1.はじめに 阿波学会による由岐町総合学術調査に参加し、由岐町内を流れる河川における水生昆虫類の調査を行った。 由岐町のおもな川や谷としては、木岐の木岐川、阿部の東谷と西谷(上地での呼称)、伊座利の谷と小伊座利の谷がある。これまでのところ、これらの川や谷における水生昆虫類の調査報告はみられない。 調査は当初8月上旬に予定していたが、近年にない長雨と相次ぐ台風の襲来により河川増水が繰り返され、河床の撹乱による水生昆虫類への影響が予想された。そのため、河床が安定するのを待ち、9月下旬から10月上旬にかけて調査を行った。
2.調査地点と調査方法 調査水系と調査地点を図1に示した。
木岐の木岐川は全長
1.6km
の小河川で、上流部には砂防堰堤が築かれ、その下流側では両岸と川底の3面がコンクリートで固められた区間があり、中間部では水が枯渇する区間も見られた。 阿部の西谷、東谷は、いずれも全長が約1km
余りの谷で、山間部から流れ出す清冽な水が流れている。 小伊座利の谷は、全長が約 0.6km の典型的な Aa
型の山地渓流で、急峻な谷を流れ、海へと流入する。 伊座利の谷は、全長が約1km の山地渓流であるが、河口近くで Bb
型の様相を呈するようになる。 以上の水系に、図1に示したように数個所ずつの調査地点を設定した。調査地点としては、河床が比較的安定していると思われる所で瀬の石礫底の区域を選んだ。 調査方法は、各地点でちりとり型金網を用いて、川底の石礫、砂泥等をすくい取り、肉眼で見られる動物をピンセットで取り出した。一個所で1時間から1時間30分かけてできるだけ多くの種を集めた。採集した試料は、約5%のホルマリン液で固定し、持ち帰った後同定し、種別の固体数を数えた。採集と同時に気温、水温、底質、河床型について記録し、また可児(1944)に従い
Aa 型、Aa−Bb 型、Bb
型の河川形態区分を行った。 なお水生昆虫類の同定は、津田(1962)、川合(1985)、石田ほか(1988)に従った。
3.調査結果と考察 (1)調査地点の環境 調査時に測定した各地点の環境を表1に示した。 気温は、周囲が樹林で被われて日射が遮られているところでは、日射の当たるところに比較して3℃ぐらい低くなつているが、水温は、いずれの川や谷も下流側ほど高い。 各調査地点の様相は以下のようであった。 調査地点1:上流の砂防堰堤に流入する流れと堰堤によってできた小たまりである。澄んだ水が流れるが流量は少なく、河床はかなり荒れた状況であった。たまりは、底が砂泥質で、池のような様相である。 調査地点2:右岸部はコンクリートで護岸され畑地になり、左岸部は竹藪になる。河床は石礫底になっているが水量は少ない。 調査地点3:JR木岐駅近くの瀬と淵。石礫底で澄んだ水が流れる。この地点から50m
ぐらい下流は、汽水域になっている(図2)。
調査地点4:Aa
型の河川形態を示し、澄んだ水が流れ水量も多かった。両岸は樹木が繁り、直射日光を遮っている。 調査地点5:右岸側は樹木が繁り、清冽な水が流れる。調査時の水量はふだんの3倍ぐらい流れていた。 調査地点6:河口近くの地点で、両側はコンクリートの壁面になり用水のような様相である。右岸側は樹木が繁り、左岸側は人家が建ち並んでいる。人家からの生活廃水が流入するが、水は澄んでいる。 調査地点7:典型的な山地渓流で、調査時も降雨による増水が見られ、河床はたびたびの増水で洗われ、まだ回復していない状況であった。 調査地点8:阿部小学校横の、瀬の石礫底を中心にした流れで、澄んだ水が流れている(図3)。
調査地点9:由岐町青少年旅行村、同キャンプ場下の急峻な流れで、大小の岩が河床を形成し、清冽な水が流れる(図4)。
調査地点10:急峻な流れの山地渓流であるが、谷は浅く、清冽な水が流れ、調査時は水量が多かった。 調査地点11:石礫底で、清冽な水が流れる。河床には石礫が多く、両岸には樹林が繁り、美しい景観である。 調査地点12:両岸は5m
ほどのコンクリート壁で囲まれ、用水路のような様相を呈している。河床には石礫も多いが、やや荒れた状況であった。 調査地点13:河口近くの平地的な流れで、瀬と浅い淵が見られ、ツルヨシが繁る。ここから約80m
下流で海に流入する。右岸側からは人家からの生活廃水が流入し、ゴミなどの投棄もある(図5)。
(2)出現種と出現種数 採集された水生昆虫と昆虫以外の底生動物を調査地点別に整理したのが表2である。 水生昆虫の総出現種数は8目50種で、目別に見るとカゲロウ目16種で最も多く、次いでトビケラ目が10種、蜻蛉目が6種、カワゲラ目が5種、鞘翅目と広翅目が各4種、半翅目が3種、双翅目が2種の順であった。(図6)。水生昆虫以外の底生動物が10種出現した。
