阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第32号

石井町の方言

方言班

   川島信夫・金沢浩生・上野智子・

   新居千江美

 概観 徳島県の方言については先学によって幾つかの区画の試みがなされたが、森重幸氏は図1のように区画した。阿波方言は四国方言の中でも最も近畿方言に近く、他県人にも分かり安い。感じが優しく、独特の文末詞「デ」を頻用する点が特徴として挙げられている。


 石井町は「下郡(しもごおり)」区域の東部に位置する。徳島市方言は県都の方言として全県の共通語的な性質も持つが石井町方言は地方語としての「下郡」の東端に位置するといってよい。また、吉野川下流域の特徴を顕著に保有しており、音韻面では「南方」語彙面では「上郡」と共通な部分をたくさん収録したという感じをもった。


(1)アクセントは近畿型を示す。
(2)音韻
 A 高年層には「セ」を「シェ」、「カイ」を「クヮイ」,「ガ」を「グヮ」と発音する。
  世話→シェワ
  課長→クヮチョウ
  意外→イグヮイ
  店屋→ミシェヤ
  雑貨→ザックヮ
  六月→ロクグヮツ
  お膳→オジェン
  参観→サンクヮン
  ごわへん→グヮーヘン(ございません)


 B 音省略・短呼形が原形と併存している。県下で音省略・短呼形の多いのは那賀・海部で県西には少ないものである。
  いいよる→イヨル
  ほーりこむ→ホリコム
  よーけ→ヨケ
  そんなに→ソナイ
  どんなにぞ→ドナイゾ

(3)語法・表現
 語法・表現については、先学もいろいろな部門から記述を試みてきた。それらを参照しつつ、気付いた点を報告する。
A 断定・指定の「ダ・ジャ・ヤ」
 この助動詞は方言体系中重要な地位をしめ、全国分布は第2図のようになっている。(藤原与一「方言学」の図による)徳島県は全域に「ジャ」がおこなわれ、「ダ」もあり、また「ヤ」もおこなわれる特異な地域である。
 阿波ことばに「ホナケンド」というのがあるが、今回の調査で「ホダケンド」というのが耳に残った。これは石井に限らず、麻植郡以東に広くおこなわれる事柄であろうし、先学のすでに触れている点である。断定・指定の助動詞と、いわゆる形容動詞とは活用が同じなので並べて表にすると、

