阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第33号
海部町の水生昆虫

水生昆虫班 徳山豊・長池稔

1.はじめに
 海部町を流れる主要河川である海部川と母川において、水生昆虫の調査を行った。海部川ならびに母川の水生昆虫については、これまでに調査された報告はなく、今回の調査が初めと思われる。
 調査期間は、1986年7月29日〜8月2日、10月4・5日の合計7日間である。調査時の河床状態はほぼ安定しており、増水による荒廃はみられなかった。


2.調査地点と調査方法
 調査地点は図1に示した。海部川は海部郡海南町平井字大木屋の山麓に端を発し、山間部を流れ、海部町に至ってはやや平坦地を流れて、海部町奥浦で太平洋(紀伊水道)に注ぐ、全長約36.3kmの河川である。その流域には人家が少ないため、生活排水による汚濁も見られず、水は極めて清冽である。


 母川は、海部町を西から東に貫流する全長約7kmの小河川で、大ウナギの生息地としても広く知られる。調査時において、馬路橋から不動橋にかけて河川工事が施工されており、馬路橋から上流側は流れが二分される形状になっている。
 図1に示したように、海部川に12地点、母川に7地点の調査地点を置いた。
 調査地点としては、河床が比較的安定している石礫底で、早瀬または平瀬のような流れのある地点を選んだ。母川においては、条件を満たすような場所が少ないため、適宜に調査地点を設けた。
 各調査地点の様相の概要を述べると、
K.1(海南町川又)山地渓流区で、河床は不安定である。この地点からさらに上流の後谷は山の斜面から土石が崩れ落ち、河床はかなり荒廃する。
K.2(海南町大比)山地渓流区で水量もある。
K.3(海南町轟ノ滝)海部川の支流にあたる王餘魚谷にある轟ノ滝のすぐ下流付近。河床はやや不安定であるが、落葉が沈積するような小たまりもある。
K.4(海南町平井)河床には小さい礫が多く沈積し、こぶし大・頭大の石礫は埋もれ石の状態にある。淵においても小礫が底を埋め、浅くなっている。
K.5(海南町皆ノ瀬)河床の石礫は頭大のものが多い。石礫の底部は、小礫に埋もれる。
K.6(海南町小川口)中間渓流型の流れ。深い淵もみられる。
K.7(海南町東桑原)潜水橋があり、その上流側で架橋工事がなされており、右岸部は河床がやや荒れている。
K.8(海南町神野)流幅が狭まり、水深が大きく、流勢も強くなる。
K.9(海南町上若松)こぶし大から頭大の石礫が多く、他に比べると安定した河床状態である。
K.10(海部町大井、姫能橋)流速が大きく、河床は頭大以上の石礫が多い。
K.11(海南町吉野、吉野橋)流速の大きい、石礫底である。
K.12(海部町奥浦、海部川橋)海部川橋の下流の石礫底で、海部川の河口部である。干潮時は瀬になるが、満潮時は水位が1m位上昇する。塩分濃度は3ppm程度で、一般河川と大差がなく、海水の影響はないようである。


H.1(源流区)杉林の中を流れる幅1m程度の源流性の流れである。周囲は日射がさえぎられ、水温も低い。自然な水質環境が保持されている。
H.2(源流区)流れ幅は2〜3m程度で、石面には茶かっ色の藻類が付着する。
H.3(海部町中山)水量が少ない平瀬で石礫はこぶし大のものが主である。この地点の上流の櫛川付近では、水が枯れた状態である。
H.4(海部町、不動橋)母川の分流が河川工事された区域で、両岸と川底の半分がコンクリート化する。底には泥が多くやや汚濁が見られる。
H.5(海部町、馬路橋)河川工事により、母川はこの地点から上流に向けて、二つの流れに分けられている。水田が隣接する。


H.6(海部町、母川橋)水量は多くなるが、瀬は見られず、水生植物が多く繁茂する。
H.7(海部町、母川大橋)海部川との合流点付近で、流速が大きく、水深も60〜100cmと深くなる。
 調査は、母川では定性採集を行い、海部川では早瀬を中心とした定量採集と合わせて定性採集を行った。定量採集は1辺が50cmの方形枠を川底に置き、その枠内の石礫をチリトリ型金網で取り出し、肉眼で見られる動物をピンセットで取り出した。定性採集は調査地点でできるだけ多くの種を集めた。採集された底生動物は10%のホルマリン液で固定し持ち帰って同定に供した。


3.調査結果と考察
 調査地点の環境要因を表1に示した。海部川の水温は19.0℃〜23.5℃、母川のそれは、18.5℃〜29.0℃である。H.4(不動橋)は29.0度と高い水温であるが、水量が少ないことと三面がコンクリート化されていることが原因であろう。


 採集された水生昆虫と昆虫以外の底生動物を調査地点別に整理したのが表2、表3である。


(1)水生昆虫相
  海部川で確認されたのは、蜉蝣目17種、■翅目10種、毛翅目17種、蜻蛉目14種、半翅目1種、広翅目1種、鞘翅目5種、双翅目4種の8目69種である。昆虫以外の底生動物が8種得られた。


