阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第35号
上那賀町における農林業従事者の健康状態

農村医学班

 (阿南共栄病院)

  原田武彦・井上秀夫・岸謙二・
  小原卓爾・滝下誠・南与志子・
  松崎明美・沖照美・遠藤博久
 (健康管理部)
  蔭山哲夫・松浦一・篠原洋司・
  林まゆみ・原茂子・原田容志江・
  岸田早苗・槙野浩之・高木伸幸・
  島村稔浩・片岡晶子・藤川一代
  正田玉恵・杉本英雄

 (中央会)
  荒井義之・吉村治二・日下静代

はじめに
 私達農村医学班は、昭和50年に阿波学会の学術調査に参加し、第一回の神山町における調査以降、昨年の板野町まで県内13町の主に農業に従事している住民の健康調査及びアンケート調査を行ってきている。(文献1)
 本年度は上那賀町における農林業従事者の健康調査及びアンケート調査を実施したので、その結果を報告する。
1.農林業者集団健康診断について
〈調査対象と方法〉
 調査対象者は、上那賀町在住の農林業者で男子94名、女子97名の計191名であった。年齢別では55才から64才(85名)にピークがみられ、全体の45%を占めていた。(図1)

 健診内容は、問診と内科的診察の他、身体測定、血圧測定、尿検査、血液生化学検査、胸部・胃部レントゲン検査、心電図、眼底検査、便潜血反応を実施した。
 検査方法と判定基準を表1に示した。

表の如く、検査結果をA:異常なし、B:要注意、C:要精検、D:要治療の4段階に分け、C とD を異常と判定した。
 調査日は、昭和63年7月26日から29日までの4日間、健診会場は上那賀町役場(宮浜地区)老人福祉センター(平谷地区)、海川公民館において実施した。
〈調査結果〉
 今回の調査で得られた個々の結果について、昭和62年度農協健診を中心とした徳島県厚生連統計と比較してみた。(文献2)
 年齢構成は、上那賀町(197名)昭和62年度総合健診(5,665名)ともに55才から64才にピークがみられよく似ていた。(図2)

 以下、項目別に結果を示した。(図3)

〈血圧について〉
 高血圧は、34名(男子18名、女子16名)17.8%にみられ、昨年度全体の8.9%の2倍の高率であった。年齢的には、65才以上の受診者の半数に高血圧をみた。
〈尿検査について〉
 尿蛋白陽性6名(3.2%)、尿糖陽性2名(1.0%)、ウロビリノーゲンは全員正常、尿潜血反応陽性45名(23.8%)あった。昨年度全体と比較すると、尿蛋白5.1%、尿糖1.1%とほぼ同程度であったが、尿潜血は15.2%と上那賀町で約1.5倍の頻度であった。この尿潜血陽性者は各年齢平均してみられ、又男女差もみられなかった。
〈X線検査について〉
 胸部間接X線検査は男子82名、女子90名に施行し、男子1名、女子4名の2.9%が要精検であり、昨年度全体の2.9%と同頻度であった。
 胃部間接X線検査は男子54名、女子68名に施行し、男子15名、女子10名の20.5%に要精検者がみられた。異常所見として、胃炎13名、胃・十二指腸潰瘍(瘢痕を含む)12名、胃ポリープ3名などであり、今回は明らかな悪性を思わせる所見は認められなかった。昨年度全体の14%比しやや多くみられた。
〈心電図について〉
 男子8名、女子5名の6.8%に異常がみられた。異常所見としては、ST 異常2名、完全右脚ブロック2名、心房細動1名、期外収縮4名、洞性徐脈1名などであった。昨年度全体の5.0%とほぼ同頻度であった。
〈眼底検査について〉
 男子3名、女子1名の2.1%に異常がみられた。網膜色素変性症2名その他であった。
〈肥満度について〉
 明治生命作成の標準体重表を用いて肥満度を算出した。肥満度120%以上が7名(男子3名、女子4名)130%以上の高度肥満者は2名(男子1名、女子1名)で1.0%であった。
昨年度全体の高度肥満者は7.6%であり、上那賀町においては著しく低値であった。ただし、昨年度までは、肥満度の算出を箕輪法により判定していたため、今回の調査結果をもとに箕輪法でも算出してみたが、その結果では、120%以上24名(男子14名、女子10名)12.6%、130%以上は24名中5名(男子3名、女子2名)2.6%と肥満度の異常は増加がみられた。しかし、上那賀町における高度肥満者は2.6%と昨年度全体7.6%に比べやはり少なかった。箕輪法と明治生命作成の標準体重表による肥満度を比較するために図4に表わしたが、箕輪法が約10%程度高く算出されていることがわかった。

