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1.はじめに 学歴社会化やバブル崩壊などの社会背景により、子どもたちの受験戦争はますます激化している。子どもは放課後になると塾や習いごとにほとんどの時間を費やし、他者とのコミュニケーションの機会を逸しがちである。こうした中で、校内暴力などの反社会的・非社会的行動の社会問題が深刻化しており、子どもの道徳的価値意識が問われてきている。 子どもを取り巻く身近な環境には、家庭や学校生活・友人関係などがあげられる。子どもの道徳的社会化は、これらの環境に深くかかわっているところが大きい。家族や教師の教示は、道徳的意識の価値教育につながるものであり、友人関係の場において相互作用され、より深められていく。 しかし今日、子どもの日常生活は塾や習いごとに多忙であり、そのため家族間・友人間の関係は希薄なものとなりつつある。家庭・学校・友人関係は密接な関係を持っており、道徳的観念の発達は家庭及び学校生活の影響によるところが大きい。保護者や教師が主にその発達を促す役割を担っている。 こうした現状を踏まえ、本研究は、上記課題認識に基づいて子どもに対する道徳的意識の価値教育、ないしはその方向性を明らかにし、子どもの意識の実態を明らかにすることをねらいとする。
2.調査の概要 調査対象は、北島町の小学生(5、6年生)と中学生(1、2年生)、計1,044名である。各学校に質問紙を配布し、自記式調査で平成7年7月上旬に実施した(表1)。質問紙の内容は学校生活・友だちについて、家庭生活について、自分自身について、日常生活に関するものである。

3.調査の結果 1)子どもの日常生活 家庭でのコミュニケーションを希薄なものとしている一つの要因は、子どもの通塾にある。はたして子どもは、どのくらい塾や習いごとに時間を費やしているのだろうか。このことについて次の三つの質問〔1〕「あなたは学校外で、おけいこごとや習い事をしていますか」、〔2〕「あなたは学校外でどのような習いごとをしていますか」、〔3〕「一週間にあなたはどのくらいの時間をこれらの習いごとに使いますか」に答えてもらった。調査の結果、827人(81.0%)が何らかの習いごとをしていることがわかった。図1、2は上記〔2〕、〔3〕の結果をグラフに表したものである。学習塾の割合が39.1%で、ほぼ全体の3分の1以上を占めており、受験競争の低年齢化を反映している。また、これらのおけいこごとや塾にかける時間を示した図2においても、習いごとにかける時間が5時間もしくはそれ以上である割合が、全体のほぼ3分の1であり、子どもの生活の多忙さがここにも見られる。また、「あなたは、普通の日にどのくらいの時間テレビを見ていますか」という質問に対して、3時間もしくは3時間以上と答えた割合は、全体の3分の1以上を占めている(図3)。従って全体的に家族間のコミュニケーションをとる適切な時間が少ない傾向を帯びている。
  
