阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第35号
上那賀町住民の栄養調査

医学班

  久木野憲司・栢下淳・森谷浩明・

  岩品広敏・岩田晴美・植山篤則・
  岡田悟・越本さとみ・酒井尚美・

  日浅雅彦・平尾晴代・星出浩子・
  森奥恵・浜真奈美・森口覚・
  水沼俊美・坂井堅太郎・小川久子・
  岸野泰雄

 我々医学班は阿波学会総合学術調査の一環として農村医学班の調査と並行して上那賀町住民の栄養調査を実施した。上那賀町は、那賀川の上流、通称丹生谷の中央に位置し、南に海部山脈、北には、剣山山脈の一分脈が東西に連なり、そのほぼ中央を那賀川が西から東に貫流して長安口で堰止められ、一大人造湖を造っている。特産物は、木材、木頭ユズ、緑茶、アメゴなどがある。今回、食物摂取量、生活時間、味噌汁塩分濃度及びアンケート調査を実施し、興味ある結果を得たので報告する。
〈調査方法〉
1)対 象
 徳島県那賀郡上那賀町農協に加入している農業従事者のうち、男性95名、女性95名、計190名に対して栄養調査を実施した。年齢は20才代から70才代まで、平均年齢は男性55.9±8.9才、女性54.8±8.0才であった。
2)期 間
 昭和63年7月26日から7月29日までの4日間にわたり実施した。
3)調査項目
 a)栄養摂取量
 調査を行う数日前に食事調査表を各自に配布し、調査の前日に摂取した食物の種類と目安量を記入してもらい、調査日に持参するように依頼した。調査日には個々の面接により食品モデルを提示し、各自が記入した食品目安量を調査員が再確認した上でグラム数に換算した。栄養摂取量および食品群摂取量などの算定にはパーソナルコンピューター(日本電気PC-9801VX)を使用した。
 b)生活時間調査
 食事調査時の生活時間を記入してもらい、面接時に調査員が不明確な点を再確認し、生活時間の算定を行った。消費エネルギーは沼尻らの方法を用いた。各労作の活動代謝は以前の報告と同様の値を用いた。
 c)みそ汁の塩分濃度
 堀場製作所製の HS-7 食塩濃度計により塩分濃度を測定した。
 d)アンケート調査
 アンケート用紙各自に配布して記入を依頼し、面接時に調査員が不明確な点をもう一度確認したうえで、各回答を得た。
〈結果および考察〉
 1)上那賀町住民の食糧構成
 上那賀町住民の食品群別摂取量は、「食品群別摂取量の目安」(速水氏案)を100%として図1に示した。穀類は目安量をやや下回る程度の摂取量だった。油脂類はかなり低い値を示していた。たん白質源である豆類、卵類、乳類は、ほぼ目安量を充たしており、また、魚類は目安量を大きく上回って摂取されていたが、肉類は目安量を下回っていた。緑黄色野菜は、夏場でトマトを多く食べていたこともあってよく摂取されていた。果実類、小魚・海草類は目安量を大きく下回っていた。
 2)年齢別にみた食品群別摂取
 「食品群別摂取量の目安」(速水氏案)を100%として各食品群別の摂取量を40才未満、40才代、50才代、60才以上に分けて検討した。穀類の摂取では、年齢による違いはみられなかった(図2)。いも類では、各年齢で女性が男性よりも高い摂取傾向を示した(図3)。
砂糖も、各年齢で女性が男性よりも高い摂取傾向を示し、特に40代以上の女性については、摂取量が男性の約2倍であった(図4)。油脂類は、年齢による差はあまりみられず全体的に低い値を示していた(図5)。
 たん白質源のうち豆類は40才未満で目安量を下回ったがその他の年齢ではほぼ充足されていた(図6)。魚類は、各年齢ともよく摂取されておりよい傾向であった(図7)。しかし、肉類では、40才未満の男性でよく摂取されていたものの年齢と共に摂取量は低下していた(図8)。卵類は全体的によく摂取されており(図9)、乳類も低い年齢層ではよく摂取されていたが、60才以上では、目安量を下回っていた(図10)。
 淡色野菜、緑黄色野菜はともに各年齢でよく摂取されていた(図11、12)。しかし、果実類は全体的に摂取が低い傾向であった(図13)。
 ミネラル源である小魚・海草類は、年齢的なばらつきがみられるが、平均して摂取量は低くなっていた(図14)。
3)栄養摂取量
 日本人の栄養所要量(第3次改訂)を100%としたときの上那賀町住民の平均栄養摂取量の比率(%)を図15に示した。脂肪の摂取はかなり低く、そのため、脂肪エネルギー比は低い値を示した(図28)。カルシウム、鉄、ビタミンA がやや所要量を下回っていた他は全般的に充足されており、たん白質もよく摂取されていた。また、ビタミンC は野菜の摂取が多かったためか、とくに高い値を示した。
4)年齢別にみた栄養摂取量
 栄養素摂取状況においては年齢の違いによる差はあまり見られず、どの栄養素もよく充足されていた。男女間の比較では、各年齢ともに、たん白質と鉄の摂取量は男性が女性を上回り(図17、22)、ビタミンC の摂取量は女性が男性を上回っていた(図27)。
5)みそ汁の塩分濃度
