阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第34号
板野町における農業専業経営の土地利用方式について

地理班 定本正芳

はじめに
 1980年における板野町の産業別就業者数は6,245人、そのうちの1,488人(23.8%)が農業従事者である。しかし、この統計には町外の製造業やサービス業などに就業するものも含まれているため、町内の産業に占める農業の地位はこれよりも格段に高いと言えよう。たとえば町内に限った場合、工場への就業者数は僅か644人にとどまっている。しかも製造業の最大の業種である食料品製造業の若干は、地元の農産物と結びついているわけである。
 したがって状況に余程の変化がない限り、板野町経済の今後の展望は、農業の動向如何にかかわるものとみなしえよう。つまり、農業の安定的発展と農産加工の一層の展開が、最も着実な発展方向と言えるわけである。このような位置づけが可能な農業の主要なにない手は250戸程度の専業経営であるが、そのほとんどは複合的な商品生産を行っている。人参やレンコンなどの野菜を筆頭とし、水稲、ビール麦、たばこ、果樹といった作物の若干を組み合わせた経営や複合的有畜経営が、それにほかならない。換言すれば、板野町は有力な野菜産地であることに加えて、家畜飼養もまた一定の展開を示しているわけである。
 しかし野菜の有力産地の多くは病害の多発生に悩んでいるし、酪農地域の若干においてはデントコーンの連作障害が問題となっている。そのためこれらの地域では土地利用のあり方をめぐる問題が深刻化し、野菜の場合は有力産地の地位を喪失するという事例も少なくはないわけである。
 育種学や遺伝学など、自然科学の進歩は著しい。しかし現在なお連作障害を克服していないし、それがいつ到来するかということもいたって不鮮明である。したがって農業の安定的発展をはかるための当面の要件は、合理的土地利用の採用に求められるが、板野町の実態はどのようなものであろうか。本稿はこのような問題意識のもとで、水田および普通畑の土地利用を明らかにし、それに若干のコメントを加えたものである。
 

1.農業の概観
 第1表は農業構成をみたものであるが、水田を主軸とする耕地構成や最近における農家数の大幅な減少が読みとれるであろう。

後者の場合、1975−85年の間に実数にして223戸、割合にして16.6%の減少となっているわけである。しかしこの間に、専業農家数は221戸から258戸へと増加し、1985年の専業農家率は23.1%となっている。西日本各地の事例に比し、この数値はかなり高水準とみなしえよう。ただし、75年の時点で60%余に及んでいた第2種兼業農家は、農外就業への依存を一段と深めるにいたった。そのため85年になると、第2種兼業農家643戸のうち世帯主が農業に専従している事例は僅か49戸にすぎなくなっている。
 つぎに、収穫面積を指標として主要作物の動向をみておこう。第1表からも明らかな通り、1975年と85年の間にたばこ、きゅうり、大根、温州みかんなどが大幅な減少を示している。この対極に位置するのが人参とビール麦で、前者の場合は大躍進とみなしえよう。このほか、施設のある実農家数の伸長にも注目しておく必要があろう。
 これら主要作物の商品生産の規模をうかがうため、1985年における作物別の販売農家数にも触れておくならば、水稲623戸、人参167戸、ビール麦135戸、大根93戸などという序列になっている。レンコンを主体とする「その他の野菜」の販売農家が、205戸認められることも指摘しておかなければならない。
 1戸当りに換算した場合、水稲の商品生産の規模はさしたるものではない。すなわち、1985年の収穫農家953戸のうち0.5ha未満が68.9%を占めているのに対して、1.0ha以上は僅か6.2%にとどまっている。これに対して露地野菜の場合は、0.5〜1.0haが93戸、1.0ha以上が119戸認められ、両者を合わせるならば収穫農家総数の31.3%に及ぶ。換言すれば、作物部門の商品生産においては野菜がきわめて重要な地位を占めているわけである。
 家畜の飼養動向は、どうであろうか。板野町の主要な家畜は乳用牛と肉用牛であるが、1975年と85年の間に、飼養農家数が激減する一方で飼養規模の大型化が進展する。その結果、85年における飼養農家数は乳用牛38戸、肉用牛26戸にすぎなくなるが、1戸当りの平均規模は前者が23.0頭、後者の場合は40.6頭にまで大型化するにいたる。したがって、酪農と肉用牛飼養を主軸とする専業経営の展開にも注目しておく必要があろう。
 養豚部門においても、飼養農家数の減少と飼養規模の大型化が進行する。そのため、1985年における1戸当り平均の飼養規模は176.5頭となっているが、飼養農家数は10戸にまで後退する。養鶏は、養豚よりもさらに限定的なものとなっている。すなわち、採卵鶏の場合は85年現在、4戸の経営が9,450羽を飼養する程度にすぎない。また、第1表には掲載していないけれども、ブロイラーの出荷戸数も3戸にとどまっているわけである。


