阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第34号
板野町住民の栄養調査

医学班

  小林直道・吉岡あや子・久木野憲司・

  脇谷千春・今立泰美・岩見美千代・

  鎌田貴子・福田晶子・森口覚・

  水沼俊美・坂井堅太郎・中川雅子・

  小川久子・鈴木和彦・岸野泰雄

 我々医学班は阿波学会総合学術調査の一環として農村医学班の調査と並行して板野町住民の栄養調査を実施した。板野町は撫養街道と讃岐街道の交差点として古くから交通の要地として栄え、県北部の文化、産業、教育の中心となっている。特産物は、葉タバコ、れんこんの他、漬物用のきゅうり、白うりなどの野菜がある。今回、食物摂取量、生活時間、味噌汁塩分濃度及びアンケート調査を実施し、興味ある結果を得たので報告する。


<調査方法>
1)対象
 徳島県板野郡板野町農協(板西、松坂、栄)に加入している農業従事者のうち、男性88名、女性101名、計189名に対して栄養調査を実施した。年令は20才代から60才代まで平均男性50.2才、女性50.4才であった。
2)期間
昭和62年7月28日から7月31日までの4日間にわたり実施した。
3)調査項目
 a)栄養摂取量
 調査を行う数日前に食事調査表を各自に配布し、調査の前日に摂取した食物の種類と目安量を記入してもらい、調査日に持参するように依頼した。調査日には個々の面接により食品モデルを提示し、各自が記入した食品目安量を調査員が再確認した上でグラム数に換算した。栄養摂取量及び食品群摂取量などの算定にはパーソナルコンピューター(日本電気PC−9801VX)を使用した。
 b)生活時間調査
 食事調査日の生活時間を記入してもらい、面接時に調査員が不明確な点を再確認し、生活時間の推定を行った。消費エネルギーは泥尻らの方法を用いた。各労作の活動代謝は以前の報告と同様の値を用いた。
 c)みそ汁の塩分濃度
堀場製作所製のHS−7食塩濃度計により塩分濃度を測定した。
 d)アンケート調査
アンケート用紙を各自に配布、記入を依頼し、面接時に調査員が不明確な点をもう一度説明したうえで、各回答を得た。


<結果および考察>
1)板野町住民の食品群別摂取量
 板野町住民の食品群別摂取量は、「食品群別摂取量の目安」(速水氏案)を100%として比較した。(図1)穀物類は目安量をやや下回る程度の摂取量だった。芋類、油脂類が低値を示しているが、夏場の調査であるためと思われる。蛋白質源である、豆類、魚類、肉類、卵類及び乳類は、目安量を大きく上回っており、国民栄養調査の平均値と比べてもほぼ同等の値で、比較的よく充足されていた。緑黄色野菜、果実類も目安量を大きく上回っていたが、夏場はトマトや桃やすいかなどを多く食べるためと思われる。比較的充足されにくい小魚・海草類もよく摂取されていた。
2)年齢別にみた食品群別摂取
 「食品群別摂取量の目安」(速水氏案)を100%として各食品群の摂取量を20才代、30才代、40才代、50才代、60才代に分けて検討した。穀類(図2)は、各年齢で男性が高く女性が低い摂取傾向だった。芋類(図3)は、年齢が高くなるにつれ低くなる傾向で、特に男性がそうだった。砂糖類(図4)は、40代以上の女性については摂取量が男性の2倍に達していた。油脂類(図5)は、各年齢で摂取の差はあまりみられなかった。
 蛋白質源である、豆類、魚類、肉類、卵類(図6、7、8、9)及びミネラル源である乳類(図10)では、豆類、魚類、卵類は各年齢で比較的よく充足されていたが、肉類、乳類は、平均すれば目安量をみたしていたが、特に40才代以降は個人別にみると摂取量にばらつきが多く、みたされていない場合もみうけられた。
 淡色野菜、緑黄色野菜、果実類(図11、12、13)は、どの年齢層でもよく摂取されていた。これらの野菜、果実類は、男性より女性のほうがより多く摂取している傾向がみられた。果実類は特に高い摂取だったが、これはすいかなどを大量に摂取したためである。
3)栄養摂取量
 日本人の栄養所要量(第3次改訂)を100%としたときの板野町住民の平均栄養摂取量の比率(%)を図15に示した。板野町の結果は、脂肪を除く各栄養素とも所要量がよくみたされていた。充足するのが比較的困難なカルシウムや鉄もみたされているのはよい傾向と思われた。カルシウムがよくとられているのは、乳類がわりとよく摂取されているためであろう。鉄が充足されているのとビタミンAが所要量を大きく上回っているのは、今回の調査日がたまたま丑の日に当たっており多くの家庭で鰻を食べていたためと考えられる。ビタミンCとビタミンAの摂取が突出しているのも夏なので、すいかやオレンジジュースを多くとっているためであろう。
4)年齢別にみた栄養摂取量
 各栄養素とも年齢の違いによる栄養素摂取状況の違いはあまり見られなかった。そしてどの栄養素もよく充足されていた。男女差では、ビタミンA、B1、B2(図23、24、25)が男性より女性の方が摂取量が高くなっていた。
5)みそ汁の塩分濃度
 図30は、みそ汁の塩分濃度を測定し、その濃度の度数分布を示したものである。塩分濃度は、1.2〜1.4%をピークに70%以上の人が推奨濃度である1.0%を越えており、全般的に塩辛いみそ汁をとる人が多かった。しかしながら、アンケート調査の結果ではほとんどの人が自分の家のみそ汁を塩辛いと思っておらず栄養指導の必要性が考えられる。また、実際の食塩摂取量は平均約13gで全国平均とはほぼ同じであるが、厚生省の推奨値である10gよりは多く、指導による改善が望まれる。
6)アンケート調査結果
 食物摂取調査は1日の結果であるので、食生活の全貌をとらえるべく、栄養意識及び食物摂取頻度について調べた(図31)。食品の組合せを考えている人は、女性に多くやはり女性の方が栄養意識は高いようだった。緑黄色野菜をよく食べると答えた人が多かったが、これは実際の調査結果と一致していた。食事を腹いっぱい食べると答えた人が多かったが、実際の調査では大きな問題となるような過剰摂取をしている人はあまりいなかった。欠食などをする人も少なく、全般に良好な結果であった。


