阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第40号

四万十帯北帯白亜系の岩相配列と堆積相
           −四国東端部由岐町地域を例として−

地学班(地学団体研究会)

 石田啓祐1)・橋本寿夫2)・

 森永宏3)・中尾賢一4)・寺戸恒夫5)

I.はじめに
 由岐町地域には、四万十帯北帯に属する中生代白亜紀の地層が分布する。四万十帯とは、「高知県の四万十川流域に模式的に見られる地層が分布する地帯」という意味であり、四万十帯の分布は、西は沖縄・南西諸島から、九州、四国、紀伊半島を横断し、赤石山地を経て、東はフオッサマグナを越えて、関東山地にまで達する幅数10km、延長1600km に及ぶ地帯である。この名称は、古くは Yehara(1926)が、四国の物部川盆地の外側に発達する中生代層、鳥巣層群と安芸川層群をあわせて四万十川統と命名したのに由来する。現在では、そのうちの鳥巣層群を除き、古第三系を加えた範囲を四万十帯と呼んでいる。すなわち、仏像構造線を境に、秩父帯より南に位置し、秩父帯より若い時代に形成された地帯である。四万十帯は、その中央を東西に走る安芸構造線を境に、それより北側に位置して、主として白亜紀の地層から成る北帯と、それより南側に位置して、主として古第三紀の地層から成る南帯とに分けられる。
 四万十帯の地層は、年代決定に有効な大型化石をほとんど産しないことから、古くは時代未詳中生層として一括されていた。近年、微化石による年代決定精度が向上したことや、地層の配列の機構が解明されたことに伴い、これらの地層は、海溝陸側斜面〜大洋底のさまざまな環境で堆積し、その後、太平洋プレートの拡大に伴うイギナギプレートの沈み込みによって、陸側に付加・再配列したものであることが明らかにされてきた。
 筆者らは、今回の調査で、由岐町地域の四万十帯北帯における白亜系の岩相配列の解明と、微化石による年代決定を行い、堆積と構造の形成モデルに関する考察を行った。

II.地質概要
 地層の一般走向は N70°で、四国山地〜蒲生田岬の地形的リニエーションと一致している。これらの地層は陸上ルートでは、南または北に中〜高角度で傾斜する(図1)。今回、船上からの海岸路頭の調査で、これらの地層が、主として北傾斜の衝上断層(一部南傾斜北上がり)の発達に伴い、波長100m〜数100m の褶曲、特に向斜構造を形成することを明らかにした(図2・3)。また、岩相の配列をチャート・多色頁岩互層の追跡により明らかにした。
 由岐町地域では、4つの陸源砕屑性堆積物分布地帯(A帯〜D帯)と2つの遠洋−半遠洋性堆横分布地帯(コンプレックス I・II)が識別できる。それらの配列の模式を図4に示す。各岩相の分布地帯境界はいずれも断層関係である。これらの陸源砕屑性堆積分布地帯と遠洋−半遠洋性堆積物分布地帯は、基本的に交互に繰り返して分布するが、一ノ坂−木岐断層は、これらの配列を斜めに切ることから、この部分は後生的な断層活動による再配列と考えられる。

III.岩相
 各地帯の岩相を、ルートごとに、柱状断面(NからS)として図5a・bに示す。

[A帯]この地帯は、日和佐町恵比須浜〜由岐町木岐ルート、ならびに北河内谷川ルートで模式的に見られる陸源砕屑性堆積物の分布地帯である。A帯を構成する陸源砕屑性堆積物を山座層は磯岩、砂岩、砂岩泥岩互層および泥岩から成る。礫岩は、酸性火成岩類の中円礫を多く伴う。いずれも礫どうしの接触は乏しく matrix support であり、東西側方への連続性は良くない。剥離泥岩片(rip-up shale crust)を多量に伴い、下位の砂岩層の溝状侵食面を埋積しており、水路充填堆積物(channel fill deposits)と考えられる(図6)。南白浜では、含磯砂岩中に多量の炭質物と木片を含むほか、松柏類の球果化石とフナクイムシに穿孔された流木の化石が伴う(図7)。木岐港南西では、砂岩優勢互層中に斜交層理が認められ、東から西への流向を示す。また砂岩層中には、水抜け穴構造が見られることがあり、これは液状化流の発生を示す。恵比須浜の泥岩は厚層で、凝灰質〜珪質である。山座層は、一ノ坂−日和佐ルートならびに山座−木岐ルートでは、波長数100m の褶曲を形成するものと考えられる。また東由岐南方の海岸露頭では、北傾斜の衝上断層に伴う波長数10〜100mの向斜が発達する。Zone Aを構成する山座層の北限は一ノ坂−木岐断層で断たれ、Zone B〜Zone Cの陸源砕屑性堆積物およびコンプレックス I の遠洋−半遠洋性堆積物と接する。

