阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第36号
宮川内谷川の水生昆虫

水生昆虫班 徳山豊1)

1.はじめに
 阿波学会による土成町総合学術調査に水生昆虫班として参加し、町内を流れる主要河川である宮川内谷川水系の水生昆虫相を調査した。
 宮川内谷川の水生昆虫については、地元中学校の科学クラブが調査した例もあるが、まとまったものとして、徳山(1979)の報告がある。
 調査期間の7月下旬から8月上旬は、台風等による豪雨の影響で増水し、川底の石礫が洗い流され、水生昆虫類への打撃も大きいと考えられた。従って、調査は河床の回復を待ち、9月下旬から10月下旬にかけて実施した。今回の調査により、夏季から秋季にかけての本河川の水生昆虫相について、若干の知見が得られたので報告したい。

2.調査地点と調査方法
 調査水系と地点は図1に示した。

 宮川内谷川は、土成町の北部、阿讃山脈南斜面に源を発し、吉野町・上板町・板野町を流れ、旧吉野川に流入する全長約21kmの河川である。阿讃山脈では、清冽な水が流れる山地渓流で、宮川内ダムから下流側は平地流となる。ダムの下流側では、伏流する地域もあり、流水性の水生昆虫類が生息できない水質環境である。
 調査は、図1に示したように宮川内ダムの上流側に7地点、下流側に1地点の計8地点において行なった。調査地点としては、河床が比較的安定している早瀬または平瀬のある地域を選んだ。各調査地点の様相を述べると、地点1:鵜の田尾トンネルから約1km 上流にあたる。山地渓流で、河床は岩盤が大部分を占め、石礫は少ない。増水した後で、やや濁りが見られた。平常は、水量の少ない所と思われる。
地点2:奥御所付近で、河床も安定しており、石礫が多い。落ちこみ型の早瀬と、それに続く平瀬、岸辺にはゆるい流れの砂泥底も見られる。
地点3:宮川内谷川に流入する小渓流の1つで、清冽な水が流れる。調査地点の 200m 上流部は両岸の樹林が伐採され、谷は土石で埋もれている。この地点は、両岸の樹林が残り、直射日光をさえぎっている。冷たい、清冽な水が、岩の間を流れている。

地点4:宮川内ダムに流入する地点から、約 200m 上流側である。御所名物のたらいうどんの店が並ぶ。河床は安定しており、水量も多く、石礫底が見られる。

地点5:八丁谷川の上流域で、清冽な水が流れ、河床も安定している。
地点6:平地流的な様相を呈する。ツルヨシの群落が発達する。水深1m程の淵も見られる。
地点7:地点6の下流側に流入する小渓流で、河床はかなり荒れた様相を呈する。水は清冽であるが、水量は少ない。
地点8:宮川内ダムから約2km 下流。濁りが見られ、川原はツルヨシの群落となる。

 地点8から下流側は、肉眼で水の汚濁が識別できる。また、水量が乏しく、わずかに流れが残る地域も見られ、流水性の汚濁に弱い水生昆虫類は生息できない水質環境である。
 調査は、各地点で定性採集を行なった。すなわち、金属製のちりとり型金網を用いて、川底の石礫、砂泥、落葉等をすくい取り、肉眼で見られる動物をピンセットで取り出した。各地点で、できるだけ多くの種を集めるよう努めた。採集した試料は、7%のホルマリン液で固定し持ち帰った後分類し、種別の個体数を数えた。

3.調査結果と考察
 調査時における各地点の環境要因を示したのが表1である。地点3は、気温に対して、水温が低く、冷たい水が流れる所である。地点1,2,3においては、増水後の水が十分に引いていなかったため、やや水量が多い。
 採集された水生昆虫と昆虫以外の底生動物を調査地点別に整理したのが表2である。
(1)生息種と分布状況
 今回の調査で出現した総種数は、水生昆虫が8目56種と、昆虫以外の種が9種である。目別に出現種数をみると、蜉蝣目が最も多く16種、次いで毛翅目14種、■翅目7種、蜻蛉目と鞘翅目が6種、広翅目が3種、半翅目と双翅目が2種である。
 調査地点のいずれにも出現し、分布域が広いと考えられる種として、エルモンヒラタカゲロウ、ヒゲナガカワトビケラの2種がいる。これらは、水のきれいな川に普通に生息する種である。一方、分布域に特徴があるといわれる1種のチャバネヒゲナガカワトビケラは、地点4,5,6で出現している。特に、地点4,6ではチャバネヒゲナガカワトビケラの個体数がヒゲナガカワトビケラの個体数を上回る。表1に示したように、地点4,6は、やや平地流的な様相を呈する地点である。チャバネヒゲナガカワトビケラは県内河川では、鮎喰川に多く生息する。本種は、流勢がやや弱い、平瀬の流れのような場所に多く採集される。
 モンカゲロウ属のフタスジモンカゲロウ、モンカゲロウ、ムスジモンカゲロウの3種とも採集された。また、広翅目のヘビトンボ、ヤマトクロスジヘビトンボ、クロスジヘビトンボの3種が採集された。
 地点4では、カワゲラ類の姿が確認できなかったが、本種は水質汚濁に極めて弱い種であるため、水質の影響が考えられる。
(2)特記すべき種
 分布上特徴があるとか、採集例が少ない、あるいは形態に特徴がある等の理由で、特記すべきと思われる種を挙げてみたい。
 毛翅目のコバントビケラは、その巣に特徴がある。トビケラ類には、砂粒や小石で巣を作るものがあり、その種に特有の様々な巣を作る。巣の形から種の判別も可能である。コバントビケラは、水中に沈んだ落葉を小判型に切り取ったものを2枚重ね合わせた巣を作る。幼虫は、2枚の小判型の木の葉の間に入っている。山地渓流のゆるい流れの落葉が沈んでいる岸辺などに生息する。水のきれいな山間の池にも見られる。

