阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第40号

由岐町における農業、漁業従事者の健康状態について

農村医学班(四国農村医学会)

 原田武彦1)・中平晴仁1)・小原卓爾1)

 米田賢治1)・日野明子1)・南與志子1)   

 紅露健二1)・蔭山哲夫2)・吉本公宏2)  

 遠藤博久2)・林まゆみ2)・原茂子2)

 岸田早苗2)・坂東貴子2)・八十川正夫2)・

 高木伸幸2)・片岡晶子2)・四宮ひとみ2)・

 松浦秀美2)・杉本英雄2)・田上直彦3)  

 的場照美3)

はじめに
 私たち四国農村医学会農村医学班は、昭和50年に阿波学会に参加し、以来主に農林漁業従事者の健康状態について学術調査を実施してきた。
 今回の調査は、由岐町の農業、漁業従事者を対象として、次の調査を実施したので報告する。
 
 1.農業、漁業者集団健康診断結果
 2.健康と農業との関連に関するアンケート調査結果について
 3.「癌告知」に関するアンケート調査の集計結果について

−その1.農業、漁業者集団健康診断結果−

1.はじめに
 私たち農村医学班は、昭和50年に阿波学会の学術調査に参加し、県南部では牟岐町、鷲敷町、羽ノ浦町、海部町、上那賀町に続いて、6回目の健康調査を由岐町で行ったので、その結果を報告する。

2.調査対象と方法
 対象は、由岐町の住民で、主に農業あるいは漁業に従事する者を無作為に選んだ181名で、男子79名(平均57.4歳)、女子102名(平均56.4歳)であった。図1に示すように男子は60歳代に、女子は50歳代にピークがみられた。60歳以上の受診者は76名(44.7%)であった。


 調査は、平成5年8月4日から4日間、JA海部郡由岐支所で行った。
 健診内容は、問診、理学所見、尿検査、便潜血反応、血液検査、心電図、胸部および胃部X線検査、眼底検査の他、今回は肝機能異常者の原因検索として、HCV抗体(PA法、第二世代)の測定を行った。
 検査方法と判定基準を表1に示した。検査によっては、高齢者の正常値と成人のそれとは若干異なるのが自然であるが、従来の成人病健診と全く同様な判定基準を今回も用いた。


 検査結果の判定はA:異常を認めず、B:経過観察、B':要注意、C:要精査、D:要医療の5段階にわけ、CとDを異常と判定した。

3.調査結果
(1)既往症
 問診による主な既往症を頻度順に、表2に示した。男子では、67名(84.8%)に、女子では、88名(86.3%)に既往症がみられた。男子では、腰痛(25.3%)、胃十二指腸潰瘍(22.8%)、胃炎(19.0%)、痔(17.7%)、高血圧(19.6%)が多かった。女子では、高血圧(19.6%)腰痛(17.6%)、貧血(17.6%)、膀胱炎(14.7%)、虫垂炎(13.7%)が多かった。女子で、従来の他地域に比較して、虫垂炎が多い印象をうけた。また、アレルギー性鼻炎が40歳代以下に比較的多く出現していた。

(2)嗜好
 嗜好の調査を酒とタバコについて行った。
 飲酒習慣では、男子の49.4%が毎日飲酒するが、女子では毎日飲酒する者は3.9%と少数であった。また毎日2合以上の飲酒習慣のあるものは、男子15名(19.0%)、女子は1名(1.0%)であった(表3、図2)。

 タバコについては、吸う人は男子の62.0%、女子は1.0%だった。1日20本以上のヘビースモーカーは男子40名(50.6%)と、阿波学会で既報告の他地域に比較して、若干多い傾向がみられた(表4、図3)。

(3)総合判定結果
 要精査または要治療と判定された、いわゆる健診異常者は、男子が56名(70.9%)、女子が67名(65.7%)であった(表5)。


 主な異常とその頻度を図4に示した。


 以下、個々の健診結果について述べる。
 1)体格(肥満)について
   明治生命作成の標準体重表を用いた。肥満度130%以上を異常とした。男子3名(3.8%)、女子8名(7.8%)に肥満がみられた。
 2)血圧について
   収縮期圧 160mmHg 以上、拡張期圧 95mmHg 以上を高血圧とすれば、男子10名(12.7%)、女子7名(6.9%)にみられている。拡張期圧のみ高い者は男子4名(5.1%)にみられた(図5)。

