阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第36号
土成町における農業従事者の健康状態について

農村医学班

 (徳島県厚生連健康管理部)

  今川大仁・矢木文和・平井祐二郎
  増田寿志・前田安弘・石川雅康
  吉田勝利・増田征弘・根東朱美
  坂東奈緒美・正田 茂(阿波病院)
  蔭山哲夫・松浦 一・八十川正夫
  林まゆみ・原 茂子・原田容志江
  岸田早苗・吉本公宏・高木伸幸
  島村稔浩・片岡晶子・藤川一代
  杉本英雄

 (徳島県農協中央会)
  市原弘雅・日下静代・稲木幸江     

はじめに
 私達農村医学班は、昭和50年に阿波学会の学術調査に参加し、神山町における調査以降、昨年の上那賀町まで県内14町の主に農林漁業に従事している住民の健康調査及びアンケート調査を行なってきている。
 本年度は土成町農協の協力を得て土成町における農業従事者の健康調査及びアンケート調査を実施したので、その結果を報告する。

I 農業者集団健康診断結果について
(1)調査対象と方法
 調査対象者は、土成町在住の農業従事者で男子93名、女子103名の計196名であった。年齢構成は男女とも50歳、60歳台がピークで、平均年齢はそれぞれ51.8歳、53.7歳であった。(図1)

 健診内容は、問診と内科的診療の他、身体測定、血圧測定、尿検査、血液生化学検査、胸部、胃部レントゲン検査、心電図検査、眼底検査を実施した。
 検査方法と判定基準を表1に示した。表のように、検査結果をA:異常なし、B:要注意、C:要精検、D:要治療の4段階に分け、CとDを異常と判定した。

 調査日は、平成元年8月8日から11日までの4日間、健診会場は、土成町農協、土成町農協御所支所において実施した。
(2)調査結果
 既往症について
 表2に、男女別に既往症の内訳を示した。

 男子では腰痛、高血圧、痔疾、胃十二指腸潰瘍。女子では、腰痛、高血圧、痔疾、膀胱炎、貧血、子宮筋腫が主なものであった。
 嗜好について
 喫煙率は男子12%、女子0%で、男子の喫煙本数は一日20本が過半数を占めている。(図2)
 飲酒習慣では、男子の55%が毎日飲酒しており、日本酒1〜2合程度の飲酒量の人がほとんどであった。女子ではときどき飲む人がほとんどであり、これを含めても13%であった。(図3)

(3)総合判定結果
 土成町住民の健康診断結果をA:異常なし、B:要注意、C:要精検、D:要治療の4段階に分類した結果を表3に示した。

 C、Dを合わせた異常者率は、男子が66.6%、女子が61.2%であった。
 主な異常(要精検、要治療)の内容
 図4に異常のみられた検査項目あるいは疾患名を上位より順に示した。

 男子では、尿検査異常、肝障害、高脂血症、肥満が多くみられ、女子では、尿検査異常肥満、高脂血症、貧血が多かった。
 男女とも、胸部・胃部レントゲン検査異常、心電図異常は高率であったが、これらはスクリーニングの要素が大きいため高率になったと考えられた。
 以下、これらの点につき順次検討する。
 検尿結果について
 表4に検尿結果を示した。尿蛋白陽性者率は男女とも全国平均と大差はなかったが、尿潜血陽性者率では、男子で高率であった。男女とも異常率は加齢とともに増加する傾向がみられた。全員について追跡調査ができているわけではないが、精検者では、陽性率は 1/2 以下に減り、他の検査で異常がみられる例もごく少数であることから、検尿異常をただちに疾病と考えられないのは過去と同様であった。

 肥満について
 明治生命作成の標準体重表を用いて肥満度を算出し120%以上を肥満と判定した。肥満者は男子の9.6%、女子の12.8%にみられた。男子では各年齢に平均してみられ、女子では高齢者で肥満者率が多かった。(表5)

 肝機能検査結果について
 肝機能検査として、GOT、GPT、ALP、γ-GPT、ZTT、CHE(コリンエステラーゼ)、HBs 抗原について実施し、その結果を表6に示した。男子の異常者が、女子に比べ高率にみられ、とくにγ-GTP の異常率には大差があった。

 高脂血症について
 血清総コレステロールの高値は、7名(男子2名、女子5名)にみられた。
 血性トリグリセライドの高値は、14名(男子10名、女子4名)にみられた。(表7)

 肝障害、高脂血症、飲食習慣の関係について
 肝障害と高脂血症の関係を図5に示した。
 男子では肝障害14名のうち8名に高脂血症がみられたが、女子では重複するものはみられなかった。男子の飲酒者41名のうち8名に肝障害、7名に高脂血症がみられ、このうち4名は肝障害、高脂血症が合併していた。(図6)

