阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第37号
松茂町住民とくに農漁業者の集団健康診断結果について

農村医学班

 ※坂東玲芳(文責)・村田孝・久保博・

 居村剛・西村典三・角谷昭佳・

 石井敏博・石原茂樹・林重仁・

 大久保岩雄・吉益誠

 ※※蔭山哲夫・松浦一・八十川正夫・ 

 林まゆみ・原茂子・原田容志江・

 岸田早苗・坂東貴子

はじめに
 農村医学班は、昭和50年より阿波学会の調査1)に参加し、今回で16回目を迎える。この間の医学の進歩は、まことに著しいものがあり、日本人の平均寿命も、世界第一を誇る状況が続いている。本調査における診断内容も、軌を一にして、漸次充実進歩してきており、現在の診断内容は、いわゆる巡回集団健診の中では、もっともレベルの高いものであると考えられる。
 本年もまた、医学班と同時に協同して調査にあたり、栄養摂取状況や、細胞免疫能の調査も施行している。新しい試みとして、CEA(癌胎児性抗原)を測定したほか、松茂町内には、農業者の他、漁家も多くみられることから、今回は、とくに、漁家の人々も調査対象として、農漁業者2群間の対比も施行した。ここに、これらの結果を報告する。
対象と方法
 例年のように、対象者の選定は、地元の松茂農協および長原漁協にお願いした。両組合とも従前よりいわゆる健康管理事業には、豊富な経験を有しており、対象者の選定および、予備調査は、スムーズに進行した。
 表1に対象者の概要を示した。表のように、男性126人(平均年齢51.7歳)、女性133人(平均年齢53.1歳)、計259人(平均年齢52.4歳)であり、農業、漁業者間には、年齢差はみられず、両群間の比較は、可能であると考えられた。

 健康診断の内容と、結果の判定規準(徳島県厚生連制定)を表2に示した。この他、先述したように、今回、集団健診では初めて、CEA(癌胎児性抗原)を測定し、また、便潜血反応(大腸癌スクリーニング)も併せ施行した。

 さらに、数年来、飲酒と健康の関連研究2)を続行中であるので、従来のアンケートに加えて、飲酒と喫煙に関する新しい質問紙を作製し、質問紙調査を行った。その内容には、飲酒の好き嫌い3、飲酒頻度4、量6、週間飲酒量6の項目があり、喫煙3項目および KAST(久里浜式アルコール症スクリーニングテスト)も併せて組みいれた。また、先天的飲酒耐性の有無を知ることのできるエタノール皮膚パッチテスト3)も施行し、これと飲酒状況を知るための検討に資した。


結果
1.松茂町住民の健診結果と県平均との対比
 表3に今回の調査の総合判定結果を、昭和63年、平成元年度の徳島県厚生連施行の県平均の異常率と対比して示した。

 松茂町住民の農業者男性のそれは、昨年度の県平均と大差のないものであったが、漁業者男性の異常率は87.1%と高い結果を得た。
 女性において、農家、漁家両群とも、県平均より、やや悪いものの、大きい差は認められなかった。
 表4に、男性の各種の検診項目毎の異常者数とその率を昨年、一昨年度の県平均と比較して、異常率の高いものの順にならべた。判定規準で、C、Dと判定せられたものを異常とすると、その率のもっとも高かったのは CEA の22.2%であり、以下、GPT、γ−GTP、胃X−診結果、尿潜血、血糖、中性脂肪、ZTT、尿酸、肥満度等が、10位以内に入った。

 表5は、女性の同上項目に関する集計結果であり、CEAは、男性ほど高くなく、県平均より高い異常率を示したのは、肥満度、ZTT、中性脂肪、γ−GTP 等であった。

2.農家、漁家群の異常率の比較
 はじめに述べたように、対象者は、農協および漁協の組合員であるので、この農漁家2群間の比較を行った。
(1)男性について
 表6に、男性の農、漁家両群の間に、異常率の差異の認められたものを示した。漁業者には、肥満度の高いものが多く、また、肝機能異常率が高く、おそらくこの二つの異常との関連の考えられる高尿酸血症者、高血糖者、肝潜血陽性者、胃X−診要再検者等がより多く認められた。