[B帯]この地帯は、西由岐〜東由岐を経て、鹿ノ首峠−阿部間に模式的に見られる田井ノ浜層の分布する地帯である。田井ノ浜層は、乱泥流砂岩と泥岩を主とする。阿部南方〜鹿ノ首間では、波長200〜300m程度の向斜構造と北傾斜の衝上断層が発達する(図2)。田井ノ浜では、砂岩泥互層間にチャネル充填の含礫砂岩層が挟在し、含礫砂岩層の底面に発達するフレーム構造の傾倒から、海底斜面での東から西への重力地滑りが想定される(図8)。

[コンプレックス I ]コンプレックス I は、志和岐漁港南方〜潮吹岩北〜阿部南方〜御水大師南を経て御水荘南の海岸に、最大幅数10m にわたって露出する遠洋−半遠洋性堆積物の分布地帯である。コンプレックス I に分布する遠洋−半遠洋性堆積物を志和岐層と呼ぶ。志和岐層は、赤色チャートおよび赤色〜緑色または灰色の凝灰質泥岩の互層(多色頁岩互層)から成る。これらの地層は、厚さ数 m 程度に地層の上・下限が断層で断たれたスライス〜レンズ状岩体として含まれる。ただし、阿部港西地方の海岸露頭では、劈開(へきかい)面の発達した黒色泥岩中に、数10cm 程度のチャートや酸性凝灰岩の岩塊を伴うメランジュ岩相として発達する(図9)。

コンプレックス I は、隣接地帯とは断層で画された狭隘な分布を示し、主にチャートと多色頁岩互層のスライス〜レンズ状岩体の集積により構成されること、ならびに、強い剪断劈開が発達することから類推して、阿部西方海岸に発達するメランジュ岩相が、海底表層部の重力滑動によるオリストストロームとみなすことは困難である。例えば、付加体の多重階層構造形成に伴って、異常に高い間隙水圧下で発生した泥ダイアピルが衝上面に沿って注入、形成された可能性、あるいは剪断によるブロック化などの機構を考える必要があろう。
[C帯]C帯は、徳竹〜志和岐谷〜大井〜阿部を経て、小伊座利にかけて模式的にみられる陸源砕屑性堆積物を大井層と呼ぶ。大井層は乱泥流砂岩および砂岩泥岩互層を主として、磯岩、泥岩、酸性凝灰岩を伴う。磯岩の発達は、A帯に比べて小規模ながら、伊座利峠ルートで見られる。ここでは下位の泥岩層にできた水路状の侵食面を埋積しており、剥離泥岩片に富む水路充填堆積物である。乱泥流砂岩泥岩互層は、ときに凝灰岩と泥岩から成る級化成層を伴う。この東方延長で、ほぼ同層準にあたる志和岐西方では、砂岩層間に凝灰岩が挟在する。この凝灰岩は、上位層・下位層との境界部が観察できないため、全体の層厚は不明であるが、20m 以上に達する可能性がある。無層理で、全体に節理が多数発達している。多くの場合、1mm 前後の鉱物粒子を含むが、細粒な部分もあり、そのようなところでは、肉眼で識別できるほどの大きさの鉱物粒子を含まない。鏡下では、岩石全体に破断面が発達しており、一部の鉱物粒子では、破砕や回転が認められる。また、鉱物の種類は不明であるが、完全に変質した有色鉱物も認められる。円磨された鉱物粒子や岩片等はほとんど認められない。石英には、一部自融形を示すもの、波動消光が認められるものがある(図10)。