 男子では、飲酒または食習慣による肝機能検査、脂質への影響が明らかであるが、女子では明らかな関係はみられなかった。
 レントゲン検査結果について
 胸部間接X線検査は男子89名、女子99名に実施したが、男子12名、女子13名が要精検であった。
 胃X線検査は男子78名、女子88名に施行した。このうち男子18名、女子19名が要精査となった。
 胸部、胃部X検査の要精検者の診療機関における要治療者率は高くはないが、胃ポリープ等のハイリスクグループを含めるとスクリーニングとしての感度は十分との印象である。
 心電図検査について
 男子では、要注意16名、要精検12名、女子では、要注意12名、要精検9名、要治療2名であった。要注意者を加えたのは、近年に精密検査を受けた者等は、要精検所見があっても要注意に止めた者も多いためである。要注意、要精検では、ST-T 異常、期外収縮、完全右脚ブロック、左室肥大があり、要治療の2名は、WPW 症候群だった。
(4)まとめ
 土成町の農業従事者男子93名、女子103名の健康診断結果を要約すると
1)総合異常者率は男子66.6%、女子61.2%の高率であった。
2)肝障害、高脂血症では男女差がみられ、特に男子では、飲食習慣との関連が考えられた。
3)肥満は10%前後にみられた。
4)尿検査異常、胸部胃部レントゲン検査、心電図検査はいずれも高率に異常がみられたがこれらのスクリーニング的要素を考えれば適当といえる。


2.健康と農業との関連に関するアンケート調査結果について
 私ども農村医学班は、総合学術調査に参加して、総合的な集団健康診断を行なうとともに健康と農業に関するアンケート調査を実施した。
 アンケート調査のまとめの中から主な項目を抽出して報告する。
 まず、調査の対象は、土成町内で主に農業を営んでいる男子88人、女子101人、合計189人について、平成元年8月8日より8月11日の4日間にわたって調査した。
 その性別、年齢別構成は表(1)のとおりである。
 これらの対象者の仕事の割合から見たのが表(2)である。
 表(3)、表(4)は健康増進で食事の嗜好についての調査である。

 健康増進についての調査で、身近なことで一番関心を持っているのは、男・女とも「健康」であり、健康増進のための実施事項では、男子が「すいみんを十分とる」、女子が「食事に気を配っている」、次いで男・女がそれぞれ「すいみん」と「食事」が入れ代わっており、食事については女子の関心がはるかに高い。次いで「心のもち方に気をつける」
となっている。
 年1回の受診については、男子47%、女子62%が希望している。
 働く農民に多い症状8項目の調査では表(5)に示すように、男子では「腰痛」「肩こり」「夜間頻尿」「不眠」となっているが、女子では「肩こり」「腰痛」「不眠」「夜間頻尿」の順となっている。
 表(5)の8症状について定められた基準により採点、評価してみると表(6)のようになる。総合点が2点以下で対策が必要としない人が、男子では57%、女子では40%、なんらかの対策が必要とする人は男子で40%、女子では47%となっている。さらに治療を必要とする人は男子で3%、女子で13%と多く、女子の要対策、要治療を合わせると60%にもなり、疲労の積み重ねが病気の始まりの危険信号と考えなければならない。
 表(7)は、1日の仕事が終わった時点での疲れの自覚症状について調査したものである。
 1 のねむけとだるさの10項目のうち男子では、「横になりたい」57%、「足がだるい」36%、「ねむい」22%、「目がつかれる」19%、「アクビが出る」13%の順となっているのに対し、女子では「横になりたい」54%、「目がつかれる」43%,「足がだるい」38%「アクビが出る」24%、「ねむい」21%の順となっている。
 2 の注意集中の困難さを示す精神疲労では、男、女とも「ちょっとしたことが思い出せない」「根気がなくなる」「物事が気にかかる」、特に女子には「いらいらする」人が多く疲労が重なっていることがうかがえる。
 3 の局在した身体違和感では、男、女とも「肩こり」「腰痛」が特に高く、中腰、前かがみの繰り返し作業が多いことに起因すると考えられる。

 表(8)、表(9)は慢性病についての調査であるが、男子では18%、女子では23%の人が何らかの慢性的な病気をもっている。その内容は「高血圧」「胃・十二指腸」「腎臓」「気管支炎」等である。
 表(10)は、自分の血圧の平常値を知っているかに対しては、男子が55%、女子70%と女子の認識度が高い。
 表(11)は農薬によると思われる中毒症状の経験の有無の調査で、男子で20%、女子で25%が経験している。その症状は表(12)である。男子では「皮膚のかぶれ」「頭痛」「はきけ」「頭重」、女子では「頭重」「頭痛」「はきけ」が同率で高く、次いで、「食欲減退」「めまい」の症状順である。
 表(13)の農薬中毒の原因は「服装・マスクなど防備不十分」「自分の不注意だった」が極端に多く、農薬の使用については十分注意し慎重に取り扱う必要がある。
 表(14)は健康診断の受診状況であるが、受診者は男子69%、女子86%と高いが、健康管理の第1条件でいる早期発見、早期治療のため、常に受診を呼びかけることが大切である。
 表(15)は健診の内容である。
 表(16)は健診を受けなかった人の理由について調査したもので、その第1は、男・女とも「現在は健康だから」と自分の身体を過信している。つづいて「病気が見つかると恐ろしいから」「忙がしくて行けなかった」等であるが、自分の身体は自分で管理するため、年1回の健診は必ず受けるようにしたいものである。少人数とはいえ理由の如何にもかかわらずこれらの人が進んで受診するよう、健診の重要性を認識させる必要がある。
 最後に表(17)で「次の健診の機会があれば」との問に対し、男・女とも94%以上が受けると回答している。

 以上が農家の健康を守るアンケート調査の結果であるが、今後、総合的な健診の機会を計画的に実施することと、健康意識を高めるための健康教育の徹底を図っていくことが大切であると考えられる。
 今回の調査に当たり、最後まで全面的なご協力のいただいた土成町農協の関係者の方々に対し厚くお礼申し上げます。


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