 図30は、みそ汁の塩分濃度を測定し、その濃度の度数分布を示したものである。塩分濃度は、1.2〜1.4%をピークに全体の65%以上の人が推奨濃度である1.0%を越えており、全般的に塩辛いみそ汁をとる人が多かった。しかしながら、アンケート調査の結果ではほとんどの人が自分の家のみそ汁を塩辛いと思っておらず栄養指導の必要性が考えられる。また、実際の食塩摂取量は平均約12g で全国平均とほぼ同じであるが厚生省の推奨値である10g よりは多く、指導による改善が望まれる。
6)アンケート調査結果
 食物摂取調査は1日の結果であるので、食生活の全貌をとらえるべく、栄養意識および食物摂取頻度について調べた(図31)。食品の組合せを考えている人は、女性に多くやはり女性の方が栄養意識は高いようだった。緑黄色野菜をよく食べると答えた人が多かったが、これは実際の調査結果と一致していた。また、油を使った料理をよく食べると答えた人は、全体の 1/3 と少なく、これが、脂肪の摂取が低かったことに関係していると思われた。欠食や間食をする人も少なく、全般に良好な結果であった。
〈まとめ〉
 上那賀町住民の食生活は、食品群別摂取量、栄養素別摂取量ともによく充足されており、大きな問題となるような過剰摂取もみられなかった。しかし、油脂類の摂取が低く、そのため脂肪エネルギー比も低くなっているため、もう少し油を使った料理を増やすなどして油脂類を摂ることが望ましい。さらに若い女性において鉄の不足もみられた。農村地区では、たん白質が不足しがちであるが上那賀町では、そのような傾向はみられなかった。これは、魚、卵、豆類がよく摂取されていることによると思われるが、肉類の摂取については、多く食べる人と食べない人との差が大きかったため摂取の低い人は肉を摂るように心がけることが望ましい。
 野菜類は、夏場ということもあってよく充たされていた。とくに、緑黄色野菜についてはアンケート調査でもよく食べているという結果がでており、このような食習慣の継続が望ましい。
 食塩摂取量は、12gと厚生省の推奨値である 10g より高く、また多くの人は塩辛いみそ汁を飲み、それを塩辛いと感じていなかった。このことから、当町の人は塩辛い味付けになれていると思われ、食塩摂取と高血圧などの成人病との関連からも栄養指導の必要があろう。
 小魚・海草類の摂取の低かったことが栄養素としてのカルシウム摂取量の低いことに反映していると思われ、それらの摂取量の増加が望まれる。

参考文献
1)手塚朋通ら:脇町地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、19、57、1973
2)高橋俊美ら:宍喰地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、20、73、1974
3)中西晴美ら:上勝町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、21、103、1975
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5)鈴木和彦ら:牟岐町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、23、143、1977
6)山本 茂ら:山城町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、24、131、1978
7)鈴木和彦ら:市場町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、25、123、1979
8)森口 覚ら:池田町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、26、183、1980
9)高間重幸ら:上板町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、27、79、1981
10)黒田耕司ら:貞光町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、28、151、1982
11)角田みどり:鷲敷町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、29、131、1983
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16)鈴木 健ら:公衆栄養、医歯薬出版、1981
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21)厚生省保健医療局健康増進栄養課:国民栄養の現状(昭和62年版)、第一出版、1987
22)森口 覚ら:農業従事者(徳島県下)の栄養摂取と身体状況、栄養と食糧、33、335、1980
23)森口 覚ら:地域別(徳島県下)にみたみそ汁中の塩分摂取量、医学と生物学、104、27、1982


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