阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第33号
海部町の学校教育に関する意識調査

教育社会学班 池田隆・平木正直

1 問題の設定
 毎日新聞社が昭和59年12月に実施した「全国教育世論調査」のなかで、「学校教育でどの点を改めたがよいか」という質問の回答(複数回答)を見てみると、入試制度54%、先生の質51%、道徳教育の軽視45%という結果となっている。また、海部町でおこなった調査のなかで、「教育問題解決のための施策」の結果では、入試制度の改革32.9%、教員養成制度の見直し(教師の質の向上)16.0%、徳育(道徳教育)の充実10.5%と教師にかかわる問題意識がいずれも高いことがわかる。
 このような教師にかかわる問題意識の背景には、「校内暴力」「いじめ」といった学校の病理現象にたいして、一向に効果が現われない教師の指導への不満が存在していると思われる。また、最近では教師の体罰が指摘され、教師の指導のありかたに一石を投じている。
 学校教育にかんする様々な見方、考え方や要求がなされている中で、教師自身の考えや指導方針がかならずしも保護者の考えと一致しているとはいいがたい。むしろ、周りの状況に左右され、指導のありかたを見失っているのではないか、また、学校を取り巻く状況の中で教師の指導が狐立した状況に陥っているのではないか、とも考えられるのである。そうすると教師自身、あるいは教師をとりまく状況のなかに問題点が隠れおり、それは基本的には教師と保護者、子供の考えの相違から生まれていると言えまいか。

 

2 研究の目的
 本研究の目的は、海部町の学校教育における教師の意識、保護者の意識、子供の意識の相違を質問紙調査により、明らかにすることである。
 小・中学校における三者(教師、保護者、子供)の意識をそれぞれの立場から追求することは、つぎのような意義をもつ。
 教師と保護者の意識の相違点、共通点を浮き彫りにしていくことができ、学校教育に対するさまざまな考えを包括的な形でとらえることができることにある。とくに小・中学校における教師−子供の人間関係を通して、学級における問題点を明らかにすることができる。また、教師への期待意識を明らかにすることによって、学校教育に現在欠如しているもの、今後重視していく必要があるものといった手懸かりを得ることが出来る。
 しかし何にもまして、今後の学校教育の機能(特に教師のはたす役割)について考察をすすめていく出発点となりうることにある。


3 分析の手順
 はじめに第一章において教師と子供の日常の学級生活を分析していく。その中で、教師−子供の人間関係の実態をさぐっていく。第二章では、教師に対する期待意識を明らかにしていく。


4 調査の概要
2  調査実施時期  昭和61年6月
3  調査対象
  海部町内の小学校4・5・6年に在学する児童およびその保護者
  海部町内の中学校1・2・3年に在学する生徒およびその保護者
  海部町内の小中学校に勤務する教職員(主として学級を担任している教諭)

4  調査結果の統計処理
 統計処理に関しては、京都大学大型計算機センター(FACOM M−382)のSPSSを利用した。


第一章 教師と子供の人間関係
 子供にとって学級が楽しいことは、学校生活を有意義にすごすための第一条件である。子供同士の関係もさることながら、教師との関係が円滑にすすむことも大きな要因といえる。しかし、現実の学校生活をのぞいてみると必ずしも良好とはいえない。教師と子供の間にどのような問題が横たわっているのであろうか。第一章では、教師と子供の人間関係をとおして教師の現実の姿、特に教師と子供の人間関係の問題点をさぐる。
 第一節 子供のクラス観
 クラスは、教師と子供の存在によって成り立っている。しかし、教師と子供といった単なる組織構成ではなく教師と子供、子供どうしの人間関係を媒介として教育活動は行われている。そのなかでも教師と子供の人間関係が良好な状態でなければ、子供は学級に魅力を持つことは出来ない。教師と子供が接する時間は小学校においては、一日約8時間にも及ぶ。ともすると家庭における親子の接触時間よりも長い場合もある。そういった意味においても教師の影響力は大きいことがうかがえる。
 図1−1と図1−2は、クラスに関するイメージである。

クラスの雰囲気については教師・子供とも約5割の者が「楽しいほうだ」と感じている。しかし、クラスのまとまりについては、「よくまとまっている」と感じている教師が44.4%に対して、子供は28.4%と低く、教師と子供に意識の差が見られる。つぎに、教師と子供の会話がどのようにはかられているかたずねてみた。図1−3がその結果であるが、「話をするほうだ」と思っている教師は83.3%であるのに、子供は44.6%にすぎない。

そこで、「6月になって休み時間や放課後にじっくりと話をしたことがあるか」実態を調べてみた。「よくある」と答えたものは、図1−4のように教師55.5%とやや少なくなったものの、子供の14.5%に比べると非常に高い値である。