となり、未然形、連用形の「ダロ・ダッ」は共通語意識でなく用いるものである。「ホダケンド」は「ナ」と対置できるという観点から連体形に入れたが、いかがなものだろうか。
 B 丁寧の「ダス・デャス(ジャス)」
  マー ホーダンデ? (まあ、そうですか?)
  ドーダッソイ (どんなもんです)得意然と言う
  (ドーデャッソイ)
  トッテキタンダッセ (取ってきたのだぜ)得意然と言う
 このような「ダス・デャス」についても森重幸氏がつとに述べているところである。徳島県において「ダス」の勢力が強いのも、指定・断定の助動詞との関連において注目される。
 C 文末詞「ダ」
 本県の特色ある文末詞の一つである「ダ」についても、やはり、断定・指定の助動詞とのかかわりを感じる。
 ホレガダ、オランノジャガイヤ(それがいないんだよ。)を
 ホレガ ジャ、オランノジャガイヤ
と対置してみると、ぴったりあてはまるようにも思える。すると「ジャ」相当の「ダ」ということになり、興味深い。なお、文末詞「ダ」については藤原与一先生の「方言学」に詳しく考察されている。
D チャール、チャー
 「〜してある、〜してあげよう」をこの地方では「〜シチャール、〜シチャー」という。
 また、「〜してしまった」を「〜シテシモタ、〜シテヒモタ、〜シテモータ」の三つの言い方の併存していることも森重幸氏によって指摘されている。(阿波町、山川町〜板野町、徳島市国府町の間の吉野川流域)
E 文末詞「デカ、デヨ、デワ」
 徳島市では丁寧な疑問「デ」は多用するが、その複合形の「デカ、デヨ、デワ」は急速に勢力が衰えている。しかし、石井町ではそれがまだ勢力を維持している。
 ココダケデヨ。(ここだけですよ。)
 煉炭ハ 最近デワ。(煉炭を使い始めたのは最近のことですよ。)
 イカンチューコトデカイ?(いけないということですか?)
F 可能の助動詞の自由さ
 「コノ池デ 魚ツラレン」は阿波ことばの横綱級として有名だが、この系統の自由な用法が採録された。アンタ 今夜ノ 会ニ 出テクレラレルデ?(あなた今夜の会に出て戴けますか?)
 このような懇願調のときにしばしば聞かれる形である。最近の全国的な可能動詞・助動詞の混乱は本県も例外ではないが、その問題とは別に、特色ある用法として注目したい。
G その他
◎ 漢語+ナル
 合併ナル
 破堤ナル(堤が切れる)
 高年齢者はこの形を多用する。人力ではいかんともしがたい現象や変化を表す。
(4)場面設定の会話
 できるかぎり調査地の会話を記録に残したいと思う。方言は文単位で記録研究されるべきであるからだ。石井町の場合もこれを加えたが、ここでは2例を掲げる。
  A 犬の離し飼いを抗議する A 磯川武雄氏(大正6年生)
   B 北野正夫氏(明治42年生)
A 北野オルカ。
B オー。ナンナ。
A ナンナッテナンナ。オマンクノ犬ドナナグワイナ。ウチノ畑アラシテ、アラシテ。
B ウチノ犬ッテ オトナシイ犬ゾ、アレ。ヨソノ 犬デナイカ?ホレ。
A ソレ ナニイイヨンナ。タッスイコトユーナ。
B タッスイコトッテ ウチノ犬 ハナシタッテナー。ナンジャセーヘンゾ。
A ホナ コンド 現場デ ヒットコマエテ ツレテクルゾ。
B オー ヤレダ。
A オーッテ、ホノ時分ニ オッタラ ドナニスルンナ。
B オレヘンワダ。ハナセヘンワダ。ツナイダールワダ。ウチ。ホテ ナニイタメタゾ。オマイ。
A ダイジナ瓜ノ苗 オマエ フンデ フンデ フミマクッテ。ナニオッテ オマエ ナニイーヨンナ。
B ホラーイタメトッタラ シャーナイワ。
A オマエ ホレヨレ ナンシニジャナー、ホーカ スマナンダナー。コンドカラ犬ツナギマスッテ ナンシニイワンゾ。ホヤッテイヤージャナー。コナニ ハラタテーヘンワダ。
B ホダケンド ホカカラ ホンナハナシ キカンノジャワホナケン シンヨーセナンダンジャケンド ホンマニ オマイノユーシニジャ。イタメトンデアッタラダ アヤマルワダ。
A オマエガジャ。ソースナオニデリャーダ、オコリャーヘンワダ。犬ヤッテオタガイジャワダ。ウチヤッテオルンジャケン。
B ホナ マースマナンダ。コラエテクレー。
A ワカッテクレリャーエーンジャ。ホナ タノムゾ。
