1.はじめに 私達農村医学班は、昭和50年に阿波学会の学術調査に参加し第1回の神山町における学術調査以降、主に農業従事者を対象に健康調査及びアンケート調査を行ってきている(参考文献1〜15)。 本年度は半田町における農林業従事者の健康状態について調査を実施したので、その結果を報告する。 2.調査対象と方法 調査対象者は、半田町在住の農林業従事者で、男子60名(平均年齢56.3歳)、女子60名(平均年齢55.5歳)の計120名であった(図1)。
健診内容は、問診と内科的診察の他、身体測定、血圧測定、尿検査、血液生化学検査、胸部、胃部レントゲン、心電図検査、眼底検査を実施した。 検査方法と結果判定基準を表1に示した。検査結果をA:異常なし、B:要注意、C:要精査、D:要治療の4段階に分け、CとDを異常と判定した。
調査は平成2年7月30日から連日4日間、健診会場は、美馬郡農協半田支所、八千代支所において実施した。
3.調査結果 (1)既往症について 表2は、問診による男女別の既往症の内訳を示した。男子では74.6%に何らかの既往症があり、腰痛(27.1%)、高血圧(15.3%)、尿管結石(8.5%)、胃十二指腸潰瘍(6.8%)、痔(6.8%)が上位を占めた。女子では81.7%の高率で既往症がみられ、腰痛(23.3%)、高血圧(23.3%)、貧血(13.3%)、膀胱炎(11.7%)が多かった。男女共に腰痛、高血圧が多く、尿管結石、胃十二指腸潰瘍、貧血、膀胱炎では明らかな性差がみられた。
(2)嗜好について 飲酒習慣に関しては、男子では37.3%が毎日飲酒している。また、女子では時々飲むを含めて18.3%と少なかった。(表3)
喫煙者率は、男子で47.5%、女子は3.3%であった。(表4)
低率な飲酒習慣を認めたが、これは後述するように、肥満及び耐糖能障害の発症率の低値を裏付ける一つと思われる。 (3)総合判定結果 今回の健康診断結果から要精査または要治療と判定された異常者率は、男子が80.0%、女子が76.7%で全体では78.3%と高率であった。(表5)
異常の多くみられた検査項目を上位より順にあげると、男子では、尿検査異常25.0%、肝障害16.7%、高血圧15.0%、胃部X線検査異常12.5%であり、女子では、尿検査異常32.2%、胃部X線検査異常18.5%、胸部X線検査異常14.0%、高血圧13.3%の順であった。 尿糖陽性者はみられず、また、空腹時高血糖者は1名(0.83%)のみであった。 以下、これらにつき平成2年度県下総合健診(6,213名)と比較し検討する。(文献16) 〈検尿結果について〉 表6に検尿結果を示した。尿蛋白陽性者率は男女とも総合健診に比べて約2倍近い高率であった。尿潜血陽性率では、女子が高率であった。血中尿素窒素の上昇のみられたのは5%、クレアチニンの上昇は0%であることなどから、上記陽性者が腎疾患と直接に結びつかなかった。しかし、追跡調査は必要と思われる。
〈肥満・尿糖・主血糖について〉 明治生命作成の標準体重表を用いて肥満度を算出し120%以上を肥満と判定した。肥満度120%以上が9名(男子1名、女子8名)みられたが、130%以上の高度肥満者がみられなかった。 今回の120名中には尿糖陽性者は一人もみられず、また、高血糖は、非肥満者男子1名(0.83%)のみであった。 高脂血症については、女子は平均的であったが、男子は2名(0.33%)と低率であった。血清トリグリセライド(TG)高値は0名。(表7)
〈高血圧について〉 高血圧は、男子9名(15.0%)・女子8名(13.3%)にみられた。これを総合健診の高血圧者率(男子6.4%、女子4.7%)と比べると高率であり、特に女子では約3倍近くにもみられた。 〈貧血について〉 血色素量で男子は
12.9 g/dl 以下、女子は 10.9 g/dl
以下を貧血者とした。 男子1名(1.6%)、女子3名(5.0%)に貧血者が認められた。小球性貧血のパターンをとっている。貧血者のうち胃部X線検査異常を認められた者はいなかったが、軽度の肝障害が2名みられた。 〈肝機能検査結果について〉 肝機能検査として、血清蛋白、GOT、GPT、ALP、γ-GPT、ZTT、CHE(コリンエステラーゼ)、LDH、HBs
抗原、APT について実施し、その結果を表8に示した。
単独異常をみたものは14名(男子10名、女子4名)、GOT
単独異常4名(男子2名、女子2名)、γ-GPT 単独異常5名(全員男子)であった。 重複異常をみたものは、GOT+GPT
の異常は4名(男1名、女子3名)、HBs 抗原陽性+GOT 異常は女子1名であり GOT
値は40単位と軽微上昇のみであった。 異常についても、GOT・GPT
ともに100単位以下であった。 肝障害を総合健診と比べてみると、男子は低率で、女子は平均的であった。 HBs
抗原陽性者は、0.83%(総合健診3.0%)と少なかった。追跡調査では HBV
キャリアーであった。 今回特色を持たせる意味で肝癌の腫瘍マーカーの一つである AFP
