1.地形の概要
上那賀町は那賀郡西南部の那賀川上流域にあって、北は木沢村、上勝町、西は木頭村、
東は相生町、南は海南町に隣接する面積175.13平方キロメートルの地域である。
町北部を西から東に流れる那賀川やその支流によって作られた河岸段丘の僅かな平地を
除けば、そのほとんどが、約600m 〜1000m
の山々が連なる険しい山地である。
地質は北に秩父累帯、南に四万十帯があって、石灰岩や蛇紋岩の崩壊地や露頭が多く見
られ、植物の生育に影響を及ぼす特異な土壌環境を作り出している。
気候については、観測データが無いが、隣接する木頭のものを掲げると表1のようであ
る。
この結果から見ると、降水量が多く、温暖で、夏季と冬季の温度差(年較差)がかなり有り、県内では内陸的な傾向を示す地域である。
2.植物相の概観
木頭村と共に林業の盛んな所で古くから植林が行われてきたために、天然林のほとんどが伐採されてスギ、ヒノキの人工林となり、わずかに尾根筋の急斜面や社寺林等に自然林やその名残りの二次林を見るのみである。しかし、気候条件等、生育環境に恵まれているので、かつては植物相の豊かな地域であったものと推測される。
本町全域を植生区分によって分けると、神戸丸(1148.3m)、吉野丸(1116.3m)、鰻轟山(1,046m)、竜峠(1159.4m)など、標高約1,000m
以上に見られる冷温帯域と、約500m 〜1,000m
の中間温帯域、約500m 以下に発達する暖温帯域となる。
(1) 冷温帯の落葉広葉樹林
標高約1,000m
以上の冷温帯林を特徴づけるものはブナ林である。現在では、そのほとんどが伐採されて、その姿を見るのは容易ではなく、わずかに、竜峠、吉野丸、神戸丸等の一部に、その名残りを留めているにすぎない。
上勝町と接する竜峠の屋根筋では、かつてのブナ林の姿はなく、現在では、わずかにブ
ナを含む貧弱な二次林となっている。
その組成を挙げると次のようである。
高木層
ブナ(優占)、ハリギリ、アズサ、クマシデ
亜高木層
ヒメシャラ、シラキ、イヌシデ、クマシデ、リョウブ、コハウチワカエデ、アズサ、オオイタヤメイゲツ。
低木層
カナクギノキ、アオハダ、シロモジ、ベニドウダン、カイナンサラサドウダン、シロドウダン、イヌシデ、ブナ、コバノガマズミ、リョウブ、ヤマヤナギ、アカシデ、カマツカ、ナナカマド、ヤハズアジサイ、タムシバ、アケボノツツジ。
草本層
コツクバネウツギ、アサマリンドウ、カナクギノキ、コカンスギ、コハウチワカエデ、イトスゲ、シラキ、スズタケ、シコクトリアシショウマ。
(2) 中間温帯林(推移帯)
標高約 500m〜1,000m
付近には、クリやコナラなどが生育する推移帯の中間温帯林が発達する。
海川谷の東俣や西俣の谷筋や斜面には、常緑広葉樹のアラカシやツクバネガシなどと共に、常緑針葉樹のモミ、ツガの外、落葉広葉樹のクリ、コナラを始めヒメシャラなどの冷温帯要素が生育し、推移帯の特徴を備えている。
◎海川谷東俣付近の樹林の構成要素を挙げると次の通りである。
高木層
クリ(優占、胸高周囲69cm)、アズサ、アカシデ、ホオノキ、スギ(栽)、ヤマザクラ、アオハダ、モミ(219cm)、ヒメシャラ(94cm、99cm、125cm)、ツクバネガシ、イイギリ、ミズキ。
亜高木層
シラキ、エゴノキ、ウリカエデ、サカキ、ナツツバキ、ツガ、ヒノキ、クマシデ、モミ、イロハモミジ、アオハダ、ヒメシャラ、リョウブ、アラカシ、シキミ、ウラジロノキ。
低木層
ウシコロシ、ヒサカキ、ウリカエデ、コバノミツバツツジ、コバノガマズミ、タンナサワフタギ、スノキ、ソヨゴ、アセビ、ヤブムラサキ、アラカシ、クロモジ、シラキ、オンツツジ。
草本層
サルトリイバラ、ヒメクロモジ、シシガシラ、タンナサワフタギ、トウゲシバ、ハリガネワラビ、ツガ、ヤマカシュウ、ミヤマシキミ、イヌツゲ、ナンカイアオイ、カンスゲ、キジノオシダ。
尾根筋や谷川の崖等で、表土が少なく、露岩の多い所には、モミ、ツガが優占する樹林が残されており、時にアスナロの混生も見られる。
海川谷東俣にはモミの優占する次のような樹林も見られる。
高木層
モミ(優占、220cm)、ツガ(119cm)、アスナロ(122cm)、ヤマザクラ(169cm)、ケヤキ(140cm)、アズサ、ヒメシャラ、サルナシ、ゴトウズル。
