユニット
　明丸南の大明神のチャートと互層する緑色珪質粘土岩のサンプル１Ａ、３、４、および赤色頁岩中のチャート岩塊のサンプル６から放散虫化石を検出した。
　サンプル１Ａでは、Myllocercion acineton, Stichomitra compsa の共産から、その年代は、マストリヒシアン初期（A. tylotus 群集帯下部）である。
　サンプル３から産する放散虫のうち、Afens liriodes, S. compsa, S. asymbatus, Amphipyndax tylotus, A. pseudoconulus, dictyomitra aff. koslovae, Myllocercion acineton, A. galloowayi の共産により、その年代はカンパニアン最後期〜マストリヒシアン前期（A. tylotus 群集帯下部）である。
　サンプル４から産する放散虫のうち、Amphipyndax tylotus, A. pseudoconulus, Dictyomitra tiara, Dictyomitra aff. koslovae, Afens liriodes, Myllocercion acineton, A. lamellicostata, S. asymbatus の共産により、マストリヒシアン前期（A. tylotus 群集帯上部）である。
　サンプル６から産する放散虫のうち、Amphipyndax tylotus, S. asymbatus, D. multicostata, R. magnificum, Dictyomitra koslovae に基づく年代は、カンパニアン後期からマストリヒシアン初期（A. pseudoconulus 帯上部〜A. tylotus 群集帯下部）である。
　上記の各サンプルのうち、チャートと互層する緑色珪質粘土岩のサンプル１Ａ、３、４、は連続セクションからのものであり、個別の年代推定結果を総合すると、このセクションはカンパニアン最後期〜マストリヒシアン前期（A. tylotus 群集帯）のものと推定される。またサンプル６の赤色チャート岩塊はカンパニアン後期からマストリヒシアン初期（A. pseudoconulus 帯上部ないし A. tylotus 群集帯下部）であることから、全体としては、カンパニアン後期〜マストリヒシアン初期（A. pseudoconulus 帯上部ないし A. tylotus 群集帯下部）の赤色チャートからマストリヒシアン前期（A. tylotus 群集帯）の珪質粘士岩に至る層序を成していたものと推定される。
５）ユニットの配列と放散虫化石年代
　各ユニットを構成する地層の年代を比較すると、チャートの年代は、赤松ユニットでは、北の岩屋谷の赤色チャートがチューロニアン（P. nakasekoi 群集帯）かそれより古く、南の傍示峠東のチャートがカンパニアン後期（A. pseudoconulus〜A. tylotus 群集帯下部）であるのに対して、明丸ユニットでは、赤色チャートがカンパニアン後期〜マストリヒシアン前期（A. pseudoconulus 帯上部ないし A. tylotus 群集帯下部）と新しい。
　つぎにこのような比較に最も重要な、同一セクションでの遠洋性堆積物のチャートから陸源砕屑物の泥質岩へ移り変わる岩相境界、すなわちチャートから細粒砕屑岩への岩相境界の年代、あるいは各セクションにおける細粒砕屑岩の出現時期に注目すると、北の赤松ユニットでは、傍示峠北の細粒砕屑岩の出現時期がコニアシアンないしサントニアン（S. manifesta 群集帯）であるのに対して、傍示峠東のチャートから細粒砕屑岩への岩相境界がカンパニアン後期（A. pseudoconulus〜A. tylotus 群集帯下部）と新しく、日和佐ユニットのタービダイトはカンパニアン最後期〜マストリヒシアン初期（A. tylotus 群集帯中部）で、さらに南の明丸ユニットでは、マストリヒシアン前期（A. tylotus 群集帯上部）といっそう新しくなる。
　このように、調査地域のユニット内の地層は遠洋性堆積物に始まり陸源砕屑物に至る岩相変化を示し、北傾斜北上位である。ユニット境界の断層も同様に、陸側へ傾斜している。また地層の年代は、海溝のある南方へ向かって新しくなる。このような構造配列と年代極性は、海洋プレートの沈み込みに伴い形成された付加体に特徴的な構造である。放散虫化石によれば、当地域の付加帯を形成した海洋プレートは、白亜紀後期のコニアシアンからマストリヒシアンにかけて到着し、沈み込んだものと推定される。

