阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第42号
北島町の方言

方言班(徳島県方言学会)

    川島信夫・金沢浩生2)

1.方言区画上の位置
 徳島県の方言区画は森重幸氏の精密な調査に基づいて下記のように区分されている。
北方(きたがた)
  上郡(かみごおり)   美馬郡・三好郡の平坦部
  下郡(しもごおり)   麻植郡・名西郡の平坦部および阿波郡・板野郡・名東郡・
鳴門市・徳島市の全域
  北中分(きたなかぶん) 美馬郡・三好郡・麻植郡・名西郡の山間部
  北山分(きたさんぶん) 三好郡東祖谷村・西祖谷村
南方(みなみがた)
  上手(うわて)     小松島市・阿南市の全域および勝浦郡・那賀郡の平坦部
  南中分(みなみなかぶん)勝浦郡・那賀郡の山間部
  上灘(かみなだ)    海部郡由岐町・日和佐町
  下灘(しもなだ)    海部郡海南町・海部町・宍喰町
  南山分(みなみさんぶん)那賀郡木頭村・木沢村・上那賀町

 北島町は「下郡」の東北に位置し、上表よりさらに細分すれば、鳴門市 ・ 板野郡(いわゆる鳴板《なるいた》)方言地域に属する。
 鳴板方言は「下郡」の共通・標準的なものと言える。すなわち、アクセントはイケ(池)、イヌ(犬)式の京阪型で、メー(目)、ハー(歯)と一音節名詞は引き、クヮジ(火事)、グヮイコク(外国)のように古風に漢語の合拗(よう)音が老人層に残っている。鳴板方言を特徴づけるのは、後述する「ジェー」・「ナイ」などの独特の文末詞や、推量の助動詞「ダー」、「上手」「灘」と共通する副詞が存在することである。「北方」の方言を、とかく「南方」と対立したものとして見ようとしていた私たちに、紀伊水道という海沿いの文化交流の存在を知らしめる調査結果であった、ということができる。

2.音 韻
 (1)音の交替
    ○ アンマレ(あまり) 〔i〕→〔e〕
    ○ オナゴシ(女子衆) 〔u〕→〔i〕
    ○ カヤス(返す)   〔e〕→〔ja〕
     これは北島町に限らず、徳島県下全域の現象である。
 (2)音の脱落
    ○ 弱ッテヒモタ(弱ってしもた)〔shimota→himota〕
     shi から hi へ、さらには「弱ッテモタ」のようにshiが省略されてしまうこともある。これは「上手」と共通する。
    ○ ホナイスナ(ほなにすな《そんなにするな》)〔honani→honai〕
     (その他サ行に活用する動詞はイ音便しやすい)
     これも「上手」「灘」地方と共通した現象である。
 (3)連母音の長音化
    ○ 置イタール(置いてある)〔〜tearu→ta:ru〕
     阿波郡では「置イチャール」となる。
 (4)セ音、ゼ音が(シェ)、(ジェ)になる。
    ○ シェキタン → 石炭
    ○ ジェニ → 銭
     全県的にあったものが、近年激減しつつある。なお高齢者の間に残っており、今回の調査でもそれが現れた。
 (5)合拗音の残存
    ○ クヮジ(火事)、ゲンクヮン(玄関)
     徳島県では漢字のよみからきた古風な発音をする高齢者が多い。

