阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第34号
板野町における農業従事者の健康状態について

農村医学班

  今川大仁・平井祐二郎・矢木文和・

  春藤玲子・前田安弘・高橋秀夫・

  吉田勝利・正田茂・川城麗子・

  阿部みち子(阿波病院)
  西坂達男・蔭山哲夫・篠原洋司・

  遠藤博久・島村稔浩・杉本英雄・

  藤井一二三・林まゆみ・原茂子・

  原田容志江・片岡晶子・江本茂子・

  正田玉恵(健康管理部)
  荒井義之・吉村治二・日下静代・

  稲木幸江(中央会)

1.農業者集団健康診断結果について
 私達農村医学班は、昭和50年に阿波学会の学術調査に参加し第一回の神山町における学術調査以降、県内12町の主に農林漁業に従事している住民の健康調査及びアンケート調査を行ってきている。(参考文献1〜12)
 本年度は板野町における農業従事者の健康調査を実施したので、その結果を報告する。
 調査対象と方法
 調査対象者は、板野町在住の農業従事者で男子102人、女子102人の計204人であった。年令構成は、男女とも50才代がピークで、平均年令はそれぞれ50.2才、50.5才であった。(表1)


 健診内容は、問診と内科的診察の他、身体測定、血圧測定、尿検査、血液生化学検査、胸部・胃部レントゲン検査、心電図検査、眼底検査を実施した。
 検査方法と判定基準を表2に示した。

表の如く、検査結果をA:異常なし、B:要注意、C:要精検、D:要治療の4段階に分け、CとDを異常と判定した。
 調査日は、62年7月28日から31日までの4日間、健診会場は、板西、松坂、栄の各農協において実施した。
 調査結果
 既往症について
 表3は、男女別に既往症の内訳を示したものである。男子では60.8%に何らかの既往症があり、胃十二指腸潰瘍、腰痛、高血圧、痔疾などが主なものであった。
 女子では、81.3%の高率で既往症がみられ、腰痛が最も多く、次いで虫垂炎、貧血、膀胱炎、子宮筋腫、副鼻腔炎、高血圧の順であった。


 嗜好について
 タバコの喫煙率は、男子56.9%、女子0%で、男子の喫煙本数は、20本が過半数を占めている。(図1)


 飲酒習慣では、男子の45%の人が毎日晩酌をすると答えており、日本酒1合程度の飲酒量の人が最も多かった。女子では、時々飲むを含めても6%にしか過ぎなかった。(図2)


 総合判定結果
 板野町住民の健康診断結果を、A:異常なし、B:要注意、C:要精検、D:要治療の4段階に分類した結果を表4に示した。


 C、Dを合わせた異常者率は、男子が61.7%、女子が43.2%であった。
 主要な異常(要精検、要治療)の内容
 図3に異常のみられた検査項目または疾患名を上位より順に示した。


 男子では、尿検査異常、肥満、肝障害、高血圧の順で多く、いずれも10%以上であった。
 女子でも、男子と同様に尿検査異常と肥満が上位を占めているが、10%を越えたのはこの2項目のみであった。以下、高脂血症、貧血と続いている。
 男女とも、胸部・胃部X線検査異常、心電図異常、高血糖などは低率であった。
 以下、これらの点につき、順次検討する。

 検尿結果について
 表5に検尿結果を示した。

尿蛋白、尿潜血単独陽性率は、6.8〜13.7%、尿蛋白、尿潜血重複陽性率は2.0〜2.9%であり、加齢と共に増加する傾向がみられた。東京都予防医学協会の報告によると尿蛋白単独陽性率は、男子1.8%、女子0.8%、尿潜血単独陽性率は、男子6.0%、女子16.6%であり(13)、今回の結果は、男子の陽性率の高さが特に目立っている。しかし、腎障害と密接な関連性を有する、血中尿素窒素(BUN)の上昇のみられたのは、5名(2.4%)でその程度も軽微であった。また、再検査では、陽性率は 1/3 程度に減少していることなどから、検尿陽性者をただちに病気に結びつけるのは困難と思われる。
 尿糖は2名にみられ、いずれも空腹時血糖も高値であった。
 肥満について
 箕輪の標準体重表を用いて肥満度を算出し120%以上を肥満と判定した。肥満者は男子の23.5%、女子の17.6%にみられ、年代別では、男子は40才代、女子は50才代に多くみられた(表6)。男女とも従来の成績にくらべると男子はやや高値、女子は、ほぼ平均であった。


