阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第35号
性教育の実証的研究 −児童・生徒およびその保護者の意識調査報告−

徳島社会学班 

    石川義之・近藤孝造(文責)
    長澤寛二

第1章 調査実施の概要
1.調査の目的
 こんにち、性をめぐって青少年の間でさまざまな問題が発生している。その原因の一部として、近年の児童・生徒を取り巻く環境の変化(社会構造の急激な変化・価値観の多様化)および児童・生徒自身の変化(発育促進現象)に対応した適切な性教育(あるいは性教育そのもの)が不在であるということがあげられる。
 ところで、性教育は、家庭においては保護者が子どもに対して行う意図的ないし無意図的な養育活動であり、両親によるこの養育活動は、子どもの性的発達に大きな影響を与える。また、学校においては教師が児童・生徒に計画的ないし適宜に行う人権教育・自立教育(1)であり、学校教育におけるすべての活動を通じて実践することが求められている。要するに、性教育は子どもの性の発達・変化を円滑に進行させるための保護者、教師その他の成人による援助活動としてとらえることができる。
 だが一方で、家庭においては性について語れない雰囲気があったり、学校においては性教育が学習指導要領に明確に位置付けられていないことがあったりして、指導する時期や内容については個人の力量や個々の学校の取り組みに任せられていることも事実である。
 以上のような事情にかんがみ、社会学班では上那賀町の家庭および学校での性教育の現状と問題点を明らかにし、さらに今後の家庭および学校での性教育のあり方をさぐるために今回の調査を実施した。
2.調査実施時期
 昭和63年9月
3.調査方法および回収結果
 小学生調査 質問紙法(集合調査法)60名(100%)
 中学生調査 質問紙法(集合調査法)115名(100%)
 高校生調査 質問紙法(集合調査法)64名(98%)
 保護者調査 質問紙法(配票調査法)202名(84%)
4.調査対象者
 小学生調査 上那賀町の小学校(3校)の5年生、6年生の児童
 中学生調査 上那賀町の中学校(2校)の1年生、2年生、3年生の生徒
 高校生調査 上那賀町の高等学校(1校)の1年生、2年生、3年生の生徒
 保護者調査 上記調査の対象者となった児童・生徒の保護者
5.調査結果の分析
 以上の4つの調査を実施したが、紙数の制約からここでは、保護者を対象とした調査を中心に分析を進めていく。

第2章 調査結果の概要
1.家庭で実施するべき性教育の内容
Q−1 あなたは、家庭でどのような内容について「性教育」をするべきだと思いますか。次の中から当てはまる番号をすべて選んでください。
 1 性器の清潔について
 2 月経など女子の性について
 3 精通など男子の性について *精通(初めて精子が身体の外に出ること)
 4 男性と女性の身体の違いについて
 5 オナニー(自慰、マスターべーション)
 6 友情や男女の交際について
 7 性を通して生まれてくる生命の尊さについて
 8 純潔(処女)の重要さ
 9 性被害(チカン、性犯罪など)から身を守ること
 10 恋愛や結婚について
 11 赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか
 12 避妊や中絶について
 13 性病やエイズについて
 14 その他(       )

 保護者は、家庭でどのような内容について性教育をするべきだと思っているのだろうか。
「友情・男女交際」と答えた人が41%と最も多く、以下「性器の清潔」(40%)、「月経など女子の性」(39%)と続く。性教育を生理的側面・心理的側面・社会的側面から考えると、生理的側面では女子教育に対して男子教育の低さが、心理的側面ではオナニー指導の低さが、社会的側面では性病・エイズ指導・教育の高さが目立つ。
2.家庭で実施した性教育の内容
Q−2 あなたは、今までに家庭でお子さんと次のような性に関する内容について話をしたことがありますか。あれば当てはまる番号をすべて選んでください。
 1〜14はQ1と同じ選択枝のため略
 15 話をしたことがない
SQ−2 Q−2で「15.話をしたことがない」と答えた方は、その理由について最も当てはまる番号を1つだけ選んでください。
 1 自然にわかることだから
 2 よけいな刺激を与えると、後が心配だから
 3 話をするきっかけがないから
 4 子供が理解できるかどうか自信がないから
 5 特に必要だと思わないから
 6 恥ずかしいから
 7 教えたいが、十分な知識がないから
 8 自分に性教育をする資格がないから
 9 その他(            )

