阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第33号
海部町の植生

植生班

   森本康滋・石井愃義・友成孟宏・

   西浦宏明

1.はじめに
 海部町は徳島県南部に位置し、北は海南町、南は宍喰町と接している。本町は紀伊水道に面し、海岸線は約2kmと短いが、室戸阿南海岸国定公園に含まれている。面積は26.29平方キロメートル、人口は3,243人である。森林面積は2,056ha、耕地面積は189haである。
 本町の大部分は山地であり、最も高い地点で491mである。平野は海部川、母川に沿って広がっており、多くは水田として利用されている。
 今回、私たちは本町において植物群落についての調査を行ったので、その結果を報告する。


2.調査期間と調査方法
 1986年8月3日から8月6日までの間、町内各地を調査した。調査地点を図1に示す。


 植生調査法は Braun-Blanquet(1964)に従い、各調査地点において出現するすべての種の優占度と群度を階層別に測定し、同時に海抜高度、方位、傾斜角度などを記録した。今回の調査では、海部町内の15地点で合計45個の植生調査資料を得ることができた。また、空中写真および現地調査をもとにして、各群落の分布状況を調べ、海部町の現存植生図を作成した。


3.調査結果
(1)植生概観
 海部町は、本来自然林として照葉樹林が広がっていたものと考えられる。しかし、現在はあまり残されておらず、町西部に見られるのと、神社の社叢林として点在するのみである。アカマツ群落は、海岸に近い山地や尾根部に見られるが、発達は悪く林内は荒れている。山地の大部分はスギ・ヒノキ植林であり、植林可能な立地のほとんどは植林されている状況である。本町の山地の景観はこの植林に代表される。竹林は、山足部や河辺などに点在しており、河辺では幅5m程度の竹林が細長く形成されている。個々の竹林の面積はそれほど広くない。果樹園としては、ミカン類が一部に見られたが小規模であり、山地には見られなかった。河原は、ツルヨシ群落が主体であるが、立地の状況によって様々な形態のものが観察された。海岸には砂浜は少ないが、そこにはハマゴウ、ハマヒルガオなど海浜特有な植物が見られる。海岸線の短い海部町にとっては、このような植物は貴重なものと言えよう。
(2)植物群落
 1  シイ群落(表2
  群落識別種 シイ、ミミズバイ、リンボク、センリョウ、イスノキ、ルリミノキ、マツラニッケイ。平均出現種数32。
  本町は、暖温帯に属し、シイ、カシ類などを主な構成種とする照葉樹林が成立する地域である。しかし、現在は自然の状態で残されている照葉樹林はほとんど見あたらない。今回調査対象としたシイ群落はいずれも社叢林であり、杉尾神社、明現神社、能山薬師、王子神社を調査した。これらの社叢林の面積は広くなく、かろうじて残されている状態である。このような鎮守の森を今後も大切に保護していくべきであろう。


