阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第36号
土成町の植物相

植物同好会班

   阿部近一1)・赤澤時之2)・

   木村晴夫3)・高藤茂4)・

   木内和美5)・木下 覚6)・
   真鍋邦男(文責)7)

1.自然環境
 本町は讃岐山脈の南斜面に広がり、北は香川県白鳥町・引田町、東は上板町、南は吉野町及び一部麻植郡鴨島町、西は阿波郡市場町と接している。上畑の 754.8m を最高に、 600m 前後の山々を始めとする讃岐山脈の山地が、町面積の約7割を占め、三方をとり囲むように連なっている。そして、南から南東に流れを変え、最後は旧吉野川に合流する宮川内谷川と、吉野川へ流れ込む九頭宇谷川によって形成された複合扇状地が、平地の大部分を占めており、吉野川によって形成された、わずかな沖積平野が南部に開けている。また、吉野川の中洲である善入寺島の一部を含んでいる。
 土質が和泉砂岩層の砂礫土であることから、通水性が良く、傾斜地が多いため、非常に乾燥しやすくなっている。また、気候については、土成町の観測データがないので、近辺のものを掲げると次の表の通りである。

 この表からみると、年平均気温 16.0℃、降水量 1,403mmというように、温暖で降水量も少ないところから、乾燥しやすい地域であるということがいえる。
 このような自然条件に対処するため、かつては「池の土成」と言われたように、多くの溜池が掘られていたが、近年は、このような溜池も、用水路の整備等により減少しつつある。

2.讃岐山脈地帯の植物
 当地域は、暖温帯に属しており、本来は、シイ・カシ類などの照葉樹林でおおわれていたと考えられるが、現在は、アカマツを中心とする二次林、ヒノキなどの人工林が多くなっている。これは、古くから薪炭林として皆伐が短期間に繰り返されたことにより、肥沃な表土が失われ、乾燥と貧栄養に強い陽生樹であるアカマツが優占する樹林へと移ってきたと考えられる。アカマツ林の林床は比較的明るいので、コシダ、ウラジロ、ヒサカキなどが生育している。このようなアカマツ林も、九頭宇谷川中流付近を始めとして、マツクイムシの被害が拡大してきており、そこには、乾燥と貧栄養に適応したネズなどが残って、アラカシやヤブツバキなどが侵入する遷移途中相も見られた。
 元来アカマツは、陽生樹で他の植物がよく生育する条件の良い所では競争に弱く、アカマツ林の形成は少ない。したがって自然のアカマツ林は、尾根や岩場など、他の樹木が生育しにくい所に成立することが多いが、人間の活動に伴って拡大していったものと考えられる。したがって、前述のアカマツ林は、その拡大が極限に達し、マツクイムシによって自然の復原作用が起こったことを示しているとも考えられる。谷筋の湿性地や土壌の肥沃な土地には、ケヤキなどの落葉広葉樹が生育し、アラカシ、カゴノキなどの照葉樹も混生している。

(1)上畑付近の植物
 スギ、ヒノキなどが植林されているが、かつてのコナラ林などが伐採、放置された植生も見られた。この一帯の主な植物を挙げると次の通りである。
 高木層
  コナラ、エンコウカエデ、イヌシデ(周1.1m)、ヤマザクラ、イイギリ、カラスザンショウ(1.16m)
 亜高木層
  エンコウカエデ、ヤマハゼ、シロダモ、エゴノキ、アカメガシワ、クマノミズキ、フジ、ノグルミ、タンナサワフタギ、イヌガヤ、カヤ
 低木層
  コマユミ、ケクロモジ、カマツカ、ヤブムラサキ、ヤマコウバシ、コウヤボウキ、イヌツゲ、ミヤマシキミ、アセビ、ネズミモチ
 草本層
  テイショウソウ、ヤマジノホトトギス、イワガラミ、チヂミザサ、チゴユリ、ジャノヒゲ、ヒヨドリバナ、ヤブコウジ
(2)谷川筋の植物
 谷川沿いの湿性地には、アラカシなどに代表される照葉樹林が小規模ながら各所に見られた。
 同様に谷川沿いの所でありながら、他の植物の生育しにくい岩壁には、乾燥に強いウバメガシの群生が見られた。特に宮川内谷川筋に広く分布するのが目立った。ウバメガシは、本来暖地の海岸に多く生育することから考えると、珍しい分布といえる。

 さらに特記すべきは、宮川内谷川上流にオニグルミの群生が見られたことである。
(3)御所付近の二次林
 海抜 600〜700m の上畑付近では、中間温帯林として落葉広葉樹林への移行傾向が見られるのに対し、御所付近、すなわち海抜 200m 前後の宮川内付近の谷筋では、常緑広葉樹に混生する下記のような二次林が見られた。
 木本
  アラカシ、ウバメガシ、クス、カゴノキ、シロダモ、サカキ、ヒサカキ、ヤブツバキ、ヒイラギ、ネズミモチ、アオキ、マサキ、シュロ、スギ、アカマツ、カヤ、フユイチゴ、ムベ、ヤブコウジ、ムク、ケヤキ、イロハモミジ、カマツカ、イヌビワ、ムラサキシキブ、コナラ、ウツギ、ケクロモジ、サンショウ
 草本
  ジャノヒゲ、サイハイラン、シュンラン、アケボノソウ、ヤブタバコ