3.文法
 (1)否定は「行カン」または「行ケヘン」という。
 (2)過去の否定は「知ラナンダ」または「知ランカッタ」といい、「知ラザッタ」は用いない。
 (3)進行・存続態は「降ンリョル」または「降イヨー」であるが、「降ンジョル」もある。補助動詞「ある」に続く時は、「置イタール」となりやすい。変化の結果を表す「なる」に続く時は、「冷トーナル」とも「冷ターナル」ともいう。これも「上手」地方と共通している。
 (4)断定の助動詞の言い切りは「ジャ」が原則であるが、「ヤ」も増えてきた。「ジャ」「ヤ」「ダ」「デス」の四つが混在し、若年層には、断定の助動詞の使用を避けて名詞止めにする傾向がある。いわゆる未然形、連用形、連体形は「ダロ」「ダッ・デ」「ナ」となり、仮定形は「なら」または助詞「ば」を融合して「ナリャー」となる。
 (5)形容動詞も断定の助動詞と同じであるが、連用形については「ダッタ」の言い方を避けて、「静カナカッタ」、「キレカッタ」または「キレナカッタ」という。
 (6)不可能の表現は、副詞「ヨー」を用いて、「ヨー読マン」のように表現する。助動詞「レル」「ラレル」は、いわゆる「ら抜きことば」が可能動詞と入り混じって、さまざまの用法がある。「できるか」と問う時、副詞「ケッコー」を使って「ケッコ乗ルカ」のように表現していたが、近年「ケッコー」が全国的に頻用されるようになって、この表現はすたれた。
 (7)形容詞の連用形が「ニ」に付く時、「ハヨーニ(早うに)」とも言うが、「ハヤーニ」ともいう。これは「上手」「灘」と共通している。西部では「ハヤーニ」の用法はない。
 (8)二つの動作を同時に行う意味の表現「〜ながら」は、「食ベモッテ」のように「〜モッテ」を用いる。
 (9)当為の「ねばならぬ」は、「〜センナン」となる。これは西部にはなく、県下平坦部全体の表現である。
 (10)禁止表現には「行カレン」のような助動詞「レル、ラレル」を使ったものがあり、日常的に用いている。これは全県的な言い方である。
 (11)命令表現には「コッチーキー」(こちらへいらっしゃい)のような用法があって、「来い」というよりはずっと優しい、幼児に向けて母か姉の言うようなやさしい命令となる。「来なさい」は関西風の「キナハレ」「キナイ」となる。
 (12)懇望の表現は、古風なものとしては「オヤンナシテ」「ツカハレ」「ツカイ」「ツカ」であったが、現在では対等の相手には「クレルカイ」、親しい人には「クレルデ」、目上の人には「クレマスカ」「ツカハリマスカ」という。
 (13)文末詞
  ◎「デ」
   丁寧な疑問の文末詞で、徳島全県で用いるが、北島町等、「下郡」の用法が県代表である。
「ホーデ?」と言うと、「そうですか?」という意味。成人の場合は、対等から親、兄姉程度の目上に対して、男女とも用いる。
  ◎「ジェ」
   これは海部郡に広く分布している文末詞で、「ぞえ」から変化したものと思われるものである。徳島県で海部郡以外に「ジェ」を用いるのは、「うわて」と「下郡」ではこの鳴板地区のみである。
   自分の側が悪かったのではないかと気遣う相手に「そんなことはないわよ。心配しないで」という気持ちの時、「ソンナコトナイジェ」といってあげると安心する。その他「ぞえ」とおなじような念を押す意味に用いる。
  ◎「ナイ」
   「なあ」の語尾に力を入れて開口の〔a〕音を〔i〕と閉じ加減に発するもので、話者に相手に対する尊敬の念と改まった気持ちを表す。
    今日ワ 暑イデスナイ。 (今日は暑いですね)
   語形が否定の助動詞の「ない」と同じだから、鳴門・板野地方以外の人にはユーモラスに聞こえるのだが、話者は否定の気持ちなど毛頭ない。
  ◎「カイ」
   クジビキニスルカイ(くじびきにしょうか?)中男→同
   イッショニ イッカイ(一緒に行きましょうか?)中女→同
   友達同士の気安い会話に欠かせない文末詞である。北島町など「下郡」と「上手」で広く使われる。「灘」の「ケー」に相当する。
  ◎「ヨー」「ンヨー」
   コマットンヨー(困っているのさ)中男→同
   ズット家ニオリマスンヨー(ずっと在宅しているんですのよ)老女→客
   西日本に多い文末詞ながら、やはり鳴板方言に欠かせぬものである。

