阿波学会研究紀要


このページでは、阿波学会研究紀要論文をご覧いただけます。
 なお、電子化にともない、原文の表記の一部を変更しています。

郷土研究発表会紀要第33号
海部町地域の地質と古生物 −安芸構造線の再検討−

地学班

  山■哲司1)・須鎗和巳1)・

  石田啓祐1)・寺戸恒夫2)・

  東明省三3)・祖父江勝孝4)・

  久米嘉明5)・大戸井義美6)・

  細岡秀博7)・正岡啓治8)・

  鎌田誠一9)

1.はじめに
 海部町付近は地質構造的には、西南日本の太平洋側に広く分布する四万十累帯に属する。本地域の四万十累帯は、安芸構造線と呼ばれる断層破砕帯を境として、その北側に分布する北帯(白亜系)の地層と、南側に分布する南帯(第三系)の地層とに区分される。
 四万十累帯からは大型化石の産出が少なく、その詳しい年代は長い間不明であった。近年、放散虫・有孔虫などの、大きさ0.1mm内外の微化石からの研究が進み、四万十累帯北帯の年代はかなり詳細に明らかになってきた。
 しかしながら、海部町およびその周辺地域では化石による年代の検討がほとんどなされていない。二枚貝、ナンノプランクトン、放散虫がそれぞれ1、2地点から報告されているのみである(中川、1972;公文・井内、1976;甲藤ほか、1979;岡村・平、1984)。
 今回の調査では、2地点より二枚貝を、6地点より放散虫を、そして3地点より有孔虫を採取し、詳しい年代の検討を行った。また、白亜系とされていた牟岐町砂美の泥岩勝ち互層より古第三紀の放散虫を検出し、併せて岩相分布を再検討した結果、北帯と南帯を境する安芸構造線の位置が従来の定説とは大きく異なることが判明した。
 なお、有孔虫は国立科学博物館地学研究部の桑野幸夫博士に同定をお願いした。二枚貝は長崎大学教育学部地学教室の鎌田泰彦教授に同定していただいた。調査に際しては、海部町伊豆尻の野尻実次さん方でシダ化石 Cladophlebis 等の有益な資料を見せていただいた。ここに記して謝意を表する。

 

2.地質概説
 調査地域は四万十累帯北帯南縁から南帯北部である(図1)。本地域には、泥岩層、砂岩層、砂岩泥岩互層が広く分布している。


 安芸構造線以北の北帯の地層は、上部白亜系の日野谷層群である。日野谷層群は、平山ほか(1956)によって命名されたものである。
 安芸構造線以南に分布する古第三系は、室戸半島層群である。室戸半島層群は、甲藤ほか(1960、1961)により室戸半島に分布する始新統に対し命名されたものである。

 

3.地質各論
1  日野谷層群
  岩相:安芸構造線に接する部分は泥岩層であり、細粒赤色凝灰岩および酸性凝灰岩を挾んでいる。その北側(上位)には砂岩勝ち互層または砂岩泥岩互層が重なる。砂岩勝ち互層は厚さ数m〜20mの礫岩層を挾む。礫岩の礫は径2〜25cmの円礫で、石英斑岩、■岩、チャート、砂岩より成り、泥岩のパッチも含む。
 産出化石と年代:安芸構造線のすぐ北側、牟岐町中村字杉谷(Loc.1)の凝灰質泥岩より、放散虫 Alievium gallowayi, Amphipyndax stocki, Archaeodictyomitra aff. squinaboli, Dictyomitra duodecimcostata, D. multicostata, Pseudoaulophacus cf. floresensis, P. cf. lenticula-tus, Stichomitra cf. campi 等を得た。これらの化石より、この泥岩層の年代は白亜紀後期、カンパニアンの下半(約8000万年前)と推定される。


2  安芸構造線
  安芸構造線は図2中に破線で示したように、宍喰町北河内から海部町櫛川、中山北方を通り海南町浅川へと抜ける、東西性の断層とされていた(公文・井内、1976;中川ほか、1980等)。そして牟岐町古牟岐から白亜紀末、マーストリヒト期初期(約7300万年前)のアンモナイト Gaudryceras (Vertebrites) cf. kayei (FORBES) が報告されていた(須鎗ほか、1967)ことより、浅川以北の地層の年代は中生代白亜紀末期とされていた。
  しかしながら今回の調査で、上記のアンモナイト産出地点の西方約250m、牟岐町砂美の泥岩勝ち互層(アンモナイト産出地とほぼ同層準)から Lychnocanoma spp., Buryella cf. tetradica, Dictyoprora aff. mongol-fieri 等の新生代古第三紀(約5000万年前)の放散虫を検出した(表1)。