 ムカシトンボは、現在世界中に1科1属2種が知られ、日本とヒマラヤだけにそれぞれ
1種ずつが分布するという貴重な種である。一般に“生きた化石”と言われる。幼虫は、山間の急流に生活する。他のトンボの幼虫が流れのゆるい所や止水に生息するのに対し、本種は急流の石面の下に付着して生活している。水の冷たい、山間の自然環境の保たれた場所でなければ生息できない。幼虫期間が長く、7〜8年と言われ、環境破壊には極めて弱く、川底の石礫が移動すると流されてしまう。自然環境を知るバロメータである。
 オオミズスマシの成虫も、山間の水がきれいな池で稀に採集される種である。
 地点3,8ではゲンジボタルの幼虫が採集された。幼虫の食餌となるカワニナも生息しており、6月上旬頃には成虫も出現するのであろう。
(3)1979年の調査結果との比較
 1979年の1月に、今回の地点1,2,4で調査し、8月に今回の地点1,2,4,8で調査を実施している。その調査結果と比較したい。
 各調査年別の総出現種数を表3に示した。3回の調査を合わせると、総出現種数は8目75種余である。
 同一調査地点における調査年別の出現種数を示したのが表4,5,6,7である。いずれの地点でも、1979年1月の出現種数が最も多い。詳しい調査を行なった結果、出現種数は早春に多く、夏季が最も少ない傾向にある(徳山,1988)。1979年8月と今回の調査結果において、出現種数には大差がない。
 1979年の調査において出現した種の中で、今回は出現しなかった種として、クロマダラカゲロウ、キイロカワカゲロウ、クラカケカワゲラ属の1種、オオシマトビケラ、センブリなど18種がある。また、今回の調査において、ウエノヒラタカゲロウ、オナシカワゲラ属、オオヤマシマトビケラ、ムカシトンボ、ミズカマキリなど21種が新たに採集された。
 今回の調査では、オオシマトビケラが採集されなかった。生息する場合、個体数も少なくない種である。豪雨による増水で川底の石が洗い流されると、川底の石面下部に砂礫で巣作りをする本種は、特に大きな打撃を受けるのであろうか。
 3回(1979年1月,8月,1989年9・10月)のいずれの調査時にも出現したのが21種である。これらは、いずれも分布域が広い種である。

4.おわりに
 出現種の大部分は、汚濁に耐えられない種であり、水生昆虫相からみて水質が良好であると判定できる。また、ムカシトンボ幼虫が生息する地域もあり、自然環境も保持されている。しかし、道路工事、河川改修工事、森林伐採等による渓流の河床荒廃の明らかな地域も見られる。また、約30年前に泳いだことのある地点8は、今日では当時の美しい流れや、深い淵が姿を消し、土石が川底を埋めて単調な流れに変化している。ダム下流側の水質環境の変化は著しいといえよう。
 ダムの上流側においては、渓流の河床荒廃が進まないよう、これからもムカシトンボが生息できるような豊かな水質環境が維持されるように希望したい。

参考文献
1.徳山 豊(1979)板野郡の水生昆虫.中学校理科教育第26号,8−11.
2.川合禎次(編)(1985)日本産水生昆虫検索図説,東海大学出版会.
3.石田昇三、石田勝義、小島圭三、杉村光俊(1988)日本産トンボ幼虫・成虫検索図説.東海大学出版会.
4.徳山 豊(1988)徳島県主要河川における水生昆虫の生態学的研究.鳴門教育大学大院学校教育研究修士論文,1−16.
5.可児藤吉(1944)渓流棲昆虫の生態.古川晴男編,昆虫,上,171PP.研究社,東京.
6.西村 登(1982)円山川におけるヒゲナガカワトビケラ属2種の分布.とくに共存状況と生態場所について.金沢大日本海研報告,14,53―69.

1)阿波郡市場町市場中学校


徳島県立図書館