 図5は表2をもとにして各調査地点における水生昆虫群集の構成種数を示したものである。海部川12地点の構成種数は11〜27種で、特にK.12(海部川橋)で少なく、K.3(轟ノ滝)で多い。K.12で種数が少ないのは、先に述べたような特殊な環境にあることで、水生昆虫類が生息しにくいのであろう。K.3で種数が多いのは、落葉が沈積する砂泥底の小さなたまりが岸部にあり、フタスジキソトビケラ、マルバネトビケラ、コカクツツトビケラ、カワゲラ類などかなりの種が得られたことによる。
 清冽な河川の早瀬の生物群集の特徴を示すように、カゲロウ類、トビケラ類、カワゲラ類の種数が多く、この3目で、全種数の76.8%を占めている。
 広く分布するものとして、蜉蝣目ではエルモンヒラタカゲロウ、ヒメヒラタカゲロウ、ウエノヒラタカゲロウが挙げられ、せき翅目では、スズキクラカケカワゲラ、オオヤマカワゲラ、ヤマトフタツメカワゲラが多い。毛翅目では、県内の清冽な河川には広く分布するヒゲナガカワトビケラ、ウルマーシマトビケラが広く生息している。しかし、一定面積内から得られる個体数は、吉野川、勝浦川、鮎喰川などと比較すると少ない。広翅目のヘビトンボはいずれも若令のものであった。双翅目では、Antocha sp.が多く見られる。
 特記すべき種としては、K.2でツメナガナガレトビケラが県内で初めて採集された。
 採集された水生昆虫は貧腐水性水域に集中度の高い種が大部分を占め、水生昆虫相からみても清冽な水質であることが示されている。
 母川では、8目52種の水生昆虫と昆虫以外の底生動物が8種得られた。

図6は表3をもとにして、母川の水生昆虫群集の構成種数を示したものである。7地点の種数は、11〜23種で、H.3において最も多く、H.7で最小値を示した。水生昆虫群集を構成する種の中でカゲロウ類、トビケラ類、カワゲラ類の3目が占める割合は55.8%で、海部川と異なり蜻蛉目、鞘翅目、双翅目が占める割合が高くなっている。
 地点別にみると、H.1、H.2では河川上流域に生息するフタスジモンカゲロウが分布し、H.3から下流は、下流域に生息するムスジモンカゲロウが分布する。艀蝣目の中で、キイロカワカゲロウ、ヒメトビイロカゲロウ、アカマダラカゲロウ、ムスジモンカゲロウなどはβ中腐水性水域(やや汚濁の見られる水域)にやや集中度が高いとされる種である(1982、御勢)。またチラカゲロウ、シロタニガワカゲロウも汚濁がわずかに見られる水域でも生息する傾向がある。特に広く分布し、個体数が比較的多いキイロカワカゲロウは、泥の多い底質でも生息できる種である。汚濁に対する耐忍性の極めて低い種とされるカワゲラ類は、H.3、H.4、H.5では採集できなかった。毛翅目では、分布域の広いヒゲナガカワトビケラ、ウルマーシマトビケラが前者はH.7後者はH.3でのみ得られた。母川は平地を流れる小河川で、水量が乏しく、流速のゆるい流れであるためこのような種にとってはすみつきにくい状態にあると思われる。シマトビケラの中では、汚濁に対する耐忍性があるとされているコガタシマトビケラがかなり生息している。トンボ目では、H.1においてムカシトンボが採集された。個体数は多くないが、水質環境が自然に近い状態で保持されているといえる。
(2)生物学的水質判定
   海部川における定量採集結果を示したのが表4である。これをもとに、Beck-Tsuda法(津田1964)によりbiotic index(汚濁指数)を求めたのが、表5である。2A+Bの数値が20をこえると、その地点は清冽であるとされている。K.1、K.7のように河床が不安定な地点や、K.12のような特別な環境にある地点は値が低いが、他の地点はいずれも20以上の値を示し清冽な水域であるという結果を得た。


5.おわりに
 海部川、母川で水生昆虫の調査をしたところ、海部川で8目69種・母川で8目52種であった。昆虫以外の底生動物がそれぞれ、7種と8種であった。
 海部川は清冽な水質環境であることが、生物相からも判定された。しかし、河床は不安定な状態にあると思われ、今後は森林伐採や林道工事等で土石が川底に多量に流出し、河床が荒廃しないよう十分に配慮することが、生物のすむ川を長く維持する上で必要と思われる。
 母川は流水性の水生昆虫にとってはすみつきにくい環境にあるが、源流域では自然が保持された水域が残されている。

 参考文献
1.川合禎次(編)1985:日本産水生昆虫検索図説、東海大学出版会.
2.御勢久右衛門1982:自然水域における肉眼的底生動物の環境指標性について、P. 9−16. 文部省「環境科学」研究報告集.
3.津田松苗1964:汚水生物学、北隆館.


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