阿波学会研究紀要


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郷土研究発表会紀要第32号

石井町における小・中学校教師の教職能力の現状と問題点

徳島教育社会学班

       平木正直・坂野信義

I 研究の目的と調査方法
 全人教育は教育の理想である。石井町は、町・議会・学校・住民をあげて個人差に応じた教育:「自主協同学習」に十数年にわたる研讃を積み重ねており、その成果は全国的に注目されている。種々の分野の能力開発は、小学校のミニバスケットボール、中学校の合唱、ブラスバンドの実力が全国的レベルに達することによって実を結び、生活化を目指す同和教育や夜間の出張PTAは、学校教育と家庭・社会教育との連携を強め、差別や非行やいじめの減少として効果をあげている。
 「教員の資質向上」は、臨教審第三部会の最重要課題である。「教職適格審査会」、「初任者研修制度」、「現職教員研修の体系化」といった素案が次々と出されている。各市町村教育委員会は、教師が専門職として成長していくための現職研修を重要視し、企画・実施の今後の一層の強化を図る必要にせまられている。
 そこで本研究においては、石井町における義務教育諸学校の教師の資質・能力に関する諸問題を、基礎的実証的に明らかにすることを目的に、教師の資質・能力に関する教師自身の自己診断の方法を用いた調査研究を行った。調査にあたっては、資質・能力を大きく3領域にわけた。それらは、1 教授活動を進めていく上での能力(教授能力)。2 訓育活動を進めていく上での能力(訓育能力)。3 学校や学年・学級を経営していく上での能力(経営能力)である。そして各3領域は、教授能力と訓育能力をそれぞれ5カテゴリー、経営能力を6カテゴリーに細分化し、1カテゴリーについてはそれぞれ3項目を設定して、調査においては資質・能力として計48項目に細分化した。
 調査対象には石井町内の公立小学校5校、公立中学校2校を選んだ。
 調査の方法は、各小・中学校へ質問紙を渡して記入してもらった。配布数150人、回収数132人、有効回答票は123であった(男性55人、女性68人という内訳)。


II 教授活動とその能力について
1.教授活動に必要とされる能力
図II―1は、5カテゴリ−に分類した教授能力のうち、教授活動を実際進めていく上で、教師が最も必要であると思うものを一つ選択した結果を帯グラフにしたものである。
 同図より次の3点が明白である。
 (1)全体として、教育観、児童生徒観などの「教師の基本的心構え」が最も必要なものとされ、続いて教材や学習集団の組織化などの「応用実践能力」が必要とされている。
 (2)男女別にみてみると、同じような傾向を示しているが、男性が「基本的心構え」にややウエイトを置き、女性は「応用実践能力」に必要性をより多く感じている。


 1 教育観、児童生徒観などの「教師の基本的な心構え」
 2 教科の専門知識・教授方法などの「知識・技術」
 3 教材や学習集団の組織化などの「応用実践能力」
 4 授業内容を理解させるための「表現能力」
 5 子どもを総合的、客観的に「評価する能力」
 (3)年代別においては、40代の教師が、「応用実践能力」よりも、教科の専門知識・教授方法などの「知識・技術」にウエイトを置いているのが特筆される。
 実に56.5%の回答者が、「教師の基本的心構え」を最も必要な能力と回答している事実は、教師としての本質的倫理観がなければ、他の4能力も無意味で生かし切れないことを如実に示しているといえる。


 2.教授活動と重要項目
 図II−2は、上記の5カテゴリーごとに3項目ずつの具体的能力計15項目を提示し、教授活動を展開する際に最も重要であると考えるものを3項目選択させた結果をまとめたものである。
 この図より、「子どもの心理や発達についての知識やそれらを正確に把握する力」や「教育観の確立」などの教師の基本的心構えや児童心理に関する知識や技術、「授業分析や学習内容、学習集団を組織したりする力」、「学習内容を正確に表現し伝達する能力」などの実際的実践力が重要であることが指摘できる。
 項目別には、ほぼすべての年代の教師が(60%以上)、「子供の心理や発達についての知識や技術」といった児童心理学に関する知識の重要性を強調している。映像文化を持った新人類といわれる子供達とのジェネレーションギャップの克服や「いじめ」などの校内暴力問題を解消しようとする教師の意欲があらわれて興味深い。
 ところで、石井町の調査で他市町との違いは戦中終戦時または戦後すぐ生まれた団塊の世代の結果が他の世代と少し違っている点である。この世代が20代、30代の教師より、新しい知識や技術を吸収し活用する能力をはるかに重要視していることは何故なのか考えさせられる。また前回までの調査では、「表現能力」の重要度評価は低かったが今回の調査で20代、30代の教師の評価が非常に高く、豊かな感性を持った子供達に新しいコミュニケーションの方法を模索している姿が浮上してくるようである。
3.教授能力の自己評価
 図II−3は、教授能力の自己評価させた結果を性別にまとめたものである。全体的には、男性が高く、女性は控えめな自己評価をしている。特に、教育観の確立や教科内容についての専門知識、授業分析や研究をすすめる能力などに差があるようである。しかし、プロフィール線は平行線をほぼ描き男性、女性の自己評価度の基本観点は同じだと思われる。
 図II−4は、経験年数別にみた教授能力の自己評価の結果を示したものである。全体的には、経験年数が多いほど自己評価も高いという自然な結果が示されている。教師という職業は、師弟同行の精神で洞察・試行錯誤を繰り返しながら職能成長をしていくことが実証されていると考えられる。「教育観の確立」などの教師としての基本的心構えの項目に20代と30代との差が大きいことが気にかかる。大学でのカリキュラムが技能・技術的な方面に片寄っていないか検討を要する結果である。