2.抽出農家の概要
 板野町には三つの農協が存在し、農業構造にもそれぞれの特徴が認められる。そこで各農協管内から3戸、合計9戸の専業経営を抽出し、実態調査を実施することにした。第2表はこれら9戸の労働力構成をみたものであるが、どの経営もが少なくとも専従の基幹労働力2人以上を保持していること、No.4経営以外はいずれも雇用労働力を導入していることなどが注目されよう。


 1985年における板野町の1戸当り平均経営耕地面積は0.73haであるが、第3表にみる通り抽出農家の場合はこの規模を大幅に上回っている。すなわち、裏作だけの期間借地を 1/2 に換算して最小が1.62ha、2.0ha以上が7戸に及ぶ。これらの経営の多くは水田と普通畑の双方を保有しているが、No.3経営は水田のみ、No.9経営は水田と樹園地、No.7とNo.8経営は水田と普通畑のほか樹園地も保有している。ただし、No.7経営の樹園地は自給用の小規模なもので、商品生産には結びついていない。


 以上のような労働力および経営耕地のもとで、どのような営農形態が認められるのであろうか。第4表からは、つぎのような類別が可能であろう。1 複合的酪農経営…No.2、No.3およびNo.4経営、2 野菜専業的経営…No.1、No.5およびNo.6経営、3 果樹の商品生産を含む複合経営…No.8およびNo.9経営、4 米麦作プラス果菜型の複合経営…No.7経営。


 これらの経営の営農意向にも触れておくならば、第4表にみる通り現状維持志向が6戸に及ぶ。このことは、労働力的にみて現在の経営規模がほぼ上限であることを意味しよう。No.2経営のごときは、「現状維持で精一杯」と述べているわけである。
 しかし、No.1経営は「人参と大根をふやしたい」という意向を示しているし、現状維持志向のNo.3経営も「ふやすとすれば人参」と述べている。これにNo.8経営の事例を加えるならば、人参への期待感に注目せざるをえない。産地指定を受けているため価格が比較的安定していること、作業能率がよいこと、さらには栽培しやすいことなどが、この要因と思われる。ハウス栽培を主体とするNo.5経営が、市場価格の動向に敏感に対応していることも紹介しておくべきであろう。この経営は、「中国野菜はまだ成長部門」と考えているわけである。
 

