阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第35号
上那賀町の水性昆虫

水生昆虫班 徳山豊

1.はじめに
 阿波学会による上那賀町総合学術調査に水生昆虫班として参加し、本町内を流れる那賀川本流およびその支流の主たる渓流において、水生昆虫相の調査を行った。
 徳島県の主要河川である那賀川の水生昆虫相に関する研究としては、徳山(1983,1988)の報告があるが、上那賀町を流れる数多くの渓流の水生昆虫相については、全く調査されていない。今回の調査により、夏季における水生昆虫の生息種と分布状況が明らかになったので、その結果を報告する。

2.調査地点と調査方法
 調査した河川、渓流および調査地点は図1に示したとおりである。
 調査河川は那賀川およびその支流にあたる海川谷川、成瀬川、丈ケ谷川、古屋谷川、葛ケ谷、林谷川、拝宮谷川、菖蒲谷川、臼ケ谷川、正木谷川である。
 那賀川は、剣山地の西端高知県境の高ノ瀬山(標高1740m)に源を発する流路延長約 125km、流域面積約880平方キロメートルの本県の代表的河川である。流域は山岳部が90%を占め、上流山岳部の年間降水量が 3000mm におよぶ多雨地帯に当たる。深い渓谷を形成し、長安口、川口ダムが建設され、洪水調節、発電等の役割を果たしている。一方、近年はその汚濁が問題になっている。
 図1に示したように那賀川に3地点、その支流に15地点の計18地点において調査を行った。調査地点としては、河床が比較的安定している瀬(早瀬または平瀬)の石礫底を選んだ。水生昆虫の多くの種は、瀬の石礫底に生息するが、一部は淵の砂泥底にも生息する。
従って、採集に当たっては、瀬を中心に、淵の砂泥底でも採集した。
 各調査地点の様相の概要を述べると、
St.1(海川谷西俣)海川谷川の上流で、清冽な水が流れ、可児(1944年)の河川形態区分によれば Aa 型の典型的な山地渓流である。
St.2(海川谷東俣)海川谷川の上流で、水量も多く、清冽な流れである。Aa-Bb 型の流れである。河床の石礫は頭大以上の石が多い。
St.3(海川橋)河床は比較的安定しており、Aa-Bb 型の流れで、水も清冽である。
St.4(成瀬)この地点は右岸部で護岸工事があり河床はかなり荒れた様相を示している。
成瀬川は道路拡張工事、護岸工事が施工された箇所が多く、他の河川に比較して、河床が荒れているのが特徴である。
St.5(平谷)中流型の様相が見られるが、早瀬部では Aa 型の瀬が見られ、全体としては Aa-Bb 型と区分される。この地点までは人家も少ないため、清冽な水が流れている。
St.6(丈ケ谷川西谷)Aa 型に区分されるが、石礫は角ばった石が多く、全体に不安定な様相を示す。周囲はスギ林である。
St.7(古屋川西)清冽な水が流れる Aa 型の山地渓流で、右岸部には自然林も残されている。
St.8(古屋川東)右岸部ではスギが伐採され、河床がやや不安定な様相を示す。水は清冽で、豊富な水量が流れる。
St.9(深森)河床は安定しており、清冽な水が流れる。石礫は頭大より大きいものが多い。
St.10(葛ケ谷)浅い谷の小渓流で、清冽な水が流れる。河床も安定しており、下流側ではアメゴの養殖が行われている。
St.11(林谷)Aa 型の典型的な流れで、岩の間を清冽な水が流れ落ちている。上流側は滝になり、源流域に近い様相を示す。
St.12(拝宮口)Aa 型の小渓流で、河床も安定している。清冽な水が岩間を流れ、自然なままの流れである。
St.13(檜曽根)両岸部は水田になり、護岸工事されているが、河床には石礫も多く、また下流側は自然な渓流が残された地点である。清冽な水が流れる。
St.14(小浜)臼木谷川の町民プール付近の流れで、Aa 型の河川形態に区分される様相が見られる。長安口ダムから取水した水の輸送管が通る地点である。
St.15(音谷)聖王神社付近の小渓流で、水量はかなりあるが、河床はやや不安定である。
St.16(市宇)長安口ダムの貯水池と小見野ダムの間にあたり、水量は少なく、Bb 型の様相を呈する。水量があれば Aa-Bb 型の河川形態になると考えられる。
St.17(小浜)長安口ダムの下流側。小岩が数多く河床に見られ、水量がないため Bb 型の様相を示す。小石や石礫が少なく、やや濁りが見られ、生活排水から入ったと思われる有機物の分解途中のもの(デトリタス)が見られる。
St.18(水崎)水崎大橋下で大小の岩間を流れる。白波が立つような瀬はないが、流勢がある。やや濁りが見られる。
 那賀川の3地点で濁りが見られるが、他はいずれの地点も清冽な水が流れる。
 以上の各地点において、定性採集により試料を集めた。つまり、各地点の早瀬を中心として、付近一帯で採集を行い、できるだけ多くの種を集めた。採集は、金属製のちりとり型金網を用いて、川底の石礫、砂泥等をすくい取り、そこに見られる動物をピンセットで取り出した。採集した試料は7%のホルマリン液で固定し、持ち帰って種別に分類し個体数を数えた。

