1.はじめに 由岐町は海部郡の東部に位置し、東と北は阿南市、西は日和佐町に接し、南は太平洋に面した、海沿いに広がる町である。 平成5年8月5日〜9月26日の間の6日間、全町にわたって植生調査をし、62の植生資料を得ることができた。調査期間が少なく、十分な調査ができなかったため、所期の目的は十分に達せられなかったが、調査できた範囲で報告する。 この報告をまとめるにあたり、ご協力いただいたり、便宜を計らっていただいた由岐町、徳島県林政課の方々に感謝する。
2.自然環境 本町は、ほぼ東西に細長く、前面は太平洋で仕切られ、背後を海抜が大体200〜400m
程の海部山地が境し、この山地が海食崖(がい)を形成して海に落ち込んでいるため、平地に乏しい。最高点は明神山の海抜441.6m
である。 海岸線は山地の隆起に伴う海食崖が発達し、岩礁、岩石・礫(れき)質海岸が多く、砂浜海岸は田井の浜、大井の浜などごく僅かである。 地質的には、四万十帯の北帯に属し、白亜系の砂岩および砂岩を主とする互層となっているが、部分的に泥岩、礫岩も分布している。 公的機関による気象観測資料には本町のものがないので、最も近い日和佐町の資料(表1)で気温・降水量を見ると、年平均最低気温12.4℃、最高気温21.3℃、年平均気温16.8℃、と県内でも気温が高い方である。降水量は2739mm
と多い。 日和佐町の気象資料から吉良(1945)の温量指数を計算すると、142.1となるので、本町もまた全域暖温帯林(温量指数85〜180)に属するものと考えられる。すなわち、かつて本町はウバメガシやシイ・タブなどの林で覆われていたと考えられるが、薪炭林として利用されたこともあり、植生のほとんどが代償植生で占められている。
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3.調査方法 あらかじめ、1990年撮影の空中写真(SI-90-2X)で判別した群落区分を1/25,000
地形図上に記入し、それを現地で修正、確認することによって現存植生図を作成した(付図)。植生区分は相観による区分とし、50×50平方メートル以下の群落については表記を省いた。 各群落を代表すると思われる所で、できるだけ均質な場所を選び、高木林では100〜400平方メートル、草本群落では9〜25平方メートルの調査区を設けた。そして、その中に出現する維管束植物について、階層別(I〜IV層)に
Braun-Blanquet(1964)の方法に従い、優占度、群度の測定を行った。 Ellenberg
の表操作法によって各群落の識別種群を引き出し、各群落の総合常在度表を作成した(表3)。 踏査コース及び調査地点は図1の通りである。
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4.植生概観 徳島農林水産統計によると、本町の山地は本町総面積2331ha
の83%を占め、天然林は66%、人工林は17%となっている(表2)。天然林の内訳は、ウバメガシ林が大半を占め、残りはコジイ林、伐採跡群落などである。人工林としてはスギ・ヒノキ植林が多く、次いでモウソウチク林である。 平地部は17%で、水田、畑地、樹園地、宅地として利用されている。
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5.調査結果と考察 (1)ウバメガシ−トベラ群落(図2) この群落はウバメガシ、トベラ、ツワブキによって識別できる(表4)。構成種からみて、トベラ−ウバメガシ群集に相当するものと考えられる。 この群落は徳島県南の太平洋に面した海岸の急傾斜地に発達しているウバメガシ林である。本町のこの群落は、昔から薪炭林として利用されており、かなり人為が加わっているが、自然植生に近い群落である。 多くは高木層を欠き、時に亜高木層も欠く。多くは樹高6〜8mの亜高木層が、ウバメガシ、ヤマモモ、モチノキなどで構成され、植被率は70〜90%である。低木層はタイミンタチバナ、シロダモ、ヒメユズリハ、ウバメガシ、トベラなどで構成され、植被率15〜100%である。草本層はヒトツバ、ツワブキ、ヤブコウジ、ヤマモモ、テイカカズラ、ヒメユズリハ、コウヤボウキなどで構成され、植被率は低い。町内のほとんどの山に分布しており、平均出現種数は20である。 なお、ウバメガシ−トベラ群落と後述のウバメガシーコシダ群落との境界線は、調査が不十分なため、植生図に表すことができなかった。