(2)女性について
 表7に、男性と同様の項目につき、農漁家2群間を対比して示した。傾向は、男性におけると同様であるが、男性にみるような有意の差はみとめられない。

3.飲酒の影響
(1)エタノール皮膚パッチテスト陽性率
 ALDH2(アテトアルデヒド脱水素酵素−2,low km Acetoaldehydrogenase)欠損を簡便に知ることのできるエタノールパッチテストの結果を表8に示した。農漁家両群とも、徳島県ならびに、全国平均と比較しても、差を認めない。すなわち、松茂町住民の飲酒耐性は、日本人全体と同一レベルにある。

(2)飲酒行動
 男性についてその飲酒行動をみたのが表9である。農漁業者間でみると、漁業者は、農家群に比べ、より強い飲酒習慣があり、このことは、全国的傾向と一致する。1日飲酒量の平均値を概算すると、農業者は1.28合、漁家は1.54合となる。また、おそらく1日平均2合以上の飲酒者は、農家33.4%、漁家51.6%である。

(3)久里浜式アルコール症スクリーニングテスト結果
 表10に農漁業者間のテスト結果を対比して示した。飲酒による影響が KAST スコアに明瞭に示され、スコア平均値は、農家に比べ、漁家は2倍高い。したがって、重篤問題飲酒者率も同様に高く、全国平均を超えている。

(4)飲酒量とγ−GTP
 図1に週間飲酒量とγ−GTP の関係を示した。週間摂取エタノール量が 300ml 以上(日本酒1日2合以上相当)を超えると、γ−GTP は、正常値の 40Iu/dl を超える。3合/日以上のエタノール週間摂取 500ml を超えれば、γ−GTP は3桁の高値を示す。

4.CEA(癌胎児性抗原)
 CEA テストは、いわゆる腫瘍マーカーである。今回、集団健診の中では、初めて施行してみた。酵素免疫測定法で施行した CEA の結果の5ng/ml を超えるものを異常として、年代別にみた異常者率をみたのが表11である。年齢の増加とともに、CEA の異常率は高くなる。

