阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第39号
三好町の水生昆虫

水生昆虫班(徳島生物学会)

             徳山豊1)

1.はじめに
 阿波学会による三好町総合学術調査に水生昆虫班として参加し,三好町内を流れる小川谷川と支流の増川谷川,滝久保谷川および黒川原谷川,吉野川の一区域で水生昆虫類の調査に当った。
 これら河川のうち,吉野川においては森(1939),桑田(1962),徳山(1981,1988)らの調査報告があるが,他の河川においてはまとまったものが見られない。そこで,本調査では,各河川の水生昆虫相を明らかにすることを目的とした。
2.調査地点と調査方法
 調査水系と調査地点を図1に示した。小川谷川は阿讃山脈に源を発する全長約 10.7km の小河川である。増川谷川,滝久保谷川は小川谷川の支流でそれぞれ全長が約 4.7km,2.8km の小渓流である。黒川原谷川は全長約 4.3km の小河川である。これら吉野川の支流は,いずれの河川も水量は多くない。
 調査は図1に示すように,小川谷川に4地点,増川谷川に3地点,滝久保谷川に1地点,黒川原谷川に2地点,吉野川に2地点の計12地点に調査区を設け,各地点でできるだけ多くの種を集めるよう努めた。すなわち,金属製のちりとり型のざるを用いて,川底の石礫,砂泥等をすくい取り,そこに見られる動物をピンセットで取り出した。採集と同時に気温,水温,河川幅,水深等の環境要因を測定した。また,可児(1944)に従い,Aa 型,Aa-Bb 型,Bb 型等の河川形態区分を行なった。これらの調査は,1992年8月に行なった。なお,吉野川については,台風による増水のため採集困難であったことと,水生昆虫類の流出が予想されたことで8月の調査は実施せず,河床が十分安定するのを待ち,冬季(1月)に調査を実施した。
 採集した試料は,ホルマリン液で固定し,持ち帰って種の判別を行なった。なお,種の同定は津田(1962),川合(1985),石田ほか(1988)に従った。調査地点としては河床が比較的安定していると思われる所で,早瀬または平瀬のある区域を選んだ。
3.調査結果と考察
(1)調査地点の環境
 調査時に測定した各地点の環境を表1に示した。各地点(以下,略号 St. を用いる)の様相は以下のようであった。
St.1(男山):小川谷川の上流域で,早瀬,淵が見られ変化に富む。右岸部に人家があり,家畜の飼料や有機肥料の集積場がある。
St.2(東山):東山小学校前で,石礫が多く,澄んだ水が流れていた(図2)。
St.3(石木橋):やや深い谷を形成し,河床はやや荒れていた。
St.4(昼間):小川谷川の下流域で左岸部側を水が流れ,右岸部側は川原になりヨモギなどの植物が繁茂していた(図3)。
St.5(滝久保):小川谷川の小支流で,河床はかなり荒れていた(図4)。
St.6(中野):上流域で浅い谷になり,河床はやや荒れていた。
St.7(増川):増川小学校前の浅い谷で,澄んだ水が流れる。ツルヨシ等の植物が多く繁り,やや平地流的な様相であった。
St.8(赤谷橋):典型的な山地渓流域で,両岸は樹林に囲まれ,川底には頭大以上の石が多かった(図5)。
St.9(尾花):水量は乏しいが,澄んだ水が流れていた。調査地点付近の河床は安定していたが,この地点から下流側の川底は荒廃が著しい。
St.10(足代):砂防堰堤の下で,河床はこぶし大の石礫が多く,不安定な様相であった。調査時は増水していたが,ふだんは水量が少ない所と考えられる。
St.11(土井):調査地点の上流部に生活廃水を含んだ小川が流入し,やや濁りが見られた。河川を構成する物理的環境は単調であった。
St.12(伊月):頭大の石の多い早瀬部で,石の状態は安定していた。この地点も,河川を構成する物理的環境は単調であった。
(2)出現種と出現種数
 採集された水生昆虫と昆虫以外の底生動物を,調査地点別に整理し表2に示した。
 出現した種は,県内の河川において普通に出現している種が大部分であった。出現総種数は,水生昆虫が8目64種,昆虫以外の底生動物が4種であった。
 出現種数を目別に見ると,カゲロウ目が22種で最も多く,次いでトビケラ目が18種,カワゲラ目が7種,双翅目5種,蜻蛉目と半翅目が各4種,広翅目と鞘翅目が各2種であった(図6)。
 出現種の目別頻度では,カゲロウ目,カワゲラ目,トビケラ目の3目で全体の69%を占めていた(図7)。
 各調査地点における出現種数(図8)は,黒川原谷川のSt.9,St.10で最も少なく15種であった。このように,黒川原谷川で出現種数が少ないのは,水量が少ないため底生動物がすみにくい状況にあるためであろうと推定される。逆に最も多かったのはSt.1で41種であった。St.1で出現種数が多いのは,この地点が石礫,砂泥等の多様な環境から成っていたため,さまざまな種が生息可能であったからと思われる。出現種数が多いことは,その地点の自然が保持されていることの証明でもある。
(3)分布状況
 調査地点別の目別出現種(表2)について,多くの地点で出現した種,特定の地点やある時期だけに出現するなどで出現にかたよりがみられた種など,分布上特徴があると思われるものについて言及する。
 カゲロウ目では,エルモンヒラタカゲロウ,コカゲロウ属の1種が多くの調査地点に出現した。エルモンヒラタカゲロウは,採集される個体数が比較的多いもので県内河川では最も普通に採集される。フタスジモンカゲロウ,モンカゲロウ,トウヨウモンカゲロウのモンカゲロウ属の3種は,フタスジモンカゲロウが河川上流部,モンカゲロウが中・下流部,トウヨウモンカゲロウが下流部に分布する傾向があると言われているものである(桑田,1958)。今回 St.4では,3種がいずれも同時に出現した。オオクママダラカゲロウは,1月に St.11,St.12 で採集された。本種は,これまでの吉野川における調査結果(徳山,1988)によると冬季から春季に採集される傾向がある。
 カワゲラ目では,カミムラカワゲラ属の1種が多くの地点で採集され個体数もやや多いものであった。ヤマトアミメカワゲラモドキは,1月に St.11,St.12 で採集された。本種も,冬季から春季に採集される傾向がある(徳山,1988)。
 トビケラ目では,ヒゲナガカワトビケラ,ウルマーシマトビケラ,ムナグロナガレトビケラが多くの地点で採集された。ヒゲナガカワトビケラは全地点に出現しているが,水生昆虫類の中で最も普通に見られ,個体数も多いものである。同じ属のチャバネヒゲナガカワトビケラは,採集された地点,個体数ともに少なかった。オオシマトビケラは,吉野川本流の平地流域では普通に見られもので,比較的個体数の多い種である。しかし,阿讃山脈を流れる吉野川の支流では,宮川内谷川,日開谷川で採集されただけである(徳山,1979,1990)。今回も本流で採集されただけで,支流からは採集されなかった。ナカハラシマトビケラは,St.12 で採集されたが,他の地点では採集されていない。本種も,オオシマトビケラのように局地的な分布を示す傾向がみられる。コバントビケラは,St.1,St.7,St.8で採集された。本種は,広葉樹の落葉を楕円形に切ったものを2枚重ねた巣を作り,落葉が沈積するようなよどみに生息する。ホソバトビケラは,St.1で採集された。本種も,河川のよどみに生息する。
 蜻蛉目は,他の県内山地渓流で出現した種数に比べるとやや少ない結果であった。
 半翅目では,イトアメンボが採集されたが,県内河川での採集例は多くない。アメンボは,ごく普通に見られるものであるが,今回の調査地点では少なかった。台風による増水の影響があるのかも知れない。
 広翅目では,2種が採集されたが,この中のヘビトンボは,県内河川に普通に見られる種である。センブリ属の1種は,河川の緩やかな流れで採集される。
 鞘翅目の出現種は2種で,出現した地点,個体数とも少なかった。
 双翅目のユスリカ科は,同定が困難なため種までの分類は行なわなかったが,数種類に分けられるものである。
4.おわりに
 調査水系から,8目64種の水生昆虫類が確認された。地点別に見ると20種を越える地点が多く,水生昆虫相は比較的豊富である。調査時は台風による増水の影響もあり,その影響がなければさらに多くの種が出現すると推定される。また,調査期間が夏季あるいは冬季の短期間であるため,調査水系の水生昆虫相を把握するにはさらに調査を継続する必要がある。
 今回の調査で出現した種は,清冽な水域を好む種が大部分を占めており,水質が良好であることを示している。しかし,護岸工事による濁水が流れる所も見られた。今後,水質,河床状況等の河川水質環境の保持が望まれる。