<まとめ>
 板野町住民の食生活は、食品群別摂取量、栄養素別摂取量ともによく充足されており、大きな問題となるような過剰摂取もみられなかった。しかし、調査日が土用丑の日と重なったために多くの家庭で鰻を多く食べていた。鰻という食品は、ビタミンA、D、B1、B2、カルシウムなどを非常に多く含んでいるが日常的に食べる食品ではない。そのため、調査結果のそれらの栄養素の数値が多めになったことが考えられる。そのことを加味して考えると、日常の食生活でもそれらの栄養素が充足していたかどうかはわからないので改善の余地もあるだろう。また、アンケート調査の結果から食品の組合せを考えて食べている人は全体の1/3しかおらず、そのようなことからも以下に記するような点に気を付け、当町住民の栄養改善に役立ててほしい。
 特に農村地区では蛋白質が不足しがちであるが、板野町ではそのような傾向はみられなかった。肉、卵、豆類がよく食べられていることによりこのような結果が得られていると思われる。しかし、肉類の摂取は個人によっては低い人も見られ、そのような人は気をつけて肉を食べたほうがよい。
 緑黄色野菜や果実類は夏場ということでよくみたされていた。緑黄色野菜についてはアンケート調査でもよく食べているという結果がでており、このような食習慣は続けていったほうがよいと思われた。しかし、男性は女性よりも摂取が少ないので男性は野菜を多く食べる必要があろう。果実類については、夏はすいかなどをたくさん食べるのでかなり高めの数字となっており、他の季節でもりんご、梨、みかんなどをとるようにしたほうがよい。
 今回の調査では芋類が少なかったが、とれる季節に食べればよいであろう。また、砂糖類の摂取量は目安量よりも低く、今のところ問題はないが、女性は男性の2倍もとっており、肥満予防のためにも控え目の摂取がよいと思われる。
 乳類は平均すればよく摂取されており、これによってカルシウムなどがよく充足されていると考えられ、今後も牛乳を毎日飲むなどの習慣を続けたらよいであろう。
 食塩摂取量は、13gと厚生省の推奨値である10gより高く、また多くの人は塩辛いみそ汁を飲み、それを塩辛いと感じていなかった。このことから、当町の人は塩辛い味付けになれていると思われ、食塩摂取と高血圧などの成人病との関連からも栄養指導の必要があろう。


<参考文献>
1)手塚朋通ら:脇町地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、19、57、1973
2)高橋俊美ら:宍喰地区住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、20、73、1974
3)中西晴美ら:上勝町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、21、103、1975
4)上田伸男ら:神山町の栄養調査、郷土研究発表会紀要、22、191、1976
5)鈴木和彦ら:牟岐町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、23、143、1977
6)山本 茂ら:山城町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、24、131、1978
7)鈴木和彦ら:市場町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、25、123、1979
8)森口 覚ら:池田町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、26、183、1980
9)高間重幸ら:上板町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、27、79、1981
10)黒田耕司ら:貞光町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、28、151、1982
11)角田みどり:鷲敷町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、29、131、1983
12)河村純夫ら:鴨島町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、30、83、1984
13)近藤孝司ら:羽ノ浦町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、31、87、1985
14)戸羽正道ら:石井町住民の栄養調査、郷土研究発表会紀要、32、121、1986
15)鈴木 健ら:公衆栄養、医歯薬出版、1981
16)沼尻幸吉:働く人のエネルギー消費、労働科学研究所、1980
17)沼尻幸吉:活動のエネルギー代謝、労働科学研究所、1987
18)速水 泱:栄養所要量の改訂に伴う食品群別摂取量の目安の私案、栄養学雑誌、43(4)、209-213、1985
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21)森口 覚ら:農業従事者(徳島県下)の栄養摂取と身体状況、栄養と食糧、33(5)、335-341、1980
22)森口 覚ら:地域別(徳島県下)にみたみそ汁中の塩分摂取量、医学と生物学、104(1)、27-30、1982


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