〈貧血について〉
 血色素量で男子は12.9g/dl、女子は10.9g/dl 以下を貧血とした。男子で2名(2.1%)、女子で9名(9.3%)に貧血がみられた。昨年度全体では男子6.2%、女子8.0%であり、男子の貧血者は少なかった。
〈肝機能について〉
 肝機能検査として、血清蛋白量、GOT、GPT、ALP、r-GTP、ZTT、CHE(コリンエステラーゼ)、HBs 抗原の8項目について施行した。GOT 異常7名(男子6名、女子1名)、GPT 異常18名(男子16名、女子2名)、r-GTP 異常12名(全例男子)と男性がほとんどを占めていた。
 GOT、GPT、r-GTP いずれかの異常をみたものは25名(男子23名、女子2名)で13.1%であった。また、GOT は221Iu/l の1名を除き、他は100以下、GPT は 87Iu/l を示したものが最高値で、全例軽度増加であった。r-GTP は1例で 490Iu/l の著増をみた。
 飲酒習慣との関係をみたが、GOT、GPT、r-GTP の異常をみた25名では「毎日飲む」13名、「時々飲む」1名、「飲まない」3名、不明8名であった。また今回受診した191名中137名の飲酒習慣のうちわけは1 「飲まない」64名(男子16名、女子48名)46.7%、2 「時々飲む」26名(男子17名、女子9名)19.0%、3 「毎日飲む」47名(男子44名、女子3名)であった。
 HBs 抗原陽性者は8名(男子5名、女子3名)4.2%にみられ、上那賀町周辺で検索した木頭1,476名中4.3%、相生299名中4.3%と比べると(文献3)今回検査した項目のうちGOT、GPT、r-GTP、CHE は全例正常であり、HBs 抗原キャリアと考えられた。
 CHE 異常は5名みられ、1名は GOT86、GPT85、ZTT25 で肝機能低下が推定された。
〈腎機能について〉
 尿素窒素、クレアチニン、尿酸を測定した。
 血中尿素窒素は1名で 30mg/dl と増加、血清クレアチニンは全例正常範囲であった。尿酸増加をみたものは6名で、全例男子だった。
〈脂質検査について〉
 総コレステロール(TC)、HDL−コレステロールを測定した。TC 増加 260mg/dl 以上を示した者は6名で全例女子で、減少 110mg/dl 以下を示した者は3名で全例男子と対照的であった。HDL-C 低下をみたものは、男子7名、女子18名であった。
〈空腹時血糖(FBS)について〉
 糖尿病の指標として FBS を測定した。FBS120mg/dl 以上は、男子11名(11.7%)、女子1名(1.0%)にみられた。昨年度全体(男子4.3%、女子2.7%)に比べ男子に多く女子では少なかった。FBS243mg/dl と正常の2倍以上をみたものが1名みられ、今回同時に測定したフルクトサミン(正常値1.85〜2.64mmol/l)も3.54と増加がみられ、糖尿病は明らかであった。その他の者はフルクトサミンは正常範囲を示していた。(図5)

〈便潜血反応について〉
 男子89名、女子81名にヒトHb に反応する試薬を用いて施行した。男子3名(3.4%)女子1名(1.2%)が陽性であった。大腸癌が増加の傾向にあり、スクリーニング検査として便潜血反応は重要と思われ、追跡調査中である。
 以上の諸検査結果を総合判定した。「異常なし」は男子9名(9.6%)、女子12名(12.4%)で合計21名で全体の11.0%であり、昨年度総合健診を受診した5,665名の11.6%と同程度であった。
 「要注意」は本調査で14.7%、昨年度全体で25.8%、「要精検」は53.4%、51.5%とほぼ同じであった。
 一方「要治療」と判定された者は男子20名、女子20名の計40名20.9%で昨年度全体の11.1%に比べほぼ2倍の頻度であった。この原因としては、昨年度全体の8.9%に対し、今回の調査で17.8%の異常率を示したことから、高血圧者が多いことが考えられた。(図6)

 県南部で調査した、昭和59年の羽ノ浦町(男子73名、女子140名、計213名)、昭和61年の海部町(男子81名、女子143名、計224名)に比べると、上那賀町での高血圧者の割合は3倍の頻度にみられた。(図7)

〈追跡調査について〉
 「要精検」102名、「要治療」と判定された40名、計142名のうち77名(54.2%)の再検結果が昭和63年12月までに判明した。再検にて「異常なし」と判定されたのは17名(22.1%)で他の者は「経過観察」37名(48.1%)、「すでに通院加療中」4名(5.2%)今回の健診で治療をはじめた者は19名(24.7%)であった。治療をはじめた疾患としては、胃潰瘍1名、十二指腸潰瘍1名、糖尿病1名、肝障害3名、高尿酸血症4名、高脂血症2名、高血圧症5名、貧血2名などがあった。なお便潜血反応で陽性であった4名は、再検査できていなかった。また、動脈管開存症と診断され、手術をすすめられた者がみられている。
(まとめ)
 上那賀町の農林業者、男子94名、女子97名の健康診断結果を要約すると
1.高血圧は34名(男子18名、女子16名)17.8%で他の町に比べ高率であった。
2.肥満は少ない傾向であった。
3.貧血は男子で少なく、尿酸、血糖高値は男子に多くみられた。
4.肝機能異常(GOT、GPT、r-GTP)は男性が圧倒的に多く(男子23名、女子2名)飲酒習慣との相関がみられた。
5.HBs 抗原陽性者は4.2%で高率であった。