 高血圧について
 高血圧は、男子13名(12.7%)、女子4名(3.9%)にみられた。これを県下全般の高血圧者率(男子13.5%、女子9.7%)と比較すると、男子は、ほぼ平均的であるが、女子は半分以下の低率である。
 肝機能検査結果について
 肝機能検査結果としては、血清によりGOT、GPT、ALP、γ-GTP、ZTT、CHE(コリンエステラーゼ)、HBS抗原について実施し、その結果を表7に示した。


 GOT単独異常は、女子、2名にみられたのみであった。GPT単独異常は、男子9名、女子1名にみられた。GOT、GPT重複異常は、男子3名、女子1名であった。これらのうちで、1名を除いては、いずれも100単位以下の軽度異常であった。
 γ-GTPは、男子9名に異常がみられ、そのうち8名に飲酒癖が認められた。
 CHEは、男女各1名づつに異常低値がみられた。いずれも、他の肝機能検査は正常であることから、病的意義は少ないものと考えられた。
 ALP、ZTT、HBS抗原については、異常者はみられなかった。
 高脂血症について
 血清総コレステロールの高値は7名(男子2名、女子5名)にみられた。
 中性脂肪(トリグリセライド)の高値は、7名(男子5名、女子2名)にみられた。
 表8に県内他地域との比較を示したが、他地域と比べて血清総コレステロール、トリグリセライドともに低率であった。


 貧血について
 血色素量で男子は 12.9g/dl 以下、女子は 10.9g/dl 以下を貧血者とした。
 男子で6名、女子で7名に貧血者が認められた。いずれも、鉄欠乏性貧血が疑われたが、女子の2名に胃潰瘍の瘢痕が認められたのみで、残る11名についてはさらに原因究明が必要である。
 X線検査結果について
 胸部間接X線検査は、男子99名、女子100名に施行し、男女、各1名ずつが要精検であった。
 胃X線検査は、男子90名、女子97名に施行した。その結果、男子5名、女子5名に要精検者がみられた。(表9)


 心電図検査について
 男子4名、女子2名の計6名が要精検となった。その内容は、陰性T波1名、完全右脚ブロック3名、上室性期外収縮1名、心室性期外収縮1名、洞性徐脈1名であった。
 健診受診者の平均年令から考えると、虚血性変化が少なかった。
 空腹時血糖(FBS)について
 FBS 120mg/dl 以上は、男子5名(4.9%)、女子1名(0.98%)にみられた。これは、農村地区の糖尿病出現頻度(男子5.1%、女子3.6%)に比べると、男子では、ほぼ平均的であったが、女子は明らかに低率であった。

 

 

2.健康と農業との関連に関するアンケート調査結果について
 私ども農村医学班は、総合学術調査に参加して、総合的な集団健康診断を行うとともに、健康と農業に関するアンケート調査を実施した。
 アンケート調査のまとめの中から主な項目を抽出して報告する。
 まず、調査の対象は板野町内で主に農業を営んでいる男性102人、女性102人、合計204人について62年7月28日より7月31日の4日間にわたって調査した。
 その性別、年齢別構成は表(1)、のとおりである。


 これら対象者の収入の割合と仕事の割合との両面から見たのが表(2)、表(3)である。


 表(4)、表(5)は健康増進と食事嗜好についての調査である。


 身近なことでいちばん関心を持っているのは、男・女とも「健康」であり、健康増進のための実施事項では、男性はすいみんを十分とる、心のもち方に気をつける。女性は食事に気を配っている、すいみんを十分とる、となっている。
 年一回の受診は男・女とも53%である。
 食事の嗜好では男・女とも酸味のものを好む率が高く、ついで男性では味つけの濃いもの、甘いもの、女性では甘いもの、味つけの濃いものが好まれている。
 働く農民、とくに中年以降の農民に多発する農夫症、8項目の調査では表(6)に示したように、男性では「腰痛」「肩こり」「夜間頻尿」「不眠」とつづき、女性では「肩こり」「腰痛」「手足のしびれ」「夜間頻尿」の順となっている。


 表(6)の8症状について定められた基準により採点、評価してみると表(7)のようになる。総合点が2点以下で対策が必要としない人が男性では63%、女性では28%、なんらかの対策が必要とする人は男性で32%、女性で60%となっている。さらに治療を必要とする人は男性で5%、女性で12%と、女性の要治療者が多く、女性の要対策、要治療を合せると72%にもなり、疲労の積み重ねが病気の始まりの危険信号と考えなければならない。