 図2は、喫煙本数と、CEA の関係である。40本/日以上の喫煙者では、CEA の値は、正常を超えて高い。

考察
 健康診断結果の判定は、表2に示したように、A:正常、B:ほぼ正常〜軽度異常、若干の要注意の場合あり、C:異常あり、要再検、または、要精検、D:異常あり、要医療と判定される。いずれの一項目でも異常であれば、とくに診察判定医が、特別の考慮を加えない限り、総合結果でも異常との結果がコンピュータにより判定される。例えば、しばしばみられ、かつ、その多くが健常である女性の尿潜血(++)が、Cと判定され、要再検となる。表2には、28の検診項目があり、今回の松茂町阿波学会健診では、さらに、CEA テスト、胸部および胃X線診断、心電図検査、眼底検査、便潜血反応検査、医師による内科的診察を加え、計35項目の詳しい検査であった。このようないわゆる精密健診では、対象となる多くの集団において、C〜Dと判定される異常率は、50%程度となる。
 かかる観点からみた松茂町住民の総合判定結果は、県平均の異常率よりやや高く、とくに漁家のそれは、とくによくない。男女性とも県平均より、やや高い異常率となったのは、おそらく、便潜血反応検査や、CEA テストを、従来の健診に加えて施行したものによると思われる。この35項目に亘る健康診断指標のうち、CEA の異常率が、もっとも高く、首位を占めた。CEA テストは、従来、集団健診では未施行であるので、県平均のものはなく、対比検討できないが、文献4)上みられた健常者における異常率は5.6%、良性疾患24%、悪性疾患48%等の報告があり、松茂町住民の CEA 異常率22.2%は、良性疾患のそれに相当し、健常者としては、かなり高い異常率と思われる。この他、徳島県平均の異常率よりみて、松茂町住民における健診異常率の高いものは、男性においては、γ−GTP、血糖値、ZTT、尿酸値と肥満度であった。女性においては、ほぼ同様に、肥満度、ZTT、中性脂肪、γ−GTP であった。これらの原因には、なにが考えられるであろうか。先述したように、総合判定結果の異常率をおしあげたのは、CEA テスト結果と考えられるが、この原因の第2には、漁家の異常率の高さが考えられる。表6で示されたように漁家の異常者率は、農家に比して高く、このことが、松茂町住民の異常者率をおしあげている。中でも、表6で示したように、γ−GTP の高値の人達が多く、60Iu 以上で、漁業者32.3%、農業者13.7%であって、GTP もほとんど同様な値である。γ−GTP は、一般には、40Iu 未満を正常とし、これ以上を異常とすることが多い。この規準でみ直すと、漁家男性 14/31(45.2%)、農家男性 25/95(26.3%)が高値を示し、また、100Iu 以上の人達は、前者6/31(19.4%)、後者6/95(6.3%)であった。一般に、γ−GTP 100Iu、3桁以上となると、いわゆるアルコール性肝障害の状態となり、肝細胞自身の異常を示す GOT、GTP も異常値を示すことが多い。周知のように、γ−GTP は、飲酒により増加し、飲酒による健康障害の指標として、もっとも鋭敏かつ正確である。このことは、図1に示したところであり、一般的に、日本酒2合/日以上の飲酒者では、その多くが、γ−GTP 40Iu を超し、3合以上/日では、100Iu をこす異常値を示す。
 松茂町住民の先天的飲酒耐性、すなわち、エタノールパッチテストの陽性率をみると、表8のように、徳島県および全国のレベルと大差なく、また、農家、漁家とも差はみとめられない。すなわち、松茂町住民の農、漁家とも、とくに酒に強い人達の集団ではない。このことは、アンケートによる飲酒行動調査によって、表9で表示したように、飲まない農業者30.6%、漁業者22.6%の数字からも知ることができる。すでに報告したように、農漁業者の飲酒行動には、飲む人、飲まない人達が明瞭に分別される傾向があり、とくに、このことが、松茂町の漁家の人達に、顕著に表われていると考えられる。また、このことは、KAST 結果(表10)においても明瞭で、農漁家群を比較すると、正常者の率は、差がないにかかわらず、重篤問題飲酒者率は、明らかに漁家に高い。すなわち、漁家飲酒者は、農家飲酒者より、必ずしも多いわけではないが、飲酒のあり方そのものに問題あり、と指摘することができる。
 このように、γ−GTP の高値、KAST にみられる飲酒による問題行動等から考えられる飲酒過剰が、関連するその他の健康指標、すなわち、高尿酸、高血糖、また、アルコールによる消化管障害としての便潜血反応、胃X−診の要再検者率の高率化等にも影響していると考えてもよいように思われる。
 CEA(癌胎児性抗原)は、この高値が、そのまま、癌の発生、あるいは、癌性疾患の存在を意味するものではない。しかしながら、全悪性腫瘍の約 1/2 に、異常の高値を示し、かつ、治療効果によく反映することより、多くの腫瘍マーカーのうち、もっとも信頼できるものとして、臨床上汎用されている。また、年齢、喫煙との関連も、よく知られているところである。CEA テストは集団健診では、今回、初めて試みたので、これらの関係を検討し、表11、図2に示したように、高齢化と喫煙との関係を明らかに知ることができた。高齢化、そして、喫煙は、ともに著明な癌発生の危険因子である。経年による変化は、享受せざるを得ない運命と言えるが、その他の習慣は、全て是正可能と考えられる。ここで、松茂町住民男性の喫煙状況をみると表12のようなアンケート結果である。喫煙率は、全国平均5)と同率であるが、40本/日以上のヘビースモーカーが17.7%、14人もみられる。喫煙平均本数は、農業者26.6本、漁業者23.3本である。喫煙は、先述したように、悪性腫瘍の危険因子であるとともに、循環器疾患の強いリスクファクターでもある。全人類が、喫煙をやめれば、その人類にもたらす健康上の利益は、計りしれないと言われている。今回のこの調査でも、CEA と喫煙との関係が明確であり、この面から、喫煙が癌の危険因子であることを示しているとも考えられる。喫煙、これは、絶対やめなければならない嗜好習慣である。