 保護者は、家庭でどのような性教育をしたことがあるのだろうか。「月経など女子の性」と答えた人が35%と最も多く、以下、「話をしたことがない」(34%)、「性器の清潔」(28%)、「身体の違い」(21%)と続く。概して、性教育の生理的側面にかかわる内容が多いと言える。
 ところで、「話をしたことがない」(34%)と答えた人は、どのような理由によるのだろうか。「自然にわかることだから」(43%)を理由とするのが最も多い。以下、「話をするきっかけがないから」(31%)、「教えたいが、十分な知識がないから」(7%)と続く。「きっかけがない」「知識がない」は、性教育の必要を認めながらも逡巡している保護者の姿を暗示している。

3.学校に要望する性教育の内容
Q−3 あなたは、お子さんの学年でア〜スの内容について、学校での「性教育」はどの程度必要だと思いますか。
 ア 性器の清潔について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 イ 月経など女子の性について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 ウ 精通など男子の性について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 エ 男性と女性の身体の違いについて
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 オ オナニー(自慰、マスターべーション)について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 カ 友情や男女の交際について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 キ 性を通して生まれてくる生命の尊さについて
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 ク 純潔(処女)の重要さについて
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 ケ 性被害(チカン、性犯罪など)について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 コ 恋愛や結婚について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 サ 赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 シ 避妊や中絶について
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない
 ス 性病やエイズについて
  1 特に必要 2 必要 3 必要ない

 保護者は、学校にどのような内容の性教育を要望しているのであろうか。「性病・エイズ」(38%)と答えた人が最も多く、以下「生命の尊さ」(34%)、「性被害から身を守ること」(29%)、「恋愛・結婚」(29%)と続く。概して、性教育の心理的・社会的側面に要望が強いと言えよう。一方、生理的側面では女子教育に対して男子教育への要望が低い。これは、家庭でするべき性教育の内容の場合と同結果である。
4.家庭および学校での性教育の実状
〔1〕小学生調査
Q−4 あなたは、家庭で次のような話を聞いたことがありますか。当てはまる番号をすべてえらんでください。
 1 性器のせいけつについて
 2 月経(生理、メンス)について
 3 精通(初めて精子が身体の外に出ること)について
 4 男性と女性の身体のちがいについて
 5 赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか
 6 生まれてくる命の不思議や大切さ
 7 男女の協力の大切さ
 8 異性の心や気持ちについて
 9 異性とのつきあい方
 10 チカンやいたずらから身を守ること
 11 性病・エイズについて
 12 その他(      )
 13 聞いたことがない
Q−5 あなたは、学校で次のような話を聞いたことがありますか。当てはまる番号をすべてえらんでください。
 選択枝は、Q−4と同項目のため略

 小学生は、家庭および学校でどのような性教育を受けているのだろうか。家庭では、「月経」(50%)と答えた児童が最も多く、以下、「赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか」(22%)、「生命の尊さ」(7%)と続く。また、「聞いたことがない」と答えた児童も5人に1人いる。学校では、「身体の違い」(43%)と答えた児童が最も多く、以下、「精通」(27%)、「月経」(20%)と続く。また、「聞いたことがない」と答えた児童も4人に1人いる。家庭と学校を比べると、生理的側面では、〈家庭主導型〉と言えるのが女子の生理、〈学校主導型〉と言えるのが男子の生理、および身体の違いであることがわかる。
心理的・社会的側面に関する指導は家庭、学校ともに低位である。ただし、この生理的側面重視の傾向は、児童が性に関して知りたい傾向と一致しており、基本的には問題はない。
しかし、「性被害から身を守ること」について聞いたことがあると答えた児童は、家庭、学校ともに一人もおらず、この方面への取り組みの必要を示唆している。また、性別によって指導内容が違うかについて分析したが、家庭、学校ともに統計的に有意な差は見られなかった。
〔2〕中高生調査
Q−6 あなたは、家庭で次のようなことについて話を聞いたことがありますか。いくつでも選んでください。
 1 性器の清潔について
 2 月経など女子の性について
 3 精通(初めて精子が身体の外に出ること)など男子の性について
 4 男女の身体の違いについて
 5 オナニー(自慰、マスターべーション)
 6 友情や男女の交際について
 7 生まれてくる命の不思議さや大切さについて
 8 純潔(処女)の重要さについて
 9 性被害(チカン、性犯罪など)から身を守ること
 10 恋愛(れんあい)や結婚について
 11 赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか
 12 避妊(ひにん)や中絶について
 13 エイズについて
 14 性病(エイズを除く)について
 15 その他(      )
 16 聞いたことがない
Q−7 あなたは、学校で次のようなことについて「性教育」を受けたことがありますか。いくつでも選んでください。
 選択枝はQ−6と同項目のため略

