あとがき  毎年書いているような気はするが、また同じようなことを書くことにする。  編集委員会がいくら細かい原稿作成規定を作っても、それらが守られなくては何もならないわけで、相変わらずため息をつきたくなるような編集作業が続く。編集委員会でも、ああでもない、こうでもない、と毎年編集作業手順を工夫してみるが、作業に取りかかる前に考えるよりも、はるかに時間が掛かり、遅れがちになってくる。それでは、何の基準も作らずに勝手に書いてもらい、フリーパスにすればよいか、というと、とてもそうはいえないのが現状である。現行作業でも、どこかで手を抜いたことによって不公平が生ずることを恐れるのだが、結局は手が回らずに、それも起こっているような気がする。申し訳ないことである。  フロッピー・ディスクで原稿を出して頂く件も、一進一退の感がある。せっかく出して頂いても、保存形式がお願いした通りになっておらず、使えないので再度お願い、ということも多い。それは、一般にワープロ専用機をお使いの方に多いのであるが、「保存形式などというものはマニュアルの隅の方に小さく書いてあるだけだから、知らなくて当然」といわれれば、なるほどそうか、とも思う。くり返し、ていねいにお願いして行くほかなかろう。  この紀要をご覧になって、北島町の総合学術調査は、参加した班の構成に例年と大きく異なるところがあるのにお気付きの方も多いと思う。それは、これまで毎年調査に参加してきた医学班と農村医学班が、参加しなかったことである。参加の方向で準備を進めていたが、板野郡医師会からの横槍で、調査を断念せざるを得なかったことが、その理由である。参加できるようにと、北島町当局を始め、多くの方が努力されたが、その努力が報われなかったのは大変残念である。医師会のいう根拠は何ら正当性が無く、継続して県下全域を調査することによって大きな意味を持ってくる調査なのに、北島町が欠け、途切れてしまったのは、まことに残念である。紀要の内容にも、さびしさが残る。今後このような事態が起きないことを期待し、あえてここに記録しておく。  なお、阿波学会の役員、および構成する各学会の書き方を変えてはどうか、という意見があり、今回から新形式に変えてみた。ご意見を頂ければ幸いである。 (石井愃義)     阿波学会編集委員会      委員長 石井 愃義  副委員長 中嶋  信      委 員 石田 啓祐  岡島 隆夫  真貝 宣光  田中 省造          冨島 啓次  平井 松午  増谷 正幸