4.俚言集
 共通語でなく、ある地域だけに通用することばを、方言学では俚言(りげん)という。北島町だけの俚言は見つからなかったが、一応列挙してみる。序列は JIS コード五十音順とした。短期間の調査ではあり、語の取捨の不適や、説明の舌足らずと誤りも多いことと思う。願うらくは、これをたたき台として、後日完全な北島町俚言集の生まれることを。
アゲ       後。揚げ句。
アズル  (動) てこずる。
アダツ  (動) 収容しきる。「コマイ入レ物デワアダタン」
アッパイ (形) きれい(幼語)。
アバハル (動) 透明の薄幕が張ったようなさま。納豆の糸引きなど。
アババイ (形) まぶしい。
アバラ      わき腹。
アラ       始め。「アラカラヤリ直セ」
アリシ      全部。あるだけ。
アンゼナ     あだ名。
アンニャ     兄。兄者。
アンポ      ばか(幼語)。
イガル  (動) 大声で叫ぶ。
イサマシイ(形) 元気でいること。
イシナゴ     お手玉。オジャミとも。
イズミ      井戸。
イタズリ 〈植〉 いたどり。
イッシニ (副) いつも。
イッセンデー   子どもが店へ入る時の呼び声、挨拶(あいさつ)(古)。
イッチョモ(副) 少しも。
イトシイ (形) 気の毒な。
イヌ   (動) 帰る。
イヤシリ     弥地(いやじ)。連作を忌むこと。
イロベル (動) からかう。イロメル。
イワタ      岩石。大きな石。
ウケアミ     受け網。堀の魚取り用。長柄の大型網。
ウチカタ     貴家。お宅。
ウチマ      親せき。身うち。
ウッチャ     私。女性の自称。
ウツル  (動) 服装などがよく似合う。
ウマノリ     次々と背中に乗る童戯。
ウンカゴブジ   のん気なさま。
エ    (助) 疑問。「行クンエ」
エイチュー    じゃんけん。またその掛け声(古)。
エゴ       大堀から湾入した狭い堀。好漁場であった。
エット  (副) 長らく。
オーザク     大規模な農作。
オカッコマリ   正座。
オゲ       うそ。うそつき。オゲッタとも。
オコライ     勘弁してくれの意。
オゴロ  〈動〉 もぐら。オゴロモチ。
オシマイ     女性がきれいに化粧していること。
オシャチ     子どもが大人ぶったことをすること。
オショーシナ(形動) 気の毒な。
オソナワリマシタ 遅参のあいさつ。
オチョーバイ   ごますり。
オツベカエリ   頭からでんぐり返る。
オトミ・オトーミ 「お移り」の品。
オドロク (動) 目覚める。
オナギ  〈魚〉 うなぎ
オブケル (動) 驚く。
オブゲンシャ   大金持。
オミコッサン   みこし(神輿)。
オロコバエ    植物の自然生え。
オワイゴ・オワエゴ 鬼ごっこ。
オンデンガエシ  仕返し。
オンビキ 〈動〉 がまがえる。
カ・シカ (助) …しか。…だけか。
カーバリック(動) こびりつく。
カイマーリ    曲がり角。カイマリ。
カサゴータ〈動〉 ひきがえる。がま。
カショー     加勢。応援。
カタクマ     肩車。
カタッチャ    片方。
カマギ      かます(叺)。
カンマン     構わない。結構。
ガンチャ 〈動〉 赤がに。ベンケイとも。
キツイ  (形) 窮屈な。靴などが。
キビル  (動) 出し惜しむ。
キビス      かかと(踵)。
キブイ  (形) 急傾斜のさま。
キューイ (形) 急傾斜。
キョトーナ(形動)唐突な。
キョロイ (形) のろまな。グズイとも。
キンカクシ    パンツのこと(古)。
ク        家を指す。「ウチンク」
クジカス (動) くじ(挫)く。
クナイサン    のん気な人。
クワ       1 鍬(くわ)。2 牛鍬。多くはスキグワという。
クワグリ     桑の実。
クンダラ     長い雑談。
グチナゴ     蛇。
ケーヘン     来はしない。
ケタツ  〈動〉 えびの一種。手が長い。
ケッコー (副) 可能。「ケッコー泳グ」
ケン   (助) …から。
ケンケン     片足跳び。
ケンド      金網のふるい(篩)。
ゲシナル     寝る(古)。
コーシャク    自慢げに話すこと。
コートナ (形動)地味な。
コーネツ     へ理屈。
コズク  (動) せ(咳)く。
コソバイ (形) くすぐったい。
コソバカス(動) くすぐる。
コブル  (動) かじる(噛)る。
コロ       水田中耕除草機(写真1)