中高生は、家庭および学校でどのような性教育を受けているのだろうか。家庭では,「月経など女子の性」(28%)と答えた生徒が最も多く、以下、「男女交際」(14%)、「エイズ」(11%)と続く。また、「聞いたことがない」と答えた生徒も5割近くいる。学校では、「身体の違い」(80%)と答えた生徒が最も多く、以下、「月経など女子の性」(61%)、「精通など男子の性」(52%)と続く。家庭と学校を比べると、生理的・心理的・社会的全般について〈学校主導型〉であり、しかも生理的側面に重きが置かれていることがわかる。
ところが、生徒が性に関して知りたい内容について調べたところ、心理的・社会的側面が上位4位まで占め、学校の性教育の実状と生徒の要望に大きなズレがあることが明らかになった。また、性別によって指導内容が違うかについて分析すると、家庭では、女子が男子を上回る項目として「月経」(96%)、「男女交際」(72%)、「生命の尊さ」(63%)、「性被害の予防」(88%)、「恋愛・結婚」(87%)、「赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか」(60%)があげられるのに対して、男子が女子を上回る項目は「聞いたことがない」(69%)のみである(p<0.001)。これは、家庭内においては、子どもの性別によって性に関するコミュニケーションに差異があることを意味している。なお、学校については、統計的に有意な差は見られなかった。

5.性に関する悩みや不安の内容
〔1〕保護者調査
Q−8 あなたが、今までお子さんから性に関する悩みや不安を打ち明けられたことがありますか。あれば当てはまる番号をすべて選んでください。
 1 声変わり、発毛などの身体的発達に関すること
 2 月経、精通などの生理現象に関すること
 3 性器に関すること
 4 異性との交際に関すること
 5 妊娠、避妊、中絶に関すること
 6 オナニーに関すること
 7 性被害に関すること
 8 その他(    )
 9 打ち明けられたことはない
SQ−8 お子さんから上のような悩みや不安を打ち明けられたことがある方は、お子さんにどのように対応しましたか。いくつでも選んでください。
 1 できるだけ正確な知識を教えようとした
 2 童話(こうのとりが赤ちゃんをはこんできた…)に託した
 3 他の人に聞きなさいと話をそらした
 4 子供の話に無関心を装った
 5 まだ早いと、子供をたしなめた
 6 学校に相談した
 7 学校以外(病院、相談所など)に相談した
 8 その他(     )

 保護者は、子どもからどの程度悩みや不安を打ち明けられたことがあるのだろうか。「打ち明けられたことがない」(62%)と答えた人が最も多く、学校種別でも「小学生」(56%)、「中学生」(61%)、「高校生」(68%)と子どもの学年が進むにつれて増えている。以下、「月経、精通などの生理的現象に関すること」(17%)、「声変わり、発毛などの身体的発達に関すること」(12%)と続く。また、無答が9%と多いことも特徴である。
 次に、保護者は、子どもから悩みや不安を打ち明けられた時にどのように対応しているのであろうか。「できるだけ正確な知識を教えようとした」(53%)と答えた人が最も多く、以下、「まだ早いと、子どもをたしなめた」(8%)、「他の人に聞きなさいと話をそらした」(4%)と続く。また、「無答」が29%を占めていることが注目される。
〔2〕小学生調査
Q−9 あなたはいま次のようなことでどんな悩みごとがありますか。3つ以内でえらんでください。
 1 顔立ち、スタイル、身長など
 2 性器(形、大きさなど)
 3 胸のふくらみ
 4 月経(生理、メンス)
 5 声変わり
 6 発毛(わきの下や性器のまわりに毛がはえること)
 7 男女交際
 8 その他
 9 悩みはない

 子どもは、性に関してどのような悩みや不安を持っているのだろうか。小学生調査によれば、「悩みはない」と答えた児童が53%と最も多く、「性的に潜在期」(フロイト)であることを示唆している。具体的な悩みでは、「顔立ち、スタイル、身長など」(33%)が極立って多く、以下、「発毛」(8%)、「性器」(7%)、「胸のふくらみ」(7%)、「声変わり」(7%)など身体に関わる悩みが続く。また、男女別に分析したが、統計的に有意な差は見られなかった。