 3)尿検査について
   尿タンパクは男子1名(1.3%)に、尿潜血は男子5名(6.3%)、女子15名(14.7%)にみられたが、いずれも腎機能異常者は認められなかった。尿糖は、男子、女子各々1名陽性であり、いずれも高血糖であった(表6)。

 4)便潜血反応について
   男子67名、女子92名に実施し、男子5名(7.5%)、女子5名(5.4%)が便潜血反応陽性であった。すでに精密検査をうけたのは男子2名で、1名は異常なし、他の1名は大腸炎であった。女子は1名が精密検査をうけ、大腸ポリープ(腺腫)であった。残りの陽性者も追跡調査中である。
 5)貧血について
   男子では軽度の異常を示す者が2名(2.5%)であったが、臨床上、精査を要するものはいなかった。女子は7名(6.9%)にみられ、Hb のみの低値4名(3.9%)、Ht のみ2名(2.0%)、赤血球数のみ1名(1.0%)がみられた。鉄欠乏症貧血とおもわれる者が多かった(表7)。

 6)肝機能検査について
   肝機能検査で何らかの異常の出現した男子17名(21.5%)、女子5名(4.9%)を、飲酒量と肥満度とともに一括して表8に示した。GOT、GPT いずれかに異常のみられたものが多く、男子10名(12.7%)、女子3名(2.9%)であった。男子11名(13.9%)、女子2名(2.0%)に、脂肪肝が疑われた。農薬中毒と関連があるとおもわれる低コリンエステラーゼ血症が男子2名(2.5%)にみられた。いずれも農業従事者であった。HBsAg 陽性者は43歳男子1名(1.3%)のみで、肝機能検査は正常であり、HBV キャリアと考えられた。


    今回はじめて、HCV 抗体を検査したが、陽性者は60歳代の男子2名(2.5%)であった。この2名は、過去に輸血をうけていた。
    表9に、手術歴と輸血歴を示した。男子14名(17.7%)に手術歴があり、輸血をうけた者は4名で、うち2名がすでに述べたように HCV 抗体陽性だった。女子は38名(37.2%)に手術歴があり、うち4名が輸血をうけていた。いずれも HCV 抗体は陰性であり、肝機能検査も異常を示した者はいなかった。


    今回も肝機能検査の異常を示す者は、飲酒、肥満などによる脂肪肝などが多いとおもわれるが、鑑別がむずかしいケースもあり、そのようなものは積極的に、腹部エコー検査、CT 検査、MRI 検査などの画像診断をうける方がよいとおもわれる。
 7)脂質検査について
   高コレステロール血症は、男子5名(6.3%)、女子13名(12.7%)と女子に多くみられた。中性脂肪が高値を示すものは、男子3名(3.8%)、女子6名(5.9%)であり、2合以上の飲酒者や肥満者に多かった。コレステロールと中性脂肪がともに高いものは、女子1名(1.0%)と少なかった(表10)。なお、HDL コレステロールが低値のものは男女各々1名にみられたのみであった。

 8)その他の生化学検査異常について
   BUN、FBS、尿酸について異常者を表11に示した。BUN は軽微な異常を示すものが、男子2名(2.5%)、女子1名(1.0%)にみられたが、クレアチニンの異常者はいなかった。FBS は男子3名(3.8%)、女子1名(1.0%)に異常がみられた。いずれも糖尿病と診断され、治療をうけていた。高尿酸血症は男子1名、女子1名にみられた。

 9)心電図検査について
   男子7名(8.9%)、女子6名(5.9%)に異常がみられた(表12)。冠不全、左室肥大の女子2名は、いずれも高血圧症として治療をうけていた。

 10)X線検査について
   胸部X線間接撮影は男子74名、女子99名に実施し、うち男子9名(12.2%)、女子15名(15.2%)が要精査であった。平成5年12月19日現在、男子3名、女子6名が精密検査をうけているが、特に問題となるような所見はみられなかった。
   胃X線間接検査は男子68名、女子73名に実施し、男子14名(20.6%)、女子6名(8.2%)が要精査であった。男子8名、女子4名が精密検査をすでにうけている。
   60歳男子1名に胃癌が発見された。他は、慢性胃炎が男子5名、女子2名にみられ、胃ポリープが女子2名にみられ、十二指腸潰瘍が男子1名に、びらん性胃炎が男子1名にみられた。
 11)眼底検査について
   男子5名(6.3%)、女子8名(7.9%)に異常がみられた。
4.まとめ
 由岐町の農、漁業従事者、男子79名、女子102名の健康診断結果を要約すると、
 1 調査対象では、60歳以上の高齢者が、76名(42.0%)を占めた。
 2 総合判定異常は男子の70.9%、女子の65.7%と多く、特にX線検査に多くみられた。
 3 HCV 抗体陽性者は男子2名のみで、いずれも、輸血歴のある60歳代であった。
 4 肝機能異常は男子に多く、貧血、尿潜血陽性者は女性に多かった。
 5 手術歴が女子では37.2%と高率にみられた(主に虫垂切除術、子宮摘出術であった)。