長石はその多くが変質し、絹雲母等の集合体などに置き換わっている。鉱物粒子の特徴から、この岩石は火砕岩である可能性がある。全体が比較的均質で、軽石などの組織は見られないため、岩石名は凝灰岩が妥当と思われる。ただし、初生的な凝灰岩か、二次的に堆積したものであるかは不明である。海南町樫ノ瀬の海部川流域では、酸性火砕岩類の岩片から成る粗粒砂岩が分布している(須鎗、1984)。これは、上述の凝灰岩の西方延長に位置する可能性が高く、四万十北帯の地帯配列を考える上で鍵層として有効と考えられる。また伊座利峠南方では、スランプ型含礫砂岩泥岩互層が、砂岩優勢互層中に挟在する。
[コンプレックスII]コンプレックス II は北河内北方〜大谷〜大井北方〜伊座利峠にかけての東西尾根に模式的にみられる遠洋−半遠洋性堆積物の分布地帯である。このコンプレックスを構成する遠洋−半遠洋性堆積物を伊座利峠層と呼ぶ。伊座利峠は、厚さ数 m の赤色チャート、多色頁岩互層あるいは凝灰質泥岩から成るテクトニック・スライス〜レンズ状の岩体によって構成される。この凝灰質泥岩中には、直径20〜数10cm の長卵〜楕円形の断面を示す細粒砂岩が含まれており、一見したところ礫の断面に見えるが、筆者は砂岩脈の断面あるいはその変形によるブーディンなど、泥岩層への注入岩体である可能性を考えている。
[D帯]D帯は久望〜由岐坂峠付近に模式的に見られる陸源砕屑性堆積物の分布する地帯である。D帯の地層を由岐坂峠層と呼ぶ。由岐坂峠層は、乱泥流砂岩〜砂岩泥岩互層ならびに淡緑色珪質凝灰岩互層や凝灰質泥岩より成る。

IV.放散虫化石群集による堆積岩の年代
 A〜D帯およびコンプレックス I・II を構成する泥岩・酸性凝灰岩、多色頁岩互層および赤色チャートから放散虫化石群集を検出した(表1)。これらは、地層の年代決定にきわめて有効であり、各地質体を構成する地層の対比、ならびにコンプレックスの形成時期を推定することが可能となる。

