阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第37号
松茂町住民の栄養調査

医学班

 植山篤則・岩品広敏・岩田晴美
 岡田悟・合田展子・酒井徹・新居佳孝

 権美那・宇高久美・古室真紀・

 今野雅之・冨田志津・鳥井知子・

 成松啓子・三好憲子・森口覚・

 水沼俊美・坂井堅太郎・中川雅子・

 小川久子・岸野泰雄1)

 我々医学班は、阿波学会総合学術調査の一環として農村医学班の調査と並行して松茂町住民の栄養調査を実施した。松茂町は、旧吉野川河口のデルタ地帯で古くから農業と沿岸漁業の町としてさかえたが、最近は、国道11号線バイパスの開通などで商工業の発展がめざましい。特産物には、レンコン、カンショ、ナシ、ダイコン、ノリなどがある。今回、ここに在住する住民の食物摂取量、生活時間、みそ汁塩分濃度、アンケート及びリンパ球の免疫能調査を実施し、興味ある結果を得たので報告する。
〈調査方法〉
1)対象
 徳島県板野郡松茂町農協および長原漁協に加入している農業・漁業従事者のうち、男性120名、女性132名、計252名に対して栄養調査及びアンケートを実施した。年齢は20歳代から70歳代まで、平均年齢は男性51.7±12.3歳、女性53.2±10.2歳であった。
2)期間
 平成2年7月31日から8月4日までの5日間にわたり実施した。
3)調査項目
 a)栄養素摂取量
 調査を行う数日前に食事調査表を各自に配布し、調査の前日に摂取した食物の種類と目安量を記入してもらい、調査日に持参するように依頼した。調査日には個々の面接により食品モデルを提示し、各自が記入した食品目安量を調査員が再確認した上でグラム数に換算した。なお栄養素摂取量および食品群別摂取量などの算定にはパーソナルコンピューター(日本電気PC―9801RA)を使用した。
 b)生活時間
 食事調査日の生活時間を記入してもらい、面接時に調査員が不明確な点を再確認し、生活時間の算定を行った。なお消費エネルギーは沼尻らの方法を用いた。また、各労作の活動代謝は以前の報告と同様の値を用いた。
 c)みそ汁の塩分濃度
 調査日に持参してもらったみそ汁について、堀場製作所製の HS−7食塩濃度計により塩分濃度を測定した。
 d)アンケート
 アンケート用紙を各自に配布して記入を依頼し、面接時に調査員が不明確な点をもう一度確認したうえで、各回答を得た。
 e)リンパ球の免疫能
 調査日に被検者から採血した血液からリンパ球を分離し、NK活性、幼若化能を測定した。
〈結果および考察〉
1)松茂町住民の食糧構成
 松茂町住民の食品群別摂取量は、「食品群別摂取量の目安」(速水氏案)を100%として図1に示した。穀類、いも類、油脂類は目安量をかなり下回る摂取量だった。たん白質源である豆類、卵類、乳類、魚類は目安量を充たしていたが、肉類は目安量を下回っていた。緑黄色野菜は、夏場でトマトなどを多く食べていたこともあって、果実類とともによく摂取されていた。しかし、小魚・海草類は目安量をやや下回っていた。
2)年齢別にみた食品群別摂取
 「食品群別摂取量の目安」(速水氏案)を100%として各食品群別の摂取量を40歳未満、40歳代、50歳代、60歳以上に分けて検討した。穀類の摂取では、年齢による違いはみられなかった(図2)。いも類では、各年齢で男性が女性よりも高い摂取傾向を示した(図3)。砂糖は、各年齢で女性が男性よりも高い摂取傾向を示し、特に40歳未満の女性については、摂取量が男性の約5倍であった(図4)。油脂類は、各年齢とも摂取量が低く、目安量の半分以下であった(図5)。
 たん白質源のうち、豆類は40歳未満で目安量を下回ったが、その他の年齢ではほぼ充足されていた(図6)。魚類は、各年齢ともよく摂取されており、よい傾向であった(図7)。また、魚類の摂取を松茂農協加入者と長原漁協加入者に分けて検討したところ、全体では長原漁協加入者の摂取量が高かったが、これは女性の摂取量に優位の差があるためであった(図8)。肉類では、40歳代の男性、女性でよく摂取されていたものの、年齢とともに摂取量は低下していた(図9)。卵類は全体的によく摂取されており(図10)、乳類も、60歳以上で目安量をやや下回っていた以外はよく摂取されていた(図11)。
 ビタミン源である淡色野菜は、各年齢で摂取量がやや少なかったが、緑黄色野菜は各年齢でよく摂取されていた(図12、13)。また、果実類も40歳未満の男性を除いて、全体的によく摂取されていた(図14)。
 ミネラル源である小魚・海草類は、60歳以上の男性を除いて摂取量が低く、その結果全体として摂取量が低くなっていた(図15)。
3)栄養摂取量
 日本人の栄養所要量(第4次改訂)を100%としたときの松茂町住民の平均栄養摂取量の比率(%)を図16に示した。脂肪の摂取はかなり低く、そのため、脂肪エネルギー比は低い値を示した(図29)。鉄、ビタミン B2 がやや所要量を下回っていた他は全般的に充足されており、たん白質、カルシウムもよく摂取されていた。また、ビタミンCは緑黄色野菜の摂取が多かったためか、とくに高い値を示した。
4)年齢別にみた栄養摂取量
 栄養素摂取状況においては年齢の違いによる差はあまり見られず、どの栄養素もよく充足されていた。男女間の比較では、各年齢ともに、ビタミンA、ビタミンCの摂取量は女性が男性を上回っていたが(図24、28)、鉄は各年齢とも女性は男性に比べ低く所要量を下回っていた(図23)。
5)みそ汁の塩分濃度
 図31は、みそ汁の塩分濃度を測定し、その濃度の度数分布を示したものである。塩分濃度は、男性は1.0〜1.2%をピークに、女性は1.2〜1.4%をピークに全体の70%以上の人が推奨濃度である1.0%を越えており、全般的に塩辛いみそ汁をとる人が多かった。しかし、アンケート調査の結果ではほとんどの人が自分の家のみそ汁を塩辛いと思っておらず、栄養指導の必要性が考えられる。また、実際の食塩摂取量は平均約11 g で全国平均とはほぼ同じであるが、厚生省の推奨値である10 g よりは多く、指導による改善が望まれる。
6)アンケート