  高木層には、シイのほかにイスノキ、ツクバネガシなども見られる。亜高木層の主な構成種は、サカキ、アラカシ、ネジキ、ミミズバイ、ヒロハミミズバイ、リンボク、タブノキ、などである。低木層には、ルリミノキ、タイミンタチバナ、オガタマノキ、マツラニッケイ、カンザブロウノキなども見られた。シイは、高木層以外の個体数は少なく次世代の個体があまり育っていない状態である。なお、シイの胸高直径は次のとおりである。( )内の数字は資料番号である。
  33cm(12)、32(13)、31(14)、31(26)、40(38)、30(45)。
 2  アカマツ群落(表3
  群落識別種 アカマツ、ウバメガシ、ヤマウルシ、カマツカ。平均出現種数19。
  アカマツ群落は、伐採跡などに形成され二次林であり、尾根など水分条件の悪い立地でも発達する。アカマツのほかにオオバヤシャブシ、コバンモチ、イソノキなどが見られた。また、ウバメガシ、ヤマモモなど海岸部に多い樹林も混在している。林床にはコシダやウラジロが繁茂し、林内を歩くのに苦労するような所もある。アカマツ群落の場合は、林内は明るいので、これらのシダ類以外にススキやサルトリイバラも多く生育している。
 3  アカメヤナギ群落
  母川下流の河原にアカメヤナギ群落が成立している。約30mぐらいの長さに細長く形成されている。アカメヤナギ以外の木本類は少なく、構成種のほとんどが草本類である。
  今回得られた植生調査資料は1個であるのでそれを以下に示す。種名のあとの数字は優占度・群度を示す。
調査年月日 1986年8月4日
海抜高度40m、調査面積10×10平方メートル
高木層(10m)、植被率90%
  アカメヤナギ5・5
亜高木層(4m)、植被率10%
  アカメガシワ1・1
低木層(1m)、植被率5%
  アカメガシワ+、ツルヨシ+、ニガカシュウ+、ヘクソカズラ+
  草本層(0.8m)、植被率90%
  ススキ1・1、ミズタマソウ+、イタドリ1・1、ダイコンソウ+、ツユクサ+、ヒカゲイノコズチ+、ニガカシュウ+、ヨモギ1・1、セリ+、ヨメナ+、アキノウナギツカミ+、ギシギシ+、オヘビイチゴ+、ヌスビトハギ+、ナキリスゲ1・2、コヤブラン+、ヤブマオ+、ナガイモ+、ミゾソバ+、アカネ+、アオミズ+、ヒメヒオウギズイセン1.1、ヒメジソ+、ヤブマメ+、アメリカセンダングサ+、キツネガヤ+、アオツヅラフジ+、キカラスウリ+
 4  スギ・ヒノキ植林
  これは、本町の山地の大部分を占めている。この林内は暗いので、アカマツ群落と比較すると、構成種は大きく異なり陰性の立地でも生育可能な植物が林床に見られる。イヌビワ、ナンテン、チャノキ、ドクダミなどがそのような植物である。植生調査を行ったのは1カ所であるのでその資料を以下に示す。
 調査年月日 1986年8月4日
 海抜高度55m、方位S80°W、傾斜30°、調査面積20×20平方メートル
 高木層(15m)、植被率95%
  スギ5・5
 亜高木層 なし
 低木層(1m)、植被率30%
  イヌビワ1・1、ナンテン2・2、ヤブツバキ+
 草本層(0.3m)、植被率20%
  優占度はすべて+。ササクサ、ドクダミ、ニガカシュウ、ノササゲ、ホドイモ、コヤブラン、チヂミザサ、オオカモメヅル、ヤブムラサキ、ヘクソカズラ、チャノキ、ナンテン、サルトリイバラ、サネカズラ、ベニシダ、ナキリスゲ、フユイチゴ、フモトシダ、シャガ、アマクサシダ、ナツフジ、ジャノヒゲ、イワガネゼンマイ、ノブドウ、ヤマウルシ、ホシダ、ヒメドコロ、ヌスビトハギ、ミズヒキ、カエデドコロ、ツルニンジン、ヤブマオ、アラカシ、ヤブコウジ、ツルコウジ、エノキ、オオツヅラフジ、マルバウツキ、ハゼノキ
 5  メダケ群落(表4)群落識別種 メダケ、ホドイモ、シオデ、ホシダ。平均出現種数19。
  母川に沿った土手にメダケ群落が見られた。幅5m、長さ30mの帯状に形成されていた。ツル植物の占める割合が高く、ヤマノイモ、ホドイモ、アケビ、シオデ、ノブドウ、ヘクソカズラ、ボタンヅルなどが林床に生育していた。
 6  マダケ群落(表5
  群落識別種 マダケ、ヤブカラシ、イボタノキ。平均出現種数27。
  山足部や人家の周辺に点在する竹林にはマダケが多い。今回調査を行ったのは海部川に沿う河岸であり、そこは約100mにわたり帯状に形成されていた。メダケ群落と同様に林床にはツル植物が多く、木本類としては、アラカシ、ツルウメモドキ、エノキ、マンリョウなどが見られた。