従って、アンモナイトを含む団塊は海底地辷りにより混ざり合ったオリストリスと考えざるを得ない。
  微化石の検出と並行して、岩相分布および破砕帯の追跡調査を行った。安芸構造線の確認された主要な露頭は以下の通りである。
  牟岐町中村字山田の道路沿いでは、安芸構造線は6〜7mの破砕帯を伴う、走向N70°E、北傾斜50°の断層である。海南町浅川北東4kmの国道沿いでは、数mの破砕帯を伴う、走向N70°E、北傾斜50°の断層で、断層の南側の泥岩勝ち互層は千枚岩化作用を受けている。海南町浅川西方550mの丘陵上では、千枚岩化した泥岩勝ち互層中に幅数10cmの破砕帯が数帯あり、走向N70°E、北傾斜70°である。宍喰町北河内北西500mの道路沿いでは、幅2mの断層破砕帯があり、北側は黒色千枚岩、南側には古第三紀の放散虫を産する泥岩が分布する。より西方の高知県馬路村魚梁瀬(やなせ)ダムの西岸では、幅5mの擾乱帯があり、東西の走向で北傾斜60°の断層面をもつ。この断層の南北両側は黒色泥岩で、北側1km、南側3kmの間は千枚岩化している。
  以上より、安芸構造線は図2に示すように、魚梁瀬ダムより宍喰町北河内北西、そして母川のやや北方を海部町富田南方へと延び、その後北東方向の海南町熟田、海南町浅川北方から牟岐町へと追跡されることが明らかとなった。
3  室戸半島層群
  本層群は安芸構造線の南側に分布し、那佐断層により南北二帯に分けられている。
  A.北側の帯(牟岐町南部、海南町、海部町および宍喰町北部が含まれる)
  岩相:北縁部には泥岩勝ち互層が分布しており、その南には砂岩勝ち互層が分布している。地層は北上位で、東西性の走向で北傾斜50−70°である。
  北縁の泥岩勝ち互層中には凝灰岩および凝灰質泥岩が多数挾在され、海南町浅川南方では非常に厚い(厚さ約400m)凝灰岩が観察される。また、安芸構造線に接する部分では、泥岩勝ち互層は断層運動の影響で千枚岩化作用を受けていることが多い。
  南半の砂岩勝ち互層は厚さ2〜3mの粗粒砂岩を主とし、時に細礫を交えることもある。海部町野江の波切不動では、波長数10cmの漣痕が砂岩上面に観察される。この砂岩勝ち互層は西方では泥岩勝ち互層となり、両者は指交関係を示す。
  産出化石:北縁の泥岩勝ち互層からは、Locs.2、4、5、6より放散虫を、Locs.2、3、5から有孔虫を得た。また南半の砂岩勝ち互層と指交する泥岩勝ち互層よりは、Loc.8から放散虫を検出した(表1、2参照)。海部町野江の母川の河原(Loc.7)の転石中の団塊からは、二枚貝Eucrassatella cf. nipponensis (YOKOYAMA) を得た。