3.河川、池沼の植物
(1)溜池の植物
 本町には、灌概用として利用されてきた溜池が多く存在するが、用水路の整備等により、埋め立てられる池も少なくない。なお残された溜池の一つ浦之池(大池)には、貴重な水生植物が多く生育している。
 なかでも浮葉性の水生植物であるアサザは、県内でも珍しく、数少ない自生地と言える。他に、同じく浮葉性の、白い糸状に細かく裂けた花を咲かせるガガブタも見られた。また、ヒシ、コオニビシの二種と、これらの交配したと思われる中間型のものの生育が見られた。さらに、ヒシ、コオニビシについては、熊谷寺下の北池においても、その生育が確認されている。(沈水性のマツモ、エビモなどが、若干生育するほか、ハンゲショウ、カサスゲ、オギノツメなどの群生や点在も見られた。)

 本溜池は、本町の数多くある溜池の中にあって、水生植物が多く極めて貴重な存在であるので、長く現状を保ってほしいものである。
 秋月城跡下の神明池は、水深が浅く、抽水性のカンガレイ、ヒメガマを始め、多くの湿地性の植物が入り込んでいる。ここは、生活排水の流入も見られ、今後の環境悪化が心配される。
(2)水路、河川の植物
 水路、河川における水生植物は、余り多くはない。特に本町における水路の多くは、コンクリートによって整備されていることから、そうしたことがいえる。しかし、古い状態の残されている地域では、わずかながらゴキズルなどの水辺植物が見られた。
 吉野川には、帰化植物であるオオカナダモの繁茂が見られたほか、前述のゴキズルや、サンカクイなどが、わずかに生育していた。また、宮川内谷川河川敷にはツルヨシの大繁茂が到る所で見られた。しだいに下流にも、その勢力を拡大していっている。ダムによる水量の変化等が影響しているものと考えられる。
(3)その他の水生・水辺の植物
 上記の植物のほかに、次のようなものの生育が見られた。
 ガマ、ヒメガマ、ヨシ、オギ、チゴザサ、アシカキ、ショウブ、フトイ、イ、ジュズダマ、イボクサ、カワヂシャ、ミズハコベ、ミゾソバ、クサネム、ツルニガクサ、ヒメオトギリ、ミゾカクシ、シロバナサクラタデ、セリ

4.社叢の植物
 現在、平地における自然植生はほとんど見られないが、社叢においては、古来信仰の対象としてその樹林が保護されてきたので、若干それに近いものが見られる。
 本町におけるそうした社叢林を挙げると、次のようなものがある。
(1)王子神社
 本神社境内には一部ヒノキの植林も見られるが、背後にコジイの優占する比較的自然植生に近い林が残されている。その構成種を挙げると次の通りである。
 高木層
  コジイ(周1.79m、1.77m他)、アラカシ、クス(2.20m)、ムク(2.76m)
 亜高木層
  コジイ、アラカシ、カゴノキ
 低木層
  ムク、イヌビワ、アブラチャン、クサギ、ヤマハゼ、タラ、ヤブムラサキ、ネズミモチ、ヤブツバキ、カクレミノ、ミミズバイ、カゴノキ、メダケ
 草本層
  ジャノヒゲ、チヂミザサ、タチドコロ、テイカカズラ、サルトリイバラ、イヌマキ、フユヅタ、タラ、シュロ
(2)熊野神社
 上板町との町境近くにある熊野神社には、ムク、イチョウなどの巨樹が見られるが、その社叢には、次のような樹林が見られる。
 高木層
  クス、ムク、エノキ、カゴノキ、ナナメノキ、アラカシ
 亜高木層
  カゴノキ、イヌマキ、カナメモチ
 低木層
  ムク、イヌビワ、アオキ、ビワ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、ネズミモチ、サカキ、ヒサカキ、イヌマキ、シロダモ、シュロ、マンリョウ
 草本層
  ツルコウジ、ヤブラン、ジャノヒゲ
(3)その他の社叢
 椙尾神社をはじめとして、本町の神社には、イヌマキ、カゴノキなどからなる樹林が多く残されている。山地に近いというだけでなく、社叢が大切に守られてきていることも大きな理由であろう。今後とも、人の手が入り過ぎ、「整備」され過ぎることのないよう、祈りたい。

