阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第39号
三好町農業従事者の健康状態について

農村医学班(四国農村医学会)
 (阿波病院)

  今川大仁※・矢木文和・前田安弘・
  吉田勝利・正田茂
 (健康管理部)

  蔭山哲夫※・吉本公宏・遠藤博久・
  林まゆみ・原茂子・岸田早苗・
  坂東貴子・八十川正夫・高木伸幸・
  片岡昌子・藤川一代・杉本英雄
 (中央会)

  田上直彦※・日下静代・宮本安世

−その1.農業者集団健康診断結果−
1.はじめに
 私達農村医学班は、昭和50年以来、阿波学会の学術調査で、主に農業従事者を対象として健康調査とアンケート調査を行っている(参考1〜18)。
 今年は三好町の農業従事者の健康状態について調査を実施したので結果を報告する。

2.調査対象と方法
 調査対象は、三好町在住の農業従事者176名で、男子79名(平均年齢56.9歳)、女子97名(平均年齢57.9歳)だった。年齢構成は図1のとおりである。
 調査は、平成4年8月4日から8月7日の4日間、三好郡農業協同組合本所と足代支所で行った。
 健診内容は、従来通りの問診・理学所見・便潜血検査・尿検査・血液検査・心電図・胸部および胃部レントゲン検査・眼底検査の他、今回は癌健診の目的として、CEA(CARCINO EMBRYONIC ANTIGEN)の測定を追加した。
 検査方法と結果の判定基準を表1に示した。検査結果は A:異常を認めず、B:経過観察、B′:要注意、C:要精査、D:要治療の5段階に分け、C と D を異常と判定した。

3.調査結果
(1)既往症
 表2に、問診による既往症を頻度順に示した。男子では、82.3%に既往症がみられ、胃十二脂腸潰瘍(22.8%)、胃炎(20.3%)腰痛(20.3%)、高血圧(16.5%)、痔(12.7%)が多かった。女子では、79.4%に既往症がみられ、腰痛(24.7%)、膀胱炎(22.7%)、痔(15.5%)、子宮筋腫(10.3%)、貧血(10.3%)、胃炎(10.3%)、高血圧(10.3%)が多かった。
 子宮筋腫、貧血は明らかに性差によるものだが、胃十二脂腸潰瘍、胃炎は喫煙の影響が大きいと考えられた。
(2)嗜好
 飲酒習慣では、男子の40.5%が毎日飲酒するが、女子では毎日飲酒する者は3.1%と少なかった(図2)。
 喫煙率は男子で62.0%、女子では2.1%だった。男子喫煙者の多くは1日20本から40本未満の喫煙量であった(図3)。
(3)総合判定結果
 要精査または要治療と判定された健診異常者率は、男子が68.4%(肥満のみの者を含めると69.6%)女子が63.9%(肥満のみの者を含めると66.0%)であった(表3)。
 主な異常とその割合を図4に示した。
 以下、個々の検査結果について述べる(疫学調査としては対象人数が少ないので主に結果のみを示すに止める)。
〈検尿結果について〉
 表4に検尿結果を示した。ほとんどが尿潜血陽性者で女子に高率にみられた。
(他の調査結果と較べてもほとんど差はみられなかった)
 病歴等を参考に要精査者を選定する等の工夫が必要と思われる。
〈肥満について〉
 明治生命作成の標準体重表を用いた。肥満度130%以上を肥満とした。男子1名、女子2名に肥満がみられた。
〈尿糖、血糖について〉
 男子では、高血糖3名、低血糖1名で、高血糖者のうち2人は尿糖陽性だった。
 女子では、高血糖が2名にみられた。
 このうちに高度の肥満者がみられた。
〈高脂血症について〉
 表5に高脂血症の内容を示した。
 このうち肥満度120〜130%の肥満者は、男子ではトリグリセリド高値の者のうち1名に、女子では総コレステロール高値の者のうち4名にみられた。
〈高血圧について〉
 男子3名(3.8%)、女子4名(4.1%)にみられた。
〈貧血について〉
 男子では7名(8.9%)、女子では7名(7.2%)にみられた。
 男子では、Ht または RBC のみの異常のみのものが5名を占め、実際に精査が必要な者は2名(2.5%)だった。正球性が1名、小球性貧血が1名であった。
 女子では、Ht のみの異常者は1名のみで、正球性貧血1名(1.0%)、小球性貧血が5名(5.2%)だった。
〈肝機能異常について〉
 肝機能検査として、血清総蛋白、GOT、GPT、ALP、γ-GTP、ZTT、CHE(コリンエステラーゼ)、HBsAg を測定した。
 このうち、血清総蛋白異常者は男子1名、女子2名の3名で、全て 8.0〜9.0g/dl の範囲に止まり、また ZTT の異常者はいなかったため、意味のある結果とは言えなかった。
 CHE の異常者もみられなかった。
 以下にその他の検査異常について述べる(表6)。
 GOT、GPT、γ−GTP の異常者は男子13名(16.5%)、女子7名(7.2%)で、明らかに男子に多かった。
 HBsAg の陽性者は男子2名(2.5%)、女子5名(5.2%)で、このうち女子の1名だけに GOT の異常がみられた。
 肝機能検査の異常者は、飲酒の影響や脂肪肝が考え易い程度のものがほとんどだったが、近年 HCV 抗体測定が実用化され、治療にもインターフェロンが使われるようになり、効果をあげているので、今後はこの測定も行えばスクリーニングの目的上有効と思われた。
〈X線検査について〉
 胸部X線間接撮影は男子73名、女子94名に実施し、うち男子4名(5.5%)、女子4名(4.3%)が要精査だった。
 胃X線間接撮影は、男子69名、女子91名に実施し、男子2名(2.9%)、女子1名(1.1%)が要精査だった。
〈便潜血検査・CEA について〉
 男子6名(7.6%)、女子7名(7.2%)が便潜血反応陽性で、このうち CEA 要精査者はいなかった。
 CEA 要精査者は男子1名のみだった。この1名も貧血のため要精査となっていた。
 CEA(CARCINO EMBRYONIC ANTIGEN)は種特異性の低い腫瘍マーカーで臨床の場でよく用いられるものの一つである。しかし、早期癌で高値となることは少なく、また今回の調査でも176名中1名の異常率であったこと等から、スクリーニングの目的に用いても費用にみあうだけの効果は期待できないものと考えられた。
〈心電図検査について〉
 男子7名(8.9%)、女子5名(5.2%)に異常がみられた。
〈眼底検査について〉
 男子2名(2.5%)、女子3名(3.1%)に異常がみられた。