３．日和佐町二見の地形と第四系
　１）地形概観
　二見は、一般県道日和佐−牟岐線（147号線、旧サンライン）東部の千羽海崖の西に続く外ノ牟井と明丸のほぼ中間にある。図10に見るように、いずれの土地も湾入しているが、前二者が湾の奥にわずかながら平地を有するのに対し、二見は礫浜の背後が100m をこえる急斜面となり、その上に平坦面をのせるという極めて特色のある地形である。平坦面は幾分楕（だ）円形を示し、長軸は北西−南東方向で約130m、短軸は約100m、面積約１ha の中央がややくぼんだ形の土地である。このくぼみは平坦面の海側に土塀とみられる高さ約1.5m、幅約６m の堤防状の高まりがあることにもよるが、後述するように中央部の厚い火山灰層の存在からすると、古くからの凹地であったと考えられる。地形図によると凹地中央部の標高は115m である。この平坦面は『海部郡誌』（海部郡誌刊行会編、1927）に寺屋敷や五輪塔があると記された平地で、南阿波サンライン完成後のひとときはフィールドアスレティクスの場であったが、現在は植林され訪れる人もない土地と化している。

　平坦面は西・北西・北の３方向からの浅い谷から雨水が流入するので、中央南西よりに幅約５m、深さ数 m の谷地形が見られる。しかし、北西約500m の標高315m 峰が集水域の上限という狭い谷域であるうえ、平坦面末端近くの火山灰層の下に角礫が見られるので、降雨時以外には流水はない。上記末端には基盤も露出しており、そこから下は流水時には滝になると思われる。海上からの観察では、礫浜背後の基盤上に高さ約12m の小瀑が認められる場所があった。平坦面の谷末端右岸には、南西山腹からの崩土層がみられ、これが平坦面を凹地化した一因と思われる。火山灰層のうち上位のものは高純度の鬼界アカホヤ火山灰（K-Ah）であることが同定された（新井、1981私信、後述）。約6,300年前に薩摩半島南方海底に生じた鬼界カルデラの噴出物の一部である。上記山腹からの崩土層の下部はそれ以前のものといえよう。平坦面の北西部はサンライン開通後埋め立てられ、平坦面より比高約15m の平地となり、以前はここに食堂などが建設されていた。図10でみるように、二見の平坦面の東隣には滑落崖下に崩積物よりなる斜面が標高100〜30m 間にあり、末端は海波により浸食されて基盤が露出している。付近の地質は砂岩卓越層で、N70°E、45°N の走向・傾斜を示している。
　二見平坦面の形成については、２・３の要因があり得る。そのひとつとして考えられるのは、崩壊あるいは地すべりによる形成で、この場合には現地形より、北西の山頂あたりが滑落崖となろう。凹地底にアカホヤが見いだせることより、6,300年以前の形成は確かである。山腹の浅い谷の存在や平坦面内の谷の下刻が少ないこと、また那賀川地域以南では、地すべりよりは崩壊による斜面発達が一般的であることより、二見平坦面の形成要因としては、崩壊による可能性が推察される。
　旧サンライン沿いの直線状の海岸は、安芸−牟岐構造線とこれに並走する断層による地形とみられる。空中写真の判読では、西方明丸のモビレージ南端あたりから二見の海岸線を通り、外ノ牟井の真珠研究所すぐ南から旧ロープウェイ頂上駅すぐ北側の鞍部にかけて、かなり明瞭なリニアメントが見いだされ、ここが日和佐ユニット南限の断層に伴う破砕部の通過位置にあたっているものと思われる。千羽海崖の下端あるいは付近の湾奥の汀線が、ほぼこの線に一致しているので、あるいはこの線から北部が相対的に隆起して、この動きが斜面上部の崩壊の誘因となったのであろうか。
　二見平坦面を段丘起源とみることに関しては、以下のように考える。四国南東の室戸岬西岸は、全国的にも著名な海岸段丘発達域であるが、東岸になると低位のものが散見できる程度で、日和佐町に最も近い明確な段丘は高知県東洋町相間で終わる。それより北東では段丘面は認められないが、礫層が２か所見出されている。一つは海南町鯖瀬の旧国道と新国道トンネル出口の交差点あたりで、亜円礫を少し含む層厚６m 強、頂部が標高12m の礫層である。鯖瀬川河口左岸とはいえ、全体としては河成的な礫層であった。今は工事で消失している。他の一つはそのすぐ北東の牟岐町福良東の谷口にあり、層厚４m 強の礫層である（阿子島　功談）。段丘礫層とするといずれも低位にあり、二見のそれとは同一時代の形成とは考えがたい。付近の沿岸にも、また河川にも標高100m 強の段丘や平坦面は存在しない。わずかに旧サンラインの二見西方の尾根の100m あたりに傾斜変換点がある程度である。
　なお、二見平坦面から南に延びる短小な尾根の東向き斜面にも、標高100〜80m 付近に緩傾斜地があり、二見と同様な成因による形成と考えられる。
　２）地質
　二見地域の平坦面を構成する礫層や火山灰層などの断面は、平坦面末端南東の谷の中で見ることができる。地層はほとんど水平なので、谷の下流側ほど下位の層準が露出している。これらの地層は固結度が著しく低いので、すべて更新世以降に形成された地層と考えられる。ここでは、この一連の地層をまとめて第四系とよぶことにする。以下、この谷で観察された第四系の層序（図11）とその基盤としての四万十帯を、下位より順に記述する。