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(2)ハマボウ群落(図3)
この群落はハマボウ、ヨシ、シオクグで識別できる(表5)。平均出現種数は7である。 ハマボウを標徴種とするハマボウ群集に相当するものと思われる。 ハマボウは、塩沼地に生育する暖温帯性の夏緑低木であり、ハマボウ群落は、主に小河川の河口部で、海からの波の少ない汽水域に見られる。本町の場合も、田井の浜に流れ込む潮田川の河口近くに生育している。 この群落は由岐町の天然記念物に指定されているが、貴重な群落なので、大切に保存して欲しい。
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(3)ツルヨシ群落(図4)
この群落は、ツルヨシ、ミゾソバで識別でき(表6)、ツルヨシ群集に相当する。平均出現種数は9、と少ない。 ツルヨシ群落は、河岸の、増水により冠水し、しばしば急流の機械的な作用を受ける、きわめて特殊な立地に成立し、本町では、伊座利の伊座利川の河口に分布している。
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(4)コジイ群落 本来、海岸近くのシイ林としてはスダジイ林が多いが、本町にはコジイ林が分布している。本町のコジイ群落は、コジイ、ミミズバイで識別され、阿部、南白浜、伊座利東、大平、東由岐などに小面積残されている。このコジイ群落は、さらにオニカナワラビ、オガタマノキ、イズセンリョウの出現する林と、それらが出現しない林に分けられる(表7)。阿部の宮内神社の社叢は前者の林分であり(図5)、南白浜の林分は後者である。 本町の自然植生としてはコジイ−カナメモチ群集の出現を予測できるが、この群落にカナメモチは出現しない。人為による攪(かく)乱が大きかったためと考えられる。
![](4006/40shokusei_fig05.gif) 多く出現する種はヤブツバキ、ヒメユズリハ、テイカカズラ、タイミンタチバナ、ヤマモモ、ウバメガシなどで、海岸近くに出現する種が多い。 コジイ群落の高木層は、樹高12〜17m
と高く、植被率も80〜95%あり、林内には昼でも光が射し込みにくい。草本層は、光が少ないので、植被率が小さい。平均出現種数は27である。
(5)タブノキ群落 タブノキ群落はタブノキ、クスノキによって識別できる(表8)。 この群落の高木層にはタブノキ、クスノキが見られるが、時に高木層が欠けている。亜高木層にはタブノキ、ヒメユズリハ、ヤブツバキ、低木層にはヤブニッケイ、イヌビワ、マサキ、オオムラサキシキブ、ナワシログミ、アカメガシワ、草本層にはキヅタ、ヤブラン、ノシラン、などが生育している。平均出現種数は25である。 この群落はさらに、マンリョウ、ヒサカキ、ネズミモチ、シロダモ、ベニシダが出現する群落と、テイカカズラ、ノシラン、カクレミノ、ムサシアブミ、エノキの出現する群落とに分けられる(表8)。前者は、徳竹の悦田慶一氏宅の防風林として保存されているもの(図6)と、大井にあるものである。後者は、田井の海岸沿いにある、幅20〜30m、長さ約130m
余りの潮害防備保安林(図7)で、その構成種から、ムサシアブミ−タブノキ群集に近いものと考えられる。
![](4006/40shokusei_fig06.gif) ![](4006/40shokusei_fig07.gif) タブノキ群落は海岸近くに多く分布するが、本県ではほとんど姿を消し、ごく僅かに社叢に残されている程度である。
(6)ウバメガシ−コシダ群落 この群落はウバメガシ、コシダによって識別できる(表9)。構成種から、コシダ−ウバメガシ群集に相当するものと考えられる。 この群落は、モチツツジ、ネズミモチ、トサノミツバツツジなどアカマツ群落によく出現する種を持ち、本町の山座、阿部に見られた。主な出現種は、高木層にウバメガシ、コナラ、ヤマザクラ、ヒメユズリハ、モチノキなど、亜高木層にタブノキ、クロマツ、ヒサカキ、ヤブツバキ、低木層にヒサカキ、モチツツジ、ヤブムラサキ、草本層にコシダ、ウラジロ、シロダモ、サルトリイバラ、タイミンタチバナなどであり、海岸近くに出現する種と、アカマツ林の構成種の混ざった構成になっている。平均出現種数は25である(図8)。