参考文献
1.今川大仁ら:板野町における農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要 第34号111、1988
2.徳島県厚生農業協同組合連合会、健康管理活動結果報告書(昭和62年度)
3.加藤和市ら:羽ノ浦町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要 第32号103、1985
3.加藤和市ら:海部町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要 第33号161、1987

2.健康と農業との関連に関するアンケート調査結果について
 私ども農村医学班は、総合学術調査に参加して、総合的な集団健康診断を行うとともに健康と農業に関するアンケート調査を実施した。
 アンケート調査のまとめの中から主な項目を抽出して報告する。
 まず、調査の対象は那賀郡上那賀町内で主に農林業に従事している男性97人、女性94人、合計191人について昭和63年7月26日より7月29日の4日間にわたって調査した。
 その性別・年齢別構成は表(1)のとおりである。
 これら対象者の収入の割合と仕事の割合との両面から見たのが表(2)、表(3)である。
 表(4)、表(5)は健康増進と食事の嗜好についての調査である。

 健康増進についての調査で、身近なことで一番関心を持っているのは、男・女とも「健康」であり、健康増進のための実施事項では、男・女とも「すいみんを十分とる」「食事に気を配っている」「心のもち方に気をつける」であるが「食事に気を配っている」のは男性より女性の関心が高い。
 年1回の受診については、男性59%、女性75%が希望している。
 食事の嗜好では、男・女とも「酸味のもの(酢のもの)」「甘いもの」を好む率が高くついで、味つけの濃いものとなっている。
 働く農民に多い症状、8項目の調査では表(6)、に示すように、男性では、「腰痛」「肩こり」「手足のしびれ」「夜間頻尿」となっているが、女性では「肩こり」「腰痛」「夜間頻尿」「不眠」の順となっている。

 表(6)の8症状について定められた基準により採点、評価してみると表(7)のようになる。総合点が2点以下で対策が必要としない人が男性では46%、女性では26%、なんらかの対策が必要とする人は男性で47%、女性では61%となっている。さらに治療を必要とする人は男性で7%、女性で13%と女性の要治療者が多く、女性の要対策、要治療、を合せると74%にもなり、疲労の積み重ねが病気の始まりの危険信号と考えなければならない。

 表(8)は、1日の仕事が終わった時点での疲れの自覚症状について調査したものである。

 1 のねむけとだるさの10項目のうち男性では、「横になりたい」48%、「足がだるい」26%、「目がつかれる」20%、「ねむい」16%、「アクビが出る」11%の順となっているのに対し、女性では「横になりたい」59%、「足がだるい」43%、「目がつかれる」39%、「アクビがでる」24%、「ねむい」22%の順となっている。
 2 の注意集中の困難さを示す精神疲労では、男・女とも「一寸したことが思い出せない」
「根気がなくなる」「いらいらする」等であり疲労が重なっていることがうかがえる。
 3 の局在した身体違和感では、男・女とも「腰痛」「肩こり」が特に高く、中腰、前かがみの繰り返し作業が多いことに起因すると考えられる。
 表(9)、表(10)は慢性病についての調査であるが、男性では36%、女性では28%の人が何らかの慢性的な病気をもっている。その内容は「高血圧」「胃・十二指腸」「気管支炎」「心臓病」「皮膚病」等である。

 表(11)は自分の血圧の平常値を知っているかの問に する調査であるが「知っている」が男性が58%、女性70%と女性の認識度が高い。

 

 表(12)は農薬によると思われる中毒症状の経験の有無の調査で、男性で22%、女性で17%が経験している。その症状は表(13)である。男性では「皮膚のかぶれ」「頭痛」「頭重」女性では「頭重」「眼が赤くなる」「頭痛」等の症状である。

 表(14)の農薬中毒の原因は「服装・マスクなど防備不十分」「天候が悪かった」「自分の不注意」「身体の具合が悪かった」等であり、農薬の使用については十分注意し慎重に取り扱う必要がある。

 表(15)は健康診断の受診状況であるが、受診者は男性69%、女性88%であり健康管理の第1条件である、早期発見、早期治療のためにさらに受診の呼びかけが大切である。表(16)は健診の内容である。

 表(17)は健診を受けなかった人の理由について調査したもので、その第1は、男・女とも「現在は健康だから」と自分の身体を過信している。つづいて「忙しくて行けなかった」等であるが、自分の身体は自分で管理するため、年1回の健診は必ず受けるようにしたいものである。

 最後に表(18)で「次の健診の機会があれば」との問に対し、男・女とも90%以上が受けると解答している。

 以上が農家の健康を守るアンケート調査の結果であるが、今後、総合的な健診の機会を計画的に実施することと、健康意識を高めるための健康教育の徹底をはかっていくことが大切であると考えられる。
 今回の調査にあたり、最後まで全面的なご協力をいただいた那賀西部農協の関係者の方々に対し厚くお礼申し上げます。


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