 B.南側の帯(宍喰町以南)
 岩相:那佐断層以南の地層は、砂岩勝ち互層を主とし、砂岩泥岩互層および泥岩層を挾んでいる。
 砂岩勝ち互層は厚さ2〜3mの粗粒砂岩を主とし、しばしば薄い炭質物の層を挾んでいる。また砂岩層の上面には大規模な漣痕が見られることが多い。泥岩層は砂混じりの粗粒の泥で炭質物を多く含む。砂岩泥岩互層中には層内褶曲がしばしば発達する。
 産出化石:宍喰町松原北方(Loc.9)の砂岩泥岩互層中の泥岩から放散虫を検出した(表1)。また宍喰町南部の阿佐東線宍喰第4トンネル中(Loc. 10)の黒色泥岩からは Crassatellites nov.α に同定できる二枚貝を得た。
 C.室戸半島層群より産した化石の年代
 放散虫:放散虫各種のレンジ(生存期間)は FOREMAN(1973)、SANFILIPPO & RIEDEL(1973)、SANFILIPPO et al.(1985)に従った。各産地の放散虫のレンジは、暁新世(Paleocene)から漸新世(Oligocene)初期に及ぶ(表1)。
 放散虫産出地点の中で、レンジの明確な種が比較的多い Loc.5(宍喰町北河内北西)と Loc.9(宍喰町松原北方)について検討すると、各種のレンジが多く重複するのは始新世(Eocene)中期である(表1)。Loc.6(海部町櫛川西方)と Loc.8(宍喰町日比宇谷入口)から検出された放散虫も上記2地点との共通種が多く、その年代は同じく始新世中期と推定できる。
 一方、Loc.4(海南町西ノ沢)から産した放散虫群集には前記の Locs.5、6、8、9からは得られていない Buryella tetradica が多産する。Loc.2(牟岐町砂美)からも B. cf. tetradica が産出しており、この2地点の地層の年代は、古第三紀ではあるが他の4地点とは少し異なる可能性がある。ただしLocs.2、4から得られた放散虫は種数・個体数ともに僅かであるため、詳しい年代の決定にはさらに検討を重ねる必要がある。
 有孔虫の年代:確実な年代を決定できる有孔虫はほとんど得られていない。Loc.2より得た Globorotalia (Tenuitella) munda morph nova は、 G. munda と完全には一致せず、 morph nova とした。G. munda は漸新世から中新世の初期にレンジが知られている。 Loc.3(海南町浅川南方)から産出した Cyclammina incisa のレンジは始新世後期から中新世の最初期である。他の検出した属とも併せて、有孔虫から推定できる年代は古第三紀である。
 二枚貝の年代:Loc.7(海部町野江)の二枚貝は母川の河原の転石より採集したものであるが、周辺に分布する地層の状態から室戸半島層群の泥岩層に由来したと推定される。同個体は Eucrassatella cf. nipponensis (YOKOYAMA) に同定された。この種は九州の三池炭田の膳立層・四ツ山層および天草炭田の一町田層から知られており、これらの地層の年代より中部始新統の上部?を示すと考えられている。
 Loc. 10(宍喰町阿佐東線宍喰第4トンネル)から産出したものは Crassatellites nov.αに同定された。この種は天草下島の教良木層より波多江(1960)が報告したもので、中部始新統より産したものである。
 以上、放散虫・有孔虫・二枚貝の化石から、安芸構造線以南の地層の年代は古第三紀、おそらく始新世中期(約5000万年前)であろうと推定される。
 公文・井内(1976)は安芸構造線と那佐断層の間の地層を始新統とし、那佐断層以南の地層を漸新統とした。しかし、今回の調査で検出した化石から、那佐断層を挾んだ両側の地層はほぼ同年代、始新世中期であることが明らかとなった。


4.まとめ
 今回の調査により次のようなことが明らかになった。
 1)牟岐町古牟岐周辺の海岸沿いに分布する泥岩勝ち互層はアンモナイト Gaudryceras cf. kayei の産出に基づいて、白亜系マーストリヒト階下部(約7300万年前)と考えられてきたが、牟岐町砂美(Loc.2)からの古第三紀(約5000万年前)の放散虫および有孔虫の発見により、アンモナイトは海底地辷りにより混ざり合つたオリストリスと考えざるを得ない。
 2)古第三紀の放散虫の検出と、岩相および破砕帯の追跡調査から、宍喰町北河内、海部町櫛川を通り浅川へと抜ける、とされていた安芸構造線が、海部町富田南方より北東方向に、牟岐町へと延長される(図2)ことが判明した。
 3)安芸構造線の南側(四万十累帯南帯)のLocs.2〜10の地層から放散虫、有孔虫、二枚貝を得た。これらの化石から、調査地域の室戸半島層群の年代は古第三紀、おそらく始新世中期(約5000万年前)と推定される。

 

 文  献
FOREMAN, H. P. (1973), Radiolaria of Leg 10 with systematics and ranges for the Families Amphipyndacidae, Artostrobidae, and Theoperidae. Initial Reports of Deep Sea Drilling Project, 10, p. 407 - 474. U. S. Govt. Printing Office、Washington.
波多江信広(1960)、天草下島南半部の地質と地質構造。鹿児島大学理科報告、No.9、p. 61−107。
平山健・山下昇・須鎗和巳・中川衷三(1956)、徳島県剣山図巾及び同説明書。p.1- 52、徳島県。
甲藤次郎・小島丈児・沢村武雄・須鎗和巳(1960、1961)、高知県地質鉱産図および同説明書。p.1- 129、高知県。
――・松丸国照・岡田尚武・平朝彦(1979)、室戸半島層群および同相当層から始新世化石の発見とその意義。地質ニュース、No. 294、p. 41 - 43。
公文富士夫・井内美郎(1976)、室戸半島北東部、徳島県宍喰町周辺の四万十累層群古第三系。地質雑、82、p. 383 - 394。
中川衷三編(1972)、徳島県の地質。p.1- 137、徳島県。
――・中世古幸次郎・川口輝与隆・吉村隆二(1980)、四国東端の四万十帯上部ユラ系および白亜系放散虫化石の概要。徳島大学学芸紀要(自然科学)、31、p.1- 27。
岡村真・平朝彦(1984)、室戸半島に分布する四万十帯南帯(第三系)の地質と古生物。p.81 - 83。日本の古第三系の生層序と国際対比。
SANFILIPPO, A. and RIEDEL., W. R. (1973), Cenozoic Radiolaria (exclusive of theoperids, artostrobiids and amphipyndacids) from the Gulf of Mexico, Deep Sea Drilling Project Leg 10. Initial Reports of Deep Sea Drilling Projct, 10、p.475 - 611. U. S. Govt. Printing Office, Washington.
――,WESTBERC, M. J. and RIEDEL, W. R. (1985), Cenozoic Radiolaria. In BOLLI, H. M. et al. (ed.), Plankton stratigraphy. p.631 - 712. Cambridge University Press.
須鎗和巳・板東祐司・小畠郁生(1967)、徳島県牟岐町の四万十帯より白亜紀アンモナイトの発見。地質雑、73、p.535 - 536。