3.調査結果と考察
 調査時における各地点の環境要因を示したのが表1である。那賀川の水温はかなり高く、特に下流側の St.18 では、27℃と高い値である。一方、各支流の水温は、夏季でも20℃以下という地点が多く、調査地点が山地冷水域の流れにあることを示している。
 採集された水生昆虫と昆虫以外の底生動物を調査地点別に整理したのが表2である。
(1)生息種と分布状況
 18地点から採集された全出現種類数は、8目80種である。水生昆虫以外の底生動物が3種得られた。水生昆虫を目別にみると、蜉蝣目28種、毛翅目24種、■翅目7種、双翅目7種、蜻蛉目6種、鞘翅目4種、半翅目3種、広翅目1種である。
 那賀川支流の渓流は、いずれの地点も出現種類数が多く22〜32(水生昆虫のみ)である。
一地点で採集される種数としては、県内の他河川と比較して多い部類に入る。
 St.4(成瀬)が比較的少ないのは、先に述べたように、この地点が護岸工事等の影響で河床が不安定になり、土砂が淵を埋めて平坦な流れになっていることも原因であろう。蜻蛉目、鞘翅目、半翅目の昆虫が1個体も採集されていない。
 那賀川の3地点からは、5目29種の水生昆虫が採集されている。下流側ほど生息種が減少しているが、底質をはじめとした水質などの環境要因に起因するものと考えられる。
 大部分の種が、県内のいずれの河川にも出現する普通種であるが、分布上特徴があると考えられるものを取り出してみたい。
 ヒゲナガカワトビケラ科のヒゲナガカワトビケラとチャバネヒゲナガカワトビケラの両種のうち、前者はいずれの河川にも普通に出現する。後者は、鮎喰川などでは、極めて多いが、出現する川としない川が見られる。今回の調査では、12地点で確認されている。典型的な Aa 型の河川形態を示すような地点からは出現していない。
 ナカハラシマトビケラ(黒色型)が4地点から少数個体採集されている。本種は、四国の他県では採集記録がないと言われる(桑田からの私信)ものであるが、本県では吉野川、那賀川などから採集されている。
 ムカシトンボが3地点で採集されたが、St.10,St.11 は源流に近い渓流で十分に生息する環境の所である。St.5 は平地流に近い流れの所であり、あるいは増水により流されたものがすみついていたのではないかと考えられる。St.5 は人家も多くなる地点であるが、ムカシトンボのような環境変化に弱いと推定される種が生息できる水質環境が維持されていると考えられる。
 St.12 では、ゲンジボタルが採集されており、羽化時期にはかなり成虫が見られるのではないだろうか。
 オオシマトビケラは、吉野川、那賀川、勝浦川、鮎喰川などで分布域を広げつつある種である。那賀川においては、鷲敷町百合までに広く分布することを確認していたが、今回の調査により、St.17(小浜)、St.18(水崎)において確認された。St.16(市宇)では採集されなかった。これまでの吉野川をはじめとする河川の調査結果から考え、那賀川においても、さらに上流へと分布を広げるであろうと推定される。本種が分布域を広げる原因としては、生活排水の流入等による水の富栄養化との結びつきが大きいと考えられる。
(2)水生昆虫からみた水質環境
 河川に生息する水生昆虫のほとんどは、生活排水の流入等による有機物量の増加や、有害物質(農薬、工場廃液など)の流入、土石の流入などによる水質の変化(汚濁)に対して弱いものである。従って、水質環境の良し悪しを、水生昆虫の生息種、個体数から推定することができる。
 今回の調査では、いずれの地点も(那賀川を除く)多くの種が生息し、水質環境が良好であることを裏づけている。那賀川も今回の調査結果では、出現種数はやや少ないが、貧腐水性種が生息する水質環境にあることが明らかになった。

4.おわりに
 上那賀町を流れる主な河川、渓流において、水生昆虫相を調べた結果、8目80種の水生昆虫が採集された。那賀川における各地点の出現種数はやや少ないが、他の調査地点ではいずれも出現種数が多く、河川水質環境が良好であることを示している。
 樹林の伐採による河床の荒廃、水質汚濁を防止し、豊かな自然環境が今後も維持されるよう希望したい。

参考文献
1.徳山 豊、多田耕三(1983)鷲敷町の水生昆虫.郷土研究発表紀要(阿波学会)No.29,71−79.
2.徳山 豊(1988)徳島県主要河川における水生昆虫の生態学的研究.鳴門教育大学大学院学校教育研究科修士論文,1−16.
3.可児藤吉(1944)渓流棲昆虫の生態.古川晴男編,昆虫,上,171PP.研究社,東京.
4.西村 登(1982)円山川におけるヒゲナガカワトビケラ属2種の分布.とくに共存状況と生息場所について、金沢大日本海研報告,14,53−69.
5.桑田一男(1986)理科I(人間と自然)の研究 愛媛県・肱川水系の開発とそれに伴う底生動物相の変貌.日本私学教育研究所紀要,No22,333−357.


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