 つぎに、肥満度につき検討する。表4、表5でみるように、男性では、異常率の10位、女性では、3位を占めるとともに、県平均に比べ、かなり高い異常率である。農家、漁家を比較すると、両性とも、漁家群のこれが、とくに高い。周知のように、これもまた、高血圧、糖尿病等、成人病の危険因子である。肥りすぎもまた、松茂町住民において、改めるべき健康上の大きい問題点であると言えよう。
 人間の健康と寿命は、遺伝子に支配される先天的素因の他、生を享けてより、死に至る間の自然、社会、労働、生活等の諸々の環境や、食生活による栄養摂取、嗜好習慣等々、多くのものの支配、影響を受けている。とくに、食習慣、嗜好等は、いわゆる成人病の危険因子に関連するものが多く、ために、成人病疾患は、習慣病とも言われている。松茂町住民の栄養摂取状況については、別に医学班の報告があるが、一部のものを除いて、とくに著明な歪みがあるとは考えられず、むしろ、カロリー過剰による肥満が、前述のような問題であり、そして、嗜好としての飲酒と喫煙が、より大きい習慣病の因子となっている。
 松茂町は、大局的にみて、徳島県下でも、自然、社会環境等、もっとも恵まれた町村の一つである。が、総括すれば、住民、とくに農、漁家群の健康状態は、共に、県下レべルより、やや低い状態にある。この原因は、先述のように、嗜好習慣とくに飲酒と喫煙、そして栄養的にカロリーの過剰となる食事習慣にあると結論できる。幸い、これらの問題は、指導、教育、そして住民自身の自覚によって、速かに解決できる問題であり、早急な対策の樹立がのぞまれる。
結語
 農村医学班として、阿波学会調査に参加し、松茂町住民とくに、農家農業者と、漁家漁業者男性126名、女性133名、計259人の人達の精密健康診断を施行し、その結果を分析報告した。要約すれば、つぎの結論となる。
1.松茂町の農漁家の健康状態は、徳島県下の平均より比べて、男性にその異常率がやや高い。
2.これは、CEA テスト等、新しい検診項目を加えたことが一因である。この CEA の異常は、もっとも高いその率を示した。またこの CEA 値は、年齢と喫煙の関係が明らかであった。
3.γ−GTP 他の肝機能異常、血糖、尿酸値等に、異常者が多く、その原因は、飲酒によることが考えられた。
4.農、漁家両群を比較すると、漁家の異常者率が高く、その項目は、γ−GTP 等、飲酒関連の健康異常が多く認められた。
5.女性においても、男性と同一傾向にあるが、その異常率は、県平均と大差はない。
6.要するに、松茂町農漁家の健康異常の多くは、飲酒と喫煙等の嗜好習慣と、食事カロリー過剰による肥満とがその原因となっている。

文献
1)農村医学班報告:1 総合学術調査報告,郷土研究発表会紀要,No.22(神山町),P.159-190,阿波学会,徳島県立図書館,1976.2 同:No.23(牟岐町),P.151-183,1977.3 同:No.24(山城町),P.105-129,1978.4 同:No.25(市場町),P.139-149,1979.5 同:No.26(池田町),P.195-206,1980.6 同:No.27(上板町),P.95-102,1981.7 同:No.28(貞光町),P.171-183,1982.8 同:No.29(鷲敷町),P.145-155,1983.9 同:No.30(鴨島町),P.97-115,1984.10 同:No.31(羽ノ浦町),P.163-122,1985.11 同:No.32(石井町),P.147-140,1986.12 同:No.33(海部町),P.161-180,1987.13 同:No.34(板野町),P.111-129,1988.14 同:No.35(上那賀町),P.103-118,1989.15 同:No.36(土成町),P.123-137,1990.
2)坂東玲芳ほか:農漁村における飲酒習慣と健康との関連に関する研究.日農医誌,39(3),182-192,1990
3)坂東玲芳:飲酒習慣の疫学調査におけるエタノールパッチテストの応用とその意義について.農村の健康福祉シリーズ,No.51,50-57,1989
4)藤野雅之,遠藤康夫:癌胎児性抗原.日本臨床,40,1035-1038,1982
5)厚生の指標:国民衛生の動向,37(9),103-105,1990
  以上

※ 徳島県厚生連、麻植協同病院(坂東より吉益まで)
※※ 同、健康管理部(蔭山より坂東まで)


徳島県立図書館