文献
1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について.郷土研究発表会紀要:22,p.159〜190,1976.
2)加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査.郷土研究発表会紀要:23,p.151〜183.1977.
3)坂東玲芳ら:山城町農家と農民の健康状態.郷土研究発表会紀要:24,p.105〜129,1978.
4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:25,p.139〜149,1979.
5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:26,p.195〜206,1980.
6)右見正夫、今川大仁ら:上板町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:27,p.95〜102,1981.
7)坂東玲芳ら:貞光町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:28,p.117〜183,1982.
8)加藤和市ら:鷲敷町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:29,p.145〜155,1983.
9)坂東玲芳ら:鴨島町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:30,p.97〜115,1984.
10)加藤和市ら:羽ノ浦町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:31,p.103〜122,1985.
11)坂東玲芳ら:石井町住民の健康状態について.郷土研究発表会紀要:32,p.147〜170.1986.
12)加藤和市ら:海部町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:33,p.161〜187,1987.
13)今川大仁ら:板野町における農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:34,p.111〜129,1988.
14)原田武彦ら:上那賀町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:35,p103〜118,1989.
15)今川大仁ら:土成町における農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:36,P.123〜137,1990.
16)坂東玲芳ら:松茂町住民とくに農漁業者の集団健康診断結果について.郷土研究発表会紀要:37,P.111〜121,1991.
17)今川大仁ら:半田町農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:38,P.129〜136,1992.
18)徳島県厚生農業協同組合連合会:健康管理活動結果報告書(平成2年度,平成3年度)
19)今川大仁ら:三好町農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:39,p.137〜154,1993.

−その2.健康と農業との関連に関するアンケート調査結果について−
 私ども農村医学班は、総合的な集団健康診断を行うとともに健康と農業に関するアンケート調査も実施したので、結果の中から主な項目を抽出して報告する。
 まず、調査の対象は、由岐町で主に農(漁)業を営んでいる男子79人、女子93人、合計172人について平成5年8月4日より8月7日の4日間にわたって調査した。
 その性別、年齢別構成は表1のとおりである。


 これらの対象者の農(漁)業における専業者は172人中79人(46.0%)となり、表2、表3より第二種兼業農家が多いことがうかがわれる。


 また、家族の構成は、平均4.2人であった。
 表4、5は、健康増進・嗜好についての調査結果である。


 健康増進についての調査で、一番身近に関心を持っていることは、男女とも「健康」であり、男子70%、女子74%を占めており、実施内容では、男女とも「食事に気を配っている」、次に「睡眠を十分にとる」となっており、日常の生活にいかに気をつけているかがうかがわれる。


 働く農民に多い症状8項目の調査では、表7に示すように、男子は「腰痛」・「肩こり」・「夜間頻尿」の順に多くなり、女子は「夜間頻尿」・「腰痛」次いで・「肩こり」の順に多くなり、男子に比べて「肩こり」の割合が高い。
 表7の症状について、定められた基準により採点、評価してみると、総合点が2点以下で対策を必要としない人が、男子では63%、女子では54%、何等かの対策を必要とする人は、男子で33%、女子では42%となっている。さらに治療を必要とする人は男女とも4%と低いが、男女とも要対策・要治療を合わせるとかなりの人が何らかの症状を訴えている。疲労の積み重ねは病気の始まりの危険信号と考えなければならない。


 表9は、1日の仕事が終わった時点での疲れの自覚症状について調査した結果である。
1 のねむけとだるさの10項目の内、男女とも多いのは「横になりたい」・「目がつかれる」・「足がだるい」で、2 の注意集中の困難さで示される精神疲労では、男女とも多いのは「ちょっとしたことが思い出せない」・「根気がなくなる」・「物事が気にかかる」で、3 の局在した身体違和感については、男子に多いのは「肩がこる」・「腰がいたい」・「口がかわく」で、女子では「肩がこる」・「腰がいたい」・「瞼や筋がピクピクする」の順になっており、いずれも農業従事者特有の症状が現れている。
 表10、11は、慢性的病気についての調査結果である。男子は、21.5%、女子は30.1% の人が何等かの慢性的な病気をもっている。その内容は「高血圧」・「胃・十二指腸」・「心臓病」等である。