コワリ      詳細。
コワル  (動) 腹などが痛む。
コンコ      たくあん漬け
ゴータ  〈動〉 がまがえる。
ゴーチュー    「郷中」で田舎。
ゴクドーサイ   怠け者。
ゴジャブロ    でたらめ。コジャブラ。
ゴッチン     生煮えでシンのある飯。コッチンゴハンとも。
サシ       果物、主に梨(なし)なしの虫入り。
サダチ      夕立雨。
サッショウ    予定などが重なる。
サデル  (動) 刈った稲や麦を束にするために集める。
サドイ  (形) すばしこい。
サノボリ     田植終りの祭り。
サンバイ     田植始めの祭り。
シ        衆。ワカイシ(若い衆)。
シズカイ     対角線状に斜交する。
シナイコ     やり直し。
シバク  (動) 竹かむちでたたく。
シャッキン    完全無欠。
ショーシラシイ(形)馬鹿らしい。
ショータレ    服装や態度がだらしないこと。
シンダイ (形) 疲れた。馬鹿らしい。
ジイモ      里芋。
ジャコ  〈魚〉 ふなの子。
ジョージュー(副)いつでも。しじゅう。
ジョーニ (副) たくさん。
ジョレン     つちみ(土箕)。
ジルイ  (形) ぬかるむ状態。
スイシャ     流水で回す水車。
スイリ      潜水。
スカマ      見当外れ。
スガリ      適当な時期を過ぎていること。
スケナイ (形) 少ない。
ススダマ 〈植〉 じゅずの実。
スリー・スリ   水田草取り用農具。(写真2)