参考文献
1.石田昇三,石田勝義,小島圭三,杉村光俊(1988)日本産トンボ幼虫・成虫検索図説.東海大学出版会,東京.
2.伊藤猛夫,二階堂要,鮫島徳三,桑田一男(1962)吉野川水系のアユを主とした魚類の生態と漁獲量の推定.水生昆虫類.徳島県内吉野川水系漁業実態調査会,pp.18-22.
3.可児藤吉(1944)渓流性昆虫の生態.古川晴男編,昆虫(上巻),pp.171-317.研究社,東京.
4.川合禎次(編)(1985)日本産水生昆虫検索図説.東海大学出版会,東京.
5.桑田一男(1958)石手川水系における Ephemera モンカゲロウ属の分布.第2報.あげは,No.6:pp.16-19.
6.津田松苗(1962)水生昆虫学.北隆館,東京.
7.徳山 豊(1981)吉野川水系の底生動物相と生物学的水質判定.昭和56年度長期研修生研修報告書.徳島県教育研修センター,pp.18-22.
8.徳山 豊(1988)徳島県主要河川における水生昆虫の生態学的研究.鳴門教育大学大学院学校教育研究科修士論文.
9.徳山 豊(1979)日開谷川水系の水生昆虫.郷土研究発表会紀要(阿波学会),No.25:pp.95-104.
10.徳山 豊(1990)宮川内谷川の水生昆虫.郷土研究発表会紀要(阿波学会),No.36:pp.83-92.
11.森 主一(1939)四国主として徳島県陸水の生態学的研究IV 吉野川の底生動物.陸水雑,9:pp.6-10.

1)徳島県立博物館


徳島県立図書館