つまり、教師は自分のクラスは楽しい雰囲気だし、まあまとまっており、子供ともよく話をしていると思っている。確かに、教師は休み時間にはいっしょに遊んだり、子供達とのおしゃべりに興じたり、授業中には、はげましや子供一人一人とのアドバイスなども含め意図的なはたらきかけを行っているのは事実である。しかしながら子供たちには意識的に受け止められていないようである。
 このような状況のなかで、教師は子供達のきもちをどの程度理解していると、思っているのであろうか。図1−5は、「子供のきもちがわからない」と思うことをどの程度かんじているのか、まとめたものである。子供のきもちがわからないと答えたものが、全体の平均で61.1%にものぼっている。


 では、子供達は、教師をどう理解しているのであろうか。教師が率直に意見と感情を表わす「叱る場面」について、「先生がなぜしかっているのかわからないこと」についてたずねてみた。(図1−6) 平均で全体の33%の者が「ある」と答えている。教育現場では一般に、学年が進むにつれて大人としての教師の意見を良く理解してくれると言われている。だが、この結果を見る限りにおいては、学年を問わず約3割の子供達が教師の気持ちがわからないと感じているということが明らかとなった。では、子供達は教師のことをどの程度理解しているのであろうか。
 第二節 子供の教師理解と教師の意識
 図1−7、図1−8は子供達が担任の先生のことをどの程度知っているのかまとめたものである。


 子供達は「先生の年齢」、「先生を怒らせる言動」、「先生の住んでる町の住所」については40%を超える者が「知っている」と答えている。同じ教室の中でともに生活をしている教師のこと、しかも年齢や住所、昼休みのことについてさえ、知っている者が6割に満たないという今回の調査結果には驚きを感じる。したがって、「先生の尊敬する人物」、「人生観や夢」、「理想とする生き方」という項目の値の低さは当然といえまいか。教師と子供の関係は、単なる大人と子供の関係ではない。教育者と被教育者という点に限定して考えてみても、人間的な交流が見られない教室の中で、はたして子供達に生きる喜びや夢、人生観という教育にとって必要不可欠なことがらを教師は指導出来るのであろうか。教師がもっとも熱心に取り組んでいる授業や学習に関しても十分な成果を挙げるとは言いがたいように思える。
 もうひとつ問題としたいのは、図1−7、図1−8からもわかるように、教師は自分のことを子供達が理解してくれていると楽観的に受け止めていることである。

 前述したが、クラスのまとまりのことや子供との会話のことも含めて、子供の意識を十分につかんでいないことである。教師が一生懸命教育に取り組んでいることはすばらしいことであるが、教師の中に子供の実態が把握されていなくては、教育は教師の独りよがりに陥ってしまう。
 図1−9、図1−10、図1−11は児童の実態をまとめたものであるが、休み時間には外へ出て他のクラスの子とも仲よく遊ぶ子供達であるが、授業中は発表もせずぼんやりとしている様子がうかがえる。先生との関係をさぐってみると、「先生より友達と遊んだほうがいい」と思っているものが平均で74.5%いて、「休み時間に先生のそばに行く」子供は約8%である。先生から「よくおこられる」子供は、32.4%におよぶ。子供達にとって教師とは、一体何なのであろうか。


第二章 教師への教育期待
 第一章では、教師と子供の人間関係の希薄さそして意識のずれといった問題点があることを明らかにした。このような状況のなかで、教師は保護者や子供の期待をどのようにうけとめているのか、また、教師をとりまく状況のなかで、保護者はどのような事柄を期待しているのか、第二章では教師への教育期待を考察する。
 第一節 教師の指導に対する期待と教師の認識
 教師は保護者の教育への期待をどのように認識しているのであろうか。ここでは、学習指導に関する内容、生徒指導に関する内容、しつけやきまりに関する内容、指導方法に関する内容、家庭(保護者)との連携に関する内容、子供とのふれあいに関する内容、全12項目について教育への期待を調べた。ここでは、図1−12をもとに全体的な特徴について述べる。