スリヌカ     もみがら。
ズツナイ (形) 苦しい。せつない。
ズルガエ     無条件一対一の交換。
セコイ  (形) 苦しい。
セセナゲ     下水の溝。
セドル  (動) 順送りで運ぶ。
セラウ  (動) しっとする。
センキョー    先日。
ソグル  (動) 屑(くず)をより分ける。
タール      …てある。
タイソーナ(形動) 大儀な。おっくうな。
タオル  (動) まがる。
タカンボ     竹馬。
タテル  (動) 立つ。起立する。
タヌシ・タノシ  たにし(貝)。
タネンナ (形動) 丹念な、か。几(き)帳面に物を保存するような。
タブネ      旅寝、か。うたた寝。
チソ   〈植〉 しそ。
チビッタレ    しみったれ。けち。
チャウ  (動) 違う。
チャズケ     朝食(古)。
チューズカミ   早合点。
チョケル (動) ふざける。ワザクレル。
チョッコニミル  軽視する。
ツカ       下さい。呉れ。
ツカハル     下さる。呉れるの敬語。
ツギ       継ぎ。衣類の補修。
ツズ       粒。
ツツ       筒。うなぎ取り用具。
ツツク  (動) うずく。「歯ガツツク」
ツブ       あめ玉。
ツベクソ     余計なこと。
ツルベ      井戸の水くみ用具。
テシコイ (形) 手におえぬ、こ難しい。
テシブイ (形) 頑固な。
テツナイヤイ   手伝い合い。
テング      次々に手渡しして物を運ぶこと。→セドル。
デ    (助) 疑問など、阿波の代表方言の一つ。
デヨ   (助) …ですよ。
トエル  (動) 声をあげて泣く。
トカキ  〈動〉 とかげ。
トチクワン    材木をつなぐU字形のかすがい。トチカン。
トチッポ 〈植〉 とちの実。どんぐり。
トッツァン    お父さん(古)。
トッパクロ    でたらめで信用できぬ人。またそんな言葉。
トマエル (動) つかまえる。
トリサガス(動) 散らかす。ヒコズリヒッパルとも。
ドクショーナ(形動)ひどい。残酷な。
ドダイ  (副) そもそも。もともと。
ドンガン     ふとみみず。北島町を中心とするごく狭い範囲の里言らしい。(注3)ナ・ナー (助) …ね・ねえ。感動助詞。
ナ・ナイ (助) …なさい。行キナ(行きなさい)命令。
ナィ   (助) …ね。暑イナィ(暑いですね)敬意。
ナカジャク    悪口。中傷。
ナゴイ  (形) 穏やかな。
ナシテ  (補動)…なさって下さい。
ナシニナル    無くなる。
ナンダ      …なかった。知ラナンダ(知らなかった)。
ナンバ  〈植〉 とうもろこし。
ニオ       川や海の深み(古)。
ニョー      寝よう。
ヌク   (動) 抜く。「草ヲヌク」
ネリクサ     水田の草を手でかき取り泥土に埋めこむこと。「土用ノネリクサ」は稲作中の苦業(古)
ノフゾーナ(形動) だらしない。
ノンノンサン   仏さん(幼語)。
ハカ   (助) …しか。
ハザ       平常。
ハザグイ     間食。
ハスワジ     四角形の土地で対辺が不そろいのもの。
ハチコル (動) はびこる。
ハル   (動) 鍬で耕す。
バイヤイ     奪い合い。
バッカリ (助) …ばかり。
バンチャ     十五時頃の食事(古)。
ヒダルイ (形) 空腹のさま。
ヒネル  (動) 古くなり品質が落ちる。
ヒンズ      余分。
ビャー  (助) …ばかり。「コレビャーカ無イ。
ピンピン     ふとみみずの一種。
フズクル (動) 無理に品物や役目を受けるよう勧める。
ヘベタマツク(動) 平伏する。
ヘラコイ (形) ズルイ、などの意。
ヘン   (助) …せぬ。「行ケヘン」
ヘンシモ (副) 片時も。早く。
ヘンソ      ねたむこと。
ベト       最下位。
ホダケンド(接) けれども。
ホノユー (連体)いわゆる。
ホリヌキ     掘抜井戸。
ボテ       わら(藁)の束。
マエカド     以前。先日。
マガル  (動) 邪魔になる。
マルムギ     丸麦。押し麦の対応語。
マン       運。「マンノエー人」
マングヮ     馬鍬。
ミズグルマ    水田に水を引くための足踏み式の水車。
メメズ  〈動〉 みみず。
メメンチャ〈魚〉 めだか。
モエル  (動) 殖える。
モッテ  (助) …ながら。
モンキ      タイム。子どもの遊びで一時休止の要求。
ヤカシ  (助) …など。
ヤネ       腕。
ヤリコイ (形) 柔らかい。
ヤンダ  (副) あまり。「ヤンダ無イ」
ヨーケ  (副) 多く。「ヨーケ有ル」
ヨーセン     不可能。えせぬ。
ヨーハン     夕飯。
ヨナガヨシテ   一晩中。
ヨス   (動) (仲間に)入れる。ハメルとも。
ヨル   (補動)…つつある。行ッキョル(行きつつある)。
ヨレ   (助) …より。「赤ヨレ白ガエー」(古)
リューキイモ   さつま芋。リューキモ。
ロースイ     雑炊。オミーサンとも。
ワイ・ワシ    おれ。男性の自称。
ワケナシ     取り返しのつかぬ失敗。
ワツセル (動) 忘れる。
ワテ   (助) …ずつ。宛。
ワリカタ (副) 割合。比較的。
ンセ   (助動)…なさい。行カンセ(お行きなさい)。
ンネ       姉。