〔3〕中高生調査
 中学生調査によれば、「顔立ち、スタイル、身長」と答えた生徒が52%と最も多く、以下、「悩みはない」(39%)、「男女交際」(12%)と続く。また、男女別に分析すると、男子が女子を上回った項目は「声変わり」(80%)のみである。「悩みはない」と答えた生徒のうち68%を男子が占めている(P<0.01)。

Q−10 あなたは、いま男女間のことや身体のことでどんな悩みがありますか、3つ以内で選んでください。
 1 顔立ち、スタイル、身長など
 2 性器(形、大きさなど)
 3 乳房
 4 月経
 5 声変わり
 6 発毛
 7 オナニー(自慰、マスターべーション)
 8 男女交際
 9 その他(   )
 10 悩みはない

6.性に関する悩みや不安の相談相手
 小学生と中高生との比較調査
Q−11 あなたは、男女交際を除く上のような悩みや不安をだれに相談しますか。もっとも当てはまる番号を1つだけ選んでください。
 1 父
 2 母
 3 きょうだい
 4 先生
 5 友だち
 6 電話相談
 7 だれにも相談しない
 8 その他の人(     )

 子どもは、悩みや不安を誰に相談するのであろうか。小学生調査によれば、「母」と答えた児童が32%と最も多く、以下、「誰にも相談しない」(31%)、「父」(15%)と続く。「友だち」(3%)、「先生」(2%)と答えた児童は少数である。また、「無答」が7%と多いことも特徴である。中高生調査によれば、「友だち」と答えた生徒が40%と最も多く、以下、「誰にも相談しない」(37%)、「母」(12%)と続く。
 小学生調査と中高生調査を比べると、小学生が相談相手として家族の人を選択しているのに対して中高生は友だちを選択していること、中高生段階においては誰にも相談しない子どもが増えていること、さらに先生を相談相手とする子どもは両者を通じて少数であることなどが特徴である。
 次に、男女別に分析してみると、中高生調査の場合、女子が男子を上回る項目として「母」(81%)、「きょうだい」(100%)、「友だち」(54%)があげられるのに対して、男子が女子を上回る項目は「誰にも相談しない」(61%)のみであった。(p<0.1で傾向あり)。ただし、小学生調査では、統計的に有意な差は見られなかった。
 なお、男女交際において最も頼りにする人について調査したところ、図6−1と同様な傾向が見られた。

7.性教育の適任者
Q−12 あなたは、子供にたいする性教育は誰がするのが最も適していると思いますか。
 1 父
 2 母
 3 きょうだい
 4 学校の先生
 5 医師
 6 性教育を専門とする相談所、研究所の先生
 7 その他(    )

 保護者は、子どもに対する性教育は誰がするのが最も適していると考えているのだろうか。「母」と答えた人が34%と最も多く、以下「学校の先生」(28%)、「性教育を専門とする相談所、研究所の先生」(21%)と続く。上位3者と比べて「父」(12%)への期待度はかなり低いと言えよう。
 ところで、子どもが悩みや不安を相談する相手(図6−1)と比べると、子どもが相談相手として学校の先生をほとんど選択していないにもかかわらず、多くの保護者が学校の先生を性教育の適任者として選択しており、両者の間に大きなズレがあることがわかる。

8.性教育への参加意欲
Q−13 もし学校、公民館などで「性教育」の講演会、学習会があれば参加しますか。
 1 ぜひ参加したい
 2 都合がつけば参加してもよい
 3 参加しない

 保護者は、性教育について関心や学習意欲をどの程度持っているのだろうか。「ぜひ参加したい」(26%)と「都合がつけば参加したい」(64%)を合わせると9割の人が参加する気持ちを持っていて、保護者の関心や学習意欲の高いことがうかがわれる。
SQl3−1 Q−13で「3.参加しない」と答えた方は、その理由について、最も当てはまる番号を1つだけ選んでください。
 1 「性教育」についてはよく理解しているので参加する必要を感じない
 2 「性教育」に関心がない
 3 参加する時間がない
 4 「性教育」は学校その他にまかせておけばよい
 5 その他(    )
 参加しないと答えた保護者は、どのような理由によるのであろうか。「参加する時間がない」(40%)と答えた人が最も多い。性教育を生涯教育の一環として捉えると、保護者並びに地域住民への社会教育を考える上でも、学習条件の整備は今後の課題といえるであろう。