 上部白亜系の放散虫に関する既往の研究との対比をもとに、当地域から産出した放散虫化石の時代を推定した。表1に示した放散虫化石はレンジ(産出年代)の順となっており、下ほど古くなっている。これを見ると、17地点から産した各放散虫群集の種構成には、顕著な差異が認められ、時代的に異なる3群集を設定することができる。
次にこの群集帯と他地域の放散虫生層序との対比を試みた。
A.放散虫化石群集
1.Pseudodctyomitra nakasekoi 群集(図版 I)
[群集構成]主要構成種:P. nakasekoi, Thanarla veneta, Holocryptocaniun barbui, H. japonicum, D. cf. multicostata. 随伴種:Archaeodictyomitra aff. lamellicostata, D. tiara, D. formosa, D. koslovae, Cryptamphorella conara, Amphipyndax aramedaensis, A. stocki, A. conicus, Stichomitra communis.
[下限]D. formosa の出現期.
[上限]D. koslovae の出現期.
[産出]阿部の志和岐層赤色チャート(Loc.6)、志和岐の志和岐層赤色チャート(Loc.3)、同緑色チャート(Loc.4)、同凝灰質泥岩(Loc.5)、伊座利峠層の凝灰質泥岩(Locs.12・13)。
[特徴]D. formosa 群集との違い:P. nakasekoi, Thanarla veneta, Holocryptocanium barbui, H, japonicum, D cf. multicostata の産出。
[年代]D. formosa のレンジを Okamura(1982)は Turonian 初期〜Campanian 後期、Taketani(1982)は Turonian 初期〜Campanian 中期、P. nakasekoi のレンジを Cenomanian 初期〜Coniaciam 初期、D. koslovae については、Coniasian 中期〜Campanian 後期としている。
 以上の種のレンジから推定される本群集の年代範囲は、Turonian 初期〜Coniacian 初期ないしは中期となる。他の種については、従来知られているレンジよりも長くなる可能性がある。
[対比]Taketani(1982)の Eusyringium spinosum 帯の中〜上部には、H. barbui, T. veneta の消滅、D. formosa の出現が、また、Squinabolium fossilis 帯の最下部には、P. nakasekoi の消滅が含まれている。以上から、本群集は、Taketani(1982)の Eusyringium spinosum 帯の上半〜 Squinabollum fossilis 帯の最下部の群集に対比される。
2.Dictyomitra formosa 群集(図版 II)
[群集構成]主要構成種:D. formosa, D. koslovae, Cryptamphorella conara, Amphipyndax aramedaensis, A. stocki, A. conicus, Stihomitra communis. この群集の多くの種は、P. nakasekoi 群集の随伴種と重複する。
[下限]D. koslovae の出現期.
[上限]D. fomosa の消滅期.
[産出]西の地の大井層凝灰質泥岩(Loc.8)、伊座利峠の伊座利峠層凝灰岩(Loc.14)、由岐坂峠の由岐坂峠層泥岩(Loc.16)。
[特徴]下位群集に特徴的な P. nakasekoi, Thanarla veneta, Holocryptocanium barbui, H. japonicum, D. cf. multicostata, 上位群集に特徴的な A. enessefi, Dictyomitra multicostata を含まない両者の中間群集。
[年代]Taketani(1982)は、D. koslovae のレンジを Coniacian 中期〜Campanian 後期とし、D. formosa のレンジについては Turonian 初期〜Canpanian 前期と考えている。Pessagno(1976)は、D. formosa のレンジを Coniacian〜Campanian 前期としている。また、Sanifilippo & Riedel(1985)によると、A. tylotus の出現は Campanian 後期からである。以上から、当群集の下限を D. koslovae の出現期に、上限をD. formosa の消滅期にすると、本群集の年代は Coniacian 中期〜Campanian 前期となる。
[対比]Taketani(1982)の S. fossilis 帯には、D. koslove の出現、Stichomitra communis の消滅が、Spongostaurus(?)hokkaidoensis 帯には、D. formosa の消滅が含まれている。また、S. hokkaidoensis 帯には、A. enesseffi は含まれない。以上から Taketani(1982)の S. fossilis 帯〜S. hokkidoensis 帯に対比される。
3.Amphipyndax tylotus 群集(図版 III)
[下限]A. tylotus の出現.
[上限]D. koslovae の消滅.
[産出]恵比須浜の山座層珪質凝灰岩(Loc.1)、山川内の大井層凝灰質泥岩(Loc.7)、志和岐谷の大井層凝灰質泥岩互層の泥岩(Loc.8)、阿部西の大井層凝灰質泥岩(Loc.9)、由岐坂峠の由岐坂層凝灰質泥岩ブロック(Loc.11)、同泥岩(Locs.16,17)。
[特徴]A. tylotus, A。 enesseffi, Dictyomitra multicostata。
[年代]Sanfilippo & Riedel(1985)は A. tylotus の出現を Campanian 後期としている。Sanfilippo & Riedel(1985)、山崎(1987)は、D. koslovae の消滅期を Maastrichtian 初期とみなすことができる。
[対比]Sanfilippo & Riedel(1985)の A. tylotus 帯にほぼ一致するが、上限については、本群集が D. koslovae の消滅を上限としているのに対して、Sanfilippo & Riedel(1985)は、A. tylotus, Archaeodictyomitra lamellicostata, Siphocampe bassis の消滅期を A. tylotus 帯の上限として、Maastrichtian/Dianian 境界においている点が異なる。
 和泉層群や外和泉層群の放散虫群集(橋本・石田、1992)と当地域の Amphipyndax tylotus 群集を比べてみると、Amphipyndax 属の産出割合が、外和泉群や和泉層群に比べて少ない。同様に、Spmellaria の割合も少ない。
B.堆積岩類の年代
 陸源砕屑岩相に関しては、山座層の珪質凝灰岩(Loc.1)、大井層の凝灰質泥岩(Locs.7,8,9)ならびに由岐坂層の凝灰質泥岩ブロック(Loc.11)と泥岩(Locs.16,17)から At 群集を産し、大井層凝灰質泥岩(Loc.8)と由岐坂峠の泥岩(Loc.16)から Df 群集を産する。これらの群集に基づく陸源砕屑岩層の年代は Campanian 後期〜Maastrichitian 初期と推定され、下限が Coniacian 中期〜Campanian 前期に及ぶ可能性がある。
 一方、遠洋性−半遠洋性堆積物に関しては、志和岐層の赤色チャート(Locs.3,6)、緑色チャート(Loc.4)、凝灰質泥岩(Loc.5)、ならびに伊座利峠層の凝灰質泥岩(Locs.12,13)から Pn 群集を産し、伊座利峠層の凝灰岩(Loc.14)から Df 群集を産する。これらの群集に基づく遠洋性−半遠洋性堆積物の年代は、Taronian 初期〜Coniacian 中期ないし Campanian 前期と推定される。
 なお、中川ほか(1980)は、伊座利峠に露出する伊座利峠層相当のチャートからAcaeniotyle umbilicata-Ultranapora praespirifer 群集を検出し、その年代を Albian とみなした。また、同一地点の泥岩あるいは凝灰岩から Holocryptocanium barbui-H. geysersensis 群集を検出し、その年代を上部 Albian〜Cenomanian とみなした。
 このように遠洋性−半遠洋性堆積物の年代は、若くても陸源砕屑岩相の年代下限と同等であり、多くはそれよりも古い。