 7  ハマヒルガオ群落(表6
  群落識別種 ハマヒルガオ、ホソバノハマアカザ、ハマゴウ、コウボウシバ、ハマエンドウ。平均出現種数4。
  本町では砂浜は少なく、海部川河口に見られるのみである。そこには、海浜にのみ生育する種が群落を形成している。ハマヒルガオ、ハマゴウなどがそれにあたる。構成種は少なく、同一の種がかたまって生育している所もある。
 8  ツルヨシ群落(表7
  群落識別種 ツルヨシ、オオイヌタデ、ネコヤナギ。平均出現種数10。
  海部川、母川の河原には広くツルヨシ群落が見られる。ツルヨシが密に生育して他の種がほとんど見られない所もあるが、クズが繁茂してツルヨシの生育状態の悪い所もある。また、群落内にネコヤナギがまじり、点々と生育している所もある。


 9  イヌビエ群落(表8
  群落識別種 ヒメクグ、イヌビエ、コブナグサ。平均出現種数15。
 これは休耕田に形成された雑草群落である。ヨモギ、ヒメムカシヨモギ、ススキ、ベニバナボロギク、ダンドボロギクなどが繁茂している。これらの植物は休耕田のみでなく、路傍や河原、伐採跡などかく乱を受けやすい立地にはどこにでも入りこむ種である。


 10  チガヤ群落(表9
  群落識別種 チガヤ、オトコヨモギ、ツリガネニンジン、シオガマギク、セイタカアワダチソウ。平均出現種数16。
  この群落は、海部川に沿った土手に発達している。ここは定期的に刈取りが行われていると考えられる。しかし、この群落の構成種の多くは地下部分が生き残るので、持続的にこの群落は成立するのである。チガヤ、ススキで大部分を占めるが、それ以外にスイカズラ、ボタンヅル、クズなどのツル植物がまじっている。


 11  水田雑草群落
  水田雑草として確認された種を以下に示す。タカサブロウ、チョウジタデ、コナギ、タイヌビエ、マツバイ、アゼムシロ、アオウキクサ。


4.おわりに
 海部町全域を可能な限り踏査したが、以前(1965年 博物同好会調査)と比べて町全体が開けてきた。道が整備され、川岸は護岸工事がなされ、山には植林地がふえ、平地にはビニールハウスが見られ、明現山のシイ林も衰弱したように思われる。
 本町は、生物分布上貴重なところである。奥浦にある明現神社境内のシイ林内に生育するヤッコソウは、自生の北限として学術的価値が高い。最近、小島にもヤッコソウが確認された。また、母川にオオウナギの生息地もある。
 このように動植物分布上重要な地であるだけに、これらの生物の保護が望まれる。ヤッコソウやオオウナギだけを保護することは不可能で、その生育地を中心として、可能な限り広い範囲にわたって聖域を設け、直接、間接に貴重な生物に悪い影響が及ばないようにすることが大切である。これについて町当局の英断をお願いする次第である。

 

5.要約
 1  1986年8月3日から8月6日までの間町内各地を現地調査し、15地点で植生調査を行った。また、海部町の現存植生図を作成した。
 2  調査結果以下の群落が区分できた。
 1)シイ群落
 2)アカマツ群落
 3)アカメヤナギ群落
 4)スギ・ヒノキ植林
 5)メダケ群落
 6)マダケ群落
 7)ハマヒルガオ群落
 8)ツルヨシ群落
 9)イヌビエ群落
 10)チガヤ群落
 11)水田雑草群落
 3  自生の北限としてのヤツコソウと母川のオオウナギとは、生息地周辺の環境を変えないよう十分な配慮を町当局にお願いする。


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