 食物摂取調査は1日の結果であるので、食生活の全貌をとらえるべく、栄養意識および食物摂取頻度について調べた(図32)。食品の組合せを考えている人は、女性に多くやはり女性の方が栄養意識は高いようだった。緑黄色野菜をよく食べると答えた人が多かったが、これは実際の調査結果と一致していた。間食をする人は、男性、女性ともに多かったが、欠食する人は少なく、全般に良好な結果であった。
7)リンパ球の免疫能
 免疫能の指標の一つとしてNK活性と、幼若化能を測定した結果、NK活性は男性より女性の方が高い傾向にあった(図33)。PHAに対する幼若化能は男女で違いはみられなかったが、ConA に対しては男性の方が高い傾向にあった(図34)。
〈まとめ〉
 松茂町住民の食生活は、食品群別摂取量、栄養素別摂取量ともによく充足されており、大きな問題となるような過剰摂取もみられなかった。しかし、油脂類の摂取が低く、そのため脂肪エネルギー比も低くなっているため、もう少し油を使った料理を増やすなどして油脂類を摂ることが望ましい。農村地区では、たん白質が不足しがちであるが松茂町では、そのような傾向はみられなかった。これは、魚類、乳類、卵類、豆類がよく摂取されていることによると思われるが、乳類の摂取については、多い人と少ない人との差が大きかったため、摂取の低い人は乳類を摂るように心がけることが望ましい。
 野菜類は、夏場ということもあってよく満たされていた。とくに、緑黄色野菜についてはアンケート調査でもよく食べているという結果がでており、このような食習慣の継続が望ましい。
 食塩摂取量は、11g と厚生省の推奨値である 10g よりやや高く、多くの人は塩辛いみそ汁を飲み、それを塩辛いと感じていなかった。このことから、当町の人は塩辛い味付けになれていると思われ、食塩摂取と高血圧などの成人病との関連からも栄養指導の必要があろう。
〈参考文献〉
1)手塚朋通ら:脇町地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、19,57,1973
2)高橋俊美ら:宍喰地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、20,73,1974
3)中西晴美ら:上勝町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、21,103,1975
4)上田伸男ら:神山町の栄養調査、郷土研究発表会紀要、22,191,1976
5)鈴木和彦ら:牟岐町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、23,143,1977
6)山本 茂ら:山城町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、24,131,1978
7)鈴木和彦ら:市場町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、25,123,1979
8)森口 覚ら:池田町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、26,183,1980
9)高間重幸ら:上板町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、27,79,1981
10)黒田耕司ら:貞光町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、28,151,1982
11)角田みどり:鷲敷町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、29,131,1983
12)河村純夫ら:鴨島町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、30,83,1984
13)近藤孝司ら:羽ノ浦町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、31,87,1985
14)戸羽正道ら:石井町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、32,121,1986
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16)小林直道ら:板野町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、34,97,1988
17)久木野憲司ら:上那賀町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、35,89,1989
18)柏下 淳ら:土成町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、36,109,1990
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20)沼尻幸吉:働く人のエネルギー消費、労働科学研究所、1980
21)沼尻幸吉:活動のエネルギー代謝、労働科学研究所、1987
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24)厚生省保健医療局健康増進栄養課:国民栄養の現状(平成元年版)、第一出版、1990
25)森口 覚ら:農業従事者(徳島県下)の栄養摂取と身体状況、栄養と食糧、33,335,1980
26)森口 覚ら:地域別(徳島県下)にみたみそ汁中の塩分摂取量、医学と生物学、104,27,1982
27)Kishino Y et al. : Preventive effect of fish-rich diet on hypertensive diseases : nutrition survey in Tokushima., Tokushima J. Exp. Med., 35, 107, 1988
28)岸野泰雄ら : 地域別にみた徳島県内住民の栄養摂取と身体状況との比較 ―とくに高血圧を中心に―、阿波学会30年史・記念論文集、125-135、19

1)徳島大学医学部


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