5.巨樹・老木

6.帰化植物
 帰化植物とは、外国原産のものが、輸入物資などとともに侵入してきたり、栽培されているうちに逸出したりして、野生の状熊で見られるようになったものを言う。これらのうち、イネの随伴植物として入ってきたエノコログサや、人類の移動に伴って入ってきたと言われるヒガンバナなどのように、有史以前に入ってきたものを史前帰化植物、これ以後江戸時代までに帰化したものを旧帰化植物と呼んでいる。また、江戸時代末期から現代までに入ってきたものを新帰化植物としており、現在県内に約250種程確認されていて、その過半数以上が戦後侵入したものである。
 本町においても多くの種の生育が確認され、そのなかには県下でも生育の少ないものも見られた。特徴的なものを挙げてみたい。
(1)ホシアサガオ
 本町には、ヒルガオ科のホシアサガオ、マメアサガオ、マルバルコウソウ、アメリカアサガオなどが見られた。本種は、南米原産か。

(2)オオブタクサ
 本町公民館東に群生しているのが見られた。茎は高さ3m程にもなり、大きな株を作る。北米原産で、花粉病の原因となるといわれる。別名クワモドキ。
(3)アメリカスズメノヒエ
 西宮神社北、法輪寺付近の農道などに群生しているのが見られた。南米原産。
(4)オオセンナリ
 ナス科の1年草で、高さ1m以上になり、センナリホオズキに似ているが大型である。ペルー原産で、江戸時代の末に輸入し栽培されていたというが、本町のものは、家畜の飼料とともに入ってきたものと思われる。

(5)オランダガラシ
 アブラナ科の多年草で、欧州原産。白色の花をつけタネツケバナに似ている。明治の初めに輸入され、食用に栽培されていたものが全国に広がったと言われる。本町では、九頭宇谷川、浦之池付近の小流に群生が見られる。県下でも、それ程多くはない。別名ウォータークレスまたはクレソンという。
(6)シロノセンダングサ
 茎は高さ1m程になり、コセンダングサとほとんど変わらないが、頭花に白色の舌状花(4〜7個)が見られる点で区別することができる。世界の熱帯から暖帯に広く分布しているが、県内への帰化は珍しい。
(7)オオカナダモ
 アルゼンチン原産の、池や河川に群生する沈水植物で、クロモに似ているがやや大型である。日本には雄株のみ帰化している。善入寺島の本町に属する岸辺近くに繁茂しており、帰化してから歳月が経っていると思われる。
(8)その他の帰化植物
 上記の種以外に、マツバウンラン、ウサギアオイ、アレチウリ、クルマバザクロソウなどを始めとして、多くの帰化植物が確認された。
 本町の帰化植物の生育状況には、一次帰化と思われるものを含め、様々な段階が見られるが、同じ種であっても、その他への侵入時期によって生育状況が異なっている。例えば、本町に多く帰化しているセイタカアワダチソウを見てみると、工場用地などとして最近造成された土地に侵入しているものは、勢力が旺盛である。これに対し、侵入後歳月が経っていると思われる吉野川堤防などでは、ススキ等にとって代わられようとしている。
 また帰化植物の侵入は、平地だけにとどまらず、熊谷寺西の切り開かれた斜面にまで、コセンダングサ、ベニバナボロギク、セイタカアワダチソウの群生が見られるまでになっている。
 近年において帰化植物の侵入が多くなっているのは、交通量の増加、物資の交流の活発化等に加え、在来の自然が失われ、帰化植物を受け入れやすい素地ができているからである。

7.特記すべき植物
 今回の調査で明らかになった特記すべき植物を挙げると次の通りである。
(1)ハリマカナワラビ Arachniodes×respiciens Kurata
 おしだ科のハカタシダとホソバカナワラビと2雑種。最近明らかになった種で唯一の分布である。根茎が匍匐し、葉の表面に斑が入る。

(2)オオヒキヨモギ Siphonostegia laeta S. L. Moore
 ごまのはぐさ科の半寄生の一年草。日当たりのよい山の斜面に生え、高さ80cm程になる。全体に腺毛が多く、葉腋に淡黄色の花をつける。讃岐山脈地帯に稀に見られ、本町では、宮川内谷川上流に見られる。
(3)フトボナギナタコウジュ Elsholtzia argyi L■v. var. nipponica (Ohwi) Murata
 山地に見られるしそ科の1年草で、よいにおいがする。ナギナタコウジュに似て花穂が太短いので、この名がある。県内には分布が少ないが、本町では、宮川内谷川上流で群生も見られる。
(4)ウラボシノコギリシダ Athyrium sheareii (Bak) Ching
 おしだ科の常緑性のシダで、県内ではやや稀な植物である。本町では、宮川内谷川上流にわずかに見られる。
(5)ヤブサンザシ Ribes fasciculatum Sieb. et Zucc.
 ゆきのした科の落葉低木で、高さは1m程である。雌雄異株で、果実は5mm程の大きさで赤く熟する。本県では石灰岩地に稀に生育し、本町宮川内谷川筋に見られるのは珍しい。
(6)ヤマホオズキ Physalis chamaesarachoides Makino
 県内に分布は稀で、特に本町のものは、花が葉腋に1〜4個つくので、時に変種ハナヤマホオズキ var. multiflorifer ということもある。

1)麻植郡川島町神後   2)板野郡北島町中村  3)徳島市北田宮3丁目
4)徳島市名東町2丁目  5)海南町海南中学校  6)半田町高清小学校
7)上板町神宅小学校


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