1.健康と農業との関連に関するアンケート調査結果について 農村医学班 私ども農村医学班は、総合学術調査に参加して、総合的な集団健康診断を行うとともに、健康と農業に関するアンケート調査を実施した。 健康診断の結果は別稿で報告し、ここでアンケート調査のまとめの中から、主な項目を抽出して報告する。 まず、調査の対象は海部町(海南町を含む)内で主に農業を営んでいる男性81人と女性143人の合計224人について61年7月22日より7月25日の4日間にわたって調査した。 その性別、年齢別構成は表(1)、のとおりである。
これら対象者の職業の状況を、収入の割合と仕事の割合との両面から見たのが表(2)と表(3)である。
表(4)及び表(5)は健康増進と食事嗜好についての調査である。
身近なことで一ばん関心を持っている点では男・女とも「健康」で健康への気配りがうかがわれる。健康増進のための実施事項は、男・女とも食事に気を配る。ついで、すいみんを十分とる。心の持ち方に気をつけるとなっている。 年1回の受診は男・女とも65%である。 食事嗜好は男性が塩からいものや味つけの濃いものを好む率が高く、女性は甘いものや酸味を好む。 これらの結果は、高血圧や肥満につながるもので、成人病との関連が心配される。 働く農民、とくに中年以後の農民に多発する「症候群」の8項目の調査では表(6)に示したように男・女ともに「肩こり」と「腰痛」の訴えが高く、さらに「夜間頻尿」と「手足のしびれ」と続いている。
これを定められた基準で採点、評価してみると表(7)のようになる。
総合点が2点以下で対策を必要としない人が、男で46%、女で42%、なんらかの対策を必要とする人は男・女とも48%である。 さらに高度の対策治療を必要とする人が男6%、女10%で女性が多く、こうした疲れの積み重ねが慢性疲労となって病気の始まりの危険サインと考えなければならない。 1日の仕事が終わった時点での疲れを自覚する「いまの疲労度」(急性疲労)を調査した。 表(8)1
のねむけとだるさの10項は男女とも「横になりたい」が断然多く、「足がだるい」「ねむい」「目がつかれる」との訴えが多く出ている。
2
の注意集中の困難さを示す精神疲労では「一寸したことが思い出せない」「根気がなくなる」「話をするのがいやになる」等の訴えが注目される。 3
の局在した「身体違和感」つまり、神経感覚の疲れでは、「腰痛」と「肩こり」が出しており、農作業が前かがみの多い繰り返し作業が長時間続けられていることに起因しているのではないかと考えられる。 表(9)、表(10)は一般に「持病」と呼ばれている慢性的な病気について調査したものである。
対象者は現に農業に従事している健康な人で、男33%女24%がなんらかの慢性的な病気を持っており、内容は高血圧をはじめ胃・十二指腸といわゆる成人病と呼ばれる病気が多くみうけられる。 表(11)に示した自分の血圧の正常値を知っている人は男63%女74%である。
次に農薬散布とそれによる中毒についての調査結果では中毒症状の経験は男32%女18%と多く、表(13)はその症状を示している。男・女とも、皮膚のかぶれ、頭重、はき気等の症状がある。
表(14)の農薬中毒の原因は防備の不十分や身体のぐあいが悪かったり、自分の不注意から事故を招いた場合が多い、最近の農薬は低毒性のものに変ってきたとはいえ、安易な取り扱いや散布は絶対に慎むべきである。
表(15)の健診の受診状況については受けた人男78%女85%であり、健康管理の第1条件である「早期発見・早期治療」のためさらに受診の呼びかけが大切である。表(16)は健診の内容である。
健診を受けなかった理由は現在は健康だからを始めとして忙しくて行けなかった、健康に自信があるからと続いている。
最後に次に健診の機会があれば…との問に対しては男・女とも94%が受けると答えている。
今後、総合的な健診の機会を計画的に設けていくことと、健康意識を高めるための健康教育の徹底を図っていくことが大切だと考えられる。 以上がアンケート調査結果の概要であるが今回の調査にあたり、準備段階から最後まで、全面的なご協力をいただいた海部郡農協の関係各位に厚くお礼申し上げ報告を終わる。
2.集団健診結果について 阿波学会の学術調査に参加し、県南部では牟岐町・鷲敷町、羽ノ浦町に続いて4回目の健診調査を海部町で行った。昭和61年7月22日より4日間、海部町(一部海南町を含む)の住民で、主に農業に従事するものを対象に海部郡農協(川西、川上、海南各支所)に人選を依頼し、男子81人、女子143人の計224人について実施した。 受診者は例年と同様女子が男子の約2倍であり、年令では50才代に受診者数のピーク(97人)がみられた。60才以上の受診者は69人(31%)と前回の羽ノ浦町同様増加傾向を示していた。なかでも65才以上のいわゆる高令者が31人含まれていた。(図1)