　谷の末端の傾斜変換点付近では四万十帯の砂岩優勢砂岩泥岩互層が露出している。砂岩層内部には、複数の方向に小規模な節理が多数発達し、節理面のほとんどは数 mm の間隔で開いている。本来の地層の形態を保ってはいるものの、全体として細片化しているのが観察できる。層理面は南北走向で東に急傾斜しており（N10°E，78°E：N６°E，68°E）、この地域の四万十帯の地層の一般的な走向・傾斜とは異なる。この直上が第四系である。第四系は大きく４層準に区分される。以下、区分単元ごとに１）・・・４）で示す。第四系の基底は露出していないので不明であるが、現在露出している最下部は１）淡オレンジ色の火山灰層（0.6m 厚以上）である。この火山灰は、バブル型で透明薄質の火山ガラスを大量に含んでいる。この火山灰の所属については現在充分な調査が行われていない。しかし、後述の上位の火山灰層（鬼界アカホヤ火山灰）より下位層準であることは明らかである。その上位には、凹凸のある明瞭な浸食面を挟んで２）礫支持の淘汰不良角礫〜亜角礫層（最下部では礫・火山灰混じり中粒〜粗粒砂層）が累重する。この礫層は全体としてみると上方に向けて粗粒化し、最上部では最大径50cm に達する。礫のほとんどは砂岩で、径は側方に著しく変化し、不明瞭ではあるもののほぼ水平な層理が認められる（合計で1.4m 厚）。その上位は明瞭な境界をもって３）濃オレンジ色〜淡黄褐色の火山灰層が重なる。風化した露頭面では層理が認められる。谷に沿って作成した柱状図では層厚1.6m となったが、谷の入り口付近でハンドオーガーを使用した調査では2.2m の層厚が確認された。新井房夫氏によって鬼界アカホヤ火山灰（K-Ah）と同定された火山灰はこの層準の試料である。この火山灰は褐色でバブル型の火山ガラスを含み、全体的に粘士化が進行している。また、上部では砂を含有している。この上位は４）淘汰不良の礫層（礫径は最大で長径20cm ほど、基質は火山灰混じり砂）で、層厚は0.3m である。下位の火山灰層との境界はあまり明確ではない。この礫層の上位は崖錐堆積物である。これらの観察結果から、次の２点が結論づけられる。
　四万十帯の開いた節理と崩壊しつつある層理面ならびに走向・傾斜の特異性は、この凹地が地すべりまたは崩壊によって形成されたものであることを示している可能性がある。
　第四系にはクロボク土など陸上の風化作用を受けた証拠が見られないこと、鬼界アカホヤ火山灰が異常に厚いこと（町田・新井、1992の鬼界アカホヤ火山灰の等層厚線図では、四国東部地域の層厚は20〜30cm）から判断して、池のような、水中で周辺からの火山灰を集積する環境のもとで形成された可能性が高い。
　資料：二見地域の鬼界アカホヤ火山灰
　1991年の新井房夫教授（群馬大学教育学部：当時）による分析結果は、次の通りである。
　試料１（地表−215〜250cm）：純化ランクはＣ。有色鉱物はシソ輝石と普通輝石（少）で量は極少、火山ガラスはバブル型（多）と軽石型（少）、ガラスの径は0.7mm、屈折率は1.508〜1.512（平均1.509〜1.511）、色は淡褐色〜透明、斑晶は極少。鬼界アカホヤ火山灰であることは確実。
　試料２（地表−393cm）：純化ランクはＣ。有色鉱物はシソ輝石・普通輝石・斜方輝石で量は少、火山ガラスはバブル型（多）と軽石型（少）、ガラスの径は0.8mm、屈折率は1.509〜1.514（平均1.510〜1.512）、色は淡褐色、斑晶は少。鬼界アカホヤ火山灰であることは確実。なお、寺戸によれば、この試料の土色は灰黄褐10Ｒ５／４である。