第3章 考察
 以上、保護者調査を中心として調査結果の概要を示したが、ここでは性教育の今日的視点と今回の調査で明らかになった事実および課題について述べることにしよう。
 まず、今日の性教育は、間宮武氏によれば「人間の性(human sexuality)を学習させることにより、男性として、女性としての理解・態度・役割や男女のかかわり合いの技能や態度を育成する教育」(2)としてとらえられる。セクシュアリティ(Sexuality)という概念は、従来のセックス(Sex)と対比する意味で、1965年に SIECUS(アメリカ性教育協会)のコールデロンが、性は背後に人格的な意味を持っているとして導入した言葉である。(3)セクシュアリティを池上千寿子氏は「その人の性のあり方」と訳している。「その人」としたのは、性のあり方が、個人により、人種により、また文化により違うからであり、「あり方」というのは、その性のあり方がその人間の全存在を意味しているから、という。したがって、「その人の性のあり方」つまりセクシュアリティとは、そのままその人の生きざまをあらわしているといえる。(4)すなわち、人間の性は、「性」自体が切り離されて存在するのではなく、個人の全体像の中に、つまり、パーソナリティの一部としてつくられていくものである。したがって、「性教育」は単に「性」を指導するのではなく、もっと広い意味での、人間の性の指導であり、そこに Sex education を超え、human sexuality education(sexuality education)とされるゆえんがある。(5)
 そこで、性教育で何を教えるかということについて、村松博雄氏は次のように述べている。(6)
(1)性科学知識の授与―生物学的・生理学的な知識を中心とする性の分析。
(2)性行動に関するアドバイス―性欲の発現に対する具体的な処理の仕方、性的な接触のもたらすメリットとデメリットの評価。
(3)性的な悲劇の予防―性犯罪の惹起、性被害への遭遇、性病への感染、望まない妊娠・出産など、性的なトラブルを予防するための具体的な対応策。
(4)生活の知恵の開発―男女交際を実りあるものにするためのルールの発見、性的な欲求や心理の男女差を認識したうえでの交際方法の確立。
(5)美意識の開発―人間と性に関する偏見の打破、自然で人間的な感性の回復。
(6)新しい人間関係の創造―タテの人間関係からヨコの人間関係への移行、仲間・恋人・夫婦の連帯感の醸成。
(7)新しいモラルの創造―個人の自由を根底におく人格の相互尊重、いたわりあう人間的なやさしさの創造。
 まさしく、性教育は人間教育そのものであるといえよう。
 このような視点をふまえて、今回の調査で明らかになった性教育の内容に関する子どもをめぐる家庭=保護者と学校=教師の対応について分析することにしよう。
 まず、保護者の性教育への対応<家庭でするべき(図1−1)・家庭でした(図2−1)・学校への要望(図3−1)>について、13項目につき支持の低いものから6項目までをL、それ以上の項目をHとして子どもの学校種別(小学生・中高生)に分類した。
その結果、表1に基づき下記のように6つのカテゴリーに類型化できた。

(1)H−H−H型〈家庭・学校教育志向型〉
 保護者が、家庭でするべきだと思い、実際に行っており、学校にも要望している内容である。性器の清潔(小)、女子の性(小・中高)、生命の尊さ(小)、性被害(中高)。
(2)H−H−L型〈家庭教育志向型〉
 保護者は、家庭でするべきだと思い、実際に行っているが学校への要望は低い内容である。性器の清潔(中高)、身体の違い(中高)、友情・男女交際(小・中高)、赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか(小)。
(3)L−L−H型〈学校教育志向型〉
 保護者は、家庭では教える必要はないと考え、実際に行っておらず、学校で教えることを要望している内容である。性被害(小)、避妊・中絶(小)、純潔(処女)の重要さ(中高)。
(4)L−L−L型〈性教育不要型〉
 保護者が、家庭・学校ともに教える必要がないと考えていて、事実家庭で行ってない内容である。男子の性(小・中高)、オナニー(小・中高)、純潔の重要さ(小)、赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか(中高)。
(5)H−L−H型〈学校依存型〉
 保護者は、家庭でするべきだと思っているができないので、学校にその指導を求めている内容である。性病、エイズ(小・中高)、生命の尊さ(中高)。
(6)L−H−H型〈適宜家庭実施型〉
 保護者は、家庭ではするべきだとは思っていないが、子どもの質問など不意な対応を迫られるため適宜実施はしているが、学校にその指導を要望している内容である。恋愛・結婚(小・中高)、避妊・中絶(中高)。
 保護者と同様な方法で、子どもから見た家庭・学校における性教育の実状(図4−1)について、表2に基づき4つのカテゴリーに類型化できた。