 表(8)は1日の仕事が終わった時点での疲れの自覚症状について調査したものである。


 1 のねむけとだるさの10項目のうち男性は「横になりたい」24%、「ねむい」19%の順となっているのに対し、女性では「目が疲れる」37%、「横になりたい」36%、「足がだるい」35%の順となっている。
 2 の注意集中の困難さを示す精神疲労では男・女とも「一寸したことが思い出せない」「いらいらする」「根気がなくなる」「話しをするのがいやになる」等の訴えが注目される。
 3 の局在した身体違和感では男性では「腰がいたい」「肩がこる」「口がかわく」の順であり、女性では「肩がこる」「腰がいたい」「マブタや筋がピクピクする」の順であり、中腰、前かがみの繰り返し作業に起因すると考えられる。
 表(9)、表(10)は慢性病についての調査であるが男性では21%、女性では15%の人が何らかの慢性的な病気を持っている。その内容は「高血圧」「胃・十二脂腸」「気管支炎」等である。


 表(11)は自分の血圧の平常値を知っているかの問に対する調査であるが、知っているが男・女とも約半数である。


 表(12)は農薬によると思われる中毒症状の経験の有無の調査で、男性22%、女性23%が経験をもっており、表(13)はその症状を示している。男性では「頭痛」「皮膚のかぶれ」「はき気」女性では「皮膚のかぶれ」「はき気」「頭痛」等の症状である。

 表(14)の農薬中毒の原因は、「服装・マスクなど防備不十分」「自分の不注意」等であり、身体の具合も十分注意し慎重に取り扱う必要がある。

 表(15)は健康診断の受診状況であるが、受けた人男性63%、女性68%であり、健康管理の第一条件である「早期発見」「早期治療」のために受診の呼びかけが大切である。表(16)は健診の内容である。

 表(17)は健診を受けなかった人の理由について調査したもので、その第1は男・女とも「現在は健康だから」と自分の身体を過信している。ついで「忙しくて行けなかった」等であるが、自分の身体は自分で管理するため、年1回の健診は受けるようにしたいものだ。


 最後に表(18)で次に健診の機会があればとの問に対し男・女とも90%以上が受けると解答している。
 今後、総合的な健診の機会を計画的に設けていくことと健康意識を高めるための健康教育の徹底を図っていくことが大切であると考えられる。


 以上がアンケートの結果の概要であるが、今回の調査にあたり準備段階から最後まで全面的なご協力をいただいた板西農協、阿波松坂農協、板野町栄農協の関係者の方々に対し厚くお礼申し上げます。

 

3.まとめ
 板野町の農業従事者男子102名、女子102名の健康診断結果を要約すると
1)総合異常者率は、男子61.7%、女子43.2%の高率であった。
2)異常項目の第1位は、男女とも尿検査異常であったが、明らかな腎障害のみられたものは少数であった。
3)肥満、肝障害は、平均的な異常率であった。
4)胸部胃部X線異常、心電図異常、高脂血症、高血糖などは少なかった。
 以上のことより、板野町農業従事者の健康状態は、比較的良好と考えられる。

 

 文献
1)坂東玲芳ら:神山町農家と農民の健康状態について、郷土研究発表会紀要:22、159、1976
2)加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:23、151、1977
3)坂東玲芳ら:山城町農家と農民の健康状態、郷土研究発表会紀要:24、105、1978
4)今川大仁ら:市場町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:25、139、1979
5)坂東玲芳ら:池田町住民とくに農業従事者の健康状態について、郷土研究発表会紀要:26、195、1980
6)右見正夫、今川大仁ら:上板町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:27、95、1981
7)坂東玲芳ら:貞光町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:28、171、1982
8)加藤和市ら:鷲敷町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:29、145、1983
9)坂東玲芳ら:鴨島町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:30、97、1984
10)加藤和市ら:羽ノ浦町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:31、103、1985
11)坂東玲芳ら:石井町住民の健康診断結果について、郷土研究発表会紀要:32、24、1986
12)加藤和市ら:海部町における農業従事者の健康状態、郷土研究発表会紀要:33、161、1987
13)東京都予防医学協会年報:昭和58年度、通巻第14号、P93、1983


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