測定を全員に施行したが、その結果すべての者が陰性であった。 〈X線検査について〉 胸部間接X線検査は男子57名、女子57名に実施し、男子4名、女子8名の10.5%に要精検であった。その内容は、肺結核の疑い5名、心拡大3名などであった。その後の追跡調査により要精検査12名中10名が、X線撮影・CT
等で精査を受けており、陳旧性肺炎1名、ブラ1名であった。 胃部間接X線検査は男子48名、女子54名に実施し、男子6名、女子10名の15.7%に要精検であった。その内容は、胃ポリープ女子8名、胃潰瘍3名、十二指腸潰瘍の疑い3名などであり、その後要精検者16名中11名が精査を受けており、胃潰瘍2名、胃炎2名、十二指腸潰瘍1名、胃ポリープ1名であった。 〈便潜血検査について〉 大腸検査として便潜血検査を110名に実施し、8名が要精査であった。3名が精査を受けその内1名が、S字状結腸癌と診断された。 〈心電図検査について〉 男子7名、女子2名の7.5%に異常がみられた。その内容は、心室性期外収縮2名、左室肥大2名、洞性徐脈、完全右脚ブロック、洞房ブロック、ST
異常、陰性T波など各1名ずつなどであった。 〈眼底検査について〉 昨年度総合健診においては3.5%に異常がみられていたが、今回の120名中には、異常がみられなかった。 4.まとめ 半田町の農林業従事者男子60名、女子60名の健康診断結果を要約すると 1)総合異常者男子80.0%、女子76.7%の高率であった。 2)飲酒習慣は低率であり、特に男子では、肥満は少数であった。。 3)尿糖陽性者はみられず、高血糖は1名のみであった。 4)今回は、AFP
測定を実施したが、異常者はみられなかった。 5)半田町農林業従事者男子において、肥満少数、尿糖陽性者みられず、高血糖及び高脂血症低率などから、食事・飲酒等からの摂取カロリーが比較的良好と考えられる。
文献 1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について、郷土研究発表会紀要:22,P.159〜190,1976 2)加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:23,P.151〜183,1977 3)坂東玲芳ら:山城町農家と農民の健康状態、郷土研究発表会紀要:24,P.105〜129,1978 4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:25,P.139〜149,1979 5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要:26,P.195〜206,1980 6)右見正夫、今川大仁ら:上板町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:27,P.95〜102,1981 7)坂東玲芳ら:貞光町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:28,P.171〜183,1982 8)加藤和市ら:鷲敷町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:29,P.145〜155,1983 9)坂東玲芳ら:鴨島町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:30,P.97〜115,1984 10)加藤和市ら:羽ノ浦町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:31,P.103〜122,1985 11)坂東玲芳ら:石井町住民の健康診断結果について、郷土研究発表会紀要:32,P.147〜170,1986 12)加藤和市ら:海部町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:33,P.161〜187,1987 13)今川大仁ら:板野町における農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要:34,P.111〜129,1988 14)原田武彦ら:上那賀町における農林業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:35,P.103〜118,1989 15)今川大仁ら:土成町における農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要:36,P.123〜137,1990 16)坂東玲芳ら:松茂町住民とくに農漁業者の集団健康診断結果について、郷土研究発表会紀要:37,P.111〜121,1991 17)徳島県厚生農業協同組合連合会、健康管理活動結果報告書(平成2年度)
脚注 ※ JA 徳島厚生連 阿波病院 |