(1)H−H型〈家庭・学校実施型〉
 子どもが、家庭・学校の両方において性教育を受けている内容である。性器の清潔(小)、女子の性(小・中高)、身体の違い(小)、男女交際(中高)、生命の尊さ(中高)、赤ちゃんはどのようにして生まれてくるのか(小・中高)、エイズ(小・中高)。
(2)L−L型〈家庭・学校未実施型〉
 子どもが、家庭・学校の両方において性教育を受けていない内容である。性器の清潔(中高)、オナニー(中高)、男女交際(小)、純潔の重要さ(中高)、性被害の予防(小・中高)、避妊・中絶(中高)、男女の協力の大切さ(小)、異性の心や気持ち(小)。
(3)L−H型〈学校主導型〉
 子どもが、主に学校において性教育を受けている内容である。男子の性(小・中高)、身体の違い(中高)。
(4)H−L型〈家庭主導型〉
 子どもが、主に家庭において性教育を受けている内容である。生命の尊さ(小)、恋愛・結婚(中高)。
 以上〈保護者〉〈子ども〉の双方から性教育の内容を類型化することによって次のようなことが明らかになった。
 第1に、家庭では教える必要を感じず学校にも望まないが、学校が主体となって実施している内容があることである。「精通など男子の性」(小・中高)、家庭でのしつけの担当者が主として母親であることから、家庭では男子の性については「放任」されている(図1−1、図2−1)分を、学校が性教育の内容に位置づけ指導していることを表している。これは、家庭と学校における性教育の役割分担を考える意味でも評価できる。ただし、既に指摘したように、学校における中高生への全般的な性教育が小学生と同じような生理的側面に偏り、その結果生徒が望む内容とズレてしまっていることもまた見逃せない事実である。科学的な知識を与えることでよしとするならば、それは「性器教育」に過ぎず、思春期の発達段階に対応した授業案・指導計画の作成が急務といえよう。さらに、この点について「男子の性」に特有な心理的・社会的側面を十分に考慮に入れた指導・援助体制の充実が望まれる。
 第2に、〈学校教育志向型〉、〈学校依存型〉、〈適宜家庭実施型〉に見られるように家庭が学校に性教育を任せる傾向があることである。しかも、その傾向は学年が進むにつれて強くなっている。はたして性教育は、学校だけに任せておけば事足りるのであろうか。この点について、医者の立場から新田新一氏は、性教育は学校におまかせ式の風潮には問題がある、性教育(性のしつけ含む)は、まず家庭で行うべきである(7)、と指摘している。家庭での性教育の利点について、同じ立場から武田 敏氏も、(A)子どもの年齢、身体的条件を見て最適な指導時期を選ぶことができる。(B)乳児の時から一貫した性教育ができる。(C)両親が望ましい男性、女性像のモデルとなることが、家庭における性教育の最大の目的であり、男女平等、男女役割分担、男女相互尊重と協力も日常生活のなかで自然に学習することができる。(D)夫婦愛を知り、親子、兄弟の愛を体験することにより、将来の異性愛に対する健全なベースが育まれる(8)、と述べ、その利点を力説している。
 また、性の問題は、人生・生涯という視点から眺めると、人間にとって一生の課題となるものであり、性教育の内容を論ずる場合は、ライフサイクルにおいての発達課題と加齢の過程の視点から検討されなければならない(9)。したがって、家庭における性教育は決して幼児期までの〈性のしつけ〉に終わらないし、性的成熟を遂げようとする児童・生徒にとっていっそうその援助・指導の有無・程度が、今後の性意識・性行動に大きな影響を及ぼすと言えよう。
 このように、家庭における性教育が子どもの性的発達にとって重要でありながら、かつ保護者も関心がありながら(図8−1)、どうして家庭で性が語れないのだろうか。
 第1の理由は、「子どもに対していつまでも性抜きの存在としてとらえ続けていたいという親の願望」(10)のためである。この親の願望は、今回の調査でも、子どもの悩みや不安に対して、逆に「まだ早いと、子どもをたしなめた」{(図5−2)第2位}に表れている。
 第2の理由は、「性に関する価値観の問題」(11)にかかわる理由である。性を語る場合、性をどのようにとらえ、自らの生活のなかにどのように位置づけるのかという価値観を抜きにして語るわけにはいかない。まして、子どもと性を語るためには、よほど自らの性に対する立場を明確にしておかなければ十分な対応はできないであろう。(12)そのため、自分の性の立場を明確にできない。したがって性を語れない親は、「自然にわかるから」{(図2−2)、第1位}と性を語ることを放棄してしまうのである。
 第3の理由は、親自身が性教育をうけていないため、性教育の必要を感じても知識として語れないことにある。したがって、「教えたいが、十分な知識がないから」{(図2−2)、第3位}、家庭では性について語れないという対応になるのである。この点については、保護者の関心の高さ(図8−1)とも併せて、保護者が参加できる学習条件の整備が、学校および地域行政において求められていることを示唆している。
 以上確認したことについては、次に指摘する問題でさらに深めることにしよう。
 第3に、家庭では不要とされ学校にも要望しない、学校でも教えていない内容があることである。オナニー(中高)、それでは、オナニーに関しては全然触れなくて「自然に覚えるもの」として性教育の内容から除外してよいのであろうか。