V.堆積相形成モデル
 放散虫化石の群集解析と年代対比結果をもとに、各地質体を構成する堆積岩類各種の岩相層序を復元し、それに基づく堆積相形成モデルを考察する。
 上述のように、A〜D帯は陸源砕屑性堆積物から成り、タービダイトその他の重力流堆積物特有の堆積構造を有し、礫岩は水路充填堆積物として産することから、これらは、当時の大陸棚から海溝に至る斜面上に発達した深海扇状地の堆積物と考えられる。A〜D帯では、礫岩に始まり、ダービダイト砂岩〜砂岩・泥岩互層を経て、凝灰質泥岩に至る上方細粒化サイクルが発達し、深海扇状地の発達過程を知る手がかりとなる。また、木岐白浜のA帯に属する水路充填堆積物中には、多数の松柏類の球果およびフナクイムシにより穿孔された炭化木材の化石を発見した(前出、図7)。この発見は、水路充填堆積物が、浅海・陸域よりもたらされたことを意味する重要な証拠となる。
 一方、コンプレックス I・II は、赤色チャート、多色頁岩〜凝灰岩互層などから成り、陸源砕屑粒子ほとんど含まないこと、ならびに、上方に粗粒化し、陸源砕屑物質が多くなることから、海溝へ向けて移動しつつある海洋プレート上に堆積した遠洋性−半遠洋性堆積物および海溝充填堆積物として形成され、その後の沈み込み底づけ、あるいは付加帯形成に伴う衝上運動によって、スライス〜レンズ状岩体あるいはメラシジュ岩相に変形したと推定される(図11)。

VI.地質体の配列と地質構造の形成
 地質の概要と岩相の章で記述したことがらのうち、由岐町地域の四万十北帯の地質構造を考察する上で重要な点を整理すると以下のようになる。
 由岐町地域では、4つの陸源砕屑性堆積物分布地帯(A〜D帯)と2つの遠洋−半遠洋性堆積物分布地帯(コンプレックス I・II)が識別でき、各岩相の分布地帯境界は、いずれも断層関係である。これらの陸源砕屑性堆積物分布地帯と遠洋−半遠洋性堆積物分布地帯は、基本的に交互に繰り返して分布するが、一ノ坂−木岐断層はこれらの配列を斜めに切ることから、この部分は後生的な断層活動による再配列と考えられる。また各地帯の内部を見ると、陸源砕屑性堆積物分布地帯(A〜D帯)では、二次オーダーの主として北傾斜の衝上断層が、帯状配列にほぼ調和的に、100〜数100m 間隔で発達し、断層間には、衝上運動の引きずりに伴って形成された、北翼の短い非対称な向斜構造が発達する。向斜の北翼部は高角度で逆転することがある。衝上断層もまた、しばしば高角度で南傾斜することがある。この場合、見かけ上、北上がり南落ちの正断層的な形態をとる。遠洋−半遠洋性堆積物分布地帯(コンプレックス I・II)には、数 m 間隔の断層が発達し、断層間には、断層面とほぼ調和的に傾斜した赤色チャート層、多色頁岩互層あるいは凝灰質泥岩層から成るテクトニック・スライス〜レンズ状の岩体が配列する。また、これらのコンプレックスには、メランジュ岩相や砕屑岩脈が伴い、衝上運動の際の異常間隙水圧による変形や注入に起因することが予想される。
 以上の構造から総合的に推定される由岐町地域の四万十北帯の断層形態モデルは、海洋プレートの沈み込み−付加体形成に際して発達した、図12に示すような多重階層構造であると考えられる。