2)家庭生活について 子どもたちは日常の体験を通して、その日常生活に必要な知恵や文化を獲得してゆく。特に、家庭での体験は、自分たちが生きていくうえで大切な事柄が多い。そのような体験は、保護者が子供に「手伝い」をさせるという形で得られる部分が大きい。それは半ば強制であったり、報酬を得られるものであったり、子どもの自発的な行動によるものであったり、さまざまである。そこで「家の仕事の手伝いをする」という質問に、1.「よくする」、2.「ときどきする」、3.「あまりしない」、4.「ぜんぜんしない」のいずれかに◯を付けてもらい、その結果を図4に示した。
 子どもの約70%は家の仕事に携わっている。しかし、それが要請されたものなのか、自発的なものであるのかはわからない。そこで、「あなたは家庭で進んで手伝いをしていますか」という質問に、1.「はい」、2.「はい、親に頼まれた時にする」、3.「いいえ、親に頼まれてもしない」、4.「いいえ、親は頼もうとしない」のいずれかに◯を付けてもらい、回答の結果を図5に示した。
 保護者に要請された時に行う「手伝い」が6割以上、頼まれても手伝いをしない子どもも6.3%おり、家の「手伝い」を子どもたちはあまり重要と考えていない面が見うけられる。さらには、保護者が手伝いを頼もうともしないという子どもも6.4%あり、家庭生活の中で、子どもがゲスト化している傾向が多少見うけられる。では、家庭生活における「手伝い」の習慣づけはどのようになされているのであろうか。「家の手伝いをしなさい」という保護者の注意について、子どもたちに質問し、1.「よくする」、2.「ときどきする」、3.「あまりしない」、4.「ぜんぜんしない」のいずれかに◯を付けてもらった。図6は回答の結果を示したものである。
 16.3%の保護者が注意を「ぜんぜんしない」と言っているにもかかわらず、進んで「手伝い」をする子どもは3割弱を占め、少ないながらも自発的に手伝おうとする子どもたちもいることがわかる。家庭生活での「手伝い」は、子どもの家庭内における役割獲得の場であり、「責任感」や「他者への思いやり」を育成する過程の一部であると考えられる。普段の日常生活での積み重ねが、道徳的意識の発達に重要な役割を果たしていると言えよう。こうした家庭生活の価値教育は、学校生活においてどのように現れているだろうか。 3)学校での行動 まず、子どもたちの学校での行動を見てみる。学校生活について、どんな行動をしているか23項目について質問し、それぞれ「よくする」、「時々する」、「あまりしない」、「全くしない」の四つの選択肢から選んでもらった。 その結果、子どもたちはおおむね学校の規範に従って行動しているということがわかった。図7は、授業の準備(教科書・宿題・体操服等)をしてくるかどうかを聞いたものだが、「よくする」と答えた人が60%をこえている。遅刻をしない、ふさわしい服装をするといったような行動について尋ねた質問の結果も同様であった。従って、このような行動が習慣として子どもたちの身に付いているといえよう。図8に示した給食や実習のあとかたづけについては「時々する」が多くなるが、大半の子どもがややきちんとできており、自分の役割をきちんと果たしているようである。では、先生の指示に対してはどのような行動をとっているのであろうか。図9に結果を示したが、「時々する」がやや多いものの、多くの子どもが先生の指示に従った行動をとっていることがわかる。ただ、「あまりしない」、「全くしない」と答えた子どもが、あわせて13.7%もあり、学校での集団生活における教師の指導の困難性を示しているといえる。
 
 次にクラスの友達に対する行動についてもいろいろきいてみたが、図10は、分からないところを友達に教えてあげるかどうかを尋ねた結果である。「よくする」と「時々する」を合わせると70%をこえており、この調査では子どもたちはある程度思いやりのある行動がとれていると考えられる。図11は、クラスの友達の意見を十分に聞くかどうかを尋ねた結果である。「時々する」が53.7%と高く、「あまりしない」の21.9%とあわせると75.6%である。多くの子どもに、友達の意見を十分聞かないときがあるようである。学校において集団で級友と学び合う利点は、友達の意見を十分聞くことによって、自分の判断や行動を見つめ直したり、修正を加えたり、また物事の理解を深めたりできることである。それらが十分なされていないことは今後の指導の課題といえよう。
 
4)教師の指示と道徳的行動 教師の指示や注意は、子どもの道徳的行動にどれだけ影響を及ぼしているのだろうか。両者のかかわりについて調べてみたい。そのまえに、そもそも教師はどんな指示や注意をよくするのだろうか。13項目について子どもに質問し、「よく言う」、「時々言う」、「あまり言わない」、「全く言わない」の四つのうちから選択してもらった。図12は、それぞれの項目で「よく言う」、「時々言う」と答えた子どもの割合を合わせたものである。