 性教育の目的の1つは、前に述べたように科学的な知識を与えることによって不要な不安や悩みを除去することにある。東京にある「心とからだの相談センター」(所長荒川和敬氏)にかかってきたセックス相談(1978年、1年間で1万6千件)のうち、男子中高生徒の第1位は「オナニー」に関する悩みである。(13)ところが、今回の調査では、少数にとどまっている。(図5−4)前者が、電話による「匿名性」という点を考えても差が大きすぎる。この点について、日本性教育協会(JASE)が1987年に実施した調査報告書のなかで、「中学生は、自慰については羞恥心や罪悪感をもっているがために調査の際過小申告する。」(14)と分析している。つまり、性の悩みは、公けに語れる部分と秘密として深く胸の底に貯めておかざるを得ない部分に二極化されるのである。しかも、その傾向は男子に強いことが今回の調査でも明らかになっている。(図6−1)そのような二極化の結果、公けになった部分のみを子どもの悩みとしてわれわれは考え、また性教育を展開している(しようとしている)面があるのではなかろうか。
 したがって、性教育の指導にあたる者は、おもてに表れた児童・生徒の性に関する実態の数字の低さの部分をもって「教える必要なし」と断定してはならないし、むしろ性の悩みに関しては、相談もできない心の痛みを敏感に感じ取れる感受性が必要とされる。この点について、朝山新一氏はすでに20年以上も前に、性教育は〈共感〉という共通の基盤にたって初めてなりたつもので、そのためにもそれぞれの年齢に対応した青少年の実態を十分に把握し理解しておくことが、なくてはならない前提条件になる、と指摘している。(15)
 ところで、オナニーはどうして家庭および学校で指導されないのであろうか。それは、性の概念(生殖性、快楽性、連帯性)(16)で言えば、これまで語ることをタブーとされてきた快楽性に属するものであるからだ。(17)家庭で「男子の性」が母親にとって「放任」されているのも、まさにここにある。また、学校で卵子と精子がどうやって出会うのかという子どもの素朴な疑問に正面から答えられないこと、性教育の授業で「性交」の説明を避けてきたこと、あるいは、子どもが使う保健体育の教科書で、女性性器の図に「クリトリス(陰核)」および「亀頭」が記載されているものは、高校でやっと1社あるに過ぎないこと、さらに、快楽の倒錯型としてのレイプに代表される性被害から身を守ることについて家庭および学校で語られていないこと(図4−1、図4−2)などからも、性の快楽的側面に関する指導の不在は明らかであろう。一方、巷に溢れる性を商品化した快楽追求の社会環境および私たち大人が子どもを眼前にして快楽としての性行為を営んでいることを考えると、性教育の課題はまさにこの快楽としての性について家庭および学校でどう語っていくかにあるのではなかろうか。
 以上、本稿において性教育のあり方について述べてきたことを要約すると、次のようになる。
 (1)家庭は、性教育(性のしつけ含む)の重要さを認識すること。
 (2)学校は、思春期の発達段階に対応した性教育の指導体制を確立すること。
 (3)性の悩みは、公けの部分と秘密の部分に二極化されるので、性教育の指導に当たる者は、相談もできない心の痛みを敏感に感じ取れる感受性を持つこと。
  その上で、「オナニー」とその悩みに代表される性の持つ快楽的側面にも着目して性教育のなかで指導する必要があること。
 このように、性教育は、家庭および学校において、さまざまな類型をとって実施されている一方、さまざまな課題を持つことも明らかになった。ところで、性教育は、歴史的に見れば、家庭および学校で行われてきたのではない。「明治以前の農村社会では、地域社会の手になる若もの宿や娘宿が、若者たちの性教育を含む成人教育を総合的に行う場として、重要な役割を果たしてきた。」(18)が、明治期以来の急激な社会構造の変動によって、〈ムラ〉をとりまく地域社会における人間関係が希薄になっており、性の学習が、大人も含めてもっぱらマスコミを通した〈商品化された性〉を強調する形で行われていることも事実である。
 そこで、性教育とは何かを正しくとらえるために、生涯教育の観点からも社会教育の一貫として地域社会における性教育の啓蒙活動が必要とされる。(図8−1、図8−2)
 第1に、文部省関係では、教育委員会の社会教育課・公民館を窓口にした地域住民を対象とした教養講座(青年学級・家庭教育学級・婦人学級・老人学級など)の開催あるいは教育相談所の開設および内容の充実が必要とされる。
 第2に、厚生省関係では、保健所・母子健康センターを通じた母子保健・避妊指導および性に関する個別相談と集団指導の充実が必要とされる。その他、婦人相談所、児童相談所にも性に関するものが含まれる。
 その他、警察庁関係では、各県警察本部の防犯少年課、総理府関係では、青少年相談室、労働省関係では、婦人少年室や勤労青少年本部での取り組みが考えられよう。
 以上は、公的機関による性教育関係の社会事業的な内容であるが、私的機関としては、黒川氏が開設している「関西性教育相談所」や各都市にある「いのちの電話」があげられる。このように、性に関する社会教育活動はある程度行われているが、問題は各機関がバラバラに実施している結果、いずれも部分的、断片的な活動になっていることである。したがって、組織的、総合的に行われるように、横の連携が望まれる。(19)
 最後に、これまで述べてきたことを整理すると次の図のように整理できる。