VII.結論
A.堆積
 1.由岐町地域の四万十帯北帯には、陸源砕屑岩類の分布地帯と遠洋生〜半遠洋生堆積物の分布地帯が識別される。
 2.陸源砕屑岩相は、チャネル充填堆積型の礫岩からタービダイト互層を経て、凝灰質泥岩に至る上方細粒化サイクルを形成し、酸性火成岩円磯と松柏類球果化石やフナクイムシに穿孔された木材化石を伴い、東から西に向かう流向と重力地滑りが発達する。
  このような岩相の形成場として、大陸棚斜面下部の深海扇状地が想定される。
 3.遠洋性−半遠洋生堆積物は、チャートに始まり、多色頁岩互層と凝灰質泥岩から成り、上方に陸源砕屑粒子が増加する上方粗粒化サイクルを形成する。このような岩相の形成場としては、海溝に向かって移動しつつある海洋プレート上に広がる大洋底〜海溝が想定される。
B.放散虫化石群集と堆積岩類の年代
1.各種堆積物から検出した放散虫化石群集は、Pseudodictyomitra nakasekoi(Pn)群集、Dictyomitra formosa(Df)群集、ならびに Amphiypyndax tylotus(At)群集に分けられ、各々の年代は、白亜紀後期 Turonian 初期〜Coniacian 初・中期、Coniacian 中期〜Campanian 前期、Campanian 後期〜Maastrichitian 初期と推定される。
 2.陸源砕屑岩相は主として At 群集を産し、その年代は Campanian 後期〜Maastrichitian 初期と推定され、下限が Coniacian 中期〜Campanian 前期に及ぶ可能性がある。
 3.遠洋生〜半遠洋性堆積物は Pn〜Df 群集を産し、その年代は、Turonian 初期〜Coniacian 中期ないし Campanian 前期と推定され、陸源砕屑岩相よりも古い。
C.構造
1.由岐町地域の四万十帯北帯には、陸源砕屑岩相の分布地帯と遠洋性〜半遠洋性堆積物の分布地帯が、それぞれ断層で画されて交互に帯状配列する。
2.一ノ坂−木岐断層は、1.で述べた帯状配列を変位させる後生的な断層である。
3.陸源砕屑岩層から成るA〜D帯には、付加体形成に関連した北上がりの衝上断層とそれに伴う引きずり型褶曲(向斜)が発達する。
4.遠洋性〜半遠洋性堆積物から成るコンプレックス I・IIの内部には、数 m 間隔の断層が発達し、チャート、多色頁岩、凝灰質泥岩から成るスライス〜シート状岩体が繰り返し出現する。
5.以上の構造から総合的に推定される断面形態モデルは、海洋プレートの沈み込みに伴う付加体の発達に際して形成された多重階層構造である。