 図を見て、気がつくことは教師がほとんどの項目について過大に「期待されている」と認識していることである。表からもわかるように、「体罰を与えてでも厳しく指導してほしい」「夏休みや冬休みも子供の面倒を見てほしい」「子供ともっと遊んで欲しい。」という項目以外は教師、保護者とも同じような回答傾向を示している。
 1 教師の認識傾向
 教師の回答のなかでは、「子供ともっと遊んで欲しい。」がもっとも高く88.7%である。次いで、「子供の成績が下がった時に特別の指導をしてほしい」83.2%、「生徒指導をもっとしっかりしてほしい。」「夏休みや冬休みも子供の面倒を見てほしい」「もっと授業参観をさせてほしい」(いずれも70%を超えている。)の順になっている。最も回答が低かったのが、「体罰を与えてでも厳しく指導してほしい」16.5%で、「物を大切に扱うように言ってほしい」28%である。教師は学習指導に関することがらや校内の生徒指導、子供とのふれあいについて保護者の期待が大きいと感じているようである。また、「体罰を与えてでも厳しく指導してほしい」が低かったことについては、マスコミを通じて教師の体罰が社会問題としておおきくとりあげられていることが、原因と考えられる。
 2 保護者の教師への期待
 保護者の期待は、教師が感じているほど高いとはいえない。期待していることも内容的に違いがある。保護者が回答した項目の高い順に見てみる。最も高いのは「物を大切に扱うように言ってほしい」63%、ついで「子供の成績が下がった時に特別の指導をしてほしい」62.4%、「生徒指導をもっとしっかりしてほしい。」52.5%「学級通信をもっと出すなど家庭との連絡を密にしてほしい」52%となっている。これを見る限りにおいては、子供のしつけやきまりに関すること、学習に関すること、そして家庭との連携に関することを望んでいることがわかる。ただおもしろいのは、しつけやきまりのことに関して、「学校のきまりをまもらせる」といった社会的規範については、50%と回答が低い。家庭との連携にしても子供の「授業参観」となると10%を割り最も低くなる。学習に関しては、よく教育現場で話題となる「宿題」も26.1%で低い。保護者の教師に対する期待は、予想していたほど高くなかったが、わが子を中心とした個別的な感じがする。そのことが、このような相矛盾するような回答になったと思われる。
 保護者の期待と教師の認識について全体的な考察を行ったが、小学校と中学校によって、期待の差が見られた。


 図1−13、図1−14からわかるように、保護者の回答傾向は非常によく似たものとなっている。これを小・中学校別に期待の高いもの順にみてみると、小学校段階では、「持ち物を大切にあつかう」「成績が下がった時の特別指導」「家庭との連絡」「学校のきまりを守らせる(規則遵守)」で50%をこえている。同様に、中学校段階では、「成績が下がった時の特別指導」「持ち物を大切にあつかう」「生徒指導」「学校のきまりを守らせる(規則遵守)」で、これらの項目が50%をこえている。
 この2つの図をまとめたのが図1−15である。

両者を比較すると、同じような回答傾向にあった保護者の意識にやや違いがあるのが分かる。それは、中学生を持つ保護者が、生徒指導、校外指導という点で期待意識が高いことである。中学生の非行・問題行動は長年論議をよんできている。非行・問題行動の有無にかかわらず、『「言葉使い」「挨拶」を見ているともうちょっとなんとかなりませんか。』という言葉はよく耳にする。また、こうした事柄は本来家庭教育も担う必要があるのだが、家庭の教育機能の低下によって、学校への期待が高まっているからだと考えられる。
 本節では、教師に保護者がどのような期待や要求をしているのか、教師自身はどのように受け止め、認識しているのかを中心に考察してきたが、両者には意識のずれといったものがあるようだ。学校教育自体、家庭や地域社会と連携していかなければ十分な教育効果はあげられないことは明らかであるが、保護者の期待と教師の認識という基本的な課題にさえ問題があるように思える。保護者の期待や要求は、子供個々の観点に基づいていることは前述したが、学校の社会的機能から考えると保護者の要求を全て受け入れて教育を行うことは不可能と言える。しかし、逆に学校独自の方針で教育を進めていくことは危険である。保護者に最も近い位置にある教師に必要なことは、期待を的確に認識していこうとする態度やいかに教育実践にとりいれていくかということであろう。
 第二節 担任教師への望み
 第一節では、保護者の担任教師への期待意識と教師の被期待感には意識の差があること、教師自身が過大な期待を感じていることを明らかにした。では、子供達は担任の教師にたいして、どの程度の満足感を持ち、どんなことを望んでいるのであろうか。図1−16、図1−17は子供の担任教師への望みを調べたものである。「おもしろい話をして欲しい」66%が希望としては最も高く、つぎに「ユーモア」51%である。他の項目については50%以上が今のままでよいと感じている。


 保護者に同様の内容で担任教師への希望をたずねてみると、「もっときちんと叱って欲しい」という項目がもっとも高いものの、52%の値である。他の項目については、「今のままでよい」と感じている保護者が多い。担任教師への期待を子供と保護者について調べてみると、両者の間には求めているものにやや違いがある。図からわかるように、子供達が望んでいるものは「おもしろい話」「ユーモア」「気軽な相談」「公平なあつかい」「親切さ」といった教師とのふれあいである。保護者の場合をみると「叱る」「ほめる」「気軽な相談」「家庭との連絡」「親切」というように、しつけと子供のことをもっと知りたいという期待感が強いようだ。
 教師−子供の人間関係の希薄さは、海部町の学校教育のみならず、全国的な学校教育の抱える問題である。海部町は「ふれあい農園」の体験活動を通して、「ふれあい」運動の実践を行っている。人と人とのふれあい、そして暖かい人間関係の確立をめざす町の方針は、海部町の学校教育の課題解決の一助であり、今後の実践に期待されるところが大きい。(文責 池田 隆)


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