阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第33号
鞆浦とその周辺の海岸部地名

方言班  上野智子

 ここに言う「地名」は、一般に理解・受容されている地名と、次のような点で、少し異なっている。
1.文字(とくに漢字)で表されることが少なく、地形図・海図等の地図類に記載されることが稀である。
2.生業に密着していて、その数はきわめて多く、しかも、生業従事者の口頭伝承が、地名の存続・変遷に大きく関与している。
3.通用する範囲は小規模にとどまりがちで、使用語・理解語において、個人差が認められる。
このような不記載地名、換言すれば、“文字とは無縁の口ことば地名”の発掘と研究は、今後いっそう盛んになることが予想される。
 本報告は、海部町鞆浦集落において、漁業生活の舞台となる海岸部が、いったいどれくらいの地名量を保有しているかをまず確認し、次いで、個々の地名の文字(漢字表現)化を地名の意味・由来に照らして試みたものである。意味不詳の難解地名も少なからずあり、今後検討すべき課題の多いことを痛感する。
 地名の採録と教示は、30年来網漁に従事されている三島敕史氏(45歳)を中心に3名の漁師さんと、鞆浦漁業協同組合に御協力いただいた。

地名一覧
1 ヨボシ 烏帽子
2 トモイレ 艫入れ
3 マルバエ 丸碆
4 タカタカ 高々
5 ハゲバエ かわはぎ碆
6 オタフクバエ お多福碆
7 ユルギノハナレ
8 デバリ 出張り
9 ヨージョー
10 ヨージョーノハナレ
11 イワクイ 岩喰い
12 コチョーバイ
13 ギョージャノタンポ 行者の窪
14 オーハイ 大碆
15 オシトリ 押通り
16 オシトリノハナレ 押通りの離れ
17 ワキマワシ 脇回し
18 イチバン 一番
19 ウチキリ 打切り
20 ウチキリノハナレ 打切りの離れ
21 チノハナ 乳の鼻(血の鼻)
22 エガンバイ ぶだい碆
23 カベ 壁
24 マルバ 丸碆
25 ツバキダニ 椿谷
26 ウシガツベ 牛が爪
27 ミズトリバ 水取場
28 フタゴジマ 二子島
29 フナカクシ 舟隠し
30 タヌキバエ 狸碆
31 オリツキノイソ 降着きの磯
32 ハセノカミ 長谷の神
33 ハセノカミノアシ 長谷の神の足
34 ナガバエ 長碆
35 イチバン 一番
36 オーミヤノイソ 大宮の磯
37 コジキガイソ 乞食が磯
38 エガンバイ ぶだい碆
39 サッカ
40 ナガハイ 長碆
41 ヒラバエ 平碆
42 オイシェモドリ お伊勢戻り
43 ビシイシ
44 タカノス 鷹の巣
45 ミズタニ 水谷
46 ウマノシェ 馬の背
47 シェノウエ 瀬の上
48 コシマ 小島
49 モモノキノシタ 桃の木の下
50 マツノキノシタ 松の木の下
51 ドーノマエ
52 ニシガハナ 西が鼻
53 ハンギョバエ 判形碆
54 モートリバ 藻採り場
55 シンガバエ
56 オーザトバエ 大里碆
57 ダンバエ 段碆
58 シロバエ 白碆
59 シェーバイ 瀬碆
   カミノシェーバ 上の瀬碆
   シモノシェーバ 下の瀬碆
60 アワサキ 阿波崎
61 アワノハナレ 阿波の離れ
62 エンノハナ
63 フナツキ 舟付き
64 ミノコシ 見残し
65 ミズバエ 水碆
66 マルバエ 丸碆
67 ゴンザ 権左
68 オカマ お釜
69 オシトリ 押通り
70 ベライテン 弁財天
71 タナバ 棚場
72 ハライタバイ 腹痛碆
73 カンノンザキ 観音崎
74 ナカバ 中碆
75 カガミバエ 鏡碆
76 クジラバエ 鯨碆
77 トーダイ 燈台
78 スワギノハマ
79 オーザトマツバラ 大里松原
80 ハマズメ 浜詰
81 シオフキ 潮吹
82 タモンバイ
83 ヒラバイ 平碆
84 チョーガバエ 蝶が碆
85 シェーバ 瀬碆
86 ウシガイ 牛が碆
87 ウシガイノタンポ 牛が碆の窪
88 マメイシ 豆石
89 ガマ 蝦蟇
90 ウーガハイ 鵜が磐
91 タテイシ 立石
92 フナコシ 船越
93 シラア 白碆

要地解説
1 ヨボシ(写真1)
  巻貝のヨボシに形が似ているところからの命名という。一方、宍喰では、名称は同一であるにもかかわらず、由来を異にする。すなわち、ヨボシとは、竹で作った角錐状の浮きで、プラスチック製が普及する前まで使用されたらしい。いずれも、烏帽子に似た形である点は一致する。
10 ヨージョーノハナレ
  ヨージョーの意味は不明だが、〜ノハナレ(離れ)の表現形式が、7・10・20・61のように注意をひきつける。〜は基点を指示し、その連続地形であることをよく表している。海岸地形の認識のしかたに密着した“まとめ呼称”とでも言えようか。
13 ギョージャノタンポ(写真2)
  行者が修行をした場所かどうかは不明ながらも、何か由来ありげな名である。タンポとは、写真のように海岸線の凹部を意味する地形名である。
14 オーハイ
  何の技巧も凝らさぬ単純素朴な名称。ハイ(碆)は岩礁を意味し、とりわけ四国南岸に多い。ここでも、93のうち30の地名に碆が認められる。
21 チノハナ(写真3)
  数少ない地図記載名の一つで、「乳の鼻」と記されているが、「血の鼻」が正しいのではないかという。長宗我部元親が海部城を攻めてきた時、この付近の海が戦兵の血で赤く染まったという伝説がある。
24 マルバ
  オーハイに同じく、形をそのままに表現した単純素朴な名称。3・66はマルバエだが、意味は同じである。バエはバに縮めて発音される場合が少なくない。
32 ハセノカミ
  文字化が正しいかどうかは疑問が残る。ハシノカミの発音も聞かれた。海部の殿様が切腹した所と言い伝えられている。
38 エガンバイ
  エガミ(ぶだい)がたくさん獲れた碆と解釈される。他にも、22がある。魚名を冠するものでは、エガミ以外に、5のハゲバエがある。
43 ビシイシ(写真4)
  あじ・さばを釣る時に使う、鉛のおもりをビシというが、その形に似ているかどうかはわからない。辞書には、たくさんの意味があり、関係のありそうなものとして、武器・漁具、そして、切り立った岩壁が挙げられる。
53 ハンギョバエ(写真5)
  鞆城のあったあたりを判形(ハンギョー)と称するので、そこから見通せる場所という意味の名称であろう。判形には、昔、花押を書く役人がいたという。
64 ミノコシ(写真6)
  長宗我部氏が攻めてきた時、三人だけを残した、とする「三残し」と、見逃した、とする「見残し」の二説の語源解釈がある。
69 オシトリ(写真7)
  艫漕ぎの舟が艫を押して、ようやく通れる所から名付けられた。同じ名が15にもある。艫漕舟の時代を彷佛とさせる。
72 ハライタバイ
  ここでの語源は不詳だが、同じ名称に、他の漁業集落では艫が当たって腹痛を起したという言い伝えがある(宍喰)。
76 クジラバエ(写真8)
  鯨にそっくりの形をしている。碆の形を他のものになぞらえる比喩法も活発である。


徳島県立図書館