出現種の目別頻度では、カゲロウ目が26%と最も大きく、次いでトビケラ目の17%である。カゲロウ目、カワゲラ目、トビケラ目の3目で全体の51%を占めていた(図7)。 調査地点別の水生昆虫の出現種数をみると、地点1で21種と最も多くの種が出現しており、地点7で最も少なく6種であった(図8)。地点1は、砂防堰堤に流れ込む渓流と堰堤上にできたたまりで、多様な環境であるため多くの種が生息するのであろう。一方、地点7は、前述したように、河床が増水で洗われ、水生昆虫類は十分回復していない状況にあると推定される。他の地点の出現種数は十数種であるが、これは県内における1地点からの出現種数としては比較的少ない数で、各地点の水生昆虫相はやや貧弱である。その原因としては、いずれの谷や川も、山間部から流れ出てすぐ海に流入するような極めて短いもので、増水時には滝のような流れとなって川底を洗い、渇水期には水量が極めて少なくなるなど、川底で生活する底生動物にとっては厳しい環境にあると思われる。さらに、前述したように長雨や台風による増水で河床が撹乱され、水生昆虫類は大きな打撃を受け、十分に回復するに至っていない状況であると考えられる。 (3)分布状況 多くの地点で出現した種、特定の地点に出現した種など、分布上特徴があると思われるものについて言及する。 多くの地点に出現し、広く分布しているものには、カゲロウ目のエルモンヒラタカゲロウ、コカゲロウ属の1種がいる。ヒゲナガカワトビケラ科のヒゲナガカワトビケラ(図9)、シマトビケラ科のウルマーシマトビケラは、県内河川では普通に出現し、固体数も多いものであるが、今回の調査では全く採集されなかった。ヒゲナガカワトビケラは、トビケラ類の中で最も大型のもので、採集しやすいものでもある。採集されなかった原因としては、増水が繰り返された結果、幼虫が洗い流されたのであろうと推定される。さらに、平坦部の区間が少ない滝のような短い谷では、ヒゲナガカワトビケラやウルマーシマトビケラのように、川底の石礫に網を張るグループの幼虫はすみつきにくいのであろう。また、調査時期には水量の多かった谷も、渇水期には枯渇すると思われ、そのためヒゲナガカワトビケラのように流下と遡上を繰り返す種は、生息できないのではないかと推定される。伊座利の河口部では、石面に付着したヒゲナガカワトビケラ科の卵が目撃されたので、この谷には少数ながら生息すると考えられる。
4.おわりに 調査水系から、8目50種の水生昆虫類が確認された。調査地点別にみた出現種数は10種 前後の地点が多く、水生昆虫相は比較的貧弱であった。これは夏季に、例年にない長雨や再三の台風があったため、増水によって河床が撹乱されたことが大きく影響したものと推定される。 今回の調査水系から採集された出現種は、貧腐水性の水質階級に生息するものがほとんどを占め、調査地点の水質が清冽であることを示している。また、樹林に囲まれた美しい水質環境が見られ、今後もこのような環境が維持されるよう望みたい。水生昆虫をはじめとする底生動物は、水の汚濁だけでなく川底の状態などの物理的環境の影響を大きく受けるものである。今回のように降雨による増水で破壊された水生動物群集は、数年のうちに河床が安定化するにつれて回復するものであるが、川底のコンクリート化などで様相が一変した場合は壊滅してしまう。今後、河川工事を実施するような場合は、川にすむ生物に十分配慮した工事を実施することを望みたい。この報告をその際の基礎資料としても役立てていただきたい。 なお、今回の採集標本はすべて徳島県立博物館液浸収蔵庫に保管した。
参考文献 1.石田昇三、石田勝義、小島圭三、杉村光俊(1988)日本産トンボ幼虫・成虫検索図説.140pp. 2.可児藤吉(1944)「渓流性昆虫の生態」古川晴男編,昆虫(上巻),p.171−317.研究社,東京. 3.川合禎次編(1985)日本水生昆虫検索図説.viii+409pp.東海大学出版会,東京. 4.西村 登(1959)ヒゲナガカワトビケラの飛翔について.生態昆虫,7(3):140−144. 5.徳山 豊(1990)三好町の水生昆虫.郷土研究発表会紀要(阿波学会),(39):99−108 6.津田松苗(1962)水生昆虫学.v+269pp.北隆館,東京.
1)徳島県立博物館
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