つぎに、今回調査でえられた個々の結果について具体的にのべる。 まず問診による主な既往症を表1に示した。
男子では、高血圧が20人(25%)と1位で胃潰瘍、腎臓病などが多くみられた。女子でも1位はやはり高血圧で24人(17%)にみられた。 つづいて貧血、婦人病、痔などが高頻度にみられた。ただし、高血圧者のうち調査時点で実際に投薬治療を受けていたものは男子1人、女子3人ときわめて少数であった。また既応症のうち心疾患が男子2人、女子3人と受診者層の年令が高いにもかかわらず非常に少ないことが逆に注目された。 嗜好の調査を酒とたばこについて行った。
(表2)、酒は、飲まない人が男子34人(42.0%)、女子130人(90.9%)と高く、これは羽ノ浦町の男子16.4%、女子68.6%と比し明らかに高い数字であった。同様に毎日2合以上の飲酒習慣のある人は、男子14人(16.6%)羽ノ浦町の32.8%より低い数をしめした。 たばこについても、吸う人は男子45.7%、女子2.8%で、男子については羽ノ浦町の56.2%より少数であった。1日20本以上のヘビースモーカーは男子7人(8.7%)のみで、羽ノ浦町の38.3%より明らかに少数であった。 つぎに体格(肥満)についてのべる。 図2は受診者の身長、体重を60年度の各年代別の全国推定基準値と比較して示したものである。
20才代の女性が(1名であるが)身長164cm、体重70.5kgとはずれている以外ほぼ全国レベルと同じであった。別に肥満については箕輪法により肥満度120%以上をとれば30才代1人、40才代9人、50才代16人、60才以上10人みられ、130%以上の高度のものは6人(2.7%)と予想外に少ない印象をうけた。(表3)
高血圧を収縮期圧160mmHg以上、拡張期圧90mmHg以上とすれば、男子6名、女子8名があてはまり、それらをIII・IV・V型に分けて示した。
(表4)収縮期血圧のみ高いIII型が6人(すべて60才以上の高令者)、拡張期圧のみ高いIV型が5人(40才代1人、50才代4人)、収縮期、拡張期いずれも高いV型が3人(40才代1人、60才以上2人)であった。海部町での高血圧発現頻度を全国の年令別高血圧発病頻度と比較すると、全国のそれが40才代男子19.6%、女子11.7%、50才代28.4%、20.7%、60才代36.0%、30.5%であるのに対し、海部町では、男女合せて40才代1.0%、50才代1.8%、60才以上3.6%と明らかに発現頻度は少なかった。(表5)
つぎに心電図検査では、15人の要精検者がでたが、再検で9人が正常範囲内であり、残り6人(2.7%)、(冠不全3、心房細動2、上室性期外収縮1)に異常者をみた。ただしこれらの人はいずれも自覚症状を訴えていなかった。(表6)
以上のごとく、今回の健診では、高血圧をはじめ、いわゆる成人病の代表ともいうべき循環器系の疾病罹病率がきわめて低いという印象をうけた。 肝機能検査で異常のでた人を一括して表7に示した。
GOT、GPTの上昇はほとんどが100未満と軽微であり1人のみがGOT169、GPT128とやや高く、同時にr−GTPも310と上昇しており、これはアルコール性肝障害と考えられた。これらトランスアミナーゼの上昇と他の因子すなわちコレステロール、コリンエステラーゼ、肥満度などと考え合せると19人がアルコール性肝障害を含む脂肪肝が疑われた。他にHBVキャリヤー(肝機能的には正常)が3人、その他の肝障害が3人、農薬中毒と関連があると思われる低コリンエステラーゼ血症が4人にみられた。r−GTPについては、飲酒習慣との関連につき検討し表8に示した。
r−GTPの上昇をみた17人のうち、酒を飲まない人は3人で、これは飲まない人全体の1.8%であった。他の14人は程度の差はあるが飲酒習慣があり、それらは約25%の出現頻度であった。 呼吸器、消化器系の異常をみたものを表9に示した。
胸部X線写真で要精検者は15人、うち再検しえた7人については問題となる疾病はみあたらなかった。胃X線写真検査で精検の必要なものは49人で、再検した27人では胃炎が11人と最も多く、胃十二指腸潰瘍5、胃ポリープ3、その他であった。これらのうちで癌など悪性疾患はみられていない。今回の健診より新たに取り入れた便潜血反応検査では、11人に潜血陽性者がでたが、経過を追えているのは3人(1名胃潰瘍)のみで残り8人について残念ながら未検索におわっている。近年増加傾向にある大腸癌のスクリーニングとして便潜血反応は重要視されており、健診項目のひとつとして今後も必要と思われる。 この検査で陽性の結果が出た場合、積極的に精検をうけることが望まれる。 