項目 1.先生の言うことを聞きなさい。 2.他の生徒が発言している時にはよく聞きなさい。 3.学校の設備や備品を大切にしなさい。 4.他の人の物をとったり、勝手に使ったりしてはいけません。 5.どんな授業に対してもきちんと準備をしてきなさい。(教科書・宿題・体操服など) 6.時間を守りなさい。 7.他の人と協力して学習しなさい。 8.他の人を尊敬しなさい。 9.責任を持って行動しなさい。 10.他人に正直にしなさい。 11.皆がそれぞれに違うことを考えにいれなさい。 12.学校ではベストを尽くしなさい。 13.宿題を忘れずに出しなさい。
この結果から、「教師は集団生活の規律にかかわる指示や注意を多くし、対人関係にかかわるマナー等の指示や注意が少ない」と子どもが受けとめていることがわかる。そのような教師の指示や注意は、子どもの実際の行動にどれだけ影響を及ぼしているかを次に調べてみた。 図13は「学校や授業に遅れないように行くか」という質問と、教師の注意「時間を守りなさい」とのクロス集計の結果である。それぞれの質問は、「よくする(言う)」、「時々する(言う)」、「あまりしない(言わない)」、「全くしない(言わない)」の四つから選択してもらったが、「よくする(言う)」と「時々する(言う)」をあわせて「する(言う)」とし、「あまりしない(言わない)」と「全くしない(言わない)」をあわせて「しない(言わない)」としてグラフにしたものである(これ以後のクロス集計結果のグラフも同様とする)。「時間を守りなさい」と教師がよく言うクラスには、学校や授業に遅れないように行く子どもが多いことがわかる。 図14は「先生の指示に従うか」という質問と、教師の注意「先生の言うことをよく聞きなさい」とのクロス集計の結果である。 「先生の指示に従いなさい」と教師がよく言っているクラスには、教師の指示に従っている子どもが多いといえる。また、教師がそのような指示をしていないにもかかわらず、 先生の指示に従うと答えた子どもも40%近くいる。この子どもたちは、先生の指示によく従っていて、教師がそのような注意をしなくてもよいクラスなのであろう。
  次に図15だが、「協力して学習するか」という質問と、教師の注意「他の人と協力して学習しなさい」とのクロス集計の結果である。「他の人と協力して学習しなさい」と教師がよく言っているクラスには、協力して学習する子どもが多いことがわかる。しかしながら、教師がそのようなことを言わなくても協力して学習する子ども、また教師が言っても協力して学習しない子どもがともに多い。このことは、教師が言うだけでなく、学級指導や教科指導の中で、具体的な取り組みとして、協力して学習する場面を組織していく必要があることを示しているのではないだろうか。
  図16は「クラスの友達の意見を十分に聞くか」という質問と、教師の注意「他の生徒が発言しているときはよく聞きなさい」とのクロス集計の結果である。「他の生徒が発言しているときはよく聞きなさい」と教師がよく言っているクラスには、クラスの友達の意見を十分に聞く子どもが多いようである。しかし、教師がそのような注意をよくするにもかかわらず、クラスの友達の意見を十分に聞くことができていない人が20%近くいる。聞く態度の育成は、学習面においても、対人関係においても重要であり、教師のより一層の働きかけが望まれる。 ところで、子どもの道徳的行動は、教師と子どもとの人間関係にも大きく関係があると思われる。自分の先生について「生徒を平等に大切にしてくれるか」、「生徒の意見を大切にしてくれるか」、「生徒とよく話をするか」、「生徒の気持ちをわかっているか」の四つの項目でたずね、「とても思う」、「少し思う」、「あまり思わない」、「全然思わない」の四つから選択してもらったが、「とても思う」、「少し思う」と答えた人をあわせた人数の割合は、どの項目も70%をこえていた。そこでこれらの質問と「担任の先生の指示に従うか」という質問とのクロス集計をしてみた。 図17は、そのうち「担任の先生の指示に従うか」という質問と、「先生は生徒とよく話すか」という質問とのクロス集計の結果である。子どもとよく話す担任の先生のクラスでは、先生の指示に従う子どもが多いことが顕著である。この傾向は、担任の先生についてたずねた他の三つの質問とのクロス集計の結果を見てもほとんど同じであった。
 次に、教師が子どもにさまざまな注意をすることを、子どもはどう受けとめているのだろうか。「先週あなたは何回先生にしかられましたか」という質問をし、「たくさん」、「4〜5回」、「2〜3回」、「1回」「1回もない」の五つの中から選んでもらった。そして「たくさん」、「4〜5回」を「たくさんしかられる」とし「2〜3回」、「1回」を「1〜3回しかられる」とし、「1回もない」を「1回もしかられない」としてまとめた。その結果と、先ほどの先生についての四つの質問のうち、「生徒の気持ちをわかっているか」の結果とのクロス集計が図18である。先生にしかられている子どもも、その多くが「先生は生徒の気持ちがわかっている」と答えている。つまり自分が正当な理由でしかられていることを子どもは理解しているといえる。
 以上、教師の指示や注意が、子どもの道徳的行動にどれだけ影響しているかについて述べてきた。教師と子どもの人間関係が良好であるという前提で、教師が価値あると思っている指示や注意を言い続け、子どもがそれを理解しているとき、その指示や注意は大きな影響力を持ち、子どもはそれに沿った行動をとるようになる、ということができよう。
4.まとめ 家族や学校の教師の存在が、子どもの道徳的社会化に大きな影響を持っていることが分かった。親が家庭において、しつけをしたり家事手伝いをさせることは、子どもの責任感や思いやりのある行動に大きな影響があり、学校の教師の指示や注意は、集団生活の向上にかかわる、規律を守る意識や行動に大きな影響があることがわった。 なお、本研究にかかわる調査は、北島町教育委員会ならびに、北島小学校、北島北小学校、北島南小学校、北島中学校のご協力のもとに行ったものである。ご協力いただいた先生方、児童生徒のみなさんに深く感謝する。
1)鳴門教育大学 |