亜高木層
シキミ、イイギリ、ヤマグワ、ヒメシャラ、イヌシデ、アラカシ、イロハモミジ、アスナロ、エゴノキ、アズサ、ツリバナ、オニイタヤ。
低木層
ヤマボウシ、ズイナ、ウラジロガシ、ヒサカキ、シロバナウンゼンツツジ、シキミ、ウリカエデ、アラカシ、ミズキ、アブラチャン、アワブキ、サワグルミ、クロモジ、カヤ、フサザクラ。
草本層
コバノガマズミ、コガクウツギ、ユズリハ、ミゾシダ、シロヨメナ、マムシグサ。
(3) 暖温帯常緑広葉樹林
標高 500m
以下の低地では、ツブラジイ、アラカシ、ヤブツバキなどを多く含む常緑広葉樹林が発達する。社叢や山麓には、これらの特徴をもつ樹林を各所に見ることができる。
◎古屋の春日神社、吉野神社の境内には次のような樹林が見られる。
イチイガシ(292cm)、オオモミジ(135cm)、スギ(228cm)(263cm)、ヒメシャラ(94cm)、ヒノキ(180cm)、ツブラジイ(197cm、138cm)、ヤブツバキ、モッコク。
また、拝殿裏の社叢では、惜しくもその樹林の多くが伐採されたが、次のような樹種がわずかに残っている。
高木層
ツブラジイ(優占、205cm)、スギ(栽)、コナラ、アカシデ。
亜高木層
ヒサカキ、ネジキ、ヒノキ(栽)。
低木層
サカキ、カナメモチ、アセビ、モチノキ、ツゲモチ、カクミノスノキ、クロガネモチ、アカシデ、ツブラジイ、センリョウ、ネジキ、リョウブ、ヤブニッケイ、クリ、シロバナウンゼンツツジ、ヤマツツジ。
草本層
シシガシラ、ベニシダ。
音谷の山神神社林
この社叢にも小規模ながら、シイ、カシの樹林が残っていて、暖温帯林の特徴が見られる。
高木層、
ツブラジイ(優占180cm)、アラカシ(129cm)、ツクバネガシ(82cm)、アスナロ(82cm)、スギ(205cm)(栽)。
亜高木層
サカキ、モチノキ、マメヅタ。
低木層
ホソバタブ、イヌビワ、ツクバネガシ、ヒサカキ、コバノガマズミ、シラキ、ルリミノキ、ヤマウルシ、ノグルミ、ツルグミ、エゴノキ、ツクバネガシ、ヤブツバキ。
草本層
ヤマジノホトトギス、センリョウ、サルトリイバラ、キッコウハグマ、ユキモチソウ、マルバベニシダ、ナツフジ、シュンラン、ナンカイアオイ、コバノカナワラビ、サジラン、テイカカズラ、ツルリンドウ、ノキシノブ、ジヤノヒゲ、コバノミツバツツジ、ツルマメ、トウゲシバ、センリョウ、オオバヌスビトハギ。
(4) アカマツの二次林
アカマツは本来、樹林が伐採された跡地に先駆樹林として侵入し、乾燥する陽地に好んで発達する二次林である。
1 古屋久保金刀比羅神社のアカマツ林
古屋久保の金刀比羅神社には、アカマツが優占し、アラカシ、ヤマモモなどの常緑樹を含む次のような樹林がある。
高木層
アカマツ(優占、308cm、152cm)、アラカシ(217cm)、ヤマモモ(113cm)。
亜高木層
ウバメガシ、コナラ、アラカシ、イチイ(54cm)(栽)。
低木層
ヤブツバキ、サカキ、リョウブ、カクミノスノキ、ヒカゲツツジ、イヌビワ、ソヨゴ、アセビ、ネジキ、モチツツジ、シャシャンボ、タカノツメ。
草本層
シシラン、ベニシダ、ヤマイタチシダ、ヒトツバ、マメヅタ、ヌリトラノオ。
2 白石、尾根通峠のアカマツ林
この付近一帯はヒノキの植林地となるが、金比羅神社・八坂神社の参道沿いには、アカマツが優占する樹林が残っている。また、亜高木層や低木層にはナンキンナナカマド、アガシ、コハウチワカエデなど、推移帯上部に見られる樹種も含まれている。
高木層
アカマツ(優占、197cm、181cm、169cm)、ヒノキ(92cm、106cm)(栽)。
亜高木層
ヒノキ、ウバメガシ、ツガ。
低木層
ネジキ、モチツツジ、ヤマウルシ、ヒノキ(裁)、スギ(栽)、ウリカエデ、コハウチワカエデ、コツクバネウツギ、コバノトネリコ、コバノミツバツツジ、カクミスノキ、コマユミ、コミネカエデ、タンナサワフタギ、スズタケ、アセビ、ベニドウダン、ナンキンナナカマド、ヒメクロモジ、ツリバナ、アカガシ、ウラジロガシ、イヌツゲ、ヤマウルシ。
草本層
マルミノギンリョウソウ、ツルリンドウ、サルトリイバラ、シシガシラ、アサマリンドウ、トウゲシバ。
(5) 巨樹・老木の残る社叢
人家近くに有りながら、古くから神域として保護されてきたため、社寺林には多くの巨樹や老木が残されている。例を挙げると次のようである。