４．まとめ
　日和佐町地域の四万十帯北帯の中生界を三つのユニットに区分し、検出した放散虫化石により年代を推定した。ユニット内の地層は遠洋性堆積物に始まり陸源砕屑物に至る岩相変化を示し、北傾斜北上位である。ユニット境界の断層も同様に陸側へ傾斜している。地層の年代は、海溝のある南方へ向かって新しくなる。このような構造配列と年代極性は、海洋プレートの沈み込みに伴い形成された付加体に特徴的な構造である。放散虫化石によれば、当地域の付加帯を形成した海洋プレートは、白亜紀後期のコニアシアンからマストリヒシアンにかけて到着し、沈み込んだものと推定される。
　日和佐町二見の第四紀層を調査し、地形について考察した。火山灰層は、２層準あるうちの上位層準のものが、（鬼界）アカホヤに対比された。

　謝辞　日和佐町公民館の野張晃生館長ならびに豊崎晃生主事には現地へ案内いただき、調査の便宜をはかっていただきました。また船上からの調査に協力いただいた、満丸の関光男氏に厚く御礼を申し上げます。

　文献
公文富士夫．1981．徳島県南部の四万十累帯白亜系．地質雑，87，277-295.
　徳島県．1972．15万分の１徳島県地質図および同説明書．徳島県．137p.
橋本寿夫・石田啓祐．1987．四国の上部白亜系放散虫群集と対比．大阪微化石研究会誌，特別号，第10号，245-257.
町田洋・新井房夫．1992．火山灰アトラス―日本列島とその周辺―．東京大学出版会．276p.
山下　昇・須鎗和巳・中川衷三・平山　健．1956．７万５千分の１徳島県富岡・日和佐図幅および同説明書．徳島県．24p.

　図版説明
図版１　白亜系から産した放散虫化石の走査電子顕微鏡写真。スケールは100μm。Ａ：３，５，９，10-12，16，20，24，26，27．Ｂ：１，２，４，６-８，13，14，17-19，21-23，25，28-30．Ｃ：15．産地およびサンプル番号．［赤松ユニット］岩屋谷，サンプル13：１．傍示峠北，サンプル１：１，２-４，７．サンプル９：５，６．傍示峠東，サンプル１：８．サンプル２：９，10．サンプル３：12，13．サンプル12：14．［日和佐ユニット］横川，サンプル４：15，16．［明丸ユニット］大明神，サンプル１Ａ：17，18．サンプル２：19．サンプル３：21，22．サンプル４：24-28．サンプル６：29，30．
　１．Holocryptocanium barbui Dumitrica
　２．Allievium praegallowayi Pessagno
　３．Pyramispongia glasockensis Pessagno
　４．Archaeospongoprunum nishiyamae Nakaseko & Nishimura
　５．Stichomitra densicostata Pessagno
　６．Stichomitra campi Foreman
　７．Dictyomitra formosa Squinabol
　８．Artostrobium urna Foreman
　９．Mita regina (Campbell & Clark)
　10．Theocampe salillum Foreman
　11．Dictyomitra koslovae Foreman
　12．Amphipyndax aff. pseudoconulus (Pessagno)
　13．Dictyomitra aff. koslovae Foreman
　14．Immersothorax cyclops Dumitrica
　15．Pseudotheocampe abshnitta Empson-Morin
　16．Alievium gallowayi Pessagno
　17．Rhopalosyringium magnificum Empson-Morin
　18．Myllocericion acineton Foreman
　19．Archaeodictymitra lamellicoatata (Foreman)
　20．Afens liriodes Riedel & Sanfilippo
　21．Diacanthocapsa acuminata Dumitrica
　22．Dictyomitra sp.
　23．Cryptamphorella conara Dumitrica
　24．Dictyomitra multicostata Zittel
　25．Crytamphorella macropora Dumitrica
　26．Stichomitra asymbatos Foreman
　27．Stichomitra sp.
　28．Amphipyndax pseudoconulus (Pessagno)
　29．Scaumellus aufragendus Empson-Morin
　30．Amphipyndax tylotus Foreman

１）藍住町立藍住南小学校　２）藍住町立藍住中学校　３）徳島大学総合科学部地球物質科学教室　４）徳島県立博物館　５）徳島文理大学文学部　６）上那賀町立平谷中学校　７）羽ノ浦町立羽浦小学校