4.まとめ
 今回、明らかだったことを要約する。
(1)異常者の割合は多かったが、3〜4割は尿潜血陽性者だった。
(2)臨床の場との兼ね合いを考えると、HCV 抗体の測定を実施したい。
(3)CEA はスクリーニング検査としては適当とはいえなかった。

 文  献
1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について.郷土研究発表会紀要:22,P.159〜190,1976
2)加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査.郷土研究発表会紀要:23,P.151〜183,1977
3)坂東玲芳ら:山城町農家と農民の健康状態.郷土研究発表会紀要:24,P.105〜129,1978
4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:25,P.139〜149,1979
5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:26,P.195〜206,1980
6)右見正夫、今川大仁ら:上板町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:27,P.95〜102,1981
7)坂東玲芳ら:貞光町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:28,P.171〜183,1982
8)加藤和市ら:鷲敷町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:29,P.145〜155,1983
9)坂東玲芳ら:鴨島町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:30,P.97〜115,1984
10)加藤和市ら:羽ノ浦町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:31,P.103〜122,1985
11)坂東玲芳ら:石井町住民の健康状態について.郷土研究発表会紀要:32,P.147〜170,1986
12)加藤和市ら:海部町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:33,P.161〜187,1987
13)今川大仁ら:板野町における農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:34,P.111〜129,1988
14)原田武彦ら:上那賀町における農業従事者の健康状態.郷土研究発表会紀要:35,P.103〜118,1989
15)今川大仁ら:土成町における農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:36,P.123〜137,1990
16)坂東玲芳ら:松茂町住民とくに農漁業者の集団健康診断結果について.郷土研究発表会紀要:37,P.111〜121,1991
17)今川大仁ら:半田町農業従事者の健康状態について.郷土研究発表会紀要:38,P.129〜136,1992
18)徳島県厚生農業協同組合連合会、健康管理活動結果報告書(平成2年度,平成3年度)