1 桧曽根の若宮神社
トチノキ(373cm)、スギ(155cm)(栽)、エノキ(194cm)、イチョウ(387cm)(栽)、ヤブツバキ、サカキ、イイギリ、イロハモミジ。
2 成瀬神社
カヤ(299cm、229cm、181cm)、スギ(416cm、383cm)、トチノキ(323cm、300cm)、ウラジロガシ(406cm)、ヤブツバキ、サカキ、ホソバタブ。
3 轟の白人神社
スギ(726cm)、ケヤキ(516cm、261cm)、アラカシ、ウラジロガシ、タブノキ、ユズリハ、イロハモミジ、オオモミジ。
その外、詳しくは、上那賀町誌949頁(1982、阿部)を参照されたい。
(6) 渓流沿いの植物
那賀川やその支流の岩上や渓流沿いの岩場は洪水の時には冠水したり、流水に傷つけられたりする。またそうはならなくても、たえず飛沫を浴びたり、土壌が少なく、一般の植物の生育環境としては好ましくない場所である。しかし、このような所にも、その環境に適応した次のような植物の生育が見られる。
カワラハンノキ、ネコヤナギ、トサシモツケ、ウワバミソウ、ナルコスゲ、ナカガワノギク、キハギ、アワモリショウマ、イワタバコ、ユキノシタ、ウナズキギボウシ、アオヤギバナ、ケイビラン、クサヤツデ、キシツツジ、ヒメレンゲ、アケボノソウ、ヤシャゼンマイ、イブキシダ、ホソバコンギク、タニガワコンギク、イワカンスゲ。
(7) 本町の特記すべき植物
本町の珍しい植物や特筆すべき植物については、上那賀町誌937〜949頁(1982、阿部)に詳しい記述があるので、ここでは今回の調査によって新たに確認された植物や、追記の必要のあるものについてのみ記すこととする。
1 ジンリョウユリ Lilium japonicum Thunb. var. abeanum (Honda)
Kitam.
ササユリの変種で蛇紋岩地帯に特産する。本町の東尾のものは、保護が行き届いて毎年多くの個体に開花が見られる。しかし、白石や尾根通峠のものは、毎年減少し、今回の調査では、わずかの個体数しか確認できなかった。更にその保護が望まれる。
2 シダレザクラ Prunus Spachiana (Lavalle'e ex H. Otto) Kitam.
f. Spachiana.
エドヒガンの枝垂れる品種で、人家にも所々に植えられている。白石の観音堂前のものは、胸高周囲330cm
の老樹で、樹幹にはシノブやノリウツギ、ヤマウルシなどが着生し、枝が枯れ落ちるなど、樹勢の衰えが目立つので、一層その保護管理が望まれる。
3 ミョウギシダ Polypodium someyae Yatabe
木頭村や木沢村に生育が知られ、本町にもその生育が確認された。
4 ヤクシマウラボシ Crypsinus yakuinsularis (Masam.) Tagawa
屋久島と高知県、本県等にのみ分布が知られているもので、本町の古屋久保の岩上にも生育が知られていた。しかし、今回の調査では、かつての生育場所を詳しく調べたが、ついに確認できなかった。絶滅の模様である。
5 イヨクジャク Diplazium okudairae Makino
オシダ科のシダでノコギリシダによく似ているが、葉は根茎に更にこみ合ってつく。
本町の古屋谷川周辺に生育が知られていて珍しい。
6 ミヤコザサ Sasa nipponica Makino et Shibata
京都比叡山のものに命名されたのでこの名がある。本県では木沢村や本町の東尾などにわずかに生育が知られる。冬季には葉縁が白く隈どられて美しい。
7 ウドカズラ Ampelopsis cantoniensis (Hooker et Arn.) Planchon
山地に生えるブドウ科のつる植物で、葉がウドに似ているので、この名がある。本町の音谷や葛ケ谷筋にわずかに生育がみられる。他の樹木によじ登り、茎から長い気根を出す。
参考文献
1)上那賀町誌(P.928〜P.954 阿部近一 1982)
2)原色日本羊歯植物図鑑(田川基二著、保育社 1967)
3)原色日本植物図鑑 木本編I・II(北村四郎・村田 源 保育社 1971)
4)最新ふるさとマップ(徳島新聞社1982)
5)阿波学会30年史・記念論文集(阿波学会・徳島県立図書館 1985) |