図版I
スケールは100マイクロ。A:1、3、7、9;B:2、4、5、6、8、10。Loc.6(海部町櫛川)より産出した放散虫。
  1:Calocycloma ampulla (EHRENBERG).
  2:Calocyclas hispida (EHRENBERG).
  3:Podocyrtis (Lampterium) sp.
  4:Lychnocanoma sp.
  5:Lychnocanoma sp. C.
  6:Dictyoprora mongolfieri (EHRENBERG).
  7:Thyrsocyrtis (Pentalacorys) cf. triacantha EHRENBERG.
  8:Sethochytris triconiscus HAECKEL.
  9:Gen et sp. indet.
  10:Gen et sp. indet.

 

図版II
スケールは100マイクロ。A:1、2、5、8、9、10、11、12;B:4、6、7;C:3。Loc.2(牟岐町砂美)、Loc.4(海南町西ノ沢)、Loc.5(宍喰町北河内北西)より産出した放散虫。
  1:Lychnocanoma sp. A. Loc.2.
  2:Amphipternis sp. cf. ?Stichomitra alamedaensis (CAMPBELL & CLARK). Loc.2.
  3:Dictyoprora aff. mongolfieri (EHRENBERG). Loc.2.
  4:Buryella cf. tetradica FOREMAN. Loc.2.
  5:Cornutella sp. Loc.2.
  6, 7:Buryella tetradica FOREMAN. Loc.4.
  8:Rhopalocanium ornatum EHRENBERG. Loc.5.
  9:Calocyclas turris EHRENBERG. Loc.5.
  10:Calocyclas hispida (EHRENBERG). Loc.5.
  11:Sethochytris triconiscus HAECKEL. Loc.5.
  12:Eusyringium fistuligerum EHRENBERG. Loc.5.

 

図版III
スケールは100マイクロ。A:6;B:1、2、3、5、10、11;C:4、7、8、9。Loc.5(宍喰町北河内北西)、Loc.8(宍喰町日比宇谷入口)、Loc.9(宍喰町松原北方)より産出した放散虫。
  1:Lychnocanoma sp. C. Loc.5.
  2:Thyrsocyrtis (Thyrsocyrtis) rhizodon EHRENBERG. Loc.5.
  3:Thyrsocyrtis (Pentalacorys) triacantha EHRENBERG. Loc.5.
  4:Phormocyrtis striata striata BRANDT. Loc.5.
  5:Calocycloma ampulla (EHRENBERG). Loc.5.
  6:Podocyrtis (Lampterium) mitra (EHRENBERG). Loc.5.
  7:Lithomitra sp. B. Loc.5.
  8:Dictyoprora mongolfieri (EHRENBERG). Loc.5.
  9:Dictyoprora pirum (EHRENBERG). Loc.8.
  10:Phormocyrtis turgida (KRASHENNIKOV). Loc.9.
  11:Theocotyle nigriniae RIEDEL & SANFILIPPO. Loc.9.

 

図版IV
1,2:Loc. 10(宍喰町阿佐東線宍喰第4トンネル)より産出した二枚貝。
3-5:Loc.7(海部町野江)より産出した二枚貝。
  1、2:Crassatellites nov.αof HATAE (1960)
  3-5:Eucrassatella cf. nipponensis (YOKOYAMA)

 

1)徳島大学教養部  2)阿南高専  3)日和佐高校  4)県教育研修センター
5)石井中学校  6)板野中学校  7)上勝東小学校  8)城北高校
9)ニッケン株式会社


徳島県立図書館