阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第34号
板野町の水生昆虫

水生昆虫班 徳山豊

1.はじめに
 阿波学会による総合学術調査に参加し、板野町の主として渓流における水生昆虫相を調査した。その結果を報告する。
 調査地である板野町には、いずれの季節も、豊富な水が常時流れているような渓流が見られず、流水性の水生昆虫類が生息できるような環境は少ない状況であった。宮川内谷川、旧吉野川も流れるが、これらの川は、下流型の様相を呈しており、流水生の昆虫類が多く生息する瀬の石礫底は見られない。松谷川、犬伏谷川などでは、川底と両岸の三面がコンクリートで固められており、昆虫類が生息できない河床状態になっている。他の谷でも、中・下流部では、三面がコンクリートで固められている部分が多く、調査地として適当な箇所の設定が困難であった。
 しかし一部には、自然環境が余り手を加えられずに残され、水生昆虫類が多く生息すると思われる地域も見られた。
 調査地点としては、比較的自然な状態で、河床に石礫の多い地点を選んだ。
 渓流の調査と合わせて、2箇所の池においても調査を行った。
 調査期間は、7月、10月、11月、1月の各月で、合計6日間実施した。


2.調査地点と調査方法
 調査地点は図1に示した。


 各調査地点の様相の概要を述べると、
St.1 黒谷川上流部の砂防ダムによってできた池である。ここから上流部は、水がかれた状態である。(1987年7月31日調査)
St.2 源流性の渓流で、水量は少なく、水深10cm程度の流れである。河床には角ばった石礫が見られる。やや濁った水が流れる。(1987年7月31日調査)
St.3 橋の補強工事が施行されており、濁水が流れる。採集は約50m下流側で行った。石礫底で、落葉の沈積した小たまりも見られる。(1988年1月30日調査)
St.4 大坂谷川の上流部で、源流性の細流でわずかに流れが見られる。(1987年10月11日調査)
St.5 小川の様相を呈し、石礫も少し見られる。(1987年10月11日調査)
St.6 河床には角礫が多く、荒廃した様相を示す。
調査時は降雨により増水していたが、平常の流量は極めて少ないと考えられる。(1987年11月3日調査)
St.7 吹田橋の下付近で、水量は少なく、河床の大部分は川原になる。澄んだ水が流れる石礫底部も一部に見られる。(1988年1月30日調査)


St.8 富の谷川の大部分は、三面がコンクリート化し、排水路となっている。この地点だけは、自然のままに残されており、安定した河床が見られる。(1988年1月30日調査)


St.9 (シン池)山地部にある池で、かんがい用の水が貯わえられている。(1987年7月29、31日調査)


St.10 (慶田池)この池も、かんがい用の池で山地部にあるため生活排水の影響はないが、水草など水生植物は少ない。(1987年7月31日調査)
 調査は、いずれの地点においても、定性採集を行った。すなわち、谷川ではちりとり型金網を用いて、川底の石礫、砂泥、落葉等をすくい取り、肉眼で見られる動物をピンセットで集めた。池では、手製の水網を用いて、昆虫をすくい取った。各地点において、ランダムに採集し、多くの種を得るようにした。採集した底生動物は、10%のホルマリン液で固定し、持ち帰って同定に供した。


3.調査結果と考察
 今回の調査で、8目67種の水生昆虫と、昆虫以外の底生動物が8種採集された。
 水生昆虫を目別にみると、毛翅目15種、蜉蝣目12種、蜻蛉10種、半翅目8種、■翅目、鞘翅目が各7種、広翅目、双翅目が各4種である。それを調査地点別・目別に種名(または属・科名)を示したのが、表1である。


 地点別の出現種類数をみると、富の谷川のSt.8が最も多く、35種が得られている。この地点は先述したように、自然環境が保持された所で、川底には石礫が多く、きれいな水が流れている。この場所では、ゲンジボタル、ヘイケボタルの幼虫が採集された。食餌となるカワニナも多く生息しており、周囲には樹木が多く、ホタルが生息できる環境にある。
 大坂谷川の上流部のSt.4においても、23種が採集されている。水量が乏しい状況にあるが、ミヤマシマトビケラ属幼虫のように山地性の流水に生息する種が確認された。また、広翅目のヘビトンボ、ヤマトクロスジヘビトンボ、クロスジヘビトンボの3種が混生している。ヤマトクロスジヘビトンボは、県内の他河川から採集例のないものである。今回の調査で、黒谷川、大坂谷川、富の谷川から採集された。水量の少ない細流に生息するものと考えられる。
 大坂谷川の下流部のSt.7では、ヒゲナガカワトビケラが確認された。水量が不安定な河川であるが、一部の石礫底では本種の姿も見られる。
 St.1、St.9、St.10の止水では、他の調査地点とは異なる水生昆虫相が見られる。平地部の池と異なり、農薬や生活排水の影響を直接受けないと思われる(松喰い虫駆除剤などの影響はあるかもしれない)。オオミズスマシ、ヒメイトアメンボ、マツモムシなど、平地の池に見られなくなった昆虫が生息している。
 特に、St.9(シン池)で採集されたマダラナニワトンボ(Sympetrum maculatum Oguma)の幼虫は、本県での採集記録がなく(桑田、私信)、今回初めて採集された貴重な種である。本種の同定は、愛媛県新田高等学校の桑田一男教諭に依頼し、同教諭を通じて、日本蜻蛉学会事務局長の枝重夫氏によって確認された。


4.おわりに
 板野町を流れる、大坂谷川、黒谷川、富の谷川とシン池、慶田池において、水生昆虫類を調査し、8目67種の水生昆虫と、昆虫以外の底生動物を8種確認した。
 水量が少ない細流においても、かなり多くの種が生息している。特に富の谷川の一部には、自然環境が保持された水域が残されており、ここにはゲンジボタルなど清水にすむ昆虫類が多く生息している。
 また、山地部の池には、本県から採集されていなかったマダラナニワトンボの幼虫が生息していることが明らかになった。
 最後になったが、日頃からご指導・助言をいただき、不明種の同定、文献を恵与された愛媛県新田高等学校の桑田一男先生並びに、同定の労をとられた日本蜻蛉学会の枝重夫氏に心からお礼申し上げる。
文献
川合禎次(編)1985 日本産水生昆虫検索図説.東海大学出版会、東京.


徳島県立図書館