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(7)ウラジロ群落(図9) ウラジロ、コシダ、ネジキ、ヌルデで識別できる群落である(表10)。 この群落の草本層はウラジロ、コシダで100%覆われ、低木層にヒサカキ、ハゼ、クロマツ、ウバメガシなどが散生している。 山火事、あるいは伐採の繰り返しにより、表土が流失することによって有機質が少なくなると、貧栄養地でも生育できるウラジロ、コシダが生育し、これらが草本層を100%覆うと、他の植物は侵入できなくなり、たとえ侵入しても、貧栄養と光量不足のため生長できないので、遷移が進行しない状態にある群落であると考えられる。出現する種数も少なく、平均出現種数は13である。このようなウラジロ群落は瀬戸内海地方で出現するようである。 本町では山座上部、伊座利に広く分布している。
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(8)アゼトウナ群落(図10) アゼトウナ、シオギク、イワカンスゲで識別できる、海岸断崖地草本植生である(表11)。 海岸の断崖の岩の割れ目や、小さく棚状に突き出た岩上などの、土壌が僅かにある場所に生育している。海からの風やしぶきの影響を、絶えず強く受けている立地であるので、限られた種しか生育できない。平均出現種数は少なく、6である。主な出現種はシャリンバイ、ススキ、ハマヒサカキ、キキョウラン、ツワブキ、ハマアザミ、トベラなどである。 この群落は、田井の浜の東などの海岸の岩場に分布している。
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(9)ハマゴウ群落 ハマゴウ、ハマヒルガオ、ハマエンドウで識別でき、さらにハマアザミ、ススキ、テリハノイバラ、ツルナのある群落と、これらの無い群落に識別することができる(表12)。前者は鹿首と山座の砂浜海岸の群落(図11)で、出現しないのは大井の浜の群落である。平均出現種数は6である。 ハマゴウは低木で、萌芽再生力が強く、根系が発達しているため、乾生、貧栄養で、絶えず表土が移動している海岸の砂地でも十分生育できる。
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(10)アカマツ群落 本町では海岸に近い傾斜地にはクロマツが見られるが、やや内陸に入るとアカマツ林がある。しかし、ウバメガシやシイ・カシ萌芽林の占める面積が広く、アカマツ林は小面積であり、調査数1であるので、種構成を記録しておく。この林では亜高木層にアカマツが優占し、低木層にはウバメガシ、ヒサカキ、タブノキ、ヒメユズリハなどが見られ、草本層にはウラジロ、コシダが密生する。 調査年月日:平成5年9月26日、調査場所:由岐町南白浜 海抜:51m、斜面中、方位:S10E、傾斜:40度、調査面積:150平方メートル 亜高木層 高さ:8m、植被率:80%、胸高直径:12cm 低木層 高さ:5m、植被率:20% 草本層 高さ:1m、植被率:100% 亜高木層 アカマツ5・5、タブノキ1・1 低木層 タブノキ+、ナンバンキブシ+、ハゼ+、ヒサカキ1・1、ネジキ+、ヌル デ+、イヌビワ+、トベラ+、クサギ+、トサノミツバツツジ+、ウバメガシ 1・1、ヒメユズリハ+ 草本層 ウラジロ3・3、コシダ4・4、ヒサカキ+
(11)ヒシ群落(図12) 本町は平地が少なく、水田や畑は町全体の3%を占めるに過ぎない。したがって休耕田も少ないが、田井の休耕水田にはヒシ群落が見られた。ヒシ
sp.
が水面を一面に覆い、ミジンコウキクサも多数浮いており、間にホタルイなどが突き出している。調査数1であるので、構成種の記録のみにとどめる。 調査年月日:平成5年8月7日 調査場所:由岐町田井 海抜:10m、平地 調査面積:9平方メートル 草本層植被率:100% 草本層 ヒシ
sp.