III 訓育活動とその能力について
 1.訓育活動に必要とされる能力
 図III−1は、訓育能力を5カテゴリーに分類したものの中から、訓育活動を行う際に、教師が最も必要であると1つ選択した結果を、全体、男女別、年代別に分けてグラフに表したものである。
同図から:
(1)全体として、「誠実で教師としての使命感をもっていること」が最も必要なものと考えられており、続いて「カウンセラーとしての能力」、「子供との親密な人間関係」の順となっている。
(2)男女別では、男性の分が、「教師の誠実さ、使命感」、「教師と生徒の間の開かれた関係」などのカテゴリーについては必要度が高く、「カウンセラーの能力」、「子供理解や親密な人間関係」などのカテゴリーでは、女性の方がより必要であると考えている。
(3)年代別では、「誠実で使命感」のカテゴリーでは、年代の古い教師が、「開かれた人間関係」などのカテゴリーでは若い世代が必要と考えている度合が大きいようである。

 前回までの調査と変わった結果は、子供理解や子供との親密な人間関係をつくる能力をより必要と考えている点である。何とかして新人類といわれる現代子との世代ギャップを縮めようとする教師の意気込みが感じられる。


 2.訓育活動と重要項目について
 図III−2は、5カテゴリーごとに3項目ずつの具体的能力計15項目を設け、訓育活動を展開する際に最も重要であると考えているもの選択させたものをまとめた結果である。


 全体として、「子供の状況の把握」、「誠実で使命感」、「開かれた人間関係」などのカテゴリーに含まれる項目の重要度が高く、「集団の組織遊びの指導」の3項目は重要度が低い結果が示されている。
 項目別には、「子供の状況を正しく把握」、「子供に共感し子供から学びとること」、「子供と親密な人間関係をつくれること」などの子供の理解、人間関係etcの項目、及び「教師としての使命感」などの倫理観に関する項目がどの年代も高い評価を与えていることがわかる。一方「子供の興味、関心に通じていること」、「子供遊びを指導すること」などの親密な人間関係をつくる上に必要な項目がどの年代の教師からも、低い重要度が与えられていることは問題ではないかと思われる。


 3.訓育能力の自己評価
 図III−3は、訓育能力の各項目について自己評価させた結果を性別ごとにまとめたものである。全般的に男性の方が女性と比較してより高い自己評価をしているが、カウンセラーの能力については、女性の方が高い自己評価をしており、前回までの結果と異なっていることが興味深い。


 図III−4は、学歴別にみた訓育能力の自己評価の結果を示したものである。前回までの結果では、師範学校系、教員養成学部・大学系、一般大学系・短大系の順で自己評価が高く、しかも、平均した差があったが、今回の調査結果では、その評価の高さの順位は変わらないが、教員養成学部・大学系と一般大学・短大系出身の教師の自己評価の程度はほとんど変わらない。教員養成大学・学部のカリキュラムをもう一度よく検討する必要があると考えられる。「開かれた関係」のカテゴリー3項目とも、師範学校系出身教師の方が、若い世代の教員養成系大学・学部また一般大学系教師よりも高い自己評価をしている結果には驚かされる。本来なら若い世代の方が高い自己評価をすべきカテゴリーだと推測されるからである。「カウンセラーの能力をもっていること」の項目は、いずれの学校系統の出身教師も厳しい自己評価をしており、カウンセラー能力向上についてのより充実した研修再教育が必要であることがわかる。


 図III−5は経験年数別にみた自己評価の結果を示したものである。一般的にいって、経験年数の豊富な教師ほど、自己評価が高くなり、教授能力と同様、訓育能力についても職能成長の跡がうかがわれる。特に「カウンセラーの能力をもっていること」の項目については顕著である。カウンセラーの能力は、事例を重ね経験をつまないと、つまり実践の伴わない理論だけの大学の教育がいかに不十分であるかを物語っていると推測される。


IV 経営活動とその能力について
 1.経営活動に必要とされる能力
 図IV−1は、6カテゴリーに分類した経営能力のうち、教師が最も必要と思うものを1つ選択した結果を帯グラフにまとめたものである。全体をみると、3 「集団統率・指導力」のカテゴリーが、必要能力のナンバー1(43.4%)にあげられており、続いて、「組織力」(23.0%)、「企画能力」(16.8%)の順になっている。しかし、「校務処理能力」(2.7%)、「渉外力」(0%)のカテゴリーは極めて低い評価しか与えられていない。