腎機能検査では、尿蛋白陽性者は11人(4.7%)(30才代1人、40才代1人、50才代5人、60才以上4人)尿潜血陽性者は53人(23.7%)30才代3(23%)、40才代9(21%)、50才代21(22%)、60才以上20(29%)でやや高令者に多い傾向を示していた。 集団検診での尿蛋白陽性率は、大学生を対象にしたものがあるが、それによれば、初回尿で陽性率は男子4.7%、女子6.0%といわれている。今回の結果は尿潜血反応陽性まで加えると明らかにそれを上回っていたが年令、採尿条件、検査方法などの条件によりかなり結果に変動があると思われる。引き続き何回か再検し追跡調査を行い結論を出したい。また9人(男8、女1)にBUNが軽度上昇してみられたが、クレアチニンの上昇しているものはみられなかった。 血液症患では、14人が貧血を示しており、男性5人は正色素性貧血(うち2人は血尿(+)などより賢性貧血が疑われる)でHb11g/dlまでで軽度であった。女性9人はすべて鉄欠乏型の低色素性貧血であった。また2人に単クローン性ガンモパチーがみられた。 糖尿病の指標として空腹時血糖(FBS)を測定した結果、FBS110mg/dl以上のものが11人(男7、女4)にみられた。このうち治療対象になるFBS140mg/dl以上のものは3人(男2、女1)、これに現在治療中の1人(71才女、FBS131mg/dl)を加えた4人が明らかな糖尿病ということができる。これは全受診者の1.8%(男2.5%、女1.4%)にあたり農村地区の糖尿病出現頻度(男5.1%、女3.6%)にくらべ明らかに低率であった。 その他高尿酸血症が3名にみられ、コレステロールの上昇しているものが5名みられた。 以上の諸検査結果を総合的に判定すると、「異常なし」は男子で20人(24.7%)、女子では50人(35.0%)と全体的に低いが、これは前述したように受診層が高令化しているためで、表11に示したごとく、60以上でわずか男子3.6%、女子29.3%と低いためと思われる。一方「異常あり」は男子61人(75.3%)、女子93人(65%)にみられ、先にのべた個々の疾病の出現頻度と比べると予想外に高い数字であった。この原因としては、重複するが、やはり受診者層が高令化していること、更に検査の項目が多岐に恒っていることしかも集団検診ということで正常値、異常値の判断を厳密に行っていることなどが考えられる。逆に、「異常あり」を明らかな疾病としてとらえられなかったということは、異常の程度が軽微であり、同一個人が重複せず単一の異常のみしか示さないことが多かったといえる。ただしこれら異常群についても引き続き追跡調査を行っていく必要があると考えている。
3.ま と め 海部町の農業従事者男子81人、女子143人の健康診断結果を要約すると 1
調査対象では60才以上が69人(31%)も占めており、年をおう毎に増加の傾向を示した。この群では、ある程度尿所見などで異常の頻度は高くなっているが、その割に高血圧、心電図異常などの発現頻度は少なかった。 2
総合判定で異常ありとしたものが男子61人(75.3%)、女子93人(65.0%)と高頻度にみられた。これは受診者の構成年令層の変化、検索項目の多様性、検査判定の厳密性などとの関連もありただちに病気とは結びつけ難い。ただしこれらの群については積極的に精査を行い追跡調査を行う必要がある。 3
今回の調査では、癌など悪性新生物を有するものは見当らなかった。 4
高血圧、心疾患、糖尿病などいわゆる成人病は、受診者の高令化が進んでいるにもかかわらず非常に少なく、予防医学的見地からも、調査対象となった海部町地区の食習慣、生活および作業環境など総合的に検討する必要があると感じられた。 文 献 1) 加藤和市ら:牟岐町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:23、151、1977 2) 加藤和市ら:鷲敷町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:29、145、1983 3) 加藤和市ら:羽ノ浦町における農業従事者の健康調査、郷土研究発表会紀要:31、110、1985 4) 厚生省公衆衛生局栄養課(編):体位推計基準値、昭和54年改定、日本人の栄養所要量:15、1979 5) 昭和55年、循環器疾患基礎調査結果の概要厚生省公衆衛生局結核成人病課、昭和57年4月:日循会誌17、1、1982 6) 原田稔、松本紘一:大学生の
chamce proteinuria
上田泰編「腎糸球体障害」 366、1982 7)高科成良:農村における糖尿病の疫学、日農医誌:35、228、1986
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