5.小学生と方言
 小学校4学年の国語科に「方言と共通語」という単元がある。北島南小学校にお願いして、児童と方言の係(かか)わりの一端を調査してもらった。幸い担任の阿部晶代・前田昌彦両先生の全面的なご協力によって、方言の残存状態と、共通語化の傾向の一斑(いっぱん)が分かった。
A.今日の小学生は古い方言を、どれだけ知っているだろうか。
設問I.次の文の中のカタカナの言葉は、古くから北島町で使っていた言葉です。自分がいつも使っている言葉、または今までに使ったことのある言葉は◎、お年寄りなどが話しているのを聞いて知っている言葉には○、聞いたこともない言葉には×を、(  )内に書き込んでください。
 1.へびのことをグチナゴと言う。(   )
 2.うでのことをヤネと言う。(   )
 3.さつまいものことをリューキイモと言う。(   )
 4.道の曲がり角を、カイマリ、またはカイマーリと言う。(   )
 5.かぜをひいて、せきをすることを、コズクと言う。(   )
 6.家へ帰ることを家へイヌと言う。(   )
 7.物がふえることをモエルと言う。(   )
 8.体がつかれたとき、シンダイ、またはシンドイと言う。(   )
 9.ずるい人をヘラコイと言う。(   )
 10.腹がへったときヒダルイと言う。(   )
B.日常の話し方で共通語化はどれだけ進んでいるだろうか。
設問II.次の――のところをあなたはどう言いますか。記号で○をかこむか、(  )に記入するかしてください。
 1.ノートを買ってきた。    A、こうてきた。  B、かってきた。
                 C、そのほか。(   )
 2.そんなことは知らなかった。 A、知らなんだ。  B、知らんかった。
                 C、そのほか。(   )
 3.バットが折れてしまった。  A、折れてしまった。B、折れてしもうた。
                 C、折れてもた。  D、そのほか。(   )