−その2.健康と農業との関連に関するアンケ−ト調査について−
 私ども農村医学班は、総合学術調査に参加して、総合的な集団健康診断を行うとともに健康と農業に関するアンケート調査を実施した。
 アンケート調査のまとめの中から主な項目を抽出して報告する。
 まず、調査の対象は、三好町でおもに農業を営んでいる男子78人、女子98人、合計176人で、平成4年8月4日より8月7日の4日間にわたって調査した。
 その性別、年齢別構成は表(1)のとおりである。
 これらの対象者の農業従事の年間割合は、5割以上が176人中84人(47.8%)となり、年間における農業収入の割合は5割以上が176人中55人(31.3%)で専業率が低く、第二種兼業農家が多い。
 また、家族の構成は、平均4.5人であった。
 表(4)、(5)は、健康増進・嗜好についての調査結果である。
 健康増進についての調査で一番身近に関心を持っていることは男女とも「健康」であり、男子66%、女子73%を占めており、実施内容では、男子は「睡眠を十分にとる」、次いで「食事に気を配っている」であり、女子は「睡眠を十分にとる」、次いで「食事に気を配っている」となっている。
 働く農民に多い症状8項目の調査では表(6)に示すように、男子は、「腰痛」「肩こり」の順となっている。女子は、「肩こり」「腰痛」、次いで「不眠」となり、男子に比べて「不眠」の割合が高い。
 表(7)の8症状について定められた基準により採点、評価してみると、総合点が2点以下で対策が必要としない人が、男子では48%、女子では39%、何等かの対策を必要とする人は、男子で51%、女子では52%となっている。さらに治療を必要とする人は、男子で1%と低く、女子では9%であり、男女とも要対策を合わせると半数以上を占めており、疲労の積み重ねが病気の始まりの危険信号と考えなければならない。
 表(8)は、1日の仕事が終わった時点での疲れの自覚症状について調査したものである。1 のねむけとだるさの10項目の内、男女とも「横になりたい」「足がだるい」「目がつかれる」で、2 の注意力集中の困難さを示す精神疲労では、男女とも「ちょっとしたことが思い出せない」「根気がなくなる」で、3 の局在した身体違和感では、男子は「腰がいたい」「肩がこる」で、女子は、「肩がこる」「腰がいたい」の順になっており、農業特有の症状が現れている。
 表(9)、(10)は、慢性病についての調査結果である。男子は33.3%、女子は33.7%の人が何等かの慢性的な病気をもっている。その内容は、「胃・十二指腸」「高血圧」等である。
 表(11)は、自分の血圧の平常値を知っているかという問いに対しての回答を示したもので、男子が62%、女子は56%が知っており、若干男子の方が認識度が高い。
 表(12)は、農薬によると思われる中毒症状の経験の有無の調査結果で、男子は6%、女子は11%が経験している。その症状は、表(13)のとおりで、「頭痛」あるいは「はきけ」が多くなっている。
 表(14)に示したように、農薬中毒の原因は「服装・マスクなどの防備不十分」が多く、農薬の使用については十分注意し、慎重に取り扱う必要がある。
 表(15)に示したとおり、今年になって健康診断を受けた者は、男子67人(86%)、女子84人(83%)で、男女とも健診率が高い。表(16)は、その健診の内容である。
 表(17)は、健診を受けなかった人の受けなかった理由について調査した結果で、「現在は健康である」、「忙しくて行けなかった」の順となっているが、自分の身体を自分で管理するためにも、年1回の健診は必ず受けるようにしたいものである。
 最後に表(18)で示したように、「次の健診の機会があれば」との問に対し、かなり高い受診希望があることがわかった。

まとめ
 農家の健康を守るアンケート調査の結果、今後は総合的な健診の機会を計画的に実施することと、健康意識を高め、健康教育の徹底を図っていくことが大切であることが示された。
 今回の調査に当たり、最後まで全面的なご協力をいただいたJA三好郡の関係者の方々に対し、厚くお礼申し上げます。

脚注 ※JA徳島厚生連 阿波病院


徳島県立図書館