前回までの調査と少し違って、今回は経営場面での能力がより必要と考える割合が高かったことが注目される。性別にみると、「企画能力」や「組織創造能力」ではほぼ変わらないが男性教師は、より実践面で必要な「問題状況把握能力」により高い関心を示しており、女性の方は「統率指導能力」により高い必要性を感じているようである。年代別にみてみると、今回の調査では年代による変化が大きくまちまちであり、ある一定の方向性・傾向といったものが示されていないのが特徴かといえば特徴かもしれない。現在の教育のカオスを如実に物語っているグラフとなっている。


 2.経営活動と重要項目
 図IV−2は、経営能力の6カテゴリーごとに3項目ずつの具体的能力計18項目を設け、経営活動を展開する際に重要であると考えているものを3項目選択させた結果をまとめたものである。


 まず全体的傾向をみると、「児童生徒を管理し指導する力」をトップに、続いて「学年学級の教育目標を設定しその達成計画を立案する力」となっており、続いて、社会状況や課題の判断力、コミュニケーション、渉外力の順となっている。特に家庭教育の重要性が叫ばれる今日、児童生徒の親とのコミュニケーションの重要性は更に増していくと思われる。
 年代別にみてみると、「集団の統率指導力」、「問題状況の把握力」、「企画能力」、「学校外との接触」などのカテゴリーは、ほぼどの年代からも平均して高い評価が与えられている。特に、「児童生徒を管理指導する力」の能力項目はどの年代からも高い評価を与えられており(平均50%以上)、続いて「学年・学級の教育目標を設定し、その達成計画を立案する力」、「社会の状況や今日の教育課題を判断し、学校経営にいかす力」の順となっている。年代が高くなるにつれて管理職的な仕事に従事する機会が増すため、「学校教育目標を設定しその達成計画を立案する力」、「社会の状況や今日の教育課題を判断し、学習経営にいかす力」などの能力項目は年代が増す毎に重要度が高くなり、逆に「学校外との接触」のカテゴリーの項目は若い世代ほど重要度が高く、年齢が教師より高い保護者とのコミュニケーションのむずかしさを如実に表している。


 3.経営能力の自己評価
 図IV−3は、経験年数別にみた経営能力の自己評価を示したものである。

図より、経験年数が豊かな教師ほど自己評価が高く、教授能力、訓育能力と同様職能成長の跡がハッキリ現れている。特に管理職や30年以上のベテラン教師は、6カテゴリーのいずれの項目についても平均して高い自己評価をしていることがわかる。ただ今回の調査では、管理職と30年以上の経験を持つ教師との差が少なくなっていることが特徴である。5年、10年未満の経験年数を持つ若い世代の教師達は、児童・生徒に対する統率・指導力では高い自己評価を与える一方、企画能力や組織創造能力は職務職責上当然低い自己評価を与えている。特に「他の教職員に対して指導助言する力」については、5年未満の経験年数しか持たない教師が極端に低い評価を与えているのは当然であろう。


V 教職能力と研修について
 これまで「教授能力」、「訓育能力」、「経営能力」について考察・検討を加えてきたが、最後にそれらの能力の研修希望項目の現れ方についてまとめてみたい。
 図V−1〜3は、教授能力、訓育能力、経営能力それぞれの研修希望項目調査結果の上位10項目まで示したものである。


 教授能力の領域では、授業分析や授業研究、教科内容についての専門知識、学習内容の組織化、集団の組織化、子供の心理や発達についての知識などが上位にあがっている。基本的には理論と実践とに深くかかわる「応用実践能力」や基礎能力的な「知識技術」の研修希望が多くなっている事実は前回までと同様の傾向を示している。
 訓育能力の領域では、前回までの調査と同様に、カウンセラーの能力、子ども集団の組織力、子供の状況を把握理解する力、子供を指導する能力や親密な人間関係をつくる能力など日常訓育活動現場で必要な生徒指導能力が上位項目にあげられている。
 経営能力の領域では、現代の様に社会の変化が激しい時代を背景に、教育課題を判断し学校経営にいかす力、情報を収集し分析・処理する能力、生徒を指導・管理する力、集団内でのコミュニケーション能力などが重要能力項目と同様に上位にあげられている。
 石油文明・工業社会から脱工業化、すなわち高度情報化社会に移行した今日、ますますあらゆる分野でのソフト化は進むであろう。「物」が豊かな時代から「心」が豊かな時代へと人間はますます自己実現を目指す方向にすすむと考えられる。教育の世界でも確実にハイテクの波は押寄せ、CAIの波がヒタヒタと打寄せている。我々はますますハイテクに対するハイタッチ(心や精神・感性の豊かさ)を意識化し発展向上させねばならない。教師の基本的心構えや倫理観、「誠実で使命感」などの内的成長は自己実現を目指す能力開発項目として研修などの場ではなく、個人の課題として取組む必要があろう。


徳島県立図書館