6.方言会話例
 次に掲げる会話は、文化庁の緊急方言調査(1981〜1983)に使用した場面設定の会話の要領に従って、下記のとおり実施したものの文字化である。
  収録地  徳島県板野郡北島町町役場 6F 和室および修養室
  収録日  平成7年8月7日(月)午前10時20分〜11時10分
  話 者  男 中野 頼雄  鯛ノ浜西ノ須    大正5年7月1日生まれ
         中川 定義  太郎八須      大正7年9月15日生まれ
       女 村岡ツヤ子  新喜来南古田    大正14年5月11日生まれ
         尾崎 桃子  北村字東蛭子7−5 昭和6年3月21日生まれ
◎ 老人会の旅行勧誘
 女 オハヨーゴザイマス。ケサラ(1) オセワニナリマス。
  (おはようございます。今朝はお世話になります)
 男 ドチライカ(2)オセワニナットリマス。シューホードーノ イッパクリョコー チョット テマ(3) デキマシタデ?
  (こちらこそお世話になっています。秋芳洞の一泊旅行、少しは人数ができましたか)
 女 キョネン イゾクカイデ イットルカラ チョットスケナイ(4)ヨーニ オモウケンドネー。
  (去年、遺族会で行っているからちょっと少ないように思いますがねえ)
 男 ジブンノトコロノホーモ ダンダント アノソレ トシガイクントジャナイ(5)。 キョネン イキマシタケンナイ。アシコ ヨロシューゴワシタ(6)ワナー。
  (私の方もだんだんと年を寄せますのとね。去年行きましたからね。あすこ、よろしゅうございましたよねえ)
 女 ソージャ。ヨロシカッタデスネー。チョット アルイタケンド……。
  (そうそう、よろしかったですわねえ。少し歩いたけど……)
 男 ジツワ ソノ アルクンニツイテ シンパイシヨンジャケンド アンタ シューホードーエ イタコトアルン?
  (実はその歩くことについて心配しているんだけど、あなた、秋芳洞へ行ったことあるの?)
 女 モー ナンベンモ イテ ヨーシットリマス。イマワ カンコーバスガ スグ ソコマデイキマスケドネー。ショーメイモ ツイトルシ、オクニワ エレベーターモアルシ、ホナニ(7) アルカンデモ イケマスヨ。
  (もう何遍も行ってよく知っています。今は観光バスがすぐそこまで行っているし、そう歩かなくても行けますよ)
 男 ゼンブデ ドノクライ アルクヨーニナリマスデ(8)?
  (全部でどのくらい歩くことになりますか?)
 女 ホージャナー。 ナカエ ハイッテ 2キロホド アルクカイナ。
  (そうですね。中へ入って2キロぐらい歩きますかねえ)
 男 ソーデスカ。ホナ マア アシノ フジューナシトヤ カラダノヨワイシトワ ダレデモッチューワケニイカンナー。
  (そうですか。それじゃあ、まあ、足の不自由な人や体の弱い人は……。だれでもっていうわけにはいきませんね)
 女 ソーデス。
    (そうです)
 男 イチオー テーアゲテモロテ タスーケツデ キマッタンジャケンド、アンタンクノホーワ カナリアツマルカイナ。
  (一応、手を挙げてもらって多数決できまったんだけど、あなたの方はかなり集まりますか?)
 女 サー チョット タリンカモシレンナー。ホイタラ(9) ロージンカイダケデノーテ イッパンカラモ ボシューシマスカ。
  (さあ、ちょっと足りないかも知れませんねえ。そうしたら老人会だけでなくて一般からも募集しますか?)
 男 ホージャナー。ホナイ(10) オモウナー。マー ホダケンド(11) アキノ ケンシューリョコージャケン イズレニシテモ ヒトツ ナンジャ(12) ガンバッテクダサイ。
  (そうですね。そう思いますね。まあ、だけど、秋の研修旅行だから、いずれにしてもひとつ頑張ってください)
 女 エー、オタクノホーモ ガンバッテクダサイ。ヨロシューオネガイシマス。
  (ええ、お宅の方も頑張ってください。よろしくお願いします)

◎ 梯子(はしご)を借りる
 男 コンニチワ オルデ?
  (今日は居ますか?)
 女 オルデヨ ナンゾイナー?
  (居ますよ。何用ですか?)
 男 チョット ハシゴ カシテモロタラトオモテ……。
  (ちょっと梯子を貸して貰おうと思って……)
 女 ハイハイ ドーゾ オツカイナシテ(13)。ナニスルンデ?
  (はいはい どうぞ お使い下さい。何をするんですか?)
 男 ヤネガ チョット メゲテ(14)ナー ミテミヨートモテナー。
  (屋根がちょっと壊れてねー。見てみようと思ってね)
 女 ホリャタイヘンジャナー。アシコニアルケンドシトリデイケルカイナー。テツナオーデ?
  (そりゃたいへんですね。あすこにあるけれど 一人で大丈夫ですかねー。手伝いましょうか?)
 男 イヤイヤ シトリデイケ(15)マス。
  (いやいや 一人で大丈夫です)
 女 アー ホナ ドーゾオモチナシテ(16)。
  (ああ それでは どうぞ お持ち下さい)
 男 ヘイヘイ ホナ ドーゾオタノモーシマス(17)。
  (はいはい じゃあ どうぞお願いします)
 女 ハイハイ ケガセンヨーニ キーツケナヨ(18)。
  (はいはい お怪我(けが)をせぬよう 気をつけなさいよ)