文献
橋本寿夫・石田啓祐,1992,四国東部の外和泉層群より産した放散虫群集とその年代.地質学雑誌,98巻,61-63.
中川衷三・中世古幸次郎・川口輝与隆・吉村隆二,1980,四国東部の四万十帯上部ユラ系および白亜系放散虫化石の概要.徳島大学学芸紀要(自然),31巻,1-27.
Okamura, M., 1992, Cretaceous Radiolaria from Shikoku, Japan (Part1). Memoir. Fac. Sci. Kochi Univ., Ser. E, 13, 21-164.
Pessagno, E. A. Jr., 1976, Radiolarian zonation and stratigraphy of the Upper Cretaceous portion of the Great Valley Sequence, California Coast Ranges. Micropaleontology, S. P., no. 2, 1-95.
Sanfilippo, A. and Riedel, W. R., 1985, Cretaceous Radiolaria. In Bolli, H. M., Saunders, J. B. and Perch-Nielsen, K. eds., Plankton Stratigraphy, Cambridge Univ. Press, 573-630.
Taketani, Y., 1982, Cretaceous radiolarian biostratigraphy of the Urakawa and Obira areas, Hokkaido, Sci. Rep. Tohoku Univ. 2nd Ser., 52, 1-76.
山崎哲司,1987,四国・淡路島西部の和泉層群の放散虫群集.地質学雑誌,3巻,403-417.
Yehara, S., 1926, On the Monobegawa and Shimantogawa Series in Southern Shikoku. 地学雑誌,38巻.
須鎗和巳,1984,四国東部四万十帯の放散虫混合群集.徳島大学教養部紀要(自然科学),17巻,31-58.

図版説明
図版 I 放散虫化石 Pseudodictyomitra nakasekoi 群集
走査電子顕微鏡写真.スケールは100μm.A:1.B:2,4,5,7,9,11,12,16.C:3,6,8,10,13-15.
Loc.4:3,14-15.Loc.5:6.Loc.6:1,2,4,5,7-10,12.Loc.12:11,13,16.
1,2.Pseudodictyomitra nakasekoi Taketani
3,4.Dictyomitra formosa Squinabol
5.Dictyomitra cf. multicostata Zittel
6.Thanarla veneta Squinabol
7,8.Dictyomitra koslovae Foreman
9.Stichomitra communis Squinabol
10.Amphipyndax stocki (Campbell & Clark)
11.Amphipyndax conicus Nakaseko & Nishimura
l2.Archaeodictyomitra aff. lamellicostata (Foreman)
13.Holocryptocaniun barbui Dumitrica of Nakaseko & Nishimura
14.Holocryptocaniun japonicum Nakaseko & Nishimura
15.Cryptamphorella aff. conara (Foreman)
16.Patellula sp.

図版 II 放散虫化石 Dictyomitra formosa 群集
 走査電子顕微鏡.スケールは100μm.A:5,8,9,11.B:1-4,6-7,10.
Loc.8:4.Loc.14:1,2,6.Loc.16:3,5,7.Loc.1:8-11.
1.Dictyomitra koslovae Foreman
2.Archaeodictyomitra sp.
3.Dictyomitra sp.
4.Stichomitra communis Squinabol
5.Pseudoaulophacus cf. lenticulatus (White)
6.Cryptamphorella aff. conara (Foreman)
7.Amphipyndax conicus Nakaseko & Nishimura
8.Dictyomitra sp. A of Yamasaki
9.Dictyomitra densicostata Pessagno
10.Dictyomitra tiara Campbell & Clark
11.Dictyomitra multicostata Zittel

図版 III 放散虫化石 Amphipyndax tylotus 群集
走査電子顕微鏡写真.スケールは100μm.A:3,11,12.B:1,2,4-10.
産地Loc.7:11.Loc.9:2,5,6,8.Loc.10:3,4,7,9.Loc.11:1,10,12.
1.Amphipyndax cf. tylotus Foreman
2,3.Amphipyndax tylotus Foreman
4.Amphipyndax aff. enesseffi Foreman
5,6.Dictyomitra koslovae Foreman
7,8.Dictyomitra multicostata Zittel
9.Dictyomitra tiara Campbell & Clark
10.Archaeodictyomitra lamellicostata Foreman
11.Stichomitra asymbatus Foreman
12.Pseudoaulophacus cf. lenticulatus (White)

1)徳島大学総合科学部 2)鳴門市立鳴門市第一中学校 3)藍住町立藍住南小学校
4)徳島県立博物館 5)徳島文理大学文学部


徳島県立図書館