  B 秩父観音参拝に誘う C 高木一三さん(大正7年生)
   D 市川キヨシさん(大正7年生)
C マー コノ暑イノニ 草シヨルンデカ
D シタコトガ ナイ 人ガ シヨルケン、オ天気ガ 変ルヤラ ワカランナ。
C ホンマニ ソージャ、ワタシ マー家ニ オルダロトモテ 行ッキョッタノニ ココニ オッテ マー エーケンド チョット マー 話スケンドナ、アノー 秩父観音イ 行クコトニ ナットルンヨ。
D アー アノ マエニ 言ヨッタンナ ウン。モー キマッタンデ。
C ホレガナー、アノー チョードナ、ヨニン デケタンデナ、ホンデホノ 満席ナンヤト。
D アラ ホーデ。ホイテ ワタシ 入レテクレチャールン。
C エー ソリャ イットル。
D アー ホーカイナ。
C ホンデ 1万円ズツ 申シ込ミ金オナ、アノー ワタシニナ ミナカラ モロトイテト ユーテ ユーンヨ。
D エー エー。
C ホーセナンダラ チョット ムコーノナ、バスノ ナニーモ 確保モ デキンケン、ホンデ マー ワタシーモ 実ワ モロトランケンドナー
D エー。
C モロタヨーナ ナニーニ シトクケンド。
D イヤ ホヤケンド 渡シトクデワダ
C ホーデ。
D エー マー ヤッパシ 渡スモンワ 渡シトカナンダラ アノー ナンジャケン、モー アンタニ オ預ケシトキマスワダ。
C ホーデ、ホナ マタ。
D ウーン、キョー モテ インドイテ、ナッ。
C ホナ マー イッソ 行コカ。行テ 冷タイモンデモ ヨバレテ イヌワ、ナッ。
D エー エー ホナ ホー ナシテツカハレ。
(5)民俗語彙
 石井町は県下の米どころである。本町の米作関係語彙について白鳥の坂東福一氏に聞かせていただいた。以下その一部を掲げることにする。
 A 品種等
  キチマイ(キチゴメ)…うるち米
  タマイ…水田作ノ米
  ハタケマイ(オカボ)…陸稲
  ハタケモチ…陸稲もち米でサクイ
  シンリキ…戦前作付の品種名
  タカオモチ…戦前のもち米
  トクシマアサヒ…終戦後の品種名
  トラマル…戦前の品種名
  ニッポンバレ…現在の優勢作付品種
 B 種まき
  サンバイサン…苗代神
  インジャコ…サンバイサンに供える小魚
  ナオシロ…苗代
 C 田地名称
  クボ…湿地の田
  ハタケ…乾田、クボノ対語
  フケタ…深田,湿田
  トネ(トネギ)…フケタの渡り木
  イカダ…深田の刈稲運送具
  ハリヤゲ…温田裏作の畝作り
  ダングヮンアンキョ…戦時中湿田改良に暗渠を通した砲弾形鉄器
 D 水の手
  イクミ…地下に潜んだ山の水
  イクム…水が浸透すること
 E 肥培
  ニゴリ…牛の飼料用残飯
  チリ…チリ硝石
  サシゴエ…最後の施肥の刈草
  ヒゴエ…山の刈草
  シモゴエ(ダルゴエ)大小便肥料
  サク…分蘖する
 F 代ごしらえ
  アゼナミ…畦に立てるトタン板
  アゼウエ…畦間際に植える苗
  アゼツケ…ムンガラ芯につける畦
  アゼマメ…畦に播く大豆
  アラヨセ…畦に最初に寄せる土
  ムンガラ…麦桿
 G 苗取リ
  ナエビ…播種後49日目
 H 代みて行事
  タヤスミ…田植終休日
  ゴガツギトー…タヤスミの宮参り
 I 草とり
  アゲクサ…最後の草とり手でねじこむ
 J 虫追い
  ムシオクリ…土用入りの日。笹で田圃のふちを掃き土手に集める。
 K 俵作り
  ウチダワラ…2重俵の内側
  ソトダワラ⇔ウチダワラ
  サンダーラ…俵の底と蓋
  タウス…米摺り機
  マンゴク…米選別機
  ワラグロ…田に積んだ藁
 L 秋忘れ
  ホーコクサイ…取り入れ終了を神社に奉告。12月8日の行事
(6)言語地理学的調査
 上野は、11月23日(土)、四国女子大学文学部3年生8名とともに、石井町内の10地点(高川原・尼寺・桜間・天神・藍畑・西覚円・西高原・関・下浦・上浦)で,103項目からなる質問調査票を用いて言語地理学的調査を実施した。学生2名1組の4班に上野を加えた5班が、午前・午後各1地点の計2地点を分担し,68〜85歳(主として70歳台)のはえぬきの老年層男性および女性に面接して御教示を仰いだ。我々の突然の訪問と依頼にもかかわらず、快く質問に応じてくださった教示者の方々に、深くお礼を申し上げる。