◎ 犬の放し飼いに抗議する
 男 アー チョットチョット オルカイ?
  (ああ ちょっと 居るかな?)
 女 オルジェー(19)。
  (いるよ)
 男 アノナ アンタトコノ イヌナ。ウチノマゴニナ。ケガサシタンジャ。ツナイドイテクレヘンカイナ(20)。
  (あのね あなたのとこの犬ね。うちの孫にね。怪我をさせたんだ。繋(つな)いでおいてくれないかねえ)
 女 ウチノイヌ オトナシーノニ ホンナコトスルハズアルカイ。オマンクノマゴガ イシデモナゲタンチャウデ(21)?
  (うちの犬はおとなしいのにそんなことするはずがあるものか。あなたのとこの孫が石でも投げたのとちがう?)
 男 ウチノマゴワ イシヤ ナゲーヘン。ガッコーイ イクノニ オマンクノマエー トーンリョッタラ オワエテキタッテ マゴワ ホーイヨンジャ(22)。
  (うちの孫は石など投げないよ。学校へ行くのにあんたんとこの前を通っていたら追っかけて来たって、孫はそう言っているんだ)
 女 ホンナハズナイワ。ウチノイヌワ オトナシーオトナシー。アンナオトナシーイヌ
ナインヤケンドナー。
  (そんな筈はないわよ。うちの犬はおとなしいおとなしい。あんなおとなしい犬は外にないんだけどね)
 男 ホナッテ ホンマニ オワエラレテ アタマウッテ ケガシタンジャケン。イヌワツナイドイテクレナイカンデヨ。
 (だって本当に追っかけられて頭を打って怪我したんだから。犬はつないでおいてくれないと困るよ。)
 女 ホナイユータッテ イヌヤッテ イキトンジャケンナ。ヤッパリ タショーワ ジユーニ シタラナ カワイソナケンナ。
 (そう言ったって犬だって生きているんだからね。やっぱり 多少は自由にしてやらないとかわいそうだからね。)

 注
1)ケサラ=今朝は
2)ドチライカ=こちらこそ
3)テマ=必要な人手・必要な人数
4)スケナイ=少ない
5)ナイ=文法の(13)参照
6)ゴワシタ=老人層の多用するていねいの補助動詞
7)ホナニ=そんなに
8)デ=敬意のこもった文末詞
9)ホイタラ=そうしたら
10)ホナイ=そんなに
11)ホダケンド=そうだけれど
12)ナンジャ=なにやら・なんだねえ.間投詞的にはいったことばで意味はない
13)ナシテ=なさって
14)メゲテ=壊れて
15)イケル=大丈夫だ
16)オモチナシテ=お持ちになって
17)オタノモーシマス=お頼み申します
18)ナヨ=なさいよ
19)ジェ=文法の(13)参照
20)クレヘンカイナ=くれないかなあ
21)チャウデ=違いますか
22)イヨンジャ=言っているんだ

 今回の調査に当たってご教示いただいた方々の芳名を掲げて、感謝の意を表する。
  宇波 又蔵(鯛浜、大正12年生まれ)
  大岡ヨネ子(徳島市川内町、明治38年生まれ)
  尾崎 桃子(北村、昭和6年生まれ)
  梶芳 文明(高房、昭和5年生まれ)
  勝瀬ハルエ(鯛浜、明治33年生まれ)
  菊川 勝巳(鯛浜、昭和13年生まれ)
  小林 茂一(高房、大正6年生まれ)
  北島美代子(新喜来、大正11年生まれ)
  中川 定義(太郎八須、大正7年生まれ)
  中野 頼雄(鯛浜、明治45年生まれ)
  松岡 喜一(北村、大正6年生まれ)
  村岡ツヤ子(新喜来、大正14年生まれ)
  森井ツヤコ(江尻、大正11年生まれ)

 参考文献
『松茂町史(下巻)』、松茂町、1976
『徳島県方言緊急調査』、徳島県教育委員会、1983
『徳島県百科事典』、徳島新聞社、1981
『改訂 阿波言葉の辞典』、小山助学館、金沢 治、1976
『中国 四国地方の方言』国書刊行会、森重幸、1986

2)四国大学短期大学部


徳島県立図書館