謝辞
 このモノグラフの作成にあたって、調査研究にご協力いただいた上那賀町教育委員会はじめ各学校および諸先生に、深く感謝の意を表したい。

参考文献
(1)山本直英『性教育ノススメ』大月書店、1986、69−70ページ、81−82ぺージ
(2)依田 新 監修 藤原喜悦他編『新・教育心理学辞典』金子書房、1977、472ぺージ
(3)野末源一「性教育のあり方」『産婦人科治療』vol.51(4)永井書店、1985、820ぺージ
(4)大島 清『セクソロジーノート』築地書館、1984、4ページ
(5)葛藤 睦「学校教育における性教育」近畿大学教育研究所研究紀要 No.ll、1987、94ぺージ
(6)村松博雄「現代における性教育の課題と展望」現代のエスプリNo.101、至文堂、1975、19ぺージ
(7)新田新一「第5回産婦人科医のための性教育指導セミナー講演資料」1982
(8)武田 敏「現代性教育のあり方」『産婦人科治療』vol.45(6)永井書店、1982、679ぺージ
(9)渡辺 功「中学生の性に関する実態調査」静岡大学教育研究報告教科教育学篇15号、1983、66ページ
(10)福富 譲『性の発達心理学』福村出版、1983、105ぺージ
(11)福富 譲、前掲書、106ぺージ
(12)福富 譲、前掲書、106ぺージ
(13)村瀬幸浩「性の不安と悩み」佐橋憲次、山本直英、村瀬幸浩編『人間と性の教育』No.3、あるみ出版、1984、12−14ぺージ、120−121ページ、また関西性教育相談所を開設して面接、電話相談を行っている黒川も同様の報告をしている。黒川義和「電話相談にみる性の相談」、『産婦人科治療』vol.51(4)永井書店、1985、854−856ページ
(14)日本性教育協会調査・編『青少年の性行動(第3回)』、1988、43−44ページ
(15)朝山新一『性教育』中公新書、1967、9ぺージ
(16)黒川義和『人間の性と教育』一風社、1985、10ページ
(17)ライヒ『性と文化の革命』勁草書房、1969、123ぺージ
(18)村松博雄・岡本一彦『性教育学入門』新宿書房、1977、151ぺージ
(19)黒川義和、前掲書、37−39ぺージ


徳島県立図書館