 すでに、「吉野川流域言語地図」(四国女子大学国文研究室「うずしお文藻第2号」)において、吉野川流域の5郡14町村(吉野・鴨島・市場・川島・阿波・山川・脇・穴吹・美馬・貞光・半田・一宇・三野・三加茂)、計111地点の言語地理学的研究を試みた。(その範囲は図3の枠内であり石井町は斜線部分である。)石井町はこの流域に連接し、しかも徳島市に隣接する重要な地域である。吉野川下流域の言語分布を明らかにするためには、石井町を含む徳島市周辺の実態を探査する必要がある。ここでは、ひとまず、「吉野川流域言語地図」52項目との比較の中から、37項目についての気づきを述べてみたい。(「吉野川流域言語地図」を併せてごらんいただければ幸いである。以下、「地図」と略称する。数字は地点数を表わす。)
1 つばめ ツバメ・ツバクロが相半ばする。
2 ふくろう フルツク3で、中・上流域分布に連続する。
3 もぐら オグロが7、「地図」東半のオグロ優勢分布に呼応。西半にはオグロモチが対立分布を見せる。
4 まむし 流域共通語ハメ。が分布する。
5 ひきがえる ゴーツ1が、山川4・吉野2・鴨島1に連続、ゴータ1も、脇3・穴吹3・市場2・山川1・吉野3に連続、カサゴーツ・カサゴータも2ずつあり、方言呼称がよく保たれている。
6 おたまじゃくし オタマ1で、鴨島4に連続、この語形は主流沿いに半田まで断続的に分布する。
7 めだか メメンチャ・メメンジャコが残存する。
8 かかし 流域共通語カガシが分布する。
9 稲むら 鴨島に1しか見られなかったボートが3、音変化形と思われるボードが4、ワラノ─も聞かれる。
10 かつぐ 流域共通語カタグがやや優勢、「地図」東半には全国共通語カツグが勢力を広げ、西半にも進出している。
11 肩車 カタクマとカタグルマの比は3:1、「地図」全体にカタクマ分布を見るが、東半はカタグルマが強い。しかし、カタクマは脇、穴吹付近で一端途切れており、解釈は難しい。
12 つむじ 「地図」東半分布に続いてマイマイが分布、マイマイサン(初出語形)が2、西半に散在する(山川1・穴吹3・脇1・美馬1・半田4)テンツジが1見られる。
13 あご アギト4が吉野2・鴨島1・川島4に連続する一方で、西側の貞光・半田・美馬に計5、離れた分布を見せる。
14 舌 「地図」東半分布に続いてべーロが分布、ベロは2で「地図」の全域に分布する。共通語シタは、べーロに次いで、方言形とともに併用されている。
15 よだれ ヨーダレ3が、ヨダレ7に移行しつつある。しかし、上流域は、依然としてヨーダレの勢力が強い。
16 ひざ ヒザ4以外に、ヒザボー・ヒザボーズ・ヒザボーサンと語頭音がへ(<ヒ)に変化した語形など多様。「地図」東半はヒザボーサン、西半にカガマが対立する。
17 くるぶし クルブシ3以外に、グリグリ・アシノウメボシ・スワリコブ・キビス・ネズメ・コブシ・トリコノフシ。
18 かかと 「地図」全域分布のカガトが優勢、カカトは皆無。「地図」西半にはキリブサ分布。キビス4は、鴨島1・川島1・穴吹2・脇1・半田3に連なる分布か?
19 正座する 「地図」全域にオカシコマリスルとその音変化形が散在、西半にのみ見られたオカッコが、オカッコニスル・オカッコサンの形で連続の様相を見せる。
20 うたたね タブネ3、タビネはないが、「地図」ではタビネを圧倒してタブネが分布、旅寝の発想がおもしろい。
21 布・綿などの焼けるにおい ヒノメクサイ・ヒメノガクサイ・ヒメミガクサイ・キノメクサイ・キークサイ・キナクサイ・ボロクサイ・コゲクサイ。「地図」東半にコゲクサイが進出しはじめている。
22 かぐ カグに次いでカザムが多い。カザル2は、貞光・脇・山川各1に匹敵、「昔のことば」という教示があった。
23 つむじ風 タツマキが過半数を占める。ツジカゼ2で、いずれも以西の分布に合流する。
24 山頂 「地図」西半に1ずつ分布するテンコ・テンコー・テンゴーに関連して、テンゴラが1、東半に続いて、テッペンが優勢である。
25 きのこ ハッタケ4で、「地図」東半分布に連続、西半分布のキノコより新しい呼称か?
26 いたどり イタズリが圧倒的に多く、「地図」東半分布に連続、西半に多く東半にも散在するイタンポは皆無である。
27 つくし ツクツクボーシが定着、分布は上流域まで辿られる。
28 かぼちゃ カボチャがナンキンを上回る。
29 さつまいも リューキューイモ系・キューシュイモ・ボケイモがあり、方言呼称が保たれている。
30 さといも 全地点、ジーモ。
31 どくだみ 全地点、ジューヤク。
32 しっしん ホロセ・ホッパ、各3。ホロセは「地図」西半に多い。
33 ものもらい メイボ8・メーボ2・メバチコ1。メーボは「地図」西半にやや多い。
34 財産家 オブゲンシャ5・ブゲンシャ3。「地図」西半には、ブゲンシャの方が多くなる。
35 分家 シンタク9。「地図」東半分布に連続、西半ではシンヤ・ワカレヤが勢力をもつ。
36 からかう 初出語にテガウ・デゴウ・テガス、既出語にイロベル・ケサウ。
37 くすぐる コソバカス・コスバカスが相半ばする。以西に分布するコソバス・コスバスはない。「地図」全域にはコスバカスが分布する。


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