5・5、ミジンコウキクサ2・2、ホタルイ+、ニッポンイヌノヒゲ+、コナギ+
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(12)ヒメガマ群落(図13) ヒシ群落と同じく、田井の休耕水田に見られた群落である。多数のヒメガマが大きく突き出した中に、ホタルイがかなり多く混ざり、ミゾソバ、ヒシ
sp.
なども目立つ。これも調査数1なので、構成種の記録のみにとどめておく。 調査年月日:平成5年8月7日 調査場所:由岐町田井 海抜:10m、平地 調査面積:6平方メートル 草本層植被率:80% 草本層 ヒメガマ5・5、ホタルイ3・3、ミゾソバ2・2、ヒシ
sp.
2・2、イボクサ+、コナギ+、セリ+、コウガイゼキショウ+、キクモ+
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(13)モウソウチク林(図14) モウソウチクによって識別できる群落である(表13)。本町の西半分の地域、志和岐、西の地、東由岐、西由岐、田井、木岐を中心に、点々と小面積ずつ植栽されている。 高木層のモウソウチクの高さは15〜16m
あり、植被率は85〜90%で、よく管理されているモウソウチク林は亜高木層、低木層、草本層の植被率が極端に低いが、調査した林分はそうとはいえず、十分な手入れはされていないことがわかる。 主な出現種は、亜高木層はヒメユズリハ、ヒサカキ、ヤブツバキ、低木層はネズミモチ、ヒメユズリハ、タブノキ、シロダモ、ヤブツバキ、草本層はベニシダ、ツワブキ、イタビカズラ、カクレミノ、サルトリイバラ、マンリョウ、ヒサカキなどが散生している。平均出現種数は22である。
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(14)スギ植林 スギ、カエデドコロ、ツタで識別できる群落である(表14)。本町での分布は明神山下、大井、東由岐、田井、田尻、白浜である。 高木層をスギが占め、亜高木層の出現種はない。下層の発達は悪く、低木層にネズミモチ、シロダモ、ハマクサギ、ヒサカキ、ヤブツバキ、タブノキなど、草本層にテイカカズラ、アマクサシダ、ジャノヒゲ、ムサシアブミ、マンリョウ、ベニシダ、イヌビワ、ツタなどが僅かに見られる。 平均出現種数は24である。
6.おわりに 報告を終わるに当たり、次の点を特に要望しておく。 1.本町のハマボウ群集は分布上貴重なものであるから、永く保存して欲しい。 2.阿部の宮内神社、東由岐の貴井神社の社叢林は、原植生を知る上で貴重な群落な ので、大切に保存して欲しい。
7.要約 1993年8月、由岐町全域の植生調査を行い、1/25,000
地形図上に現存植生図を描いた。また、現地調査の結果、本町には次の16の群落が存在することが明らかになった。 (1)ウバメガシ−トベラ群落 (2)ハマゴウ群落 (3)ハマボウ群落 (4)アカマツ群落 (5)ツルヨシ群落 (6)ヒシ群落 (7)コジイ群落 (8)ヒメガマ群落 (9)タブノキ群落 (10)モウソウチク林 (11)ウバメガシ−コシダ群落 (12)スギ植林 (13)ウラジロ群落 (14)伐採跡群落 (15)アゼトウナ群落 (16)農耕地 参考文献 1.今井 勉(1965):西南日本におけるウバメガシ林の植物社会学的研究,日生態会誌,15,160-170. 2.気象庁(1982):全国気温・降水量・月別平年値表 観測所観測(1951-1978)気象庁観測技術資料第6号. 3.吉良龍夫(1945):農業地理学の基礎としての東亜の新気候区分.京都帝国大学農学部園芸学研究室. 4.中国・四国農政局徳島統計事務所(1982):徳島農林水産統計年報告(1980-1981). 5.Braun-Blanquet,
J.(1964):Pflanzensoziologie, Grundz■ge der Vegetationskunde.
Springer-Verlag. 6.宮脇 昭編(1982):日本植生誌 四国.至文堂. 7.Mueller-Dombois, D.,
and H. Ellenberg(1974)Aims and Methods of Vegetation Ecology. John
Wiley.
1)北島町立北島小学校 2)徳島県立情報処理教育センター 3)徳島大学総合科学部 4)徳島県立池田高等学校 5)徳島県立博物館 6)徳島県立川島高等学校
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