 表12は、自分の血圧の平常値を知っているかという問いに対する回答であるが、男子は52%、女子は75%が知っており、女子の方が認識度が高い。


 表14は、農薬によると思われる中毒症状の経験の有無の調査結果で、男子は3%、女子は6%が経験している。その症状は、表16のとおりで、男女とも、「頭痛」・「はきけ」・「皮膚のかぶれ」の順となっている。


 農薬の使用については十分注意し、慎重に取り扱う必要がある。
 表19に示したように、今年になって健康診断を受けたかという問いに対しては、男子36人(46%)、女子67人(72%)が受けたと回答しており、女子の方が健診率が高い。


 健診を受けなかった理由についての調査結果を表20に示したが、多い順に「忙しくて行けなかった」・「現在は健康である」となっているが、人生を健康な体で過ごすには、まず年1回の健診は必ず受けるようにしたいものである。
 表21で示したように、「次の健診の機会があれば」との問にに対しては、かなり高い受診希望者がある。
 最後に表23に示したようにJAへの希望を尋ねたのに対しては、72%の人が「何もない」と答えており、今後地域におけるJAのあり方を見直す必要があるかとおもわれる。


 以上が、農家の健康を守るアンケート調査の結果であるが、今後総合的な健診の機会を計画的に実施することと、健康意識を高め、健康教育の徹底を図っていくことが大切であることがうかがわれた。
 今回の調査に当たり、最後まで全面的なご協力をいただいたJA海部郡を始め、関係者の方々に対し厚くお礼を申し上げる。

−その3.「癌告知」に関するアンケート調査の集計結果について−
 調査対象者は、由岐町内で主に農漁業に従事している男性61人、女性88人、合計150人で、8月4日から8月7日迄の4日間にわたり調査をおこなった。
 まず、「もし、あなたが癌にかかった場合、病名を知らせて欲しいですか」という質問に対して、「知らせて欲しい」が50%、「それとなく知らせて欲しい」が16%となっており、「知らせて欲しくない」と回答したのは25%であった。
 「知らせて欲しい」と答えた理由として、「残された時間を有意義に過ごせるように」が31%、「今後の事を家族と相談できるように」が25%であった。また、「知らせて欲しくない」と回答した理由では、「動揺してしまうため」が66%あり、次いで「無気力になってしまうから」が34%であった。
 「もし、あなたが癌にかかった場合、どこで過ごしたいと思いますか」という問いでは「自宅」が36%、「病院」が49%、「ホスピス」が6% となっている。
 「自宅」と答えた人達の78%は「家族と一緒にいたいから」、「病院」と答えたうちの54%は「治療を受けたいから」というのがそれぞれの理由であった。
 次に、家族の問題として「家族が癌にかかった場合、病名を知らせますか」という問いでは「知らせるべき」が17%、「それとなく知らせる」が23%で「知らせるべきでない」と答えた人は51%であった。「知らせるべきでない」と回答した理由は「動揺してしまうため」が69%、「無気力になる」が22%であった。
 「どこで過ごさせたいか」という問いでは、「自宅」が28%、「病院」が55%であり、「自宅」と答えた理由では「家族と一緒にいさせたいから」が81%を占め、「病院」の理由としては「治療を受けさせたいから」が89%であった。
 以上、自分が癌になった場合「知らせて欲しい」と答えたのは50%と、約半数の人が「告知」を希望している。しかし、家族に対する「告知」では、「知らせるべき」は17%で、「知らせるべきでない」が51%となり、種々の不安からか消極的になっている。また、「どこで過ごしたいか」との問いでは、自分及び家人に対しても「病院」と答えた人が「自宅」と答えた人を上まわっている。病院での積極的な治療を望む声が1番の理由であった。
 この調査では、「告知」が自分自身と家族の場合では意識の違いがあること、また最期は病院ですごしたいとの希望が多いことから「病院」での終末期医療(ターミナルケア)の展開が今後の課題として認められた。
 不十分な分析ではあるが、今後共、健診の機会にこの調査を行う予定である。

1)阿南共栄病院 2)厚生連健康管理部 3)中央会生活課


徳島県立図書館