3.土地利用の実態とその問題点

 第5表、第6表および第7表に掲載しておいた通り、水田には20以上の、また普通畑には10程度の土地利用型が存在する。これらのタイプに共通する著しい特徴は、荳科作物がほぼ欠落していることに求められよう。今年はじめて転作大豆を導入したという事例も認められるが、面積的にみてもとるにたりないものでしかない。しかも該当する2戸のうちの1戸は、「収益が低いのでやめたい」という意向を示しているわけである。
 施肥方式は、どうであろうか。No.6経営は普通畑に鶏糞を施用しているが、水田に関しては化学肥料だけで対応している。また、普通畑を欠くNo.9経営の場合、水田への有機質の施用は生ワラをすき込む程度にすぎない。しかし、残余の経営はいずれも廏肥を施用しており、No.1経営は隔年にプラフ耕を行っている。緑肥として、ソルゴーをすき込む経営が認められることにも注目しておかなければならない。No.1とNo.6経営がその事例であるが、これに加えてNo.3経営はデントコーンを、またNo.9経営はソルゴーを、今年からすき込む予定という。
 廏肥の施用や緑肥のすき込みは特長のある地力維持方式であるが、荳科作物を欠く土地利用が長期にわたって行われてきたため、若干の圃場では病害が多発するようになってきた。主として連作にかかわる障害が、それにほかならない。水稲が介在する土地利用の場合、連作障害はほとんど発生していない。しかし、転作田として固定している圃場やハウス用地を含めた普通畑では、つぎのような事例が認められるわけである。
 No.1経営…人参に黒葉枯病が発生する。No.2経営…レンコンに腐敗病が発生するほか、2〜3年前にデントコーンに連作障害の気配が認められた。No.3経営…人参に黒葉枯病、キャベツに根朽病、ほうれん草にベト病が発生する。No.5経営…ほうれん草と春菊にベト病が発生するほか、立ちがれ病など各種の病害が目立ってきた。No.6経営…人参とカブラに連作障害が認められるほか、白ウリにもベト病やウドンコ病が発生する。No.7経営…ハウスイチゴに、各種の病害が目立つようになってきた。No.8経営…人参に黒葉枯病が発生する。また、裏作だけの期間借地(水田)においても、人参が次第に作りにくくなってきた。
 以上の病害の多くは、連作障害とみなしえよう。たとえば岸国氏などの著作によれば、つぎのように解説されている(岸国平・吉村彰治・高岡市郎・高屋茂雄・石家達爾:作物病害防除、家の光協会、昭和53年)。
 人参の黒葉枯病…不完全菌類に属すカビの一種で、種子伝染および土壌伝染を行う。ほうれん草のベト病…藻菌類に属すカビの一種で、分生胞子が飛んで伝染する。キャベツの根朽病…不完全菌類に属すカビの一種で、これが飛んで伝染する。病原菌は土中に生き残り、土壌伝染も行う。また、種子表面について種子伝染する。白ウリのウドンコ病…ウリ類全般に共通する菌で、病原菌は分生胞子の形で、連作されるとつぎつぎに伝染を続ける。
 病害の多発生にともなって、消毒回数が増加していることにも注目しておかなければならない。たとえばNo.6経営によれば、白ウリへの農薬散布は4日に1回、雨の多いときは2日に1回程度という。また、ハウスの地力維持に腐心するNo.5経営も、「各種の病害が目立ってきたため、全体として消毒回数がふえてきた」と述べているわけである。


まとめ
 すでに冒頭で触れておいた通り、野菜の有力産地の多くは病害の多発生に悩んでいるし、酪農地域ではデントコーンの連作障害が問題となっている。本稿でとりあげた板野町も、程度の差はあれ、同様の状況に直面していると言えよう。近い将来、自然科学の進歩が連作障害の克服に結びつくものと思われる。しかし、それがいつ到来するか定かではない。したがってさし当っては、農業史の教訓にそって連作障害に対応し、商品価値の高い作物生産に専念することが賢明であろう。
 合理的輪作法を採用し、有機質肥料主体の施肥を行うならば、連作障害は発生しない。禾本科、荳科および根菜類という性格の異なる作物の合理的組み合わせと家畜飼養との有機的統合がそれで、西欧の混合農業がこれに該当する。したがって板野町農業の当面の課題は、荳科作物の導入ということになろう。ただし水田